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Ⅴ Wish is Across

【まえがき】

 アリス編ではたくさん【魔法】が登場しましたが、これはこのあともう使いませんので、覚えてしまった人、すみません。

 魔法名とか考えるの好きなので、力入り過ぎちゃいました。(テヘペロと真顔で言っている)

 どの魔法も、名前に由来があるので、気になったら調べてみてください。

 もしかしたら、ルーモス一大テーマを解く手がかりがあるかも……!?



 本編です。





 


 あたしにしては珍しく、全然眠れなかった。

 寝ぼけ(まなこ)で部屋を見渡せば、理由は幾つかありそうだった。

 一つは、今日と明日が『太陽日』だということ。

 農作物云々かんぬんの国政で一年に何度か、一日中太陽が照りつけるという日を設けることになっているのだけれど、今朝がまさしくその一日目だったのだ。今朝というのは、つまり午前0時からという意味で。

 世界魔法機構の精鋭が【観測波交錯(ミラージュ)】という最上級魔法を行使して、太陽を増やすらしいのだ。物体は偽物だけど光は本物という、天文好きのルートが気に入りそうな【魔法】だ。

 そんなわけで、深夜まで寝ずに起きているあたしにとれば、昨夜の睡眠は『夜にする昼寝』のようなものであったわけだ。

 昼寝に慣れていないあたしは、起きられるかどうか不安だったので、ずっと起きていることにしたのだが、いやはや、眠い。

 すぐに上下瞼がくっつきそうになるのを気合いでブロックしつつ、また部屋に視線を飛ばす。そこには、二つ目の理由がぶら下がっていた。

 今日は球技大会だった。

 イベント直前の夜に気持ちが高ぶって眠れない、というようなことは今までなかったけれど、初めて【魔法】を使った球技大会をするから、勝手に萎縮しているのかもしれない。

 何が怖いって、あのダサい名前の五人衆を敵に回すことがに決まっている。破天荒サクラが同じクラスで良かったと、心から安心する。

 あんなじゃじゃ馬に暴れられたら、球技大会どころではなくなってしまう。クラス対抗サッカーなんて、【テレポーテーション】専売特許の彼女からすれば、溜息が出る程簡単な球技だろう。消える魔球どころか、自分ごと消えてゴールまでワープすれば一瞬で片が付きそうだ。

 いや、そんなことより。

 あたしは、この子を敵に回すことの方がよっぽど怖かった。隣で安らかに寝息を立てている、あたしの不眠の一因の方が。

 絶え間なく伝わってくるこの子の夢の内容が、試合中誰かに伝わってしまわないか、心配になる。皮肉なことに、【テレパス】などという意思伝達方式がこの世界には存在しているのだ。

 火炎以外の【魔法】に適性を持たないこの子が、高揚とともに胸の内を周囲に発信しないとも言い切れないのだ。

 こんな夢が知られたら、あたしも恥ずかしくてならない。

「そういう意味じゃ、なかったんだけど」

 昨日、あたしが出した答えが余程嬉しかったのだろうか。現実の寝顔にまで嬉々とした感情が表れている。その鱗片に触れようと、あたしは指を伸ばす。

 温かかった。

 温かいものは、あたしの好きなものだ。

 好きなものには、触れたくなる。そこにあるのが、温かさだと知っているから。

 ノアはとても温かい。ノアと眠る布団は温かい。ノアといる部屋は温かい。ノアのいる空間は温かい。ノアと過ごす時間は温かい。

 これはきっと【魔法】じゃない。

 何年も前に、あたしは同じ温度を感じたことがあったから、分かった。


『家族として好きよ』


 ノアの想う好きとは、また違うのかもしれないけれど、ノアが喜んでくれるのなら、答えはそれでいい。

 ノアの好きを理解できるようになるころには、ノアはもうあたしを好きじゃないかもしれないけれど、あたしの気持ちは絶対に変わらない。

 不自由なのだと言ってもいい。そうやって縛られていることが、あたしにとる自由なのかもしれないのだから。

 だから、あたしは、この子の傍にいたい。いなければいけない。

 そう思うことはできた。けれど、今はそれだけだった。

 あたしはそれを誤魔化すために、キスをするのかもしれない。

 きっと、違うのだけど。



     ***



 登校道。



「僕はアリスのクラスが優勝すると思うな」

「ノアも」

「そうかしら。経験者まがいがいるクラスの方が有利な気がするんだけど」

【魔法】の使用が許可されている以外は、普通のサッカーと同じルールなので、ルールを逆手に取った戦術が立てられる経験者がいるクラスには、ハンデが課されることになっている。

