表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/165

Ⅳ Led also Reached

【まえがき】

 “導かれて、そして届いて”

 何をすればいいか、わからなくても。



 高校生になってから、小学生の頃の友達の家に行くと不思議な感じがします。

 毎日のように遊んでいて、それが普通だったはずなのに、今は、とても変な感じがしてしまうんです。その友達に彼女や彼氏ができていれば、尚更です。

 郷愁を強く感じてしまえば、もしかしたら破局を願ってしまうかもしれませんね。

 女の子の友達に彼女ができていたら、私は応援しますね。

 その中で唯一変わらない存在は親などでしょうかね。

 いい意味で変わりませんよね、彼らは。


 今回は少し長めです。

 では、ノスタルジックに浸れる本編をどうぞ。






 


「プレゼント……ですか?」

「そうよ」

 ルートの家に着いてから、父から頼まれたものを手土産としてご両親に挨拶して、とりあえずはルートの部屋に腰を落ち着けた。

 直前に予定を組んでいたプレゼントの話を再開したところまでは良かったが、それからは、一言で言うなら「論外」だった。

 ルートに何を尋ねても、「わからない」「うーん、どうだろ」を繰り返すだけで、一向に話は進まなかったのだ。普段の生活ぶりだけじゃなく、あたしの能力を通しても知っていたつもりだったけれど、ここまでとは。

「ルートは著しい乙女力の欠如が見られるわ。だからリズ、あなたに手伝って欲しいのよ」

「べ、別に、そんなもの必要ないじゃない……か」

 暖簾を押すようなやり取りをし続けていると、ルートの妹リズが帰宅したのだった。

 あたしが持ってきたマカロンを居間で発見したらしく、リズはそれをここ――ルートの部屋まで持ってきて、「お菓子持ってきたよー」と体が良かった。

 期待をちらつかせておいて言うのもなんだが、『乙女力』について考えてみると、この子も期待できそうになかった。

 ライムグリーン色のそれを一つ頬張りながら、リズは楽しそうである。

「ふふふ……。なるほどなるほど。それでルーに代わって、私が選ばれたわけですね? いいですよー! 他でもないアリスお姉ちゃんの頼みだもん、断る理由はないよー!」

 敬語が抜けて次第に言葉が砕けてくるが、エレメンタリー時代はそうしていたからか、あたしとしてもあまり気にはならない。

 もしかしたら、あたし自身もしっくり来ているのかもしれない。

 久方ぶりの呼称に懐かしさを覚える暇もなく、若干『乙女力』が欠如したリズが問う。

「それで、プレゼントは誰に渡すの?」

「友達――


 意外とすぐに出たその答えが、何となく腑に落ちなくて、セリフの歯切れが悪くなる。

 引っかかっているのは、数十分前のアレのせいでまず間違いはないだろう。

 傷つけてしまった自覚はそこはかとなく存在しているし、謝りたいとも思っているのも事実だ。

 だけど、そんなことを考えていては、誕生日プレゼントにまで罪悪感の影響が出そうだとも思うのだ。誕生日ケーキに『ごめんなさい』なんて言葉が添えられていたら、素直に喜べないに決まっている。

 だから、今、少しでも報いようというのもあった。

 例え目につかないところであっても、巡り巡って伝わればいいな、と思う……的な?


 ――友達以上……恋人未満? みたいな感じかしら?」

「お姉ちゃん。それ、女?」

 年下、後輩、とは言っても、急激にトーンを落とされると、一定の恐怖を感じる。

 自分で自分を誤解しているのだと言い聞かせて、あたしは目の前で悍ましい眼力を発揮する女の子を宥める。

「女だけど、違うわよ。そういうのじゃないから」

「なら良かったぁ!」

『そういうのじゃないから』。そう言い切ってしまった瞬間、あたしは間違ったことをしているような感覚にとらわれた。まるで、好きな子を前にして強がって「嫌いだ」と言ってしまったみたいな、そんな後悔にも似ている感覚。準備していた言葉じゃないにしろ、悪いことしたなあと思いはした。

