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Ⅱ Loves like Berrys

【まえがき】

 今回は少し長めになってしまいましたが、セリフ多めで、雰囲気もぶっ飛んでいるが故、読みやすいと思います。

 ずっと読んでいただいてます皆様。

 これは、ちゃんとルーモスです。

 安心してください。





 では本編をどうぞ。




 


「行くよ! 【フレイム】!」



 その詠唱(かけごえ)とともに、体の前に突き出された両の掌から火の玉が飛び出す。火の玉は、体育館の端に設置された練習用の案山子へと高速で直行し、ぶつかって爆発、それから赤々とした火炎を上げながらパチパチと音を立てて燃えた。

「ルート、上手……」

「いや、全然。ノアさんに比べたら、まだまだだよ」

 今日の一時限目『物理魔法』は、体育館で他クラスとの合同授業だった。

 おかげで、また三人でいられる。一人にしておくのが心配なノアの監督もできる。

 ただ、四~五十人以上の生徒が同じところで一斉に魔力を扱うと、空間の魔成分濃度が上がり過ぎて酔いそうになる。水蒸気で飽和した部屋に閉じ込められたような、あの息苦しい感覚と似ているか。

 計三クラスを監督する先生らは、授業開始時に一つ指示を出したきり、漫談をしている。抗議したら、「それに耐えるのも授業の一環だ」とかなんとか抜かしそうだ。

 溜息をついていると、隣で何やら話し声がする。

「ノアさんノアさん。僕、ノアさんの、また見たいな」

「え……。んー……」

「こらルート。ノアを困らせるんじゃないの」

 ルートの頭を小突いて、叱る。

 あたしは保護者か。

「ご、ごめん」

「い、いいよ。別に……。見せる……」

「ちょ、ちょっと。あなたも無理しないの」

「ん。だいじょぶ」

 ノアは引き攣った笑みでそう言い切ると、のそのそと詠唱台に登った。あまり『だいじょぶ』ではなそうだ。

 ノアが、自分の魔法を披露するのを億劫がっているのは、目立ってしまうからだった。

 今現在、先生らから出されている指示は、火の玉をターゲットに飛ばす初級魔法【フレイム】の乱打練習なのだが、ノアの場合火の玉ではなく火の嵐になってしまう。

『初級中の初級であるが故、最上級中の最上級にもなりうる魔法』などというわけのわからない標語まで存在するほど、奥の深い魔法【フレイム】。ノアは、その火炎系の魔法にだけ抜きん出た才能を持っているのだ。

 理由はわからないが、魔法はその人の想いの因果を反映するものらしいので、余程誰かを『温めたい』とでも思っているのだろうとされている。それは、あたしを、ということなのかなんなのか、知らないけれど、とにもかくにも、ノアの【フレイム】はとてつもなかった。

「じゃあ、やるね……」

 ノアの掲げた両手は、若干震えていて、まだ少しだけ躊躇いが見える。嫌ならやらなければいいのに。

 期待に応えたいというのもわかるけれど、あまり無理はしてほしくない。でも、これでノアという人物像が良いものに変わってくれればと、期待も持てる。

 ノアの実力というのは、それほどのものなのだ。

 だったら、見守ってもいいだろう、と。

 そう高を括るのは、一時の後悔となり得るので。

 ノアの詠唱が終わるまでの間に、あたしはルートに守護魔法を頼んでおいた。火事になったら面倒だ。

「フ、フフ、【フレイム】!」

 その刹那、ノアの制服の長襟が威勢よくたなびく。

 周囲にある空気を燃料にして、燃焼速度は一気に加速していく。小さな火の玉ができる時の機序と全く同じだが、規模が恐ろしく大きい。室内の温度上昇に反比例して、酸素濃度は徐々に落ちていく。

 このタイミングで、大半の生徒は異変に気付いて、「なんだテロか!?」と慌てだした。

 そんな必然を知る由もなく、室温は急上昇を続ける。相乗的に空間の大気圧を大きく上げ、風を生み出していく。今度は、最初の吸引とは逆、放出で。無論、その風には、ノアの幼気(いたいけ)な想いのこもった六千度の熱気が添えられている。