 経験者というのは、『ミドル時代にサッカー部所属である』という条件のもと決められているので、ルートのような存在はいわば『ルールを守った反則』なのだ。おまけにツワモノ五人衆の一人でもある。

 得点源筆頭のそいつは、あたしの隣を歩くノアのさらに隣で何やらぼやいている。

「で、でも、今回は【魔法】が使えるんだよ! 知らない【魔法】を使われたら、いくらサッカー部でもすぐに対応できないと思うんだ」

「じゃ、ノアのは、すぐ対応されちゃうね……」

「ノ、ノアさんは例外だと思うよ……」

 あの火炎に思うところがあったのか、ルートは言下に「でもさ」と話題を変えた。

「強い魔力を持った人もいるのに、大丈夫なのかな。まさかとは思うけど、死人とか、でないよね……」

「大丈夫よ。今日の学校は【崩力減衰(サフォケーション)】で覆われてるから、破壊力はあらかた削られるらしいわ。昨日のルートの【フレイム】くらいなら、静電気レベルの威力に抑えられるんじゃないかしら?」

「さすがに抑えられ過ぎじゃ……」

「冗談よ。あれぐらいなら、多分、バレーのスパイクくらいにはなるんじゃないかしら? 温度は熱湯ぐらいかしら」

 あたしは、担任の先生の説明を比喩表現丸ごと受け売りで話す。

【フレイム】が熱湯スパイクなら、ノアの火の嵐はなんだろう。激熱サウナとかかしら。

 できればサウナの中でサッカーはやりたくない。それは術者自身もそうだろう。つまり、使いようによっては、使えるかもしれないということだろうか。

「ねえ、アリス。今、【サフォケーション】って言ったよね?」


 〈……ということは、直接外界に効果を発揮しない【魔法】については、半減されないということ……?〉


「ええそうよ。つまり、対象は物理魔法だけということ」

「あ…やっぱりそうなんだね。じゃ、じゃあ、アリスの【グラスピング】みたいな精神系魔法は、半減されないってこと?」

「まぁ、そういうことになるわね。でも、試合に使えるのはせいぜい【テレパス】くらいだけど。先生たちもきっと、それが狙いなんだろうし」

 あまり話したことがない人が相手でも、作戦伝達という意味合いでならコンタクトもとりやすいという人も多い。それを皮切りに友達ができたりもするかもしれない。

 だから、破壊行為を抑止する【サフォケーション】なのだと思う。完全禁止の【インターセプト】ではなく。そこは先生の優しさなのだろう。

 ただ、半減の対象外は精神系魔法だけではないという盲点もあった。

「あなたの【プロテクション】も、半減されないわよ」

「あ。そっか。防御系魔法も半減されないのか。……ということは、強化系魔法も大丈夫だね」

 ルートの記憶にあるサッカー戦術論を駆使すれば、勝てる陣形は何となくわかる。それを突破されないようにと、二重三重に策を巡らせるのにはあたしの勘が助けてくれる。

 ポイントゲッターに目一杯身体強化を施して、それを援護する一騎当千スタイルが攻守バランスも良好で、尚且つクラスメイトの得意分野を生かしやすいか。

 月並みが過ぎるか。いかにも教師が思いつきそうな戦術だ。

「何か良い戦術はないかしら?」

 これでは、やる気のない人間にすら負けてしまうかもしれない。

 そう例えば。

「うーん……。そうだなぁ……」

 首を傾げ真剣な表情になるそいつからは、試合というイベントに対する執着を感じられない。それでいて、あたしの問い――戦術に関しては、思案に熱がこもっている。

 短絡的な拒否反応は幼稚で、見ていてとても面白い。

 周囲に迷惑をかけているから、笑っている場合ではないのだけれど。

 だからあたしは、毒を塗りたくってやるのだ。そのためにあたしは、心に毒をためるようになったのだ。毎晩ノアに吸い尽くされて解毒されても、悪夢を見ればまた積もる。

 それくらいが、ちょうどいい。

「楽しそうな顔するわね」

「え? 僕? そんなこと……」

 あたしの意を汲んだのか、間に挟まれて小さくなっていたノアも加戦し、等身大に助長する。

