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Ⅳ 邂逅と継続、その境界。

【まえがき】

 ちょっとだけ百合っぽくなります。

 これからもっと百合百合させていくつもりですので、好きな方はお楽しみに。



 では本編をどうぞ。






 


「まったく……」

「まぁまぁアリス、そんなに怒らな――」

「わぁ! アリス先輩、私のために待ってくださったんですかぁ!? というか、一緒にお食事してくれるんですかぁ!?」

「成り行きよ成り行き」とアリスは気怠げに返す。

 さっきまでの脅迫じみた嘆願はどこへ行ってしまったのか。後輩の前では格好の良い顔をしたいという意識の表れだろうか。

 それにしたって、妹の豹変ぶりは何度見ても慣れるものではない。

「成り行きでも嬉しいですよ! 先輩と一緒にご飯なんて!」

 リズはアリス先輩(・・)の右腕に張り付いて離れない。中庭に訪れて以来、この様子である。

 アリスの方は、ベタベタされるのが嫌いなのかあまり良い気はしないらしく、こちらに目配せしてくる。「よけて」と言いたいのだろう。

「ちょ、ちょっとリズ。今日は――」

「大丈夫、大丈夫。ルーの誕生日でしょ、忘れるわけないよ! ですよね、アリス先輩!」

 助け舟を出したつもりが、見事に沈められた。

 それに、なんだか僕の扱いがぞんざいになっている気がする。

「はいはい。わかったから、ちょっと離れなさいよ。歩きにくいわ」

「わかりましたーっ!」

 リズは歩きにくくない程度に離れたつもりなのだろうけど、腕は組んだままであった。調子がいいな。

「はぁ……。まぁいいわ。とりあえず、出発しましょ」

「そうですね!」

 主役のはずの僕が出る幕が無いことは一先ずおいておくとして。

「『近い方』でいいんだよね?」

 自分で決めたことだけれど、何か心に引っかかっているものがあって、聞かずにはいられなかった。聞いて解決するのかはわからないけれど、このまま何もしないでいたらいけない気がしたのだ。

「そうだけど、ルーが行きたいなら別に、『遠い方』でも……」

「変態ね」

「いや、そういう意味じゃなかったんだけど……」

 どちらかを選べば、もう片方には一生行くことができない。訪れるだけならいつでも何度でも可能だけれど、『今この時』に行けるのはどちらかなのである。

 ただご飯を食べるだけだから、どちらにしても結果はそんなに変わらないのだ。美味しいかどうかの話ではなく、『遠い方で食べた』のか『近い方で食べた』のかという話で。

 そのはずなのに、何を迷う必要があるのだろう。自分の決断を変えてまで、僕は一体何をしようと悩んでいるのだろう。

「ルー?」

(じゃ、じゃあ……僕は『遠い方』に行きたい、かな?)


「どうしたのよ」

(アリスも来てくれるなら、大丈夫だよね)


「僕は……」

(アリス……。リズ……。嘘、でしょ……?)


「ど、どうしたの?」

(リズ……)


「あんた……」

(好き)



