Ⅳ 解帰ボヌール・ア・ヴ
【まえがき】
今回は少しだけ長くなります。
百合百合し始めの二人を、どうぞよろしく。
前日前々日と、連日カーリング部にお邪魔していたから、一部の部員の顔合わせは今日が初めてではない。別に何かを期待して欲しくて、そんなことを抜かしているわけではない。
ミドル時代から活躍していたアリスの名は、アカデミーのカーリング部にも轟いていたようで、入学式から三日後という不安定な時期にも関わらず、アリスは先輩らに拉致されていた。
放課後、一緒に歩いていたから、そのついでということで連れていかれたけれど、まさか、自分が部活などというコミュニティに属することになるとは思いもしない。
二言目には『アリスのため』が飛び出す自分の口も、先輩方や顧問の先生の熱弁を浴びると、さすがに動かなかった。
そうして、半強制的に入部させられたわけだ。
名実のあるアリスは言うまでもないけれど、自分のような未経験かつセンスの欠片もない人間は、部員として歓迎されるはずもない。おまけに、カーリング部は人気があって、競争率も激しかったから、さらに存在意義が希薄になる。
仮に「辞めろ」と言われていれば、その時にきっと、辞めていただろう。やりたいかやりたくないかで言われたら、もちろん後者なのだから。
早く帰って、食事の支度をしていた方が世のためアリスのためになると、そう思っていたのだ。
口に出さないだけで、『アリスのため』と思ってはいるのだ。
それが伝わったのかどうかは知らないけれど、アリスは一体何を考えて、自分をカーリング部に留めるのだろう。
まぁ、でも。
『ノアさんは、運動神経悪そうだから、やめといた方が良いと思うよ?』
『アリス様だって、練習に集中したいだろうし。ましてや、未経験者なんてねぇ……』
『アリス様の足手まといにならない自信があるのなら、話は別だけど』
アリスが、自分を留めてくれなければ、自分がこうして『マネージャー』という役職をもらうこともなかったのだ。誰かのために――アリスのために何かする、できる、そういう役割を、ここでもらうということはできなかったはず。
『いいのよ。ノアは、あたしが好きだから』
その『が』は、どういう意味なの?
そんな醜く愛くるしい疑問は、氷上を颯爽と滑るアリスを目で追うことで、忘れることができそうだった。
体育館と校庭、それからプールに部室棟。それらがすべて隣接する位置――つまり、円形の中心部にある巨大な建物の中に、カーリング部の部室と、活動場所であるアイスリンクは存在した。
体育館よりも高い天井に加えて、校舎の廊下よりも長い通路。建物の中心に向かって勾配があるので、建物に入ると自然、アイスリンクが目に入るようになっている。そのアイスリンクは、整備の仕方によってはアイスホッケーやフィギュアスケートのリンクになったりもする。手を伸ばしても届きそうにない高い天井は、開閉式になっていて、実施競技に応じて開け閉めが可能なようだった。
建物そのものの大きさはじめ、搭載設備の規模やクオリティも、国内最大らしかった。半年に一度の全国大会の会場であったり、世界大会の会場になったこともあったりしたようで、学校に敷設される建造物としては珍しい、観客席を有していた。ただ、何もかも差し置いて際立つのは、肌を貫くような圧倒的な寒さ。
中央に構えるリンクを囲むようにして並んだ観客席の一番前で、自分は一人の少女の一挙手一投足と一際目立つ奇麗な白肌を、まじまじと目で追っていた。
うまくストーンを配置できた時に小さくガッツポーズをしたり、顧問の先生に褒められて目を輝かせてみたり、先輩に敬語を使っていたり、エトセトラ……。
普段見ない一面を見ることで、ここ最近の心の蟠りと、見ているだけで寒くなるような選手たちの風体も、一瞬だけ忘れることができる。
忘れることのできなかった寒さに身悶えながら、自分は顧問の先生の隣に座って、マネージメント業務についての話を聞き流していた。
「だいたいそんな感じになるわね。わかった? ……って、ノアさーん?」
「……は、はぃ! わかり、ましたっ」
「はい。よろしいです」
気が散っていたのではなく、単に言葉選びに時間がかかってしまう。
敬語も人付き合いも慣れていないのに、突然コミュニケーションを始めるから、こういうことになるのだ。
でもそれは、自分のエゴでしかなく、世界は平等に――平らにしようと選択を迫ってくる。それに応えられるか、応えられないか。それによって、自分自身を取り巻く環境は大きく変わってくる。
今は、ちゃんと応えられていたから、先生が言葉をくれた。
「でも、ノアさん、ありがとうね」
