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〖sympathy〗一息クラージュ

【まえがき】

 一応、ノア編の続きとなっております。

 そして、今更ながら気づいたのですが、サブエピは短編として読むこともできます。その話一つで成り立っているので、前後の繋がりを無視しても、割かし成り立ってしまうようです。




 どうぞ。





 

 


 階段の端の方に座って休んでいると、サクラがそわそわしだした。

「の、のぅ。そんなに、焦らさんでくれんか……」

「じ、焦らしてないよ……」

 そう。ただ休んでるだけ。

 無限に続く螺旋階段を作り出した犯人からすれば、気が遠くなりそうなこの長さも、ほんの数ミリ秒程度にしか感じないのかもしれない。永遠という一瞬の隙間を埋めるために、観測するのは永遠であるように見える瞬間でも構わないのだから。

 形而上学に自信はないけれど、自分の隣のスペースを右手でポンと叩いてみる。彼女との距離を推し量る手間を省くためだった。

 サクラは、二回、瞬きしてから、しゃなりと隣へやってきた。子供みたいに嬉しそうな表情で、普通に可愛かった。

 すとんと腰を下ろすと、結構強引に距離を縮めてきた。ただでさえ曖昧な計算が、確実に狂う。

「やっとか!? やっとなのかの!?」

「た、多分違う……と、思う……」

「なんじゃまったく……ん? もう震えは止まったんじゃな」

「そうみたい」

「うむ、良かったのじゃ。信頼してもらえたようじゃな」

 果たして、すぐに体を触ろうとしてくる人を信頼してよいものなのか。

 答えるまで数秒の間があったけれど、自分にとれば一瞬だったのかもしれない。

「信じてたよ、最初から……」

「ほう。嬉しいぞ。じゃが、なんでじゃ?」

 自分でもわからなかった。ただ、直観的に大丈夫だと思った。

 けど知っている。そういう曖昧な判断は、大概アリスへの想いに基づいているものだと。

「アリスなら、いいって言うかな、と思ったの……。あ。アリスっていうのは、ノアのご主人様――じゃ、じゃなくて……そう、知り合い! 同じ学年の人なの!」

「ほほぅ。そういう関係じゃったか」

 滑落した部分だけ見事に切り抜かれてしまった。

 楽しい話が好きな人は、一緒にいてすごく楽しいけれど、こういう時少し怖いものなのか。

 一つ学びながら、滲んだ額の汗を密かに拭う。

「あれじゃろ? 朝、お主、手を繋いでおったじゃろ?」

「へっ!?」

 反射的にそちらを向けば、無表情のサクラがいた。あまり楽しくなさそうにも見える。

 あんまり好きじゃないのかな。恋バナ。

 ……あ。恋バナでもないのか。女の子(アリス)だし。

 だから、つまらなそうなのか。だとしたら、月並みな自分の反応も、興ざめを誘っているに違いない。

「う、うん。繋いでた」

 今度は、呆気にとられたのか、ひどくきょとんした表情で、

「い、潔いのぅ」

 と、感心して笑う。

 言下に、口調を変えてくる。表情は、確りと整った『興味』だった。

「ありすと言ったかの? お主、付き合っとるのか?」

 と、興味津々な様子だ。結局、どっちなんだろう。

 知りたそうにしているのを見ると、逆に、あまり教えたくなくなる。無関心ならまだしも、群を抜いた奇抜さを引っ提げて校内を歩き回るサクラに、情報を提供するのは危険すぎる気がする。

 ただ、信頼はできる。約束は守ってくれる気がする。黒蝶のリボンをあしらった柔らかそうな胸部のハリに賭けてこそ、信じられるというものだ。まぁ、自己主張の代償は抜かりの無い誠実であると、そう信じたいわけで。

 少し牽制してみる。

水着(せいふく)、寒いから、手繋いでみたの」

「まぁ、確かに寒いのぅ。艶めかしい体は拝めるのじゃが、やはり肌寒いのがネックじゃな。わしは服を着たい」

 アリスとの関係性を掘り下げてきた割に、話題が逸れる。

 もしかしたら、あまり興味がないのかもしれない。それなら、気兼ねせずに会話できそうだ。

「ねぇ……」

「ん? なんじゃ?」

「やっぱり、服、水着(せいふく)の上から着るの?」

「寒い時はのぅ」

「そうだよね……。別にかさばるわけじゃないし、邪魔になるわけでもないもんね」

 それならば、どうして着ないのだろうか。

 ほんの数百グラムの重量を纏うことで、パフォーマンスが著しく変化するとも思えない。良くも悪くも。いやむしろ、こういう寒い春なんかには、プラスの面ばかりだと思う。加えて、自分のように、自分の体に自信を持てない人からしたら、体型を隠してくれる上着は、多少変に思われても着たいものなのだ。メイド服のような作業着だって全然いい。