 でも、それが後悔と質を異にしているというのは、自分が一番知っているものだったりする。

「ねぇねぇ。それってもしかして、誕生日プレゼントだったりするの?」

「え、ええそうよ。言ってなかったわね、そう言えば。二月十六日だから、明後日なのよ」

「なんだー。誕生日プレゼントなら、そりゃあげるよね。ホントに良かったぁ……」


 〈え゛。もしかして、僕の扱いもそんな……〉


 話に混ざれずにいるルートの顔が次第に青くなる。

 あたしはリズへの意見を、ルートを慰めるのに使っても良かった。

「そんなことはないと思うわよ。誕生日なんて一年に一度しかないのだから、結構特別なものじゃない? あなたも誕生日の時、いつもとテンションが違っていたりしないかしら」

「それもそうだけど……。やっぱり、好きだったりする人とそうじゃない人じゃ、違う気もする……かも。アリスお姉ちゃんとかルーくらい好きな人と、それこそ、めんどくさくてあんまり好きじゃないクラスメイトとでは意味が違うと思うの」

 動揺で右に左に忙しなかったルートの目が、一先ず落ち着いて正面を捉えてくれる。

 床のテーブルの足元に並べられたクッションに座っているルートからだと、真正面のあたしは自然と視界に入る。別段意識する必要もないので、メンタルに難のあるルートも、さしたる気兼ねをせずに済む。

 足をバタバタさせながらルートのベッドに寝転がるあの妹が視界に入っていたならばまた、別の意味で動揺を隠せなかっただろうけど。

「ありがとリズ。でも、嫌いだからってぞんざいに扱ってはダメよ。そういうのは適当にあしらうくらいに……じゃなくて、プレゼントの話よ」

 思い出して、半ば強制的に話題を戻す。

 話題の収束に納得したのか、リズはすぐに順応して話を掘り下げていく。

「その子の好きな物、じゃダメなのかなぁ?」

 確かに、それなら、喜んで欲しいという自分の気持ちを強く伝えることが出来るし、相手の気持ちを深く知る必要はない。

 ルートなら和食、リズならイカ墨、という感じだろうか。食べ物でなければ、ルートは確か登山と天体観測で、リズは温泉だったかしら。


 ――では、ノアは?


 ああ。そうだ。

 あたしはあの子の好きな物が分からない。

 ルートやリズよりも長い付き合いがあって、ほとんど毎日顔を合わせてもいて、つまらないあたしの愚痴をいつも聞いてくれて、あたしのことを喜ばせようとしてくれて、親しみを込めて『アリス』と呼んでくれる数少ない人間の一人で、冗談でも『アリスが好き』なんて言ってくれて、あたしもあの子のことは好きで、すべてから守ろうと決めていて。

 それなのに、あたしはあの子の好みすらわからない。

 どれだけ勝手なのだ。

『ノアのことなら誰よりも知っている』だなんてことをぬかしておいて、好きな物一つわからないなんて、勝手を通り越して詐欺師だ。

 比較するつもりはないけれど、あの子の母親なら知っているのかもしれないという事実に、あたしは心底腹が立つ。そしてまた、ズルい自分が嫌になってくる。

 どうしてもっとあの子のことを見ていてあげられなかったのか、と。

 それすらも完全に見下ろした言い口であるということは自覚している。

 でも、もし、あたし以外にあの子を見てくれる人がいなかったら。

 そう思うと、あたしはどうしても自責して考えを改めることが出来ない。

 あたしがルートのことを知ろうとしたように、その時あたしが感じていたのと同じように、ノアのことを思ってくれる人がいないなんてことになれば、あたしは気が動転しておかしくなってしまうだろう。