「ふぇ?」
これは、どう平らにすればいいのだろう。
ここは視線をアリスに飛ばして逃げて、先生に任せよう。
「このカーリング部にマネージャーができるって、初めてなの」
「……そ、なの?」
はっとして、周囲を見渡す。
そこには、先生の文言の説得力をこれでもかと削ぐ、広大な観覧席があった。きつめの勾配が圧迫感を醸して、少し息苦しかった。
「ははは……。そうよ。こんなに良い設備があるのに、部員数はいつも十人くらい……。部員たちは不真面目だし、いつ潰れてもおかしくない……。だから、ありがとう、ということよ」
今度はリンクの方に視線を向ける。
ちゃんと練習しているようだし、サボっているような人は見受けられない。強いて言うなら、私利のためにここにいる自分が、一番不真面目だ。
こんなに寒いのに、アリスの額には汗が滲んでいる。他の部員たちも、みんな肩で息をしている。
「真面目そうに見えるでしょう? でもね、それって、私が監視しているからなの。今日は初ミーティングだから来れたけど、私、仕事が忙しくてなかなかここに来れないのよ」
「そ、そう……なの?」
「うふふふっ。そうなのよ。おかしいでしょ、顧問なのに来れないって。ちょっと、教頭先生に目を付けられちゃってね……っと、この話は無しね」
突然、そんな大人の世界の黒さを見せつけられても、どうしていいかわからない。
でも、世界は平等なのだとよくわかる。
若々しいと言うのも気が引けるほどのあどけなさと童顔。とても愛くるしい眼差しと、先生とは思えないほど頼りない柔らかすぎる雰囲気。でも、その中で見え隠れする、厳かな『先生』の風体が、好印象のギャップになっている。『昔はモテた』みたいな話をする先生はよく見るけれど、この先生がそれを言っても、きっと誰も信じない。
[この先生、可愛いから絶対モテるだろうなぁ……]
「ん? どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
まじまじと眺めてしまっていたことを反省して、首を横に振る。
そうすると、先生は微笑みを返してくれる。『素敵』の一言ではもったいないくらいの、『可愛い』という言葉では形容しがたいほどの、そんな笑顔だった。
「だから、ね? ありがとうね、ノアさん。あなたがいてくれれば、アリスさんもいてくれるでしょ? もちろん、その逆もねっ」
「…………」
「あれ? 違った?」
「……そう、だと思う……。アリスは、どう思ってるか、知らないけど……」
「やっぱりそうだよね! よかった!」
多少食い気味で、明朗な合いの手を入れてくる。断言したつもりはないのだけど。
なんだか調子が狂う。
いつの間にか傾いていた首を元に戻すと、先生が謝ってきた。
「いやー、ごめんね、急にこんなこと言ったりして。入部初日なのに、こんがらがるよね」
矢継ぎ早に出来事が進捗して終わっていく。対処の仕方がわからなくて、どうしようもなくイベントだけが消化されていく。
追いつこうにも、進み方がわからない。
「あ……」とか「う……」とか、口をパクパクしながら逡巡していると、先生の方から近づいてきてくれる。
「私、気付いたかもしれないんだけど、言ってもいい?」
イエスかノーか。それだけの質問なら、理解が追いつく。
要は、聞きたいか聞きたくないか。そういうこと。
ここで聞きたくないと断ってしまえば、きっと、会話はそれで途切れてしまう。
別に、この先生に特別の思い入れがあるわけでもないし、むしろ早く終わらせてアリスとお喋りをしたいと思っていた。でも、それだと、今までと何ら変わらない。
それでは、ここ最近の感じの悪い謎に押しつぶされてしまう。
そこまで頭が回って初めて、自分は首を縦に振れた。
先生は「じゃあ、言っちゃうよっ」と、勿体ぶる。
そのセリフを勿体ぶっていると感じるということは、自分がただ『聞きたかった』のだということ。そんな恥ずかしい意地に、気付いてしまった。先生もたぶん、気付いている。自分は、『本当は聞いたい』のだと。
結局、俯いたまま先生の言葉を待つしかない。
「好きなんでしょ? アリスさんのこと」
「え……?」
思わず顔を上げ、先生の方を見る。冗談なのかどうか、知ろうとした。
コミュニケーション不足の自分には、目の前の先生の顔は、さっきまでと同じ『笑顔』に見える。少し視点を遠巻きにすれば、さっきよりも若く――もう、普通の学生となんら変わりない、まさに青春している表情だった。
あたふたと泳ぐ目を落ち着かせようと、急いでアリスを探す。一点を見つめれば、何とか冷静になれると思った。