 そろそろ暑い。いや、熱い。

 体育館のサイドにあるバスケのゴールが溶けていくのが見えて、さすがに焦る。

「ル、ルート!」

「わ、わかった……! 【プロテクション】!」

 ルートが広げた両手を突き出すと、炎を押しのけて体育館を包むように、薄い膜のような半球空間が広がってゆく。押しやられた炎は、防火仕様の体育館壁に押さえつけられて、勢いを弱める。もともと、燃えるものの無かった炎だったおかげで、勢力は意外に早く沈降した。

 大きな力が二つ拮抗したおかげで、体育館は魔成分が飽和して、余計に空気がまずい。

「大丈夫か!? お前たち、怪我はないか!?」「今の、誰がやったんだ!?」

 のんびり談話していた先生方も、悠長にしていられない。

「なんだ今の!」「マジやばくなかったか?」「一気に魔成分が濃く……死ぬ……」

「これ、本当に【プロテクション】なの?」「すごい、キレイ……」「なんか、温かいね」

 勝手に九死にされていた生徒たちも、また勝手に一生を得ている。

「ふぅ……。良かった……」

 詠唱を終了したルートは額の汗を拭って、一呼吸する。これだけの強大な力を行使して、汗の一つで済むのだから、恐ろしい。

 そう。ルートもまた、守護魔法の才に恵まれているのだ。妹のリズはじめ、いろんなものを『守りたい』と思っているせいだろう。

 ルートとノアは、その能力の高さから『ファイブウィザード』の一人として選ばれもしている。確か、ファイブのうち二人は三年で、残り三人は全員一年生らしい。

 そんなダサい通り名が存在する通り、二人の才能は周知のことなので、先生たちの犯人捜しは早々に終わりそうだ。まぁ、二人の性格からして、先生もあまり怒れはしないのだけど。

「ノ、ノアさんごめん! 無茶言ったりして……」

「うぅん……。大丈夫……。ノアも、コントロール、全然できなくて……」

「でも、本当にすごいよね。ノアさんの、火」

「あ、ありがとう……」

 この空気感である。呆れてしまう。先生も然り。

 慌てふためいていた生徒たちを落ち着かせてしまうほどのほのぼの空間を展開するのは、二人の特殊能力のようなものだ。

「はぁ……。あんたらって、ホント……」

 そんな二人の前では、あたしの最高適性の超絶地味能力【経緯度把握(グラスピング)】など、霞んで無くなってしまってもおかしくはない。いや、むしろ無くなってくれた方が良い。危うく、進路先を地理院にされそうになったことがあったのだ。

 ただ、利便性の面で言えば、なかなかに便利ではあった。

 あたしの特殊能力『ルート全知能力』と『ノア半知能力』を組み合わせれば、ルートとノアの正確な現在地を知ることができるのだ。


 …………。


 ……なにそれ、使えないわね。

 まぁ、自称保護者は溜息をつくしかないのだろう。

「ルート。あなた、錬成できたわよね?」

「うん。少しだけなら」

「先生たち、バスケのゴール直してるみたいだから、手伝いましょう」

「わかった。行こう」

「ノアは、ここで待ってなさいね」

 あたしが言いつけると、ノアは頷いて、体育館の端の方で体育座りした。

 あいにく、ノアには【フレイム】以外の適性が、ほぼ無かった。それでも、有り余るくらいの火炎だとは思うけれど、本人はとても気にしていた。

 だから、最近は、やたらと手を繋ぎたがっていた。『温度のコントロールができたら、氷だって作れる』と意気込んで。……炎で氷って、どうやったらできるのかしら。

 どうやっても、あの温度じゃ――あの優しさじゃ、氷や凍結なんて使えないと思うのだけれど。

 それに、魔法が意志を形にするのなら、ノアはきっと、冷たい現実を突き付けても凍結魔法を使えるようにはならない気がする。

「手伝うわよ、先生」「僕も、手伝います」

「おお。助かる!」「ありがとう!」

 溶けてしまった鉄を、原子レベルでバラして、組み立て直すという作業を要求された。難しいように見えて、仕組みを理解してしまえば簡単な作業だ。高度な処理能力を要するとは言うものの、四則演算ができれば無問題だったりする。