 酷い目にあった上に、誰の気にも留めてもらえないなんて、悲しすぎる、可哀想すぎる。それではまるで、永遠に続く冬の中に一人、薄着で震えているようなものではないか。

 至極傲慢な同情と揶揄されようと、あたしは一向に構わないとさえも思える。あの子が受けた迫害に比べれば、そんなものは一ミリの価値すらもない塵みたいなものだ。

 そう。

 だから、あたしはあの子にならできる限りのことをしてあげたいし、行きつく先は守ってあげたい。

 けれど、なんだ。

 なんなんだ、あたしは。


 〈アリスが熟考に入った……。もしかして、わからないのかな……〉


 そうよ。わからないのよ。

 勝手に家に上がり込んで、保護者面して、守るなんて体の良い表看板を掲げて、友達になった時だってほとんどあたしの圧力だったし、あげている服だって本当に捨てる直前のものだし、勝手に『あたしの楽園』にまでしている。

 結局、あたしの方が面倒を見てもらっていた。

 とんだ愚か者だ。

 あたしが見ていたのはノアではなくて『楽園』。

 何一つ相手のことなんか見えてなかった。

 それなのに、学校生活を楽しくするために友達を作るよう勧めたり、図画工作という特技を褒めてあげたり……そうだ、ルートの話をしたりもした。

 だから、さっきのすれ違いも生まれてしまったのだ。

 こんな自分勝手でぞんざいな人間からプレゼントを貰っても、嬉しいはずなんてない。もはや、あげる資格などないのかもしれない。

 そうなると、考え無しに相談を持ち掛けてしまった二人にも謝罪をしなくてはならない。

 ノアには贖罪をしなければならない。

「あの……、悪いんだけ――」


「ああーー!!」


 これ以上事が大きくならないように、自己満足の謝罪をしようとするが、リズの激しい閃きに遮られてしまう。

 絶叫の後、ベッドから急に立ち上がったかと思えば、「そうだそうだー」と呟きながら部屋を出て行ってしまった。

「…………」

「…………」

 取り残されてしまったあたしとルートの視線が自然とぶつかってしまう。けれど、ルートがすぐに逸らそうとしたせいで、流れ的にあたしも逸らさざるを得なくなる。

 逸らした先にあった時計の針は、本来なら部活中である時刻を示しており、いつもとは違う特別な時間であることを改めて実感する。同時に、どれだけ長い時間悩んでいたのかという溜息と、こうしている今もノアが泣いているかもしれないという懺悔が、じわりじわり確実に身に染みてきて、また少し胸がズキリと痛んだ。


 〈目、逸らしちゃったよ! どうしよう! アリスも目を逸らしたせいで、初々しいカップルみたいになってる!〉


「ふふふっ。何よそれ」

「うぇ!? 僕なんか言ってた!?」

 ええ。心の中で言っていたわよ。

 少なくとも、あたしの良くない逡巡が一時停止するくらいのことは。

 しかし、場違いな天然が生んだその白い光でさえ、あたしの胸の痛みを鎮めることは出来なかった。

 そしてまた、あたしは黒くて暗い、闇のような深い思考の沼に溺れていく。光の届かない、底無しの沼に。

 ずぶずぶと沈み始めた、その時だった。


「アリスお姉ちゃん! これあげる!」


 勢いよく開かれたドアが壁にぶつかって止まる時に発生した、爆発的な音量が耳を劈く。擬音にするならきっと、爆弾のそれと同じ。

 破竹の勢いそのままに、意気揚々としたメッセージが叫ばれている。澄んでいてよく通る声質も助けて、最初から最後まで、しっかりと逃すことなく耳に入って、頭に刻まれていく。「びっくりした……」と仰天している人以外には。