なれなかった。
たった今、その人が話題に持ち上がっていることに、気付く。
またも、「え……」「あぅ……」と言葉を失ってしまう。
先生は、唐突に立ち上がって、対応に追われる自分を弄ぶ。髪の毛がくしゃくしゃになるくらい強引に、頭を撫でられる。そこに悪意などは感じない。痛くはないし、むしろ、強く手を繋いでいるかのような安心感さえある。
自分はもしかしたら、頭を撫でられると思考停止してしまう体質なのかもしれない。
全く体が動かない。恥ずかしいのに俯けないから、目を閉じるしかない。
「うふふっ! かわいいっ。ノアさん、もっと自分に自信もっていいと思うわよ! すごくかわいいんだから」
「…………」
「みんな、あなたのことを悪く言うかもしれない。でも、それは羨ましいからなのよ。何か言われたら、逆に喜ぶくらいじゃなくちゃ!」
髪を撫でるというよりは、頭部を抱擁するという感じ。
アリスとは違った趣がある。
あ。
[アリスの方が、良いからねっ]
「その気持ち、絶対忘れちゃだめよ? 願いは、いつか必ずかなうんだから」
「?」
「まぁ、ノアさんなら心配ないか! とにかく、辞めないでねってこと!」
なるほど、勧誘に結び付けてくるとは。
でもそれは、ここに居てもいいということでもある。
「ありがと……ご、ございます。せ、先生も頑張って……ください」
「うん。頑張るね。それじゃ、またねノアさん」
頷くと、先生はアイスリンクの方に向き直って声を張った。
「休憩ー!」
急に声色が『コーチ』に変わって、少し戸惑う。
全く何なのだと、愚痴りたい。どうしてこうも、優しくするのだと。不満を述べたい。
ここ最近おかしいのだ。
眼鏡をはずしたら世界が変わるとはよく言うけれど、ここまでとは思いもしない。
先生の号令を聞いて駆け付けたアリスに、タオルを手渡して、世間話といこう。
願わくは、この凍ってしまうような違和感な寒さを忘れられるよう。
***
「ルートはね。昔、有名なサッカー選手だったのよ」
アリスは、虚空を見つめながらそう呟いて、会話の口火を切った。
視線が散ってしまうのは疲れているからなのだと自分に言い聞かせて、すっかり整ったアリスの呼吸音を感じる。そういう自分の最初の返しはというと、例によって「え?」だった。
アリスは、同じ語調で続けた。
「エレメンタリーくらいの頃の話よ。ルートは、サッカーの世界大会に出場したのよ。もちろん、ジュニアの部だけど」
「す、すごいね。ルートって」
アリスは首を横に振る。
尚も、視線は氷の上で。
「それで終わりじゃないわよ。ルートは、MVPもとってるのよ。大会で最も活躍した選手に与えられる最高の賞、MVPを」
「…………」
「MVPになると、サッカーの超名門校に推薦で入れる上に、寮費とか活動費が全額免除になる権利が与えられるのよ。学費は、別みたいだけど」
「ふ、ふーん……」
なんとなく、アリスの言いたいことがわかった。世間話は、オチに気付いては面白みに欠ける。
「ま、まぁ、そういうことよ」
「うん。そういうことなの」
同調して頷く。アリスが当たっていると言えば、それは確実に当たっているのだ。
だから、テストの時、アリスが羨ましくなる。
それは、いいとして。
そういうこと、とはどういうことか。
「ね、ねぇ、アリス……。そういうことって、どういう……こと?」
解答だけでは理解まで及ばないので、解説が欲しい。
アリスの言霊とルートの所作から推察した自分の解答と、合っているかどうかの確認も兼ねて。
「ルートに直接聞いて……って言いたいところだけど、絶対はぐらかされるし、詮索自体良いことではないから、仕方がないわよね。それに、あなたのことをすべて知っているなんてズルいものね」
ぶんぶんと首を縦に振る。
それはまるで、ご主人様に尻尾を振る飼い犬のよう。
「そうね。まず、あなたが気になっていることに、答えるわ」
アリスは、タダでは餌をくれない。
少しもどかしいけれど、自分という存在と付き合ってくれているという実感が湧く至福の瞬間でもある。
潤んでしまう羨望の眼差しを、理性でもって隠して、議論を進めよう。
「一番は、どうしてルート……サッカーやってないのかなって」
いきなり確信をつきすぎているかもしれない。
それをルートが言わないということには確実に理由があるし、その理由もきっと、もの凄く込み入った深いところにあると思う。自分みたいに友達なりたての人間が、知っていいことではないに決まっている。
アリスの言う通り、時間をかけて本人から直接聞くのが一番良いに決まっている。
アリスはそれをわかった上で、教えてくれるのだろうか。
