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Ⅰ 春、変わりゆく。

【まえがき】

 第二章ラストになります、ルート編です。

 おかしな世界がたくさん出てきた今章。

 どんな終わりを迎えるのか、乞うご期待!



 本編です。






 


 僕の「さようなら」は、一体いつ、「またね」に変わってくれるのか。それとも、待っていては変わってくれないものなのか。否が応でも訪れる絶対不変の春のように、勝手に遷移してはくれないのだろうか。

 にこやかな笑顔で手を振る彼女を挟むようにして聳える、あの桜のように。互いの散りゆく花びらを見てすら物言わぬ、あの(ふた)つの桜のように。


「またのぅ」


 左から右へと舞う小さな花びらが、時折彼女を視界から消す。その度新しい彼女を見ている気がして、取り残されるような焦りと不安を覚える。実際、帰り支度をしているのは僕だから、取り残されるのは彼女の方なはずなのだが。

 手ぶらで校舎に背を向ける様は、それは一際目立っていた。

 夕焼けの色と似ても似つかない薄紅色の髪の毛が、背景の校舎の壁(アイボリー)との線引きをしているようだ。輪郭の内側には、作られた剥製のような、まるで絵画の中の決まりきった笑顔(ひょうじょう)のような、そんな写実が見て取れた。それなのに、躍動する桜の花びらが奥行きを演出していて、一枚絵として固くもなり過ぎていない。

『二度と見られないのではないか』と不安になるほど、綺麗な光景だった。


 〈でも〉


 何か違う。腑に落ちない。

 この絵の中で、必要のないものがあった気がしてならない。

 全体の下地を支えている、校舎の白壁だろうか。いや、キャンバスが無ければ、絵は描けない。鮮やかさと彩りを添える桜だろうか。いや、自然的な要素を抜いてしまっては、とても人工的なものになってしまう。僕とサクラ以外の人間の影も見えないという寂しさだろうか。いや、ここに下校途中の生徒が入ってしまっては、独特の悲壮感は演出できないだろう。校舎の窓から誰かが覗いているのすら好ましくない。

 だったら、僕の持つ視界という枠だろうか。〈それは違う〉と、首を横に振る。そうすると、枠組みは消えた。

 なら、彼女という存在が抱える謎だろうか。〈それも違う〉と、頭を抱える。彼女が謎めいているのは、彼女の存在がもたらすものではなく、僕の無知が引き起こしているのだ。

 それがわかるまでは、僕は岐路に付けない。

 わからないまま絵に背を向けてしまったら、次の瞬間にはすべて消えてしまっているような、そんな結末が待っている気がするから。夕方が夜に変わる、そんな切ない当然を思うにも似た感情が、僕の中には芽生えてしまっていたから。

 こうしてぼうっと眺めていると、時間が経つのが遅く感じる。絵として成り立つ夕方の時間だけ長くなっているような錯覚に陥る。動きのある桜を頼りに、感覚の麻痺を必死で食い止めようと試みる。

 散りゆく花の一片一片を、目で追いかける。そのすべてが違う表情をしているという必然に気が付いて、無知な自分を呪いながら委縮する。そうすることで、僕の中で大きな存在だった彼女が、より一層大きく見えて、少しだけ怖くなった。けれど、目を離せなかった。それだけの魅力が、価値があったのだと思う。

 こんなにも美しい唯一(・・)の瞬間を失いたくない、なんてことを思い始める自分もいた。


 〈……唯一(ゆいつ)?〉


 そうか。そうなんだ。

 当たり前だけど、この瞬間は〈唯一〉だし、〈二度とはない〉。だからこそ美しいとも言えるし、奇跡なんて言葉を手向けて賛美したりする。

 千変万化に流転する、この絵画の中の風景を、切り取ることは簡単にできる。でも、そういう心を打つような瞬間を切り取るのは、容易ではない。幾つもの偶然が重なって、それが奇跡になって初めて、〈唯一〉になるのだ。

 僕はそれを知っている。世界をやり直した僕だからこそ、言える。

 だからこそ僕は、「またね」を言うことができないのだ。またあってしまったら、それはもう、美しかろうが奇跡だろうが〈唯一〉ではなくなってしまうのだから。〈唯一〉である存在を、やり直すことで〈唯一〉でなくしてしまうのが怖いから。