 豪快に舞い戻ったリズの言葉によれば、どうやらあたしに何かをくれるよう。

「な、なにかしら?」

「これです! どうぞ!」

 そんな笑顔で手渡されたら、それがいくら粗悪な品であっても受け取ってしまうだろう。

 そう思えるほどのオーラのようなものを、リズは持っている。

「マフラーね」

 白、灰、黒、というモノトーンの合間で度々主張するパステルの水色がアクセントになっていて、作成者のオリジナリティが感じられる。施されているガーター編みは、お店で売られているものと遜色なく、まるでプロの仕事と言わんばかりの丁寧さ。フリンジを三つ編みするように編んでみたり、端の方にあたしの名前を入れてみたりと、プロでは出せない『気持ち』的な面も持ち合わせている。

 そう。

 言うなればそれは『大切な人にあげるべき一品』。

 そのくらいのクオリティはあると思う。

「これ、本当に貰っていいのかしら」

 あたしなんかにはもったいない、と思う。

 それは、父親からマフラーを貰った時に抱いた感情とは、きっと百八十度違った。いや、五百四十度かもしれない。

「いいのいいの! というか貰ってくれないと困る。泣いちゃうかも」

 それもそうか。

 貰う資格云々以前に、与える方の気持ちも考えなければいけないのか。

「でも、どうして突然? あたしの誕生日は春よ?」

「この間、これ――このマフラー貰ったから、お返し!」

 リズの右手には、あたしがあげたあのマフラーがあった。

 そんな高い物じゃないのに、かえって悪いことをしたかしら。

「あの時は学校帰りで言えなかったから、今言うね! マフラーありがとね、アリスお姉ちゃん! だから、これはそのお返しだよ!」

 思い違いだったようだ。

 あたしはあの時、リズに寒い思いをして欲しくない一心でマフラーを与えた。別に何の見返りも求めてはいなかった。

 リズが鋭い子だからという補正は幾らかあるかもしれないけど、でもそれはちゃんと伝わっていたのだ。

 昔のことを思い出した。


 ――思いは伝わる。


 あたしは元来、マイナス思考を基盤にして思考するタイプではなかったはずだ。

 もしかしたらルートの思考の全てを把握するうちに、伝染してしまったのかもしれない。

 そうだ。

 あたしは、ルートじゃなくて、あたしだ。

「とても嬉しいわ」

 プレゼントを貰えれば嬉しい。大事な人の気持ちが込められたものなら、何を貰ったって嬉しいのだ。

 それはあげる人の気持ちが、ちゃんと伝わるものであるから。

 途中で途切れたりせず真っ直ぐに、相手のことを思っていれば必ずその思いは届く。『喜んでほしい』という気持ちが届けば、『喜んで』くれるのだ。

 ならあたしは、『ノアはあたしのことを必要としているだろうか?』ではなく、『あたしがノアを必要としている』と強く想いたい。そして、伝えたい。

 気付かせてくれたリズに、感謝よ届け。

「ありがとね、リズ」

「えへへっ、どういたしましてー! …………あ、そうそう。実はもう一つ理由があるの」

 何となく蛇足な気がするけれど、それを知っているのか知らないのか、「二人は知らないと思うけど……」と話は続く。

「どこかの国では今日の日をバレンタインって言うらしいの。それでその日、好きな人にものをあげると永遠の恋が成就するらしいの! お墓まで同じになるって話なの! すごくロマンチックだよね!」

「リズ……」「あんたねぇ……」

 始まりは異音同義。


「「愛が重い……」」


 締めは異口同音だった。



      ***



 気持ちの整理が一段落つく頃には、時間はもう夕食時になっていた。

 リズは夕食の手伝いに駆り出されて、部屋にはあたしとルートの二人だけとなっていた。

 盛り上げ役がいなくなってしまったせいで、また降り出した雪が強風に流されて窓を叩く、空しく不穏な自然音だけが部屋に響いていた。

 プレゼントは自分の気持ちの籠ったものを一人で考えるとして、さすがに夕食では邪魔になるだろうし、ノアの家にも寄るとなると遅くなってしまうから、そろそろお暇しようとしていたところだったのに。