「そうね。私情に口を挟むのは、本当に良くないことだと思うわ。プライベートを勝手に覗くようなものだもの。それに、あのルートがひた隠しにしているのだから、尚更深入りしないといけない」
「それでも、聞きたいのか、ってこと……?」
勝手に、試されているのだと思った。
ルートのことをどこまで信用しているのか、を。
アリスに限って、そんなことはしないと思うけれど、それ以外考えられなかった。
無言のアリスの瞳は、真っ直ぐにこちらを捉えている。
「し、知りたい」
言ってしまった。
「知りたいよ」
言った。
「知りたい……」
言えた。
初めてできた友達は、自分を無条件で受け入れてくれた。もしかしたら、本当は嫌なのかもしれないけれど、とても優しくしてくれた。アリスとの関係を応援してくれた。「朝、一緒に学校へ行こう」と誘ってくれた。
だから、知ろうと思った。友達でいてくれるお礼じゃないけれど、それに近いものだと思う。
そうか。初めての友達だから、なんて言っていいのかわからないのか。
アリスへの“愛”とは違うから、“友情”みたいなものだろうか。
とにかく、[友達が困っていたら、助けてあげたい]と思った。
「ふふっ。あなたも大概、お節介やきよね」
「そう、かも……」
自然、俯くけれど、いつもあるはずの心地よさはない。
ああ、そうか。今は部活中だった。
あの変わった先生なら許容してくれそうだけど、他の部員は――特に、アリスと同じミドル出身の部員からは強く非難糾弾を浴びることになるだろう。
仕方なく自分で自分の髪を撫でて、アリスの言葉を待つことにする。
「……それじゃ、どこから話しましょうか」
***
今日の帰宅道は、とても静かだった。
学校の校門を抜けて、家まではほぼ真っ直ぐだ。だから、一人でも道に迷うことはない。でも、目的地までの距離が明確である真っ直ぐだからこそ、その道のりは長く険しく見える。
その長い廊下のような道路を、二人で、とぼとぼと歩いていた。時間は、午後七時過ぎ。初日からかなりハードな練習をしたので、遅くなってしまった。自然、周囲に人影はない。
加えて真っ暗だったけど、それは隣を歩く人のおかげでいくらかましになった。相変わらずの寒さも、手を繋いでいるおかげで温かかったけれど、ちょっと温度不足感は否めない。
会話でもしていれば、もう少し温かかったのかもしれない。
「…………」
「…………」
この沈黙は、間違いなく自分が作り出している。
でも、これでいいのだ。
『ルートは、そのMVPをね。棄権したのよ』
『え? なんで? どうして? 本当?』
『……本当、よ』
別に、「手を繋いで緊張しているのだ」と、適当な理由付けをしてもいい。
むしろ、そっちの方が和やかなムードが漂ってきそうだ。
せっかくの二人きり、[アリス……。お話ししたい……]とは思うけれど、[でも……]とすぐ心籠ってしまう。そして、思っても口には出さない。
だから、沈黙になる。
『それ以来、ルートは逃げ続けてるのよ』
『だから、昼休み、どこか行っちゃったんだ……。でも、なんで……?』
『それは……』
アリスは親友の傷口を抉り、その傷口に塗る塩を、さらに自分に渡したのだ。自分はと言えば、ルートのことばかり考えていて、そんな当然の仕組みに気が付かなかった。自分がそうしろと命令したようなものなのに。
でも、アリスはそれすらも知っていた。
だからアリスは言い終えて、『謝らなくていいから』と、『謝ったら、今日は一緒に寝ないわ』と、そう言ったのだ。
そんなことに、今更気付いて、後悔する。どれだけ自分が考えなしの馬鹿だったのか、痛いほど思い知る。この気持ちを、このまま抱えておけるほど、自分の心は丈夫じゃない。
けれど、唯一の救いである謝罪は、封じられてしまっている。
ただ、謝って済む問題なのかと言ったら、それも違う。
何よりも、自分はルートのことを知りたいと思って、知ったのだ。そして、自分の記憶の一つとして吸収したのだ。吸収したのならば、それを糧として行動を起こさなければならない。
『それは、あたしにもわからないわ』
『そう、なんだ……』
『ルートのこと、見損なったかしら?』
『そそ、そんなことない! ルート、ノアの友達だし、良い人だし……』
『そうね。良い人よね……』
『だから、きっと、だいじょうぶ……』
『そうね。大丈夫よね。見守ってあげましょ』
そうか。
謝らないでって言うのは、自分の過ちを認めて『逃げないで』ということなのか。逃げることは否定しない。ただ、自分の弱さや個性を認めて、それを受け入れるということ。そうして初めて、人は逃げることができる。立ち向かうこともできる。