 あたしは、今日初めて手を掲げて、錬成魔法【レドックス】を行使する。

 その矢先、ルートが無責任を言い放つ。

「それにしても、アリスってすごいよね」

「なによそれ、皮肉?」

「ち、違うよ。アリスって、すべての魔法に適性があるじゃないか。それに、テストだっていつも一位だし……」

「そんなの、才能じゃないわよ」

「それでも、すごいよ。やっぱりアリスは」

「褒めても、何も出ないわよっ」

 何食わぬ顔で、そういう歯の浮いたセリフを言うのはやめて欲しい。こちらばかりが恥ずかしくなるではないか。

 座標にしてエックスゼロコンマ幾つで歯が浮いているのが、あたしにはわかった。

 ……いや。だから、どうしたという話だけど。

 呆れ半ばながら、詠唱を続けていると、背後から何者かが抱きついてくる。

「わしも手伝うのじゃー」

 甘ったるい匂いを漂わせている少女が、首を突っ込んでくる。春になると香る花、夏になると薫る花、秋になると馨る花、冬になるとかおる花、それらをごちゃ混ぜにしたような芳香を漂わせながら、少女は今日も明るい笑顔である。

 少女が楽しそうにバスケのゴールを修理――否、創作していく様子を見て、あたしは悟る。

「ああ。それなら、ここはサクラさんに任せましょう。サクラさん、錬成魔法なら、トップクラスよね?」

「うぇー。一緒にやろうなのじゃー」

 片手で魔法を唱えながら、体はこちらに向けてくる。どれだけ魔力制御ができれば、そんな芸当ができるのだ。詠唱中、しゃべるのでも精一杯なのに、片手でしかも小躍りまでしている。おまけに、詠唱中なのは最難関と言われる核融合系魔法【アトミズム】である。

 あたしもルートも使えないことはないけれど、できて鉄製品の修理ぐらいだ。それを、サクラという少女は、空気中に存在する様々な原子を組み込み、核改変を誘引し、バスケのゴールの形から性質まで新たに創作している。

 才能云々のレベルではないと思う。『よく研究機関に捕まらないな』と、そう思えるレベル。なんとかファイブなんてきっと、足元にも及ばないだろう。

 それは、彼女の得意とする転移系魔法【テレポーテーション】の正確無比な精度を見れば、自ずと理解できた。

「あ。ほら、あなた先生に呼ばれてるわよ」

「本当だ。反対側のゴールを修理するのかな。じゃ、僕、あっち行ってくるね。ごめんアリス」

「いいわよ。こっちは、こっちでやっておくわ」

 ルートは軽く手を振って、向かい側のゴールへと駆けていった。

 さてとりかかりますか、といいたいところではあるけれど。

「ボディタッチはやめなさい」

「よいじゃろー。最近、痩せたのばっかり触っておった気がしてのぅ」

「あたしは、太ってるとでも言いたいのかしら?」

「丁度いい、と言いたいのじゃ」

「そんなのどうでもいいから、直す方に集中しなさいよ」

 とは言うけれど、実際、あたしの二の腕を揉みながら詠唱しているサクラの方が、修正スピードは段違いに上だった。

 もしかしたら、修正についてどうでもいいと思っているのはあたしの方なのかもしれない。サクラの言う二の腕の『丁度良さ』が気になって仕方がない。

「胸は揉んでも――」

「ダメよ。ダメに決まってるでしょ」

「いいじゃろー。減るもんじゃ――」

「凍らせるわよ」

 まぁ、どうせ当たりはしないのだろうけれど。

「わかったのじゃー……。髪の毛で我慢するのじゃー。すぅはーすぅはー……ああ、ええ匂いじゃのぅ……」

「ったく……いいから早く直し――」

「もう、直っとるぞー」

 掲げた両手の隙間から、ゴールリングを見れば、確かに。

 もはや人知を超えている、おぞましいスピードだ。先生が三人集まっても、数十分かかるというのに。

 これで、接触癖(女子限定)と老人めいた口癖さえなければ、少しは親しみやすいのに。変な赤みがかかった茶髪も、綺麗な茶髪に矯正して、適当にハーフアップとかにすれば、かなり好感が持てる気がする。

 いや……。

 それ、一体誰よ。

「他のところがまだかかりそうね。手伝いに行きましょうか」

「胸――」

「凍らすわよ」

「わ、わかったのじゃ。これ以上は、お主のオトコに怒られるやもしれん。行くわい」

 遠目でもわかるほどに仏頂面をしている彼女(ノア)のために、ここはいつもより一層冷たく振舞おう。これ以上あの子を不機嫌にさせてしまったら、今度は学校全体が焼け野原になってしまいそうだ。