 代わりが利かないからこそ、後戻りできないからこそ、僕たちは精一杯になれる。最後を思う悲しさはあるけれど、それを乗り越える楽しさや新しい何かを見つける喜びだって、知ることができる。

 僕は、そう学んだから。

 だから、「またね」と言えないのだと思う。

 そう考えれば、普通なのかもしれない。

 サクラが口にした「また」という言葉の意味も。手を振りながら空虚に微笑む彼女の真意も。

 僕にはわからない。本当に、わからない。

 けれど、このまま帰ったら、いけない気がする。

 何がいけないのか、どういけないのかはわからない。でも、胸騒ぎがする。僕の後ろに帰り道が無い気がして振り返れない。もしかしたら、漆黒の(ほら)が大きな口を開けているかもしれない。落っこちて、出られなくなってしまうかもしれない。

 そう思うと足が震える。


「サクラ……泣いてるの……?」


 これはきっと、球技大会のせいだ。

 僕の手足が言うことを聞かないのも、きっとそう。準々決勝まで、帰宅部なりによく走ったと思う。こうやって帰り道の一歩を踏み出せないのも、困憊した体のせいなのだ。間違いない。

 第四位という中途半端な結果が、サクラの涙を呼んだのだ。『体育館優先使用権』のために優勝を狙うという発言をしていたし、余程悔しかったのだろう。無理して笑顔を作らなくてもいいのに。


 ――泣いてしまうのなら、「また」なんて言わなくていいのに。


 遠巻きに見る彼女の涙は、細く頬を伝っていた。拭われずに、ただただ流れ落ちていく様は、途轍もなく心苦しかった。微笑みがまた、苦しさに拍車をかけた。

 このままこうして立ち竦んでいても、結果は同じになる。太陽は沈んで、月は昇る。キャンバスは、絵具を残して黒へと変わってゆく。それで輪郭が消えて、彼女は消える。舞い散る花びらも、ただの闇の粒になる。その中で残るのはきっと、月光すらも反射し煌めいてしまう涙に相違ない。

 闇に浮かぶ微細な円弧を、僕はどう愛でればいい。その円弧が涙だとわかってしまったら、僕はどんな感想を述べればいい。そうなってしまう前の絵を知っていたら、僕はどう評価すればいい。

 だんだん怖くなってくる。だんだん夜になってくる。

 また、逃げたくなってくる。また。

 そうだ。進むことも振り返ることも視線を逸らすこともできないのなら、目を閉じてしまえばいい。向かう術なく訪れる闇よりも、自分で故意にもたらすものの方が、幾分か安心できる。

 瞳を開いたとき、そこにあるものが光であると信じて。

 僕は、ゆっくりと瞳を閉じてゆく。夕焼けが月光に変わる瞬間を、自分の瞼でもって演出するように。

 ついに、夕焼けが消える。つられて彼女も消える。代わりに、涙も見えない。何も見えない。

 そして、また(・・)、瞳を開くのだ。

 僕の〈唯一〉は、きっともう見えない。



     △▲△▲



「あ。ルート、来た」

「遅かったわね。三分の遅刻よ」

「はぁはぁ……。ご、ごめん。ネクタイの締め方わからなくて、手間取ってた」

 同じ学校に通っているので、ノアの家の前の公園を待ち合わせ場所にして、三人で一緒に登校することにしていた。つい先々日の入学式の放課後に決めたことだった。

 遅れるわけにはいかないと急いでいたのだが、タイの締め方にあれこれこだわっていたら、時間が経過しているのに気が付かなかった。こだわりというか、締め方そのものがわからないので、ただの試行錯誤である。

 アリスは「はぁ」とため息をついて、僕の首元をつかんでくる。

「そして間違えているという結末ね」

「うわっ。ごめんなさいぃ!」

「何よ。直してあげようとしてるのに、失礼ね」

「え、本当に? ご、ごめん。殺されるかと……」

「冗談で言ってるのなら、怒るわよ」

「うそうそっ! 本気だよ本気……って、あれ?」

「うふふっ。冗談よ」

 朝っぱらから、友人の洗礼を受ける。アリスの言葉には劇毒が健在であった。

 それでも、ネクタイを直してくれるあたり、優しい。

「ありがとう、アリス。今度、締め方教えてもらってもいい?」

「妹にでも教えてもらえばいいじゃない。あの子なら余裕でしょ。そういう、正妻ポジション技術的なこと。良妻賢母が過ぎて、リズの夫になったやつは、きっとダメになるわね」

