Ⅰ 顧独モンスーリール
【まえがき】
始まりました。ノア編です。
ノア編はサブエピとしてだけ取り扱おうと思っていたのですが、結構キャラが立っていたので、メインとしても立ち回ることができると思いました。
タイトルには、中二病っぽい単語を鏤めていこうかなと。
それでは、本編をどうぞ。
今までずっと一人だった。
それは、朝も昼も夜も一様に。
日の光で目を覚ませば、否が応でも孤独を知覚することになる。そして、学校へ行くまで一人。クラスメイトに話しかける勇気がなければ、部活に入らなければ、また一人になった。
そして夜は、眠ってしまって一人。
夕方に訪れる大好きな人がいなければ、自分は――自分という存在は、床に臥せてずっと眠っているのと何ら変わりはなかった。
だから、今までずっと、[自分には生きている意味がない]と思っていた。孤独を噛み締めて眠っているだけの存在に、価値なんてないことは明白なのだから。
[ずっと眠っているのなら、死んでいるのと同じこと]
そんな思想に至る因果を辿ってみると、妥当性の甚だしさに笑えたし、泣けもした。
だって、そんなことを考えていても、太陽は力づくでも絶対に、目を覚まさせたから。自棄になっていても、なっていなくても。あの光は平等に降り注いだから。
それが自分にとって、どれだけ辛いことだったのか。無尽蔵の無力感を感じさせていたのか。
それは、そんなありふれた日常が壊れて初めてわかる、“しあわせ”が教えてくれた。
「お、おはよ。アリス」
いまだ夜船に揺られるその人の、白い肌に触れようとして、やめた。
この場所に住み込みで働いているとはいえ、間借りしていることには変わりはない。ご主人様と敬称されるであろう人の睡眠を妨げる資格などあるはずもないのだ。
けれど、このまま何もせずに起床してしまえば、それはつまり、ただのメイドに成り下がるわけだ。少なくとも自分は、他のメイドとは違う。ご主人様と同じ部屋にいるということだけではない。
[アリスのためだけに、働いている――生きている]
そんな動機を掲げてメイドになったということ。
ただそれだけの違いで生じた特権を、自分は今日も瞳に焼き付ける。他のものが見えなくなってもきっと、後悔しない。
「アリス……。好き……」
どうせ心の内を知られてしまうなら、口にしてしまおう。そうした方が恥ずかしくないと、最近気づいた。一人ではなく二人でいるという非現実に、少しの不安すら覚えていない証拠だった。
その代わりに、『ぎゅってしたい』『ぎゅってされたい』と高揚する胸中を抑えることの方が、不安だった。
衝動が閾値を超える前に、着替えてしまおう。
起こしてしまわぬよう、布団を出る時は気を付けた。二重になっているカーテンの内、片方だけを開けた。そして、クローゼットからアリスの着替えを取り出して、ベッド横の机に置いた。
これも業務の内だった。
自分としては[業務じゃなくてもやりたい]くらいの気持ちでいたから、仕事だと言われたときは少しだけ悔しかった。
さて。
おさがりのパジャマも脱いで、着替えも済ませた。
朝の支度をしなくてはならない。
***
時計の針が午前五時を指す直前くらい。
自分は、アリスの家――ナイブス家の厨房にいた。
自分の家のキッチンと比べること自体、失礼にあたりそうなくらい大きいキッチンには、メイドが四人いた。そこに自分も数えるなら五人か。
「みなさん、机の上からレシピを三枚ずつ取っていってください。これが今週の献立です」
メイド長と思しき人物が、金切り声のごとき高い声で、ほかのメイドに呼びかける。指揮をとっているのもそうだけど、一人だけ眼帯のようなものをしているから、格が違うのだとすぐわかる。していない時もあるけど、それでも目を閉じている気迫で他との違いを感じた。
バックで口を開けている巨大オーブンにメイド長の声が反響して、心地の悪い音が生まれる。