 だからなのか、ただ単に触られるのが嫌なのか、両方なのか。あたしはサクラに初めて触られたときに『許婚』いついて言及したのだった。

 都合の良い時だけ使うのもどうかと思うけれど、あたしの中で『許婚』というのはそういうものだった。

 ノアの方が断然、大切だ。

 これって、好きってことなのかしら。

 まあ、それはおいておいて。

「手伝いに来たわよ」

「ありがと、アリス。助かるよ」

「あたしより、こいつを…………って……」

「アリス?」

 自分の周囲を見渡すと、小賢しさは見当たらなかった。花の香りとともに、どこかへ消えてしまったようだ。さっきまで二の腕を鷲掴みにしていたくせに、こういう時に離れるのは割と淡泊よね。

 頼もしいと思って連れてきた分、逃げられた空しさは、割増だった。

 決して二の腕を掴まれるのが好きなのではないのだと、そう心に決めてゴールの修理に取り掛かろう。力不足なりとも、精一杯に。

「なんでもないわ。さ、続きをやりましょ」

「うん」

 あたしはまた、両の手を上げて念じる。

 崩れてしまった鉄の構成を、再び、リングの形へと戻してゆく。ルートがゴールの縁を構成する原子を、あたしはそれに付随する部位の原子を、担当した。先生と、有志の生徒ら数名が、それをサポートするスタイルだ。


 [サ、……サクラ……。どうして……?]


 ノアの気持ちに触れて詠唱が乱れる。その心情(セリフ)の裏側には、大きな不安と闇があって、冷気さえ感じた。

 サクラほどの魔力があるわけでもないのに、あたしは体育館ステージ側の端っこを脇見する。当然、そこにはノアがいる。体育座りをして、ぼーっと虚空を見つめている。

 少し、様子がおかしい。

 ノアなら俯いていそうなところなのに。

「ア、アリス……っ。さすがに、きついよ……」

 ルートの声で我に返ると、ゴールの形はぐにゃりと(ひしゃ)げ、元よりも酷く変形していた。構造をばらしていただけに、損傷どころでは済まなくなってしまっている。

「あ。ごめんなさい」

「僕はいいけど……これ…………」

 リングの下に垂れ下がっている網紐は替えられるとして、リング本体が大変なことになっている。まるでキャラメルのように溶けて網紐に絡まって、体育館の床まで垂下してきている。なんだかオブジェみたいで趣き深い……なんて言ったら許してもらえないかしら。

 横目で先生の方を見れば、目は白黒、開いた口は塞がらない様子だった。

「教頭に怒られる教頭に怒られる教頭に怒られる教頭に……」

 居残り決定かしら。

 いや。一つ方法がある。ただ、確実に代償を要求される。その内容も、何となく予測できる。

 あたし自信は代償なんて別にどうでもいいけれど、きっとノアはそれを嫌がると思う。

 でも、居残りしないためにはそれしかない。

「誰か、あたしと替わってくれないかしら。助っ人を呼んでくるわ」

 号令をかけてみればすぐ、後ろで見ていた女生徒が名乗りを上げた。あたしはその子に自分の魔力を少しだけ【魔力供与(パッシング)】して、その場を後にした。

 授業中だから、体育館の外には出て行っていないと思うけれど、目に見える範囲にあの独特な茶髪は見当たらない。生徒のほとんどが壁際に捌けているおかげで、探しやすいにも関わらずだ。じっとしているはずもないから、余計、体育館にいない感じがする。

 ならば、残る魔力を全部使って追跡してみるのもありかもしれない。賭けにはなるけれど、勝率はそこまで低くない気がする。

 あたしの得意な魔法【グラスピング】は本来、自分の位置を把握するための能力。しかし、行使する魔力を大きくすれば、自分の体の一部がどこにあるのかも把握することができる。

 そう。例えば、髪の毛とか。

 体育館の中心で、あたしは瞳を閉じて両手を前に掲げ、念じる。すると、意識が乖離して、校内を高速で移動し始める。

 昇降口、廊下、階段、教室、職員室、部室、体育館、プール……。渡り歩く道中であたしの髪の毛があれば、その場所の情報がピンポイントで脳裏に刻まれていく。

 大雑把に校内を六周ほど巡ってみれば、三十八本も見つかる。

 校内に落ちている自分の髪の毛の本数を数えてレポートを付ける人なんて聞いたことが無いから、多いのか少ないのか統計的に判断することはできない。できないけれど、何だか生々しい。ここへきて一週間くらいしか経っていないという事実も相俟ってか、気分はあまりよくない。