「作戦考えてる時、いつも楽しそうだったよ、ルート」

「いつもは考えてないけど……。そうかな……」

 嬉しいのか嬉しくないのか、自分でもわかっていないようだったけれど、表情は決して暗くなかった。ノアはそれを見てとても嬉しそうにしていた。

「うん。そうだよ。ルート、楽しそう」

「あ、ありがとうノアさん」

 あたしはそんな連鎖を垣間見て、顔が熱くなった。変な汗もかきそうだった。だから、少しだけ腕まくりをした。ボタンも一つだけ外した。

 繋いだ手に緊張が伝わらないように、あたしは視線を遠く遠く、空の彼方へと放り投げた。

 その空から、ふわりと風が舞い降りてくる。

 ノアはあたしの手を強く握り返してきた。[離れないよう]に。

 ルートは歩みを止めた。〈止まらないよう〉に。

 あたしのもとへ、一片(ひとひら)の花びらがひらり、やってくる。ゆっくりと、あたしの右頬へ。

 ぺたりとくっついたそいつをはがすと、下半分が破けてしまった。新しい匂いとは裏腹にとても萎びていて、それとなく年季を感じた。

 手を離すと、そいつはまた風に乗って、空へと飛んで行った。目で追えば、そこには巨木が二本、元気よく門前に構えていた。その二本のうち一本の花びららしかった。

「もう、散るのね」

「そうだね……」

「ノア、この木好きだから、残念……。でも、奇麗……」

「そうね。綺麗だわ」

「きっとまた見れるよ」

 あたしの中にあった“予感”は、ルートの中にあった〈確信〉に埋められて、どこかへ消えた。

 生まれてこの方ここでしか見たことがないこの桜という樹木を、ルートはなぜか知っている。一年に一度、春が来ると花を咲かすのだということも、散り際すらも美しいのだということも、知っている。

 ただ(ひと)つの不思議(ふしぎ)を除いては。

「アリス、どうしたの……?」

 あたしは【グラスピング】を使って、失った“予感”を探した。ノアの力を勝手に借りて。

 中空へと舞い消えた、あの花びらを追った。

 ついに辿り着いた場所――排水路を流れながら見る学校は、とても大きかった。

 屋上で満開を迎えている中くらいの木の上で、あたしの“予感”は密かに確信に変わろうとしていた。



     □■□■



 球技大会二日目。最終日。

 クラス対抗サッカー決勝戦、【昏睡(レサージ)】を使用してきた三年生の前に、あたし含め一年生クラスは手も足も出なかった。体に力が入らなくて、その場に寝転がるくらいしかできなかったのだ。

 目を醒ました時、目の前には地面に這いつくばって、一人息を切らしているサクラがいた。

 あたしたちは、負けたのだ。

 サクラは、あたしの胸で声を上げて泣いていた。



【あとがき】

 これこのあとどうつなげるんだ? とお思いの皆さま。

 安心してください。

 つながりませんよ!



 と、冗談はこれくらいで。

 ルーモスの構成としては、キャラごとに視点分けがなされておりますが、ルーモスという物語の主人公はあくまでも『ルート』です。

 アリスやノア、リズももちろん、サクラだって大事な登場人物です。

 スピンオフという形式でももちろん良かったのです。ですが、ルーモスはルーモスで完結させたいのです。なので、この形式にさせていただいております。


 スピンオフとして百合百合したのだけを楽しみたい方、ご安心ください。

 実は、『Aryys-1』『Noah-1』などの名前を関した章は、その名前の章だけを辿ると、スピンオフ的な話の流れになります。

 つまり、Aryys編を読めば、主人公がアリスになりますし、Noah編を読めば、主人公はノアになります。


 というわけで、キャラも大方登場しましたので、気に入ったキャラがいらっしゃれば、読み方を変えてみても面白いかもしれません。



 次回は、第二章完結編です。

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