 家事炊事を完璧にこなし、身を削るほどの気配りもやってのける。反射的に人を助けて、見返りも求めずにただ微笑むことを良しとする。大人かと言えば違くて、でもそのあどけない危うさが、保護欲を掻き立てる。

 確かに、そうかもしれない。あれだけの完璧な奥さんがいたら、きっと誰だって頼りにしてしまうだろう。それは依存というのかもしれないけれど。

 僕もそんな奥さん、欲しい。

 うんうん頷いて納得していると、アリスの影から小さい焦りが飛び出してくる。

「ね、アリス……。遅刻、しちゃうよ……」

 そう言ってアリスの袖口を引っ張っているのは、同じ学校へ入学したノア。ミドル時代は別々の学校だったけれど、アリス伝いで知り合って、友達になった女の子だ。

 体格は極度に華奢で、現になよなよしている僕が言うのもなんだけど、少しばかり弱々しい。猫背っぽい俯き具合で、何となく陰気な印象を受けるけれど、アカデミーに入るにあたりアリスとの同棲が始まった最近は、そんなことはなかった。むしろポジティブで、元々の優しさも相俟ってか親しみやすいと思う。眼鏡を外したのも良い選択ではないだろうか。眼鏡も似合わないわけではないけれど、世にも珍しい黒い髪の毛と張り合えるだけの愛くるしい瞳を、歪ませておくのは勿体ない以外の何物でもない。

「そうね。歩き出しましょうか」

「うん……」

 そうしてアリスの影に隠れることを好んでいるようだけれど、ノアならきっと、隣に並んでも何も問題はない。完全な黒なら、あの太陽のようなブロンドの前でも、色褪せることはない。そういう意味でも、アリスとノアはお似合いなのだと思う。

「な、なに?」

 唐突に、アリスが僕を睨んでくる。その眼光たるや、煌々と名探偵のそれのよう。悪口を言っているような表情をしていた覚えはないのだけれど。

 そのはずなのに、何か悪いことをしてしまった時のような悪い汗が、背中からにじみ出てくる。

「これで遅刻したら、三分遅刻したルートのせいね。ノア。もし遅刻したら、三分遅刻したルートのせいにするのよ。いいかしら?」

「うん。わかった……」

「わ、わからないでよ!」

「よしよし。あなたもルートの扱いを心得てきたわね。その調子よ」

 頭を撫でられているノアは、嬉々とした表情で、よくよく見ればつま先立ちして歩いている。というよりかは、アリスの手に頭がくっついていっている感じか。歩きづらそうだ。

 さらさらと黒い髪を手で梳きながら、アリスは策士のしたり顔でこちらを見てくる。

「ちょっとアリス……。変なこと教えないでよ」

「変な事じゃないわよ。あなたがいじられるのは、今も昔も変わらないしきたりみたいなものでしょ?」

「冗談に聞こえないからやめてよ……」

「冗談じゃないもの」

「アリスー……」

 そうして三人で小さく笑う。いつものくだりだ。

 この温かい笑顔にありつけるのなら、僕は何を言われようが何も言われまいが、割とどうでもよかった。



 さて。

 学校まではしばらく歩く。

 ミドルの時よりも幾分か遠くになった。『遠い方』のショッピングモールが、学校の近くにあるので、何だか変な感じがする。〈もう遠くない〉という得も言われぬ感情が、新しい春を思うための他の情動を邪魔している気もする。

 ノアの家の前から十分ほど歩くと、畑や畦は見受けられなくなり、所謂“都会”の風景になる。消えた田畑の代わりに見られるのは、古き良き石畳の街並みだ。

 学術都市というだけあって、看板には研究所やら製作所やら、工業的なものが目立つ。文房具屋もたくさんある。ミドルの時との一番の違いは、喫茶店があることだろうか。店に上がらずとも、アカデミー生活が充実しそうな気がするのは僕だけか。