 ……あれかしら。サイドヘアーを手で払う時に抜けるのかしら。

 そんなことはどうでもよくて。

 あたしが今探すべきなのは、『移動している髪の毛』だ。

 髪の毛から足が生えて校内を駆け回っているわけではなく、あたしの髪の毛を所有する何かが移動している(かもしれない)という事実を利用するのだ。

 入学初日から身体接触を強要してきたサクラなら、髪の毛の一本や二本、付着していてもおかしくはない。ついさっきも匂いを嗅いでいたし。

 さあ。もう一度探そう。今度は体育館の周辺から。

 体育館舞台袖、階段を上ってギャラリー、窓から飛び出してプールサイド、念のため女子更衣室、鉄柵を乗り越えて体育館の屋根まで、高みから校庭を見下ろして、隣の南校舎へジャンプ、その場でぐるりと一回転して、見つけた。

 南校舎の屋上の経緯度に、動く髪の毛があった。

 そこは、いつもルートとノアと昼食をとっているベンチがある場所でもある。そう思えば望み薄だけれど、動いている髪の毛はそこにしかない。

 もし仮にそこにいたとして、一体全体そんなところで何をしているのやら。

 でも、とりあえず行ってみるしかない。

 修繕に取り掛かっている人たちが頑張っているのを一瞥して、あたしは体育館出入り口へと走る。広い体育館が嫌いになりそうだ。

「アリス、どこ行くの?」

「ノ、ノア……」

 袖口を撮まれて、立ち止まらざるを得ない。振り切ることもできない。

 適当な言い訳を考える。

「お花を摘みに、よ……」

「じゃ、ノアも行く」

 [二人きりだぁ……]と意気込んでいるだけで、どうやら勘繰っているわけではないらしい。

 純粋なだけに、断りにくい。そして生理現象なだけに、「あ、やっぱり」と訂正もしにくい。


 …………。


『サクラを探しに行く』と本当のことをありのままに伝えたら、ノアは一体どんな反応をするだろうか。

『どうしてサクラなの?』と言い迫られるだろうか? 『授業をサボってまで?』と呆れられるだろうか? 『ノアじゃダメなの?』と嫌われるだろうか? あたしはそうしてまで、居残りを回避したいのか。

「ノア、あのね」

「アリス……。さっきの女の子、知り合いなの?」

 痛いところをつかれる。

 こういう時、ノアは意外と鋭いのよね。

「さ、さっきの子? ああ、サクラのことね。サクラは、ただのクラスメイトよ。すぐ触ろうとしてくるのよ。あまり気にしないで」

「それなら……うん、わかった」

「それで、今、サクラを探してるんだけど、見てないかしら?」

 そして、今からその子に体を捧げに行くのだとは口が裂けても言えない。

 脇や背中に嫌な汗をかきそうになるのを、残った魔力で精一杯【フロスト】する。後半授業まで魔力が持ちそうにない。今日は部活も休むしかないようね。

「んー……。わかんない……けど、多分見てない……」

「そう。それなら仕方ないわよね」

 ふぅ、と一息吐くと、ノアがぼそぼそと何か呟く。

「アリス……、使える……」

「ん? 何よ」

「アリス、【意思疎通(テレパス)】使える、と思うの……」


「あ」


 完全に忘れていた。

 全魔法における初期中の初期。危険性は低く成功率は高いという扱いやすさと、精神集中のノウハウを体感できる魔法として確立しているということから、エレメンタリー一年生基礎とされている魔法【テレパス】。

 あたしは、魔法とは別に『知覚能力』があるから、ずっと使っていなかった。

 そうよ。

 こんな便利な魔法があるじゃない。

「助かったわ、ノア。ありがと」

「ノア、何もしてないよ?」

「いいのよ。あなたは何もしなくても、居てくれるだけで嬉しいわ」

「ほんと?」

「ええ、本当よ」


 [アリス大好き! もうノア、死んでもいい!]