 衣服を取りに、自分だけ家に戻るわけにはいかないのだけれど。

「なんじゃ? お主、自分のカラダに自信がないのか?」

「や、そういうんじゃな……くないか……」

「全く。これじゃから最近の若者は……」

「サクラも、そうじゃないの……?」

 サクラは首を横に振って、にじり寄ってくる。

 ポンと、太ももに手を乗せられたのに驚いて、体がビクッとなる。急に触るのはよくない。あと、緩急をつけて(さす)るのもよくない。ドキドキしてしまう。

「お主は、自分のどこが嫌いなんじゃ?」

「ぜ、全部……だと、思う……」

 自覚している自分という存在は、客観的に見れば『最悪』だった。真っ黒に荒んだ過去を顧みて確信した、自己嫌悪だと思う。最近はアリスにたくさん励まされて少しはマシになってきたと思うけれど、世に言う普通の自尊心に達しているかと言われたらそれも違った。

 サクラは一度軽い溜息をついてから、太ももに置いていた手を肩へと持ってきた。

「そうか。じゃったらお主は、気に入らない自分をありすとやらに押し付けるということじゃな? 自分の嫌いなものを、他人に好きになってもらおうと、そういうわけじゃな?」

「え、あ……」

「お主の嫌いなお主の手と、ありすは手を繋いでいるのじゃぞ? お主の嫌いなお主と、ありすは一緒に歩いておるのじゃぞ?」

「で、でも……」

「それは本当に、『好き』ということなのかの? 守ってもらえるから、子供みたいに甘えとるだけではないのかの? どれだけダメ人間でも、親は匿ってくれるからのぅ」

 一点の曇りも無いサクラの瞳がすぐ目の前にあって、そこには自分が写っている。

 誰がために凄むのか知らないけれど、その瞳にだって見るに堪えないダメ人間が写っているに違いない。アリスが見ようと、サクラが見ようと、自分が見ようと、自分は確実に劣っているのだ。だから虐げられるって事実も、瞳には写っているはず。

 それは、仕方のないことなのだ。

 でも、今、自分は幸せだ。

 怠慢を見抜かれるまでは、ほんの一瞬だった。

「お前さんじゃないわい。ありすじゃ。ありすが気の毒じゃということじゃ」

「あ……」

 サクラは肩を掴んでいた手を離して、今度は頬を撫でる。緊迫する空気も助けて、自分に考える時間を与えてくれない。

「のう。お主は、ありすが自分自身を嫌っておったらどうするのじゃ? 励ますじゃろ? それでも自分自身を好きにならんかったらどうするのじゃ? 嫌じゃろ? そんなにも自分のことが嫌いなやつと手を繋ぐのは、なんとなく気が引けるじゃろ?」

 重ねられた問いをいっしょくたにして、サクラは「ん?」と首を傾げて訝ってくる。

 何かを繕おうとする気持ちは、その優しい表情に洗い流されて消えた。

「この者は本当に自分を好いておるのじゃろうか? と不安にもなる」

「……好き、だもん」

「ありすも、そうじゃったら、きっと悩んどるじゃろうな。お主が、自分を嫌いなせいで」

「ち、違うっ。ノアは……」

「なんじゃ。言うてみい」

 左手で頬を優しく撫でられて、右手で髪の毛を梳かされて。自分は、そんな自分の頬も、髪の毛も、好きになることはできないのだろうか。

 いや、そんなことはない。

「ノアは、何をやってもダメだし、センスも無い……。頭も良くないし、運動も全然……。だから、自分のこと、好きになれない……」

「そうかの、なら――」

 頬から逃げていく温かさを追いかけるように、自分の中にある精一杯の勇気を――アリス限定の勇気を振り絞って、「でも!」、サクラの手に自分の手を伸ばして握る。

「でも! ありすと繋いでる手は好き……大好き! サクラと繋ぐ時の自分の手も、好き、だよ……? だから、自分を嫌いなままじゃダメ、かな……」

 サクラはまた首を傾げる。今度は、少しだけ表情が硬くて、怖かった。

 でも、勇気が勝ったんだと思う。

「今の自分のこと、好きになっちゃったらね、これ以上、アリスに好きなってもらえない気がするの。アリスに、本当の意味で『好き』って言って欲しいのに、アリスの家族としての自分を好きになっちゃったらね? そこで終わっちゃうの。だから、ノアは、まだ、自分のことを好きになれない……んだと思う」