 〈今日は楽しかった。けれど、本当は遊んでいる場合じゃないんだよな。もう少しで受験になるんだから、勉強以前に進路を決めなくちゃいけないんだよ〉


 小さく溜息を一つ。

 その溜息はあたしでなくともわかるだろう。


 〈僕のしたいことをすればいいと言われた。アリスが進学を考えているアカデミーに行くのもいいし、もちろん国内のアカデミーに通うのもいいと言われた。将来の夢なんて大層なものは僕にはないから、流れで国内に進学するのも悪くはない〉


 以前、天文学を勉強してみたいと言っていたのを、あたしは覚えている。

 天文学レベルになると学者になる道以外には考えられないから、当然のことながら、進学先のレベルはプロフェッショナルに行けるくらいは必要になる。

 そうすると前者、あたしと同じアカデミーへの進学が妥当に感じる。

 これはあたしの推測ではなくて、ルートの潜在意識に近いかもしれない。


 〈やり直しなんてできない、一度きりの人生なんだ……〉


 誰もが納得する理論だと思ったけれど、恐ろしく説得力に欠けるとも思った。

 ルートは『何も始まっていないあの時に戻して』と願って、その通りの時間――『願い』を叶えられるようになる直前まで人生を遡行した。

 つまり、『願い』はまだ叶っていない状態だ。

 ルートは再びあの夢を見てその事実を知っている。

 だから、「やり直しなんてできない」は嘘なのだ。

 リセットできるならどちらの道も進んで試してみて、後から取捨選択することも可能なのだ。

 でも、あたしはそれを良しとはしない。それはルートも同じ。

 世間では『世渡り上手』と言うところを『狡猾』と言い換えてしまうから。

 まだ世の厳しさを知らないからなのかもしれない。でも、あたしもルートも間違ったことは言っていないと確言することだってできると思うのだ。

 純粋だった子供が闇を知って、手に入れるのは『世渡り上手』になるための処世術だったりする。大人はそれだけを見て物事や利益を評価するけれど、あたしたち子供には手に入れた代わりに失ったものも見ることが出来るのだ。

 社会的には無駄で終わってしまうところを、あたしたちは何度も何度も掘り返し、心に反芻して、気の済むまで吟味する。大人たちが悩む必要のない、『新しさ』とか『これから』について、あたしたちは答えを出さなければいけないから。

 ルートの苦悩が続いているのは、その吟味の時間が延長されているからだと思う。

 社会にとってみればきっと、「あたしとリズが死んだ」という事実は無駄になってしまう。悲しいけれど、確かにあたしもリズも生きているから、ルートが話を捏造しているだけと言い聞かされれば、それも全うなことで否定などできはしない。もし、あたしのようにルートのことを知ることができるのなら、話は別かもしれないけれど、そういう少数派はすぐに多数派に飲み込まれて消えてしまうだろう。

 鈍感なルートであっても、そのことは知っている。

 だけど、無駄とわかっていても、ルートは考えることをやめない。

 いや、ルートにとっては無駄ではないのか。

 だとするならば、その苦悩を晴らすにはどうすればいいのだろうか。

 あたしとリズの命、罪の無い二十二人の命、そのどちらかを選ばなくてはいけない時、もしくはどちらかを選んでしまった時、どうすればよいのか。命題を課された本人は、一体どういう心持ちで生きればよいのか、もしくは生きていてはいけないのか。

 どちらにせよ、自分の進路で手一杯のルートが抱えるには大きすぎるのだ。


「ちょっと、もう。帰ろうって時に溜息なんてつかないでくれるかしら」

「ご、ごめん」

 病気なら薬を与えればいいし、欲しいものがあるのならお金を貯めて買えばいいのだけれど、明確な対処法が分からない問題を抱えてしまっているのだから、溜息をつきたくなるのも理解できた。

