Ⅲ Wing of Knowing
【まえがき】
“何かを知りたければ、行動せよ”
また、行動することは何かを知ること、でもあります。
「あんたの家、学校から遠すぎるわよね」
「そういうアリスの家も、同じくらい遠いと思うけど」
いつもの別れ道だけど、今日は曲がる方向も気分もいつもとは異なる。
この道をルートと通った過去を掘り返してみると、無駄に大きい新品の制服の袖に腕を通してぎこちなく歩く自分とルートの姿があった。リズはまだエレメンタリーか。
とは言っても、あたしたちもまだ小学生気分が抜け切れていなかったから、同じようなものだけど。
よちよち歩きするあどけない二人の影は、深々と降る雪の光に照らされ、像を結ぶ。イメージが想定外の鮮明さだったせいで、ノスタルジアに陥る。
「ん? アリス大丈夫? 目が潤んでるよ?」
「き、気のせいよっ。というか、普通は気付いても言わないものよ」
毎日新しいことに挑戦して色々なことを知って、笑って、泣いて。
回顧すると無性に今が哀しくて、変えられない悲劇に為す術もなくて。でも、楽しかった思い出は確かに心にあって。
この道をルートと通ることで、空想の世界で過去と現在を行き来できる。それだけで、懐古の情に駆られて泣きそうになる。
これから遊びに赴くと言うのに泣いてはいられないし、涙の引き金の緩さがルートに露呈したら、恥ずかしくていられない。多分ルートも恥ずかしいだろうから、おまけにその恥ずかしさもあたしに伝播してしまって、逃げ道がなくなってしまうに違いない。
降雪の残業に勤しむ曇天を仰いで瞳の水分を飛ばそうとすると、大気との接触面積が増加した首元が一気に冷え込む。同時に、顔面全域に氷点下の白綿が被さって思わず、「にゃっ!」と変なことを叫んでしまう。
でも、泣いているところを見られるくらいなら……と、それくらいは我慢できた。
「ふぅ……。暫くは止みそうにないわね、雪」
「そうだね……」
少しコントラストはあっても、どこまでもモノトーンである気さえしてくる。少なくとも、今、この国の空はそうだと思う。空の色を心情に例えるなら、多分『憂い』。
「アリス……? 泣いてるの……?」
「え……? ノ、ノア!?」
パレットに空の色を借りて、隅から隅まで心を染め上げてしまったみたいな表情をしている。
部屋に飾ってあるだけだと思っていた白い制服は、どうやらちゃんと機能していたようだ。雪の郷愁色と制服の色が被っているせいで、すれ違う距離になるまで気がつかなかった。
すべてを打ち消すように映える、寝癖のついた黒髪の存在感は凄まじかった。
〈黒髪だ……。いいなあ……〉
場を和ますようなルートの思いも、あたし以外に伝わることなどありはしない。
「ねえ……アリス、どうして泣いてるの?」
物理的距離そのままに、虫の鳴くような小さな声でまた訴えてくる。ルートはあたしよりも距離があるので聞こえていないようだ。
「泣いてないわ。それより、学校はどうしたの?」
「――っ!」
ノアの気持ちを汲んで聞いてはみたけれど、露骨に塩っぱい顔をされた。
いつもの愛らしさの欠片もない苦い表情。その表情は何? あたしが泣いていたせい? それとも学校をさぼったことを指摘されたから? どちらにせよ心証を害してしまったことに違いはないか。
ルートの家で遊ぶのを早めに切り上げて、その帰りにノアの家に寄って慰めてあげよう。
ノアの望む方法で。
「ノア。あたし今日はこの人と遊ぶから――」
「もう…………嫌い! アリスなんて大嫌い! ノアのこと全然考えてない! 明後日だって…………なのに。…………もう知らない!!」
こんなに大きい声出せたんだとか、あたし嫌われたの? とか、優先度の低そうな事例ばかりが浮上している間に、ノアは走り去ってしまった。これは確実に距離を置かれたのではないか?
あたしの運動神経とノアの運動神経を考えると、走れば追いつくということは明白だけど、タイミングを考えよう。
とりあえず後で謝ろうとは思うけど、今日ノアの家を訪れて、入り口を開けてもらえるかどうか不安だ。でも、行かなければならないのは確かだろう。
ああもどかしい。どうすればいいのだろう。
ああ、そうか。
これが、適度な距離感がわからない、というやつか。
「な、なんかごめん……」
「なんであんたが謝るのよ」
ルートが〈た、確かに〉と思うと同時に、表情も相応のものになる。
一定の距離感を保てることに安堵を覚える自分に嫌気がさす。
「でも、追わなくていいの? 怒ってたよ、えぇと……ノアさん?」
今距離を詰めたら衝突してしまう、気がする。そして一層距離を置かれてしまう、気がする。楽園までの道が決壊してしまう、気がする。
どれもこれも、空気を読んだ憶測でしかない。当然だ。
人間が読めるのはせいぜい空気くらいの話で、他人の思考が読めるなんて、天と地がひっくり返ってもあり得ない。
でも、だからこそ、人は考える。だったわね。
今、雪が降っていれば頭を冷やせただろうけど、視界に白い粒は無かった。
「今はあなたの家にお邪魔するわ。その後、話をしに行くから安心して」
「うん。わかった」
停止していた足の回転を再開して、目的地へと進む。何度も訪れているから、足の運びに迷いはない。
止んでしまった雪とは違って、ノアへの心配は止まずに降り積もるけれど、雪ほどの白さはそこにはない気がした。
「明後日って……十六日? 十六日ってあの子の誕生日よね。……まさか。……いや、ないわね流石に」
「何か言った?」
いつの間にか並行して歩いていたルートが、怪訝そうに顔を覗き込んでくる。
「言ってない」と答えても、「言った」と答えても、ルートとの距離は大きくは変わらないと思う。変わってもすぐに一定値に戻る、いや、戻せるだろうし。
だから、少し考えてみた。
「一緒にあの子の誕生日プレゼントを考えましょう、って話よ」
綻んだ顔を見ると、一定が崩れそうで少し震えた。
【あとがき】
解決に向かっているのか、それとも迷宮入りしようとしているのか。
その狭間を彷徨っているのは、ルートだけではないのです。
アリスの『ルート全知能力』について少し補足です。
☆五感、第六感、思考、その他、カバー範囲はすべてです。例外として「ルートの背後」や「ルートの体の状態」などを知ることが出来ません。後者は感覚から推測することは可能。
☆アリスの任意で知りたいことを知ることが出来る。逆に、記憶操作や知覚操作などのそれ以外のことはできない。あくまでも『知るため』の能力です。
☆本文に書いていること以外にも、アリスは事細かに聞いております。真面目な話をしている時にわずかなりとも『和食』のことを考えていたりもしますが、さすがにそれを出すわけにもいかないので、本文の様に整頓させていただいております。
その他、お気づきの点がございましたらメッセージください。
次回はルートの家ですかね。