 そんな都会に、僕らの学校【カシミーヤ上級学校】はあった。

「そんなに挙動(きょど)ってると、隣町の田舎者だと思われるわよ」

 背後から指摘されてはじめて、知らぬ間に先導を切っていたことに気付く。

 振り返って反論しようと思ったら、見慣れない石畳が目いっぱいに広がって、迷子になってしまいそうだった。

「い、いいんだよ、田舎者でも! 田舎の方が空気も食べ物も美味しいし、緑が綺麗だし、土地は広いし、都会に負けてないよ!」

「ルート、必死……」

 都会に憧れていないのかと言われたら、返答に迷うけれど、逆に田舎が好きなのか問われたらすぐさま「好き」と答えられる自信があった。

 なんだろう。大地に肖って、そのお返しをするために生きている感じがして、この辺一帯の風土はすごく気に入っている。しっかりと足を受け止めてくれるような踏み心地の土もいい。歩き慣れない石畳をとやかく言うつもりはないが、踏み固まった土の歩きやすさは石畳のそれを軽く凌駕すると思う。

 生まれも育ちも大自然だし、家がコーヒー園だから贔屓しているのかもしれないけれど。

 見慣れない土地でも一生懸命だった僕の贔屓口は、見慣れないアリスの表情により、閉じられることとなる。

「大丈夫!?」「アリス!」

 何かに耐えているような険しい表情をしたかと思えば、そのまま頭を抱えて地面に座り込んでしまった。

 僕とノアは反射的にアリスの背中を摩っていた。

「だ、大丈夫よ。それより、あんまり背中撫でないでくれるかしら……。二人分は、生温かくて、逆に気持ち悪いわ……」

「じゃ、ノアさん」

「うん。わかった」

 僕はアリスを開放する役割をノアに預けて、原因究明係を申し出る。

 アリスの前方にしゃがんで、問うてみる。

「どこか痛い?」

「少し頭痛がしただけよ……」

 倒れる程の頭痛だったのだから、痛くないとは言っても油断できない。もしかしたら、何らかの原因があって脳にダメージを受けているのかもしれない。

 体がポカポカするとはいえ、汗が噴き出すほどの暑さではないから、おそらく熱中症ではない。見たところ腫れているようでもないし、どこかに打ったということでもなそうだ。

「気持ち悪かったりしない?」

「大丈夫よ。頭痛がするだけ。最近、多いのよね……。ありがとノア、もういいわよ」

「ん……。肩、貸す……」

 ノアの力を借りて立ち上がるアリスは、いつになく弱々しく見えた。

 よく見れば、よろよろと足元がまだおぼつかない。

「本当に大丈夫?」

「大丈夫よ。あなた、リズに似てきたわね」

「え?」

「なんでもないわ」

 どの辺がどう似てきたのかかなり気になったけれど、物凄く面倒くさそうにしていたので、留意しないことにする。それで遅刻しても困るし。

 アリスは「ふぅ」と一息つくと、何やら毒を吐いているようだった。

「まったく……。一体、誰のせいよ……」

 紛れもなく毒づいた口調だった。にもかかわらず、誰に対しての特効薬なのか、アリスは明白にしなかった。いつもなら、必ず名前を添えるはずなのに。

 やはり、おかしい。

 今の発言では、僕だけではなく、ノアまでも服毒してしまうのではないだろうか。アリスはそんなことはしないはずなのだ。少なくとも、僕にじわじわ効いてきている今の毒を、ノアにまで投じる必要はないと思う。

 考えあってのことなのか、それは後で問い詰めるとして、今はフォローに回ろう。

「ノ、ノアさん。今のは、僕が言われたんだからね」

「大丈夫……。ね、アリス……?」

「わかったわよ。昼休みになったら、あたしの教室に来なさいな」

「うん……!」

「え? ん? どういうこと?」

 どのタイミングで取り合わせたのか知らないけれど、とにかく『わかった』らしい。

 とりあえず、面倒なことにはならなそうだけど、せっかくのフォローがスルーされて大変恥ずかしかった。

 そうして、漸く学校へ歩き出す。

 アカデミーの生徒たちが目立つようになるまで、僕の前を歩く二人は手を繋いでいた。とても危なっかしくて、見ていられない。

 結ばれた場所に目線がいかないよう、必死に周囲を観察した。まだ見慣れない石造りの街並みに、小さな胸が高鳴っている。少し白っぽい壁は、自分の顔の赤さを映してしまわないか、少しだけ不安になった。