「そうか……」

 右手で捕まえていたサクラの左手が、また離れて、今度は二の腕の辺りをがっしり鷲掴みにされる。右手も同じように、二の腕を掴んでくる。おまけに、真下を向いたので、今、目の前には、可愛らしいサクラのつむじが二つ見えるだけになった。

「サ、サクラ……?」


「むふふふふっ!」


「え?」

「よかったのじゃ。わしは心配したぞ。その程度の気持ちなのかの、と」

「ん?」

「でも、ちゃんと“好き”みたいじゃな。安心じゃわい」

 急に口調がぶっきらぼうになる。下を向いていて表情が読めないせいもあって、また少し怖い。

 サクラは自分の二の腕を握ったまま、言う。

「ほれ! 立つのじゃ!」

「う、うん……」

 そして立ち上がる。

 随分と長い間座っていたせいか、若干立ち眩みがする。でも、サクラが腕をしっかりとつかんでくれているおかげで、安心する。

「あ、ありがとサクラ」

「うむ」

「あ。今ね、サクラに掴まれてるから、自分の腕も好き、かも……」

 鼻で笑いつつ言うから、付け焼き刃感は否めないのだけれど、つまりそういうことだと思う。

 それだってちゃんと自分なのだと、そういうこと。

 理由はどうあれ、アリスが好きと言ってくれた自分なのだ。思い出すたび好きになれるじゃないか。

 そうか。

 そう思える人を増やしていくこと。それが、友達を作るってことなのか。自分が好きになれる瞬間があれば、きっともう友達なのだ。

「ねぇ、サクラ……」

「うむ」

「友達って、思ってもいい?」

「うむ」

「良かった……!」

「うむ」

「うんうん」

「うむ」

「うん……。サ、サクラ……大丈夫? どうかしたの……?」

「うむ」

 様子がおかしい。

 相変わらず顔は下を向いたままだけど、若干小刻みに震えている気がする。寒そうにも見える。

「さ、寒い……? や、やっぱり、服着よ……!」

「うむ」

「ねぇサクラ」

「うむ……」

「も、もう。貸せる服も無いから、保健室に行こ……。ベッド、温かいと思うの。寒かったら、ノアも一緒に(くる)まる……。あ! 嫌だったらやめるから!」

「うむむ……」

「サクラ…………?」

 そんなに具合が悪いのでは急を要する。

 力に自信はないけれど、サクラが体重を寄せて来たら、その自分も好きになれる気がする。そうしたらきっと、今思うよりは、少しは力が出てくれると思う。

 二の腕をロックした手は外れそうになかったので、そのままで階段を一段下に降りる。そうしてサクラのちょうど真下に位置取る。こうすることで、その表情を覗きやすくなる。もしかしたら、泣いているかもしれないから、ちょっと急ぐ。

「うむむむ……」

「あれ……? サクラ……?」


「御免!」



「えっ?」



 後ろに押されると同時に、二の腕のロックを解除される。感じるのは後方への推進力というよりも、真下への引力。一段一段数える暇もなく、世界は流れてゆく。あっという間にサクラは小さくなって、いつの間にか消えた。それでも階段は続いていて、着地予定のはずの踊り場へは辿り着かない。

 今までぐるぐる螺旋していたはずなのに、今、後進するのは直線の気がする。そんなはずはないのに、確かにそう感じる。

 三十秒も経つと、視界が紅茶色に染まりだす。夕焼けの色に似ている。似ているけれど、絶対に違う。今は、まだ朝のはず。

 さっきから同じところを滑落している気がする。

 何分経っただろう。ここはどこだろう。自分はどうして落ちているのだろう。自分は落ちているのだろうか。

 夕、夜、朝、昼、と何度か繰り返して、気が疲れて、世界は微睡んで、気付くと眠ってしまっていたのだと思う。

 でも、何となく、目は覚める気がする。

 しばらくしたら、眠っていたことを思い出すのだろう。

 そしてきっとこう言う。



「変な夢、見たの……」



【あとがき】

 書いていて気付いたのですが、やはりノアはアリスとでないといちゃつきませんね。私は、キャラが勝手に動き出したものを文に起こす執筆スタイルなので、こういう結果になると、とても面白いですね。

 キャラもだいぶ出てきたので、カップリングが楽しみです。

 王道ノア×アリ、重い愛リズ×アリ、ノア×サク、リズ×ノアなんてのもありえるかもです。

 私も未知数なところなので、書いていて楽しみです。


 

 次回は、本編に戻っていきたいところです。

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