 でも、あたしはあたしらしくあるために、毒を吐くようにルートを責めてやる。

 いつもあるものが無いと、違和感を感じてしまうだろうだから。

「なに。また進路?」

「ま、まあ、ね……」

 ものぐさに尋ねるけど、あたしも本心では悩んでいるのだ。

 勝手に進学先を決められて、友達まで制限されて、最近では許婚とか意味不明なものまで出てくる始末。勝手に段取りを済ませてくれるのは嬉しいけれど、あたしに選択の余地などない。

 確かにそれは、迷う必要が無いと言う意味で言えば、未来を見据えていて素晴らしいことなのかもしれない。

 でも、本当の意味で、あたしはあたしにはなれない気がするのだ。

 自分のやりたいことを――叶えたい願いを叶えるために、今、何が必要なのか。ただの定期テストとは質を異にする、これからを決めるという大切なことだから、迷ってしまうのだ。

 大切な問題の答えと言うのは、複雑に入り組んでいて何度も振り出しに戻されてしまう危険さえ含んだ超難度の人生ゲームみたいに、クリアして正解を出すことが難しい。

 だからこそ、正解した時の喜びが大きくなるのだ。

 では、進むルートを誰か他人に決められている場合はどうだろうか。

『そっちに進めば大金が必ず手に入る』とか『ここで結婚しておけば後半戦で役に立つ』とか、一度クリアしてしまった人間の攻略法を、同じように適用させて進む人生ゲームは、本当に楽しいだろうか。

 迷いの果てに自分でルートを選択して進もうとするルートやノアの姿を見て、その隣で指示通り悠々自適に流れていくあたしは一体何を思うのだろうか。

「あなたなら賢いんだから、外のアカデミーにも行けるでしょう?」

「でも学費が高いんだよ。お母さんたちに迷惑をかけたくないし……」

 あたしの立場からでは、そこに関して何を言っても説得力を持たせることはできない。

 けれど、何となく、あのご両親ならルートの言うことを真っ向から拒否したりはしないと思う。自分たちが苦しくなったとしても、ルートとリズには幸せになってほしいと願っていると思うのだ。

「ご両親は好きにしろって言っていたんでしょう? なら、好きにしなさいよ……とか言うから迷うのよね……」

「ごめん……」

「いや、別にあなたは何も悪くないのよ」

 そう。

 ルート、あなたは悪くない。いや、もう誰も悪くなんてない。

 誰かに責任を転嫁する必要など全くない。もし必要になったのならば、悪いのは『決められないでいる優柔不断な自分の心』とでもしておけば良い所。

 それだけはわかってほしくて助言しているつもりが、「でも……」と打ち消される。

「アリスの家はすごくお金持ちだから、素直に羨ましいと思う。だけど、その代わりに門限とか家のルールとか、何か制限みたいなものがあると思うんだ。アリスは顔に出さないし、家のこともあまり口にしない。何となくだけど、それが逆に引っかかって……」

 ルートが悩んでいることにあたしという無駄なものが含まれているのかと思うと、こちらも少し悩ましい。

 仮にも王子様なのだから、しがらみなどなく軽い心でいて欲しい。

「もしかしたら何か、嫌なことが、あったり、するんじゃないかな、って……。そしたら、僕の悩んでいることみたいな、どうでもいいことは、アリスを……、その……、傷つけているんじゃないかって……」

 知っているわよ。そのくらい。

 あたしはあなたの全てを知っているのだから。

 だからお願い。

 お願いだから。


 ――自分を責めないで。


「そうね。あたしの家はエレメンタリーの頃よりずっと裕福になったし、友達になっていいかどうかも許可が必要になったし、進学先も最善を選択させられたし、最近は許婚なんかも登場してるわ」


 ――何もしないでいるあたしの生き方なんか、褒められたものじゃない。


「でも、しょうがないのよ。それがあたしの人生にとって一番なんだから。一度正解を見つけた先輩――親が言うのだから、それは不正解じゃないのよ」

 だから正解。

 それが……、


「それは違うよ!!」


「え?」

 それが、正解でないのなら何が正解だと言うの?

