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Ⅱ Visible become Invisible

【まえがき】

 “可視か不可視かという議論は無意味である”

 見えているのが正解なのか、見えないのが正解なのか。

 事象の正当性を証明するのに、不要な感情を所有する人間では役不足なのです。






 


 翌日。教室。



「今日は卒業式の予行演習お疲れ様でした。体育館、体育館倉庫、アイスリンクを使用する部活は、今日は卒業式の準備のため全面休止だそうです。では、さようなら」

 担任の先生の声は、教頭に呼名の繰り返しを強要されたために掠れている。一度で成功させればいいのに、口ごたえするからだ。

 担任が教室を後にすると、クラスメイトたちも続いて帰路に着く。

 最近あたしたち三年生は、受験生であることを理由に放課後の掃除を免除されている。代わりに、下級生たちが三年生の教室を掃除することになっているので、教室がゴミだらけになることはない。

「アリスちゃん、バイバイ!」「じゃあねーアリスさん♪」

「さ、さようならっ」

 横に座っている人とその友達らしき人が、そう挨拶して去っていく。いつも部活で忙しくて放課後にクラスに残らないせいで、放課の挨拶は何だか新鮮だ。

 今日は部活が無いので、勉強をするド真面目以外は家に帰って遊ぶのが世の常と言うものだった。あたしに挨拶をしたあの二人も、受験を控えてピリピリしている風では無かった。

 あたしの場合はノアの……。今日はやめておこうかな……。


 〈リズは……、二年だから掃除か。今日は、アリスと帰りたいな〉


 というわけで、あたしはルートと帰ることにしよう。

 机の横にかけてある鞄を手に取って、極地と場所を間違えたと錯覚するほど温かそうな上着を着て、着て、また着て、そして席を立つ。手に持って帰るのも馬鹿らしいから、着るしかないのだ。

 後ろを振り返って、新鮮味の全くない、そいつの様子を拝めば……。

「か、帰る?」


 〈ん? アリス、なんか怒ってる?〉


「別に怒ってないわ。ただ、既視感に立ち眩んだだけよ」

 目を丸くしてしまうのは自然なこと。思考を完全に読まれると言うのは、形容しがたい不安な感覚になるのだ。あたしはその不安も感じられる。

 テスト対策のために重くなった鞄を肩にかけなおして、出発を促す。

 部活はないけれど勉強があるせいで、廊下を行く足取りはそれなりになる。勉強自体は憎悪するほど嫌いではないけれど、それは一人の時限定の話だ。あたしには有名な家庭教師がつけられていて、そいつが厳しいと言ったらない。

 思わずため息が出てしまいそうなあたしとは裏腹に、ルートはあたしを遊びに誘うか否かでそわそわしている。

「ねえ」

 あたしの方から遊びに誘ってあげようと立ち止まったはいいけれど、何だか見惚れてしまう。多分表現が変だけれど、言うなれば「実物はやっぱり違う」感じ?

 こうして見ると、鞄を持って歩くルートを実際に見るのは久しぶりかもしれない。

「な、何かな」

 輪郭と目元がリズと似ていて、二人の間にある血の繋がりを強く感じる。両親からそれぞれ受け継いだ綺麗な青と緑の目色を見ていると、何となくだけど左右の距離感が掴めなくて、吸い込まれそうになる。

 今も短すぎるとは思わないけれど、もう少しだけ髪の毛に余裕があれば弄って遊べるのに、ルートはそうしようとはしない。伸ばせと言っても、あたしの求める長さのちょうど手前くらいで切ってしまうのだ。

 持っているポテンシャルを隠蔽して、やりたいことがあっても他人優先。消したい過去の記憶と、消えたくなるような現況。

 あたしはそんなルートの実情を知って、許せないでいる。

「今日は暇かしら? というか暇よね。ええ、暇だわ」

「ちょっとアリス。そんな勝手に――」

 幸せになる能力も資格も持っているのに、幸せになる選択をしない。能ある鷹が爪を隠すのとは異なる、諦観のような心情から。

 人間は何かしら隠しているのだから、別に隠すことが悪いわけじゃない。諦めることで道が開けることもあるから、諦めることも悪くない。というか、ルートは悪くない。

「いいじゃない。久しぶりに遊びましょう?」

 あたしが何するでもないけれど、隠蔽なんて能は鷹には必要ないと思うから。



     ×××



 外に出ると、真冬の乾いた冷気が肌を差すように刺激してきて少し痛い。両手で口を覆って吐息で温めようと試みるが、効果はほんの一瞬のもので、その後はただ指の間に湿り気が残るだけだった。

 リズにマフラーをあげたせいで、最近のあたしの首回りは少しだけ寂しい。

 あげたのが間違いだったんじゃなくて、金の力に縋るみたいなのが癪で虚勢を張って、家にあるマフラーに手を出さないことが確実に間違いだった。

 手袋では足りないということを実感する。いつも待たせてごめんなさい、リズ。


 〈アリスが寒そうだ……。どうしよう……〉


「そんなに心配しなくても、あたしなら大丈夫よ。さ、行きましょ」

 また虚勢を張ってしまった。これに一体何の意味があるのだ。

 いや、意味はあった。

 強がることで、あたしはあたしでいられるのだ。でも多分、そのあたしはあたしとは違うあたしだ。みんなの(・・・・)アリスであって、あたし個人としてