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Ⅱ 早朝マレーズ

【まえがき】

 こういう文学的なことにも、少しだけ手を出してみようかなと思いながら、今作は書かせていただいております。

 少しだけ、アンテナの感度を高く、先入観は捨て去って、読んでみてください。

 「あれ? もしかして?」と感じたあなたは、きっと、IQ140です(適当





 本編です。






 


 部屋に戻ってメイド服を脱ぎ始めるあたりで、アリスが目を覚ました。

「んん……」

「あ。アリス、おはよ」

 まだ瞼が重そうだったけれど、無理に起こそうとはしない。

 仮に、急いでいるのならば、『急いでほしい』と伝わるし、そうでなければ『ゆっくりしていて』と伝わるから。どんな思いでもってそう伝えたいのかを確実に反映して、伝わるのだから。

 今朝はそのどちらでもなかった。

「ノア……。早いのね……」

「ん……。ノア、今日から、アリスのメイドになったよ」

 白黒服を脱ぎ終わったあたりで、脱がなければ様になったと気付く。

 でも、また着直すのも気が引ける。アリスに着てみてと言われでもしないかぎりは。

「ふふっ! 知ってるわ。よかったわね」

 アリスは小さく笑いながらベッドから起きた。そして、さっき自分が用意した着替えに袖を通す。

 朝食時だけ着る服らしいけれど、自分の貧しい感性からすれば、それは一国のお姫様が着るような華やかなドレスに思えた。深紅のリボンが、空を映したような水色の布地によく映えた。

 よく手入れされた黄金の髪は、その装いに負けずとも劣らない主張をしていた。そのくらいの気品が、オーラのようなものがある人でなければ、そのドレスを着ることなどできないのだろう。自分のような平民以下の超級貧民は、呆けて手を打ち鳴らす以外にできることなどない。

 普通の貧民と違うとすれば、お姫様のことを心から愛していることぐらい。

 しかし、

「窮屈だわ」

 お姫様の口からは不満がこぼれていた。

 分を弁えたうえで、口を出してみる。

「すごく、奇麗、だと思う……」

「あら、ありがと」

 嬉々とした表情の裏に何か含まれている気がしたけれど、今回ばかりは壁掛け時計の指し示す時間に免じて気に留めないでおこう。

「朝ごはん、だよ」

「そうね。行きましょう」

 アリスは、だらしなくぶら下がっていた自分の手を取ると、矢継ぎ早に部屋を出た。そして、長い廊下を歩いて、自分の家よりも大きな居間へと向かった。

 道中耳にしてしまったアリスの不安を感じ取るには、手を繋いでいるという実感を忘れるしかなかった。


「お父様、最近また豪遊しだしたわね。一体何を考えているのかしら」


 その豪華なドレスは、最近導入されたものらしかった。そして、朝食の席にドレスコードを設けるということも。

 何を考えているのか全く分からないけれど、因果に思い当たる節はある。

 ここ最近のイレギュラー、それは。


 ――自分。


 メイドとしてこの家に住まわせてもらい、さらには学校にまで行かせてもらっている。それだけでも十分すぎるのに、メイドとして働いた分の給料までもらっているのだ。アリスとも同じ部屋だし。

 虫が良すぎやしないだろうか。

「そうなのよね。少し気がかりだわ」

「ノア、追い出されちゃうのかな……」

 一番可能性があると思った。

 最近変わったことと言えば、自分がこの家に住みだしたことぐらいのものだ。それに乗じて、ルールを改変したというのならば、合点がいく。合点がいくが、納得はできない。

「あたしの脅しが効いたということは、あなたを追い出すようなことはしないわよ。何の得にもならないから。……得? もしかして……」

「アリス……?」

 アリスは「なるほどね」とか「厄介ね」とか、一人で頷いて相槌して、自己解決してしまったようだ。何がなるほどなんだろう。何が厄介なんだろう。

 不安になって少し歩くスピードを落とすと、アリスはそのことに気づいて振り向いた。

 一瞬宙を舞った髪の毛が落ち着くころには、アリスの優しい表情が視界いっぱいに広がっていた。心の底から安堵する。

 それに拍車をかけるよう、甘い匂いのする言葉も聞こえてきた。

「あなたは何も心配しなくていいわ」

 けれど、心配は消えなかった。

 声色も、表情も、言葉選びも、いつものアリスだった。

 ただ一つ、


 [あれ? アリス、手が冷たい……]


