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Ⅳ You give Own

【まえがき】

 さて。

 お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、実は、Arrys-3のタイトルは、TCGのパロディになっております。

 響き重視なので、特にやりたかったとかではないのですが、タイトルの意味的にはかなりしっくり来ています。



 本編です。





 


「まず、そうじゃな。お主の好きな食べ物はなんじゃ」

「うっ、くっ……! そんなこと、どうだって――


 話を逸らそうと試みるも、口が言うことを聞いてくれない。口がというよりは、口を動かすための筋肉がか。いや、もっと言えば、口を動かすための筋肉に指示を出している脳、かしら。

『言いたくない』という感情からくる抵抗の指示だけが運動神経に伝わらないようにと、何者かに回路をコントロールされているかのようだ。

 どうやら、許諾と肯定の回路に結び付けられているようで、口が勝手に告白してしまう。


 ――ハ、ハラスよ……。わ、悪いかしら!?」

「むふふ……。いーや全然。わしも好きじゃよ、ハラス」

 得意満面のサクラは、腕組みしながらあたしの周囲を右往左往し、体の爪先から頭頂部までしっかりと、舐める様に見つめてくる。

 本当は「あんまり見るな」と脅してやりたいけど、木に縛り付けられたこの状況では説得力が皆無だ。拘束している縄を切断しようにも【真空切断(カッティング)】は魔力不足だし、抜け出そうにも【瞬間移動テレポーテーション】は、あたしに使えない。

 だから、今あたしにできることは、せいぜいサクラを調子付かせないよう睨みを利かせるか、そのサクラの後ろで手を拱いて挙動不審になっているノアに一か八かの【テレパス】を試みるか、それぐらいのものだ。

 魔力的にもラスト【テレパス】となるから、本当に一か八かだ。

 文面を練る時間は、サクラがあたしにする質問を考えている時間と同じだけある。

「ね、ねえ……。ちょっと……。やめてよぉ……」

「なんじゃ。お主、まだおったのか」

「い、いるもん……!」


 [な、なにこの人……。アリスにひどいことするなら……]


 強がるノアから、あたしの意識をも焼き焦がしてしまうような熱い思いが伝わってくる。錯覚でなければ、ノアの周囲に陽炎が立って空間が歪んでいる。

 そうだそうだ。燃やしてしまえ。どうせ逃亡するのだろうけど、その後の始末に追われてしまえ。

 ……というのは冗談だけれど。

 いつ体を(まさぐ)られてもおかしくないこの状況下である以上、あたしもノアの劫火に焼かれないように用心しないといけないかもしれない。その時は、【テレパス】ではなく、【プロテクション】に変更か。

 臨機応変に対応するために心を落ち着けるあたしとは裏腹に、ノアの動揺は激しさを増していっている。

 拍車をかけるように、サクラがあたしの耳元に顔を近づけて、妖しく囁く。


「試してやろうか?」


「何を、よ……」

 甘ったるい花の香りが、諄々しく鼻を衝く。どこかで嗅いだことがあると思えば、これはさっきまでサクラが眠っていた、あの天然のベッドの匂いだ。いや、逆か。あのベッドが、サクラの匂いになったのか。

 上からも横からも、同じ匂いがする。まるでサクラに精神を支配されている気分になる。これが【コンフェシオン】の効力なのだろうか。

 やられている側の気分を害するとは習ったけれど、なるほど気分が悪い。自分の魔力だけに尚のこと。耳元で囁かれていることに対する至妙な違和感も、この不快感の原因の一つで間違いなさそうだ。