近くにいたメイドから順々に、ご主人様方の好みの味付けやら配膳位置についても事細かに書かれた献立の紙をとっていく。一番遠くにいた自分は、流れに従って最後に控えた。
順番が回ってきた時だった。
「ノア様は、昼食の分と休日の分、とらなくていいですからね」
「……ふぇ?」
いつもの金切り声とは質を異にする優しい声に虚を突かれて、「え?」の形をしていた口からただ空気が漏れてしまう。言葉の意味を理解しきるころには、息も吐ききって、確りと不安と疑問の表情を浮かべていたのだと思う。
戸惑っている自分に追い打ちをかけるよう、メイド長がまた、柔らかい言葉をかけてくる。
「ああ! 違いますよ。決してあなたを仲間外れにするというわけではありませんよ。ただ、ノア様は昼は学校で不在ですし、育ち盛りなので休日はしっかりと休んでいただきたいのです」
「……うん?」
「大丈夫ですよ。ご主人様には――いえ、私どものご主人様には、ちゃんと許可をいただいておりますので」
イマイチ状況がつかめない。
けれど、一つ確認しておかなければならないことがある。
「ノ、ノアは、ここに、居てもいいの……?」
「…………」
自分の中にある最大限の原動力を勇気に代えても、声は震えた。
『ダメだ』と言われたら、その時は仕方がないことだと諦めて出て行こう。そしてまた、あの楽園で、ご主人様を待ち続けよう。
愛という原動力は、これからもずっと、自分を動かし続けてくれるだろうから。
「ノア様!」
「は、はいぃ!」
突然、名前を叫ばれて体がびっくりする。手は冷たくなってきたし、足は震えが収まらない。
でも、その叫び声はまだ、優しかった。
「そんな悲しいことを言わないでくださいませ……」
メイド長に限らず、他のメイドたちも、とても暗い表情を浮かべていた。
心の奥底から『悪いことをしてしまった』と、悔いた。
「ごご、ごめんなさい……!」
「いいのです……。これからは、ここを自分の居場所だと思っていてくださればそれで……。もう、謝らないでくださいませ……。私たちは家族のようなものなのですから」
「ご、ごめんなさ……あ……」
温かく歓迎されることに慣れていない自分は、どうしていいかわからなかった。
自分の何を買われたかは全く分からないけれど、どうにかその歓迎に報いようと必死に思考を巡らすと、目が回って、動悸もしてきた。どうしようもなくなって視界を閉ざすと、塩っぱい水流にこじ開けられた。
次の瞬間、その水流は、メイド長の白黒メイド服に吸い込まれていった。
「ああ、ごめんね……。好きなだけ、泣いていいのよ……」
「う、うぅ……」
本当に認められたのだと勝手に思って、メイド長の胸で少しだけ泣いた。
我慢して、後になって心が咽いでしまえば、アリスに知られてまた余計な心配をかけてしまう。
そういう合理的な言い訳は、朝食を作り終えてから気が付いた。
メイド研修は、こうして幕を閉じた。
自分は今日から、ナイブス家の者だ。
【あとがき】
ここで、少しだけアリスの『ノア知覚能力』について、補足です。
正しくは、ノアの『アリス限定自己伝播能力』ですね。
☆基本的な性質は、ルート知覚能力と近い。把握できる限界等。例外として、激痛や失神など、突発的なものは伝えられない(感情を挟む余裕が無いため)。
☆伝播能力なので、アリスの意志に関係なく伝わる。アリスもノアもコントロールは不能。ノアが『伝えたい』と思ったり、『アリスが……』とか『アリスと……』とか思ったりするだけで、伝わる。
☆伝播したかどうかは、アリスにしかわからない。
こんな感じになります。
でも、まぁ。
ノアの頭の中は、同居どうこう言う前よりアリスのことでいっぱいだったので、考えていることや感じていることはほぼ筒抜け状態です。本人は、それでも幸せそうですが。
サクラみたいに場面を動かすキャラがいないので、あまり動きはありませんが、百合度は高めを意識しております。もう、イチャイチャしまくりで行きたいですね。
牛歩の次回も、お楽しみに!