なんて下らない自己解決も、すべてアリスに伝わっていると思うと、時々恥ずかしくなる。それに付随して生まれる、『下らないなんて言わないで』という妄想の中だけの恋心も、自分の羞恥心の種になる。
「…………」
「…………」
暗闇の中、どうして自分が――自分たちが手を繋いでいるのか、考える。
漆黒の帳に二人の隙間を埋められて、光を見失ったとしても、こうしていれば絶対に逸れることはない。春に見合わない寒さの中を歩いても、一人という冷却に凍え死ぬこともない。繋いだ後悔に溺れていっても、好きという気持ちがまた、繋ぐ意味を思い出させてくれるから。
そう思って、自分は、今こうして、アリスと手を繋いでいるのだ。
それはつまり、アリスも手を繋いでいるということ。
その相手が誰なのか、知覚できるのは、他の誰でもない自分。そして、アリス。
『ふふっ。そうね。じゃあ、部員もはけたし、そろそろ帰りましょうか』
『ね……。アリス……』
『何かしら?』
『て……。手、繋いで、帰ろ……』
視線を落として、小さな自分の手を見る。
同じくらい小さな手が、繋がれている。体が熱くなる。
よくよく考えれば、自分はものすごいことを提案していたのだ。アリスとしては、単なる『手を繋ぐ行為』に過ぎないのかもしれないが、自分にとっては別だ。
何だろう。愛を深め合う……って、うわぁ。
「…………」
でも、それでいい気がする。
ルートは、妹が好きだと言っていた。アリス談だけど。
だったら、手を繋げばいい。そうすれば、きっとわかるのだ。『逃げるということ』、それが何を意味するのか。『立ち向かうということ』、それが何を意味するのか。
人に言えた義理ではないけれど、[でも、妹はさすがにまずいかな……]、なんて思ったりはするけれど。
『ノア』
『なに?』
『謝らなくていいから』
『え?』
『謝ったら、今日は一緒にお風呂も入らないし、一緒に寝ないわよ』
『ど、どして……!』
『どうしてもよ。謝らなければいいだけよ。そうすれば、いつも通り一緒に眠るわ』
『わ、わかった……』
自分の中にある『アリス限定の勇気』みたいなものでもいい。
何か一つでも、自分自身のために立ち向かえるのなら、それを尊べば答えは見えてくるはずなのだ。
もしかしたら、ルートの大切なものは、まだサッカーなのかもしれない。だとすれば、縛りをかけている過去の鎖を断ち切ってまた始めればいいのだから、それはとても幸運だ。そうでなくたって、結果はきっと良いものに変えられる。
自分のように、何も取り柄が無いわけでない。勉強も運動もできるし、とても温和な人格。前後ろのシルエットも完璧だ。女々しいと言っても、それは愛らしい顔立ちをしているともとれる。欠点なんて見当たらない。
だったら、きっと、こんなところで満足している自分なんかよりも、もっと高いところへ行けるに違いない。いや、深いところかな。
立ち向かう力が、ルートの中には、絶対にあるのだ。そう確信できる。
だから自分は、それを、友達として見守ろうと、そう強く思った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………痛い、わよ」
アリスの言葉とともに、沈黙は破られることとなる。
知らぬ間に、アリスの指と自分の指を絡めて強く握っていたことに気付いて、少し自慢げになる。
誰もが知っている痛みという確かな情動が、自分たちを一つにしてくれる必然。もう、この闇の中には、二人だけ。
【一不思議】も、後悔も、何もかも、光の深淵に溶けて消え去っていく。
痛みだってそう。いつかは微睡んで消えていく。
きっと、残るのは、この手の温度と、気持ちだけ。
【あとがき】
この二人は、放っておくと勝手にイチャイチャし始めるので、作者としては大助かりです。
シチュエーションを妄想するのは、作る側としては楽しいのですが、そこにどうやって持っていくかというのと、それをどう表現するかが大変なところです。
ノアとアリスの場合、シチュエーションもクソもないですね。どこでだって、いいんです。
イケナイ場所でイケナイことを始める日も、そう遠くはない気がします。
アリス側はどう思っているのか。
それは、なんとなくお分かりかと思われますが、次章で詳しく書いていこうと思います。
このジャンルでは最も重要なポイントである「恋愛への発展」を、この二人はさらりと飛ばしてしまっているので、ノアアリでは「事後の心理」に重きを置こうかと逃げの手法をとるわけですね。
次回は「ノア編最終回」です。
お楽しみに!