 あと、サクラに自分の【魔法】を反射されたあたりも、ものすごく気分が悪い。

「悩んでおるんじゃろ?」

「…………」

 ふふふ、と鼻を鳴らすのが、耳の近くで聞こえる。

 そのくすぐったさに気を取られそうになる暇もなく、脇腹辺りを何かが這う。左右非対称、温かくて柔らかい。それはすぐに虫ではないとわかった。

 だからなのか、目角を立てて憤激することもできない。

「だから、試してやろうと言っておるのじゃ」

 その行為自体が、ノアを試していることをサクラは知らない。

 行き先も知れぬ彼女の手は、背中に行ったり、腰に行ったり忙しい。たまに感じる緩急が、まさしく無目的。

 あたしは、そんなサクラの軽薄さを呪う。

「ふふっ。別にいいわよ。その代わり、あんまり調子に乗ったら、明日絶対凍らせるわよ? あなたの寝床」

「そう来たか。まぁ、よかろう。……それじゃ、始めるかのう」

 漸く、あたしの体の周囲を渦巻いていた甘い香りが退散する。

 サクラは振り返って、ノアの方をびしっと指差す。

「それ、そこの、こっちへ来るんじゃ」

「え?」「え?」

 ベンチに座っていたノアとシンクロしたのがわかった。

『あたし遊び』という茶番劇の登場人物としての人選が、意外過ぎたからだ。

「ちょ、ちょっと。どういうつもりよ」

「どういうつもりもなにも、試すんじゃろ?」

「そうよっ。あたしを試すんでしょ? だったら、あの子は関係ないわ。巻き込まないでくれるかしら。ただでさえ人見知りなんだから」

「そんなのは知らんし、誰もお主を試すとは言っとらんぞ」

「くっ……! あんたねぇ……!」

 あたしを縛り付けているのは、サクラの編み出した【捕縛拘束(バインド)】という拘束魔法だけど、縛り付けているモノは、ただの縄だ。でも、【バインド】とは名ばかりで、本質は【念動力(サイコキネシス)】という物体操作の魔法のはず。

【サイコキネシス】による物体の動的作用は、魔法行使者の筋力に左右される。行使者が持ち上げられない荷物は、【サイコキネシス】でも持ち上げられないというわけだ。しかも、距離が離れたり、集中力が途切れたりすると、魔法の作用は低下する。

 つまり、この縄は人間の力でも、解けないことはないということだ。

 これ以上サクラの勝手にさせるわけにはいかない。

 ラスト【テレパス】も、ノアの【火の嵐(フレイム)】も、保険の【プロテクション】も、もうやめだ。どれも運が絡むのなら、結果は早い方が良い。

「ほれほれ。のあと言ったか、お主じゃ。こっちへ、早う」

 サクラは手招きして、戸惑うノアをこちらへ導いている。それも心底楽しそうな顔で。

 でも、もう、これまで。


「【身体強化(インビンシブル)】!!」


 両手を構えること(ルーティンワーク)ができない分、集中力が半減したが、わずかばかりの残存魔力の前では、そんな問題は微々たる話。魔法の起動さえできれば、あとは流れで込める魔力の強さを決められる。

 あまりに注ぎ込みすぎると、力が抜けて歩けなくなったりする。逆に注がなすぎると、今度は魔法として機能しない。その辺は、加減する。

 今回は、十秒限定の怪力を求めて、限りなく限界まで注ぎ込んだ。

 木に縛り付けられているのを、力で解くというとどうしても、筋骨隆々の軍人が木もろとも破壊する下品な光景が思い浮かんで、途轍もなく嫌だ。けれど、今はそんなことに恥らっている場合でもない。

 ノアに聞かれるのは一向にかまわないけれど、サクラにあたしの秘密を聞かれるというのは、どうにも危険な予感がする。

 さあ。ここは絵面(プライド)を捨てて、木ごと壊してしまおう。


 ……ん?


 どうして、ノアになら秘密を聞かれてもいいのかしら。確かに、ノアなら他言はしないだろうけれど、秘密を知られていることに変わりはないはずだ。

 寝食を共にしているから、隠し事はあまりないけれど、きっとサクラの興味はその『あまりない』の裏側だ。『知られてもいい』ではなく、『知られたくない』からわざわざ隠している、完全なるプライバシーの塊。

 それを、あたしは、ノアになら知られてもいいと……?

「なんじゃ急に。わしの【バインド】は、その程度じゃ抜けられんぞ?」

「そ、そうね。そんなこと、わかってたわっ。こ、これは布石よ」

「アリス……?」


 [アリス、すごく顔色悪い……。大丈夫かな……]


 この子に、あたしは、何を思うのか――何を、想うのか。

 あたし自信の魔力で、それが明らかになるのなら、少しだけ聞いてみたいと思った。それはもう、あたしの(ささ)やかな秘密を知られる羞恥など、どうでもよく感じてしまうほどに。