 いつもの温度が消失していることに気付いてしまったから。

「大丈夫、なの、かな……?」



     ***



 朝食を食べ終えたので厨房に行った。

 食器洗いを申し出るつもりで出向いたのに、「学校の支度があるでしょう?」と諭されて、仕事を一つ免除されてしまった。

 少し悔しかったけれど、無理を言って手伝っても悪いと思った。

 部屋に戻ると、先ほどまであれほどの輝きを放っていたドレスが、まるでただの布きれのように力なく、地面に横たわっていた。裏返しになっているからとかではなく、多分、着る人の問題なのかもしれない。

 窮屈から解放されたお姫様は、勉強机の棚から数冊の教科書をとって鞄に入れていた。自分と同じ教科書を持っているところを見ると、なんとなく庶民派な雰囲気が漂ってくる。

「さて。そろそろ行こうかしら」

「そう、だね」

 二人だけの時間と空間を、無下にしてしまうのは惜しかったが、遅刻して退学処分でも喰らってしまったら、家から追い出されても何も言い返せない。

 速やかに部屋を出よう。

 と、その前に。

「アリス」

「何かしら」

「はい」

「あら?」

「お弁当。今日から、ノアが、作るね」

「そうなの。ありがと。すごく、嬉しいわ。お礼に、今度何か作ってあげるわね」

「や……そんな、いいよ……」

「遠慮なんていらないわよ」

「じゃ、じゃあ! い、一緒に、作ろう……?」

「ノアがそれでいいのなら、いいけど。あんまり意味がないような気がするんだけど」

 独特の風味と外形上を有しているからと言って、別に、アリスの作る料理が食べたくないわけじゃない。自分の作る料理に、誰かの下を唸らせるほどの自信を持っているわけでもない。

 自分にとって重要な意味は、そこではなかった。

「でも、まぁ」と言い()めたアリスの視線は、自分の視線を避けるように横へと逸らされていた。おまけに顔を少し下目に傾けられて、その表情の縷々を汲み取るのはかなり困難だった。

 そして、紡がれた言葉もまた、

「そういうこと、よね」

 理解困難だった。

 でも、きっと、そういう(・・・・)こと(・・)なのだろう。

 説明するのが面倒だから、人は“愛”という言葉を考え出したのかもしれない。相手の気持ちなんてわからなくとも、それは感じることができる。仮に、相手から発せられなくとも、感じることができる。