 頭を左右に大振りすると、視界が高速で流れ、少しクラっと来る。

「よし!」

 蹌踉めきが夏終わりの暑さからきた病的なものではないと確信し、カツを入れる目的で小気味よく発言する。

 それが逆に憂慮を呼んでしまう。

「いや、全然『よし!』じゃないよ。本当に大丈夫? まだちょっと熱いから、熱中症かもしれないね。引き返して保健室に――」

「ううん! 本当に大丈夫だから! さぁ行こうか」

「どっちによ」

 歩き出した僕の進行を妨げるように放たれたアリスの言葉が、背中に深く突き刺さった。

 でも、答えは決まっているから。

「決まっているじゃないか」

 僕の体を案じて不安そうにするリズと、感情を読み取られないようにポーカーフェイスを作るアリス。

 二人の顔を一瞥して、一度空気を吸って。

 僕はもう一度、選択する。


「近い方へ」



    ***



 行き先を告げた後、僕は二三何かを補足した記憶があるけれど、あまり重要な情報ではなかったのか、はっきりとした内容までは思い出せなかった。

 たった一度の決断で、ここまで意志が、意識が揺らぐことはそうない。しかも論題は、たかが夕食の場所決めである。

 けれど、確かにあの時、僕は迷った。迷ったし、悩んだ。

 妹のリズには「慎重すぎる」とよく言われる。

 確かにそうなのかもしれない。

 でも、それは『後悔するのが怖い』からであって『選択することが怖い』わけではないのだ。

 結局は僕自身が、すべてを決定しなければいけないということは、身をもって知っているのだから。

 痛いほどに。痛くて死ぬほどに。死んで消えてしまうほどに。消えてなかったことにしてしまうほどに。

「リズのイカ墨ペンネグラタン美味しそうね」

「アリ――っと! ここは学校じゃないから……、食べますか、先輩!」

「じゃあ一口だけもらうわ」

「はい! 先輩、あーん……」

「あー……、って!!」

 アリスは、「こらっ」と近所の子供たちを注意するように軽やかに諭す。

 こんなにも平和な風景を望めるのは、僕がこっちに来ることを選択したからなのかもしれない。いや、『遠い方』でもそんなには変わらないだろうけど、『今見ているこの風景』は『遠い方』では見ることができないのだ。

 代わりに『遠い方で見れたはずの風景』を見ることができていたのだろうから、何とも無駄な話ではあるが。“かけがえのない”という表現は、その当事者でなければ無意味だったりするものなのだ。

「美味しいわね」

「美味しいですよね!」

「…………」

 せっかくリズと隣同士で座っているのに、僕だけ取り残されているみたいで、少し寂しい。

 加えて思うのは、僕の時と随分扱いが違うなあ、ということ。

「ん? 大丈夫、ルー? さっきから放心状態だけど。まさか熱中症の後遺症が……」

「本当は『遠い方』にしたかったとかじゃないでしょうね」

 リズの気遣いの隙間から、アリスの毒が入り込んでくる。

 おぼろげな意識で服毒する。

「いや、大丈夫。そんなことはないよ」

 目の前にあるナポリタンは僕が頼んだものだけれど、フォークがソースに埋もれている以外は、運ばれてきた時となんら変わりなかった。

 放心状態とは、自分で自分が放心していることに気付かないものなのだろうか。

 僕と同じものを頼んでいたアリスの皿を見ると、相当な時間の経過を感じられた。ほとんど食べ終わっている人もいるし。

「リズ……」

「な、なにかな」

 リズの皿に盛られた、残り僅かのイカ墨ペンネグラタンは、洋食屋の雰囲気に合ったライトの淡い暖色光を浴びて黒々と艶めいている。そして、それはリズの口回りにも同じことが言えた。

 何でもこなせる妹の欠点を挙げるならば、それは『著しく香る生活感』であった。長い付き合いであるから、もはやそれさえもチャームポイントに感じるが、アリスは別だろう。


「ただね……」


 妹の品のなさがこれ以上他人に露呈しないように、僕は紙ナプキンで妹の口回りを拭いてあげる。最初は恥ずかしがっていたものの、観念したのか途中からは静かになる。

 もし拭かなければリズの悪い噂が広まって、ますます僕の近くに――さすがに思い止まる。

 思い止まった慣性で、黙思に勢いがついて放言してしまう。


「もし『遠い方』に行っていたら、この楽しい時間がなかったんだって思うとさ……」


 二人ともキョトンとしている。

 せっかくの喜悦の合間に、現実味の無いとても『現実的』な話題を出したのだから、当然かもしれない。

 悪気がなかったせいか、訪れた沈黙にはさしたる罪の意識を感じることはなかった。

 このまま黙っているのもいいし、二人のどちらかが話題を変えてくれてもよかったのだ。僕自身が決断をするために、僕の心を二人に知ってもらう必要はないのだから。

「そ、そうだ! 先輩は将来の夢とかってありますか?」

 沈黙を破ったのはリズだった。気を遣ってくれたのだろうか。

 でもまた、一人取り残された感じである。

「夢? 魔法使いになって空を飛びたいとか、そういう『願い』みたいなことでもいいのかしら?」

「そうですね……そういうのでもいいですよ! でも空を飛びたいなんて、先輩って意外とメルヘンなんですね!」

 自分で叶えていかなければいけない将来の夢が、叶ったらいいなぁという『願い』に。

 どうしてそう換言されたのか、僕は少しだけ気になった。

「それは例えばの話よ。あたしはもっと現実的よ。そう、例えば――

 