「あたしは、大丈夫よ。あなたは、大丈夫?」

「う、うん。ノアは、だいじょぶ……」

 ノアの微笑みを見ると肩から力が抜けて、緊張していた腹部の神経も休まる。おかげで、魔法で込めた筋力強化も、抜けていったけれど。

 もう、魔力も尽きた。

 ここからは、体の力を抜いて、ノアの問いに答えなければならない。

 それはきっと、自問自答も同じ意味。

 だから、嘘をつくことはできない。あたしがあたしでなくなってしまうから。

「さぁノア。何でも聞いていいわよ」

「ア、アリス……?」


 [な、何か考えがあるのかな……]


 ノアの陰に見えるサクラの不敵な笑みが気になったけれど、それに対抗できる策も魔力も、今は持ち合わせていない。

 ただ、あたしはそんなことよりも、あたし自信の気持ちについて試してみたいことがあった。それが策なのだと言えば、あたしらしいかもしれないわね。

 だから今は、軽くふんぞり返って偽りの余裕を呈そう。

「随分と余裕そうじゃな。何か策でもあるんじゃないかと、わしは臆しておるよ」

「そういうあなたも余裕そうね」

「まぁ、余裕じゃよ。わしはそれよりも、のあが心配じゃ」

 陰から抜け出てきたサクラは、あたふたと落ち着きのないノアの肩に腕を回して、押さえつける。当たり前の流れで素肌に触れるかと思えば、そうしない。嘘をつかないサクラの口上、もしかしたら、本当に心配しているのかもしれない。

 逡巡の合間に、サクラはあたしの言葉を奪っていく。

「ノアは大丈夫だよ」

「本当かの?」

「本当……」

「怖くはないのかの?」

「そんなの……」

 ノアが俯いたのをいいことに、サクラは肩を組んでいた腕をスライドさせて背中に寄りかかり、後ろから抱きつく形になる。

 あたしのポジションが奪われるような気がして、怖い。ノアがあたしのもとを離れてどこかへ行ってしまうのではと、怖い。

 そんなあたしの神経を逆撫でするように、サクラは「大丈夫じゃ。わしがついておる」と優しさでノアを包んでゆく。

 逆鱗に意図して触れるのなら、その覚悟を買って本当に凍らせてやろう。それはもう毛細血管から、吸う空気に至るまで。

 故意か天然かなんて、ノアの反応を見て決めれば早い。


「そんなの、怖いよ……。怖いに、決まってるよ……」


「ノ、ノア?」

 天然、か。

 そうやって人の神経を逆撫でするのも、自由気ままに振舞うのも、あたしのノアに甘い言葉を浴びせかけるのも。全部、天然でやっているのか。

 それを証明するかのように、ノアはまた、顔を上げて言葉を重ねる。

「怖いよ……。ノア、アリスに、嫌いって言われるかもって、いっつも怖い。だって、そんなの、ぜったいやだもん……。でも――」

「よしよし」と、サクラが頭を撫でるとノアは、親猫に縋る子猫のように、その手に吸い付いてしまう。

 それは、あたしの居場所なんだ。だからお願い。恥ずかしいことだってなんだって、どんなことにも答えるから。


 ――お願いだから、盗らないでよ。


 何だろう。力が湧いてくる。……いや、魔力が漲ってくる、が正しい。

 厳密に言えば、正確なベクトルを持った意志の堅牢さが、どんどんと上昇していっている感じか。

 考えるのをやめようとすればするほど抜け出せない、思考の沼という深みにはまっていく。でも、埋もれれば埋もれるほどに、あたしの中にある意志の力は、増幅していく。限りはないけれど、どこかで踏みとどまらなければ、人間はおかしくなってしまうのだと、あたしの中の何かが訴えている。目の前でノアと抱き合っている少女の不思議(おかし)さに、似ているか。

 その不思議を思い出すと、無性に腹立たしくてならない。

 凍らせて、美しい氷の像にしてしまいたい。煩わしくて役に立たないものすべてを。


 [最近、寒いなぁ……]