 そういう矛盾を山ほど孕んだモノ。

 それがきっと、“愛”なんだと思う。

「ふふっ。面白いこと考えるのね」

「お、面白かった……?」

「ええ。面白いわ。とても」

「そ、そかな……」


 料理。


 愛。


 面白い。


 そういうこと。


 もう、なんでもよかった。

 こうして二人でいられる喜びに、今までさんざん叩かれてボロボロだった自分の心は、昇天して機能しなくなってしまったのかもしれない。

 けれど、そんなことも、もう、どうでもよかった。

 目まぐるしく回っていくこの世界の中で、この部屋だけは止まっていて欲しかった。厄介な時間の流れも、惜しまれる空間の在り方も、何もかもすべて止まっていればよかった。

 でも、もう『願い』は叶っていた。

 だから。

 だから、今日は。いや、ここ数日は。

「さ。少し早いけど、待ち合わせ場所に行きましょ」

 あまり、学校へ行きたくはなかった。

「ん……」

 二人分の重さを持った足は、踏み出すのに少しばかりの力が要った。



     ***



「これでよし、と」

「あなたも健気よね。娘が家を出たというのに、少しも顔を見せない母親も母親だけど」

 それは、自分のことを詰っているのではなく、当たり前の疑問を投げかけてきただけだ。

 なら、知っていることはすべて話そう。知っていることしか話せないけれど。

「いいの……。お母さん、お仕事忙しいって、ずっと言ってたもん……。ノアには、夜ご飯作る、くらいしか、できない……から」

「ずっとって、いつからよ」

「お父さん、いなくなってすぐ、くらい……から、かな……?」

「あ。ごめ――」

「ん。いい、よ……」

 父親に関する記憶がほとんどないおかげで、そこを責められても痛くも痒くもないのだ。

 何をしていた人なのか、いつ母と結婚したのか、今何歳なのか、名前は何というのか、自分について何を知っているのか……存在しているのか、それすら判然としない。

 いや、()はしたのだろうけれど、自分との接点という漠然とした証拠のようなものを微塵も感じなかった。

 だから、そのことに関して、特別悲しいとかは思ったことはないのだ。

「そう。なら、安心したわ。でも、ごめんなさいね」

 アリスは柔らかい表情でそう言うと、頭を撫でてくれた。

 自然、目が閉じる。

「…………」

 このまま目を開けていたら、あの部屋に吸い込まれてしまいそうだったから。二人だけの時間、二人だけの空間に閉じこもって、鍵をしてしまいそうだったから。それだけの価値が、アリスにはあったから。

「ふふふっ」

 アリスの小さな笑い声が、草臥れた一部屋に木霊する。

 髪を梳く温度に埋もれていた自分にとって、それは驚天動地の出来事だった。

 すぐさま目を開けると、視線に引力が働いた。

「……?」

 アリスの微笑みを直視することはできず、背景の薄汚れた黄土色が、いやに目に焼き付いた。

「…………」

 やっぱり、好きだった。

 少しだけでも、その表情を見たくて、今度は逆側のカレンダーに視線を飛ばした。右から左へと瞳を動かせば、その途中で拝むことができる。

「…………」

 一瞬、視界に入ったのは、鎖骨辺りだった。

 すごく、奇麗だった。

「ふふっ。あなた最近、明るいわよね。すごく嬉しいわ」

「そ、そかな……?」

「ええ。そうよ」

 すべて見抜かれている、伝わっている――繋がっているという強固で確かな解釈が、自分の心の平穏を保っている。いや、自分を取り巻く世界を作っている。ずっとできなかったことが、できるような気がしてくる。

 例えばそれは、誰かのために遊びを考えてみたりということだったり。例えばそれは、誰かのために外に布団を干してみたりということだったり。

 最近、こうして自宅(ここ)へ来る度に、新しい一歩を踏み出したという紛れもない事実が、強く想起されるのだ。前はそんなこと、なかったのに。

「変わったのよ、あなた」

「変わった……」

 意味などさして考えもせず、アリスの言葉を追いかける。

 それは愛ゆえに。

「そうよ。あなたは、ずっと一人なんかじゃなかったの。誰かに支えられてるって、助けられてるって、やっと気づいた。それだけのことよ。あたしは、出会ったあの時からずっと、あなたを一人にした覚えはないわ」

「ア、アリスぅ……」

「ふふっ。性格、明るくなったのに、今度は泣き虫になるのかしら」

「な、泣いて……ないから!」

 そう。泣いてなんかない。

 もう、泣いたりなんかしない。

 でももし、自分の涙が止められないようなことがあるのならば、その時はきっと、皆が笑っている時。誰もが幸せで、優しい気持ちになって、笑顔でいる時。

 とても簡単そうに見えて、難しい。


 ――独りじゃない。


 そう、思った時。

 変われるのなら、そんな月並みな答えが許される笑顔が欲しくなる。

「アリス……大好き!」

 でもそれは、要らなくもある。




【あとがき】

 少しこれ『***』が多かったですね。

 場面を展観しようと試みたのですが、やはり、この二人は二人にしておくのは危険ですね。

 書いていて思うのは、「この二人ならこうするだろう」じゃなく、「おぉ!? あのノアがそんな大胆なことを!?」なのです。

 これは、由々しき事態ですね。

 もっと二人きりにしなくてはいけません。




 ノア編は百合メインになりそうです。

 次回をお楽しみに。

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