 人生ゲームをクリアするためには攻略法が必要なのだ。創造主になどなれはしないあたしは、一度クリアした人にそれを聞くしかないのだ。

 でも、それも違うと言うのか。

「アリスは本当にそれが正解だと思っているの?」

「ええ」と事務的に頷くと、「本当に?」と聞いてくる。「本当よ」と、また頷く時、ルートと目を合わせられなかった。「本当に本当?」と問いを重ねるルートに、あたしは何も答えることが出来なくなる。

「結婚相手が好きじゃない人でもいいの? 大好きな親友と一生会えなくなってもいいの? 全てを失っても、いいの……?」

 いつもどこか暗くて冷たい雰囲気を醸しているルートの声が、今日はなぜか、鈍い反射光を放つ槍のように激しく熱く、あたしの心を貫いていく。もしくは、母の指が髪を梳いていくように優しく琴線を鳴らし、呂律(りょりつ)を合わせていくようだ。

 女々しくてか弱い震え声も、接近すれば一定の切迫感があった。

 妙な説得力の訳は、この距離のせいかそれとも、ルートの心の中が冷たいからか。或いは、お互いに一度目の世界を知っているせいか。

 衝突を恐れるあたしが、厭わずにルートの心が接近することを許してしまったから、だろうか。

「ねぇアリス」

「な、なによ……っていうか、近いわよっ」

 目に見える距離はそこまで変わっていない。

 でも、盲目の代償は確かにここにある。

 今回は、疲弊のせいであたしの目も曇っている。

 ぶつかるのが怖い。

「その人のこと、本当に……す、好きなの?」

「は?」

 いきなり話題を『恋愛』的なものに変えられて戸惑う。

 そして、この心の距離に目が眩む。

 一定が壊れた反動でできた亀裂が、あたしの心の端から端まで、どこまでもどこまでも進んでいく。亀裂が一周すれば真ん中から両断されてしまうかもしれない。

 なんとか繋ぎとめようと焦って、冷静な判断が出来なくなってくる。ルートもまた然り。

 でも、ルートの目は真っ直ぐにあたしを捉えていた。

「その許婚の人、本当に好き?」

 そうか。

 これはルートの母親の言っていた、話に恋を取り入れると明るくなる、というやつね。

 子供っぽくて正直ダサいと思っていたけれど、ここまで効果があるとは……。でも、無理くり明るくしなくてもいい気はする。

 お互いにそういう話が苦手な場合は、オススメできないと注釈を入れておくべきだったわね、ルートのお母様。

「本当に……あ、あああい、愛、してる……の?」

「わからないわ」

 それは、まだ幼いから理解できないと言う意味ではなくて、相手のことをよく知らないから。

 顔を見たぐらいで話も全然していないのだから、好きかどうかの判断はできない。

 外見だけでも、と言う話なら「普通」と答えるだろう。

「わからない人と結婚するの? 普通は、何が好きなのかとか何をされるのが好きなのかとか、お互いのことを何でも知っているようなものなんじゃないの? それこそお互いに、す……好きじゃないと意味ないと思うし」

 何でも知っているというのは、あたしとルートくらいの関係のことは言わないのだろう。ただでさえ一方的な認知だし、それにお互いに好きではない。それはあたしが、能力でもって示そう。

 では、何も知らない許婚はどうなのだ。


 〈家のために好きじゃない人と結婚したって、嬉しいはずなんかない!〉


「わかってるわよ、そのくらい……。でもね、パパもママもそれで成功してきたの!」

 あたしはその断片しか知らないけれど、昔聞いた話によれば公園の雑草を食べていたこともあったらしかった。

 そんな生活から、常にメイドが世話をしてくれるような生活に。

 これを成功と言わずになんと言えるだろうか。

「だから!」


 ――正解なの?