 ええ、寒くなってきたわね。それはもう凍えてしまうほどに。

 春の到来に浮かれていた樹木も凍てついて、パキパキと痛々しい悲鳴を上げている。春の木々が冬に適応できるはずがないのだ。それと同じで人間も骨を軋ませる。

 辺りは急激に白くなり、刃のごとく凍てついて、鋭く肌を刺激し始める。

 そして、世界は氷点下にーー



「でもね」



 それは、どんな氷もたちまち解けてしまうような温かい笑顔だった。

 誰もが見入ってしまうような輝きを持った仄かな胎動が、新春の芽吹きのように寂れた心の霜を水に変えていく。

 紡がれた蕾は、隣にあった細い新芽にすら縋っている。その姿はあまりに弱々しく、それでも勇敢に見えた。でも、あたしという氷の花から見る、朽ち果て行く未来のその先を、その新芽は見据えているようだった。

「ノアは、アリスの気持ちがわからない方が、怖い……。いつもノアに良くしてくれるの、本当は嫌々やってるんだってなったら、ノア、居場所無くなっちゃうんだ……。けど――」

 今にも萎れてしまいそうな微笑みで、身勝手で凍てついたあたしを温めてくれる。自分が寒くなってしまうのだと、もしかしたら枯れてしまうかもしれないのだと、知りながら。それでも、あたしの中にある花の香りを求めて。

「ありがと。もうだいじょぶ」と、蕾は縋ることをやめる。「あとは好きにするのじゃ」と退散する、その少しつまらなそうな表情には、『期待』も見えた。もしかしたら、花を咲かせようとしているのかもしれない。

 あたしはどうしたらいい。自分で自分を溶かす力もなく、ただ春の到来を待つだけのあたしは。

「だけど、アリスが、アリスの口から、ノアにそう言ってくれたら、ノア、変われるから……。アリスが、ノアのこと、好きになってくれるように、ずっと頑張れるから……。ノアは、アリスのことが、世界の誰よりも、好きだから……」

 その贅沢に縋ることで、あたしという氷が、“あたし”という輪郭だけを残して解けてゆく。実体のなくなったあたしは、枷から逃れて自由になれた。

 縛り付けていた縄から解放された今、あたしはどこへ枝を伸ばせばいい。

 目を閉じて、もう一度自分を【探してみよう】。そうして見つけた自分の輪郭は、一体何を【探している】のか、それを知るために。魔力が尽きていようと、きっとできる。そんな気がするから。


 [本当だよ……]


 ()を開く。そして、枝を伸ばす。

 肩口に手を回せば、応えるように背中に手を回してくる。ぎこちない手つきではあったけれど、それがまた気持ちよかった。密着すると、あたしの中身の無さが露呈するようで恥ずかしかったけれど、もう、それでもよかった。

 いざ懐に飛び込んで顔を(うず)めてみれば、少しばかり頼りがなかった。けれど、目の前を埋め尽くす温かい闇が、真っ黒なあたしを包み込んでくれるようで、安心した。ここが自分の居場所なのだと、そう思わせた。

「アリス……」

 何かを聞かれれば答えてしまう今の自分なら、ノアの気持ちにどう答えるのだろう。

【魔法】というものは果たして、あたしの意志が理解していないものも、形にできるのだろうか。

 いや、【魔法】は必要ないんだったわね。

「聞いても、いい……?」

 こんなに近くでノアの声を聞いたことがないからか、緊張で体が硬く強張る。ノアが腕の痛みを我慢しているのがわかる。

 それでも、今は、この子があたしから離れることはない。

 いや、あたしが(・・・・)なのか。

 もし、ノアの問いに答えられなかったとしても、それだけは言える。そしてきっと、あたしはずっと、この子を必要としていくのだろう。


「アリス、ノアのこと、好き……?」


 ノアの心臓の音が、あたしの顔から足の先までを、じわりじわりと伝っていく。暫く数えていると、いつの間にか自分の鼓動と同期する。

 息苦しいまでの回数は、あたしを一層小さくしていく。

 あたしは顔を上げられない。

 でも、あたしは答えた。


【あとがき】

 このセクション分けはズルいと思えてしまうので、あまり多用しないのですが、いざ使ってみると、気持ちがいいですね。

 ただ、条件として、予測できても楽しみであるレベルのイベントが必要です。

 時間遡行中毒者を笑顔にするくらい難しい気がします。

 何を言っているんでしょう。

 ふう。

 ハラスっておいしいですよね。安いし。


 と、いうことで次回はアリス編最終話です。

 なんかもう、ルーモス自体が終わりそうな内容になってますね。アリス編。



 終わりませんよ。

 まだ。もう少し。

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