「し、死ぬのはよしなさいな……!」

「わかった。ノア、死なない」

「あなたが言うと、本当に死ななそうよね」

「アリスが、必要としてくれる限り、ノア、死なないもん! 絶対!」

「うふふっ。本当かしら?」

 ……って、この子の頭を撫でている場合ではなかった。いくら落ち着くからと言って、いくら喜んでくれるからって、悠長にしている暇はない。

 ゴールの方を一瞥すれば、もう限界が近そうだ。リングが、もう液状化し始めている。

「ノア。ちょっと、手伝ってくれないかしら?」

「いいよ。何、すればいいの?」

「手を、繋ぎましょう」

「え? 手?」

「そ、そうよ。魔力を分けて欲しいだけよ」

「うん……。いいよ……。ノアの、全部持っていって……」

 そう言うと、ノアは両手をこちらに差し出してくる。

 小さくて頼りない、でも少しも穢れてなどいない無垢で綺麗な手だった。この弱弱しい手から、あの魔法のような料理ができるのだと思うと、不思議でならない。

 あたしは、その白い手に、自分の手を……。

「アリス?」

「あ、ああ……。ごめんなさい。今、繋ぐわ……」

 ……何かしら、この感じは。

 手繋ぎなんて、今まで何度だってしてきたじゃない。学校へ行くときだってたまにするし、布団の中でだって何回もしてる。それなのに、どうして。

 どうして、こんなに緊張するのよ。

「アリス……。もしかして、嫌?」

「い、いえ。嫌なはずないじゃない。……さ、早く終わらせましょ!」

 さっき女生徒と手を繋いだ時は何ともなかった。

 それなのに、なんでよ。

 心臓の鼓動を鎮静するのと汗を抑えるために行使する魔力と、ノアから供給される魔力が拮抗するなんて。

「アリス、汗すごい……。本当にだいじょうぶ?」

「え、ええ! 大丈夫よ! 心配しないで!」

 思わず声が裏返る。これでは、完全に大丈夫ではないのが伝わってしまう。

 ああ。わけがわからない。


 ――ノアと手を繋ぐことが、こんなに恥ずかしいことだなんて。


 今までは、求められたことに答えているに過ぎなかったのだ。ノアから伝播してくる、細やかな欲求を満たすことが、ノアに『願い』の力を使わせてしまったあたしの、当然の務めなのだと思っていた。

 だから、手を繋ぐのだって、ハグをするのだって、キスをするのだってそう。さしたる情動など、想起はしなかった。そうすることが、当たり前の仕事や業務みたいなものだと、あたし自信が勝手に解釈していたから。

 それが今はどうだ。あたしの心に住んでいる、“ノア”という存在の束縛を解いた今は。

 今度は、あたしがノアに束縛されているではないか。それも、あたし自信が『縛ってください』と言っているような構図で。

 ああそうか。

 だから、あたしはこの子の『好き』がわからないのか。

 受動的にノアに支配されているあたしでは、ノアの想う愛など理解できるはずもない。押し付けられ、押し付け合うものである愛は、きっと、対等な立場でなければ知覚することができないのだ。

 だったら、どうすれば、あたしは自由になれるのか。

 あたしは、その答えをすでに知っている。

 あたしが倒れたあの時、ルートが教えてくれたから。


「【テレパス】!」


 あたしは片手を上げて、南校舎の屋上辺りに、一方通行の念波を発信する。

 もう片方の手は、ノアの手に繋がれていた。優しく、強く。それに応えるよう、あたしは握る力を強めて。でも、痛くならないように。そうすると自然、繋ぐ手の形は決まってくるもので。

 それはノアも理解(わか)っているようで、あたしがノアの指の間に、指を絡めようとするとすぐ、通り道を作って導いてくれるのだ。

 そうして繋がれた手には、優しさが含まれることとなる。それも、誰にも引き剥がすことなどできない強さを秘めながら。

 こうしている間はいつも、ノアはあたしのことを[好き]だと()ってくれる。

 ああ。わからない。

 でも、理解(わか)る方法は、知っている。

 どうして、できない。



 この後、【テレポーテーション】して登場するサクラは、あたしのことを触ろうともしなかった。

【あとがき】

 冒頭から結構ぶっとんでいましたね。異能モノということで、話の構成自体は練りやすかったです。

 ただ、異能の表現をどうしようかというところは本当に悩みました。もう、異能はこりごりですね(あと三話続くのですが)。

 

 さて。

 今回は、アリスがノアに抱く気持ちに迫っています。

 滅茶苦茶に悩んでおりましたね。乙女ですね。

 悩むというのは、思春期特有の物なので大事にしてくださいと、いまだに思春期のこない作者は呟いてみるわけであります。



 次回は、授業も終わりまして、短めに息抜きでもしようかと。

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