 二人の肩と肩の狭い隙間から先を見れば、学校はもう見えている。

 一歩一歩歩みを進めるごとに、僕の鼓動は強く、速く刻まれていくのだった。こペースだと、学校へ到着するころには心臓が破裂してしまっているかもしれない。拍動が歩くスピードを追い越してしまわないよう、深呼吸してみる。真っ直ぐな道だから、加えて目を閉じてみる。

 意外と、落ち着けた。

 前を歩いていたアリスが急に振り向くまでは。

「そ、そうだわっ。あ、あなたにも、感謝、してるわっ! そ、その、つまり……あ、ありがとってことよっ!」

「え?」

「べ、別になんでもないわっ! 目瞑って歩くの危ないわよって言ったの!」

 饒舌になったかと思えば、また前に向き直ってしまった。

 感謝と注意を一緒にされたのだろうか。なんだかよくわからない。でも、とりあえず、怒られているということはなさそうだ。

 ただ、こちらからでも一つわかることがある。

 アリスの視線が右往左往に泳いでいて、定まっていないということ。ブロンドからちらりと見えている耳が、真っ赤になっていること。その赤い色が、周囲の白壁のせいで余計目立ってしまっていること。

 アリスが緊張しているということ。


 〈アリスにも、緊張することあるんだな……〉


 単純に、関心を抱いた。

 この春からアカデミーということで、色々な変化を感じているのは確かだ。ノアがアリスの家に居候を始めたことをはじめ、ネクタイの締め方然り。他、色々。

 その中で、“アリス”という、自分の中で確固たる存在としてあり続けた人物が、変わろうとしている――いや、変わってしまったということに、断然興味が湧く。

 変わるのは怖いことだとよく聞くし、僕自身もそう思っていた。けれど、アリスの様子を見ると、一概にそう言い切れるわけではないらしい。ノアの眼鏡が外れたのも、とても良い変化だと思う。

 こうして知覚する新しさを噛みしめて、僕は学校へと続くこの路地を行く。

 満足しているような、はたまた何かが不足しているような、微妙な違和感を抱きながら。同時に、新しさの中にある変わらぬ日常のようなものを求め、心の手を伸ばして。

 なんだろう。不思議だ。

 まだ、始業式の日の一回しか通っていないはずなのに、もう、行き慣れているような感じがする。

 なんとも恐ろしい。これが大人の余裕なのか。ネクタイは結べないのに。



 そろそろ学校が近づいてきたところで、二人は繋いでいた手を離したようだった。一息つける安堵半分、ちょっと勿体ないなという悪心半分、僕は持っていた。

 そしてまた、三人並んで歩くのだった。やっと視界が開ける。

 一番に目に飛び込んでくるのは、校門にどっしりと腰を落ち着ける、双子の桜だった……らよかったと、思った。

 どうしてか僕の視線は、屋上へと吸い込まれた。

 屋上では、『私もここにいるんだ』と知らせるように、小さな桜が花びらを散らしていた。

 僕に植物の気持ちはわからないけれど、その桜はなんとなく寂しそうで、泣いているようにも見えた。双子に比べて早かった終焉は、『見て』と必死に言っているようでもある。その苦しそうな表情は、見ているのがつらかった。

 僕は目を伏せて、前を向くことにした。

 少し先を歩いていた二人に追いつこうと、僕は人込みの間を駆けた。



【あとがき】

 百合における最重要人物「傍観者」を、今回はルートにやらせてみました(なんか、常にルートな気がする)。

 嫉妬するほど深入りせず、看過できるほど浅くもない。そんなところに位置取りをするという、難しいポジショニングです。色んな意味で、ドキドキはしてしまうのでしょうね。色んな意味で。

 


 今回は意味深なフェードアウトをしてみたので、ワクワクしていただけたかと存じます。

 次回は「あのキテレツ和ロリ」が登場しますよ。

 お楽しみに。

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