 浮かんできた自問は、あたしの否定の自答を待っている。

「だから」

 微笑んでいるルートを見て、あたしの勢いはさらに逓減していく。

 だけど、このまま止まるわけにもいかないのだ。

 ここで止まってしまうようなら、今までのあたしがすべて否定されてしまうことになるのだから。

「だから……」

 ルートは包み込むような温かい笑顔であたしを見ているだけなのに。

 それなのに、何を言い訳しようとしていたのかも忘れてしまう。

 言葉にしなくても、あたしの思いが伝わる。

 特殊能力や高等な読心技術が無くても、心と心でぶつかれば伝わる。

 憎しみ合ってぶつかれば、その憎悪の念が通じるように、相手のためを思ってぶつかれば、その思いはきっと相手の心に届いてくれる。

「いいんだよ、間違っても。正解を決めるのはお母さんでもお父さんでもないんだ」

 衝突することは間違いじゃない。

 だから、怖がらなくてもいい。

 その真っ直ぐな言葉に――常温より熱くて、熱よりは冷めている微妙なその温度に、あたしの中の冷たくて硬い氷の部分が、解かされていく。

 そして残るのは、本当の気持ちと、塩辛い湿気だけ。

 

 〈そうなんだよ。進んできた道が正しかったかどうか判断するのは自分なんだ。道を進む前は、それがどれだけ理想に近づけているか気にしてしまうから、その一歩を踏み出すのが難しいんだ〉


 あたしは、あたしの今の理想は。

 王子様の心を、明るく照らしたい。

 その冷めた胸に飛び込んで、温めてあげられたらと思う。


「あなたと……ノアと一緒に……、同じ学校に行きたい……! あたしはあたしの好きな人と居たい……!」

 

 あたしの中で温められた感情が、勝手に言葉になって飛び出していた。

 王子様の心に一番近い所で発したそれは、真実の咽びとなって確かに届いてくれた。

「アリス……」

 まだまだ小さいけれど温かく優しい手が、肩に触れる。

 感じきれず溢れ出してしまうほどのこの温もりを、今度はあの子に分けてあげよう。

「あたしは、ノアと友達でいたい……!」

 温もりに紛れて、あたしの願いも溢れてしまった。

 でも、ルートは微笑んで頷いてくれる。

 言葉にしなくても、思想(ことば)にしなくても、伝わることだってある。

 その温度で、思い出す。



 そうね。

 将来を見据えるというのは、今ある現実にもがくことと真逆にあることかもしれない。

 そう考えると、現実に苦痛を感じて悩むことの正しさが証明されていく気がする。

 大切だから辛いのだ、と。辛いから大切なのだ、と。

 目を逸らしていて気が付かないだけで、そのために必要な条件も、実現するのに十分な条件も、常にそこに存在しているのだ。

 だからあたしは、あたしたちは理想に向かって邁進していける。

 今の理想はきっと、達成されたと思う。

 だから次は、本当の理想に、あたしの願いにありつけるよう、

「ぐすっ」といったん鼻をすすって、あたしはまた、あたしになる。


「い、いつまで抱き付いているつもりよ」

「え!? 今、絶対アリスの方から抱き付いてきたよね!?」



【あとがき】

 いつも悩んだりしない人が悩んでいた話でしたね。

 今回のように、悩みというのは突然解決したりするものなんです(話の中ではしてませんけど)。

 なので、諦めずに粘ることも大切ですよ。


 死ぬまであきらめなかったあなたは、『ヤンデレ』の素質……というかヤンデレですね、もうすでに。

 私はヤンデレ好きですから、恋に悩んでいる方は歓迎です。

 もっと悩ませちゃいますから。




 次回、アリス編一幕最終回かもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