 急にアリスと目が合って、僕は瞬きが止まらなくなる。

 どちらかといえば現実味のある『夢』という単語が、一切現実性を帯びていない『願い』という単語に上書きされたことも相俟って、僕は確かな焦燥を感じていた。

 それは、僕にとっては痛言だったから。


 ――時間を巻き戻せたら、とかかしら?」


 このショッピングモールに辿り着いた時には、すでに日は半分ほど暮れていた。夏の終わりだから、自然、気温は下がる。拘らず、額に汗が滲む。

 いくらか我慢できる涙とは違って、汗は隠蔽が難しい。悲しいことや嬉しいことは隠せても、高揚や焦りは隠せない。

 人間は、そういう風にできている。

「そそ、それで? じ、時間を戻して、アリスは一体何をするつもりなの?」

 外気温にそぐわないペースで溢れる汗を、制服の裾で拭いながら、聞いてしまう。

 焦ると饒舌になるのが、僕の癖だった。だから、総じて嘘が下手であるという事実も、自覚している。

 自覚しているからこその、行為だった。

「そうね。とりあえず、色々やってみたいわね。『願い』を叶えられる直前まで戻れば、何度でも(・・・・)やり直せるでしょうしね」

 明言された『色々』という表現があまりにも壮大で、返す言葉が浮かばない。

 強調された部分を脳内でリピートすれば、そこには確かに『闇』があって、同じ質問を繰り返して深く介入することもできなかった。

 それは僕の場合の話で、リズは違かったけれど。

「それ、いいですね! 毎日毎日、快楽に溺れる生活を送っていても、リセットしちゃえば全然問題ないですもんね! あ、先輩が快楽を求める時は私のこと、好きに使っていいですからね! 添い寝したり、お手伝いしたり、縛ったり、挿――」

「そうね。快楽も悪くはないと思うわ。でも、もっと使い時があると思うのよ」

 左斜め上を見て、「そう、例えば……」と淀みのない口調で、アリスが言葉を続ける。

 一層の緊張を感知した脳が指令を送ったせいで、心臓が胸を突き破るのではないかというくらいに拍動する。緊張の種類が変わったおかげで、不自然な汗は引いた。

 アリスの例え話は、どこかで聞いたことがあるというよりは、『確実にどこかであって、いつ自分に起こるかわからない』というような神妙で不気味な恐ろしさを覚えるのだ。

 今度は、恐怖に戦いて、嫌な汗が滲んできそうだ。

「家族とか大切な人が事故に遭ってしまった時、とかかしらね」

「確かに、それは辛いですね……」

 事後のことを詳しく語ることはしなかったけれど、想像することは容易だった。

 死んでしまえば、生き返ることはない。だからそれは叶わない『夢』だ。だからそれは叶えたい『願い』になるわけで。

 でも、アリスの言った方法【リセット】ではなく【蘇生】であったとしても、アリスの望みは達成されると思う。

 だったら。

 だとすれば、なぜ?

「どうして、生き返らせるっていう『願い』にしないの?」

 疑心をそのまま口に出してみる。

 アリスは確かに【リセット】すると言った。また例えばの話なのかもしれないけれど、というか多分そうなのだろうけれど、僕はその微妙なニュアンスの違いが腑に落ちなかったのだ。

 ただ、ここでもし仮に、卒倒するくらいの驚愕の答えがアリスの口から飛び出しても、きっと僕には対処のしようがない。後の祭りであった。

 でも――


「さあ。どうしてかしらね」


 ――でも、アリスの答えは不敵な微笑みで。

 僕の投げかけた疑問は、そのまま僕の元に返ってきた。

「ふふっ! 先輩もわからないんですね!」

「ええ。わからないわね」

「ア、アリスにもわからないことがあるんだね……」

 でも、どうしてだろう。


 〈どうして、生き返らせるっていう『願い』にしないの?〉


 どうして自分の言葉が、こんなにも深く冷たく、僕の心に突き刺さるのだろう。



【あとがき】

 今回はリズの本性が明らかになりましたね。

 登場人物の内情が知れてくるにつれ、作者の本質も明らかになっていくと思います。

 悪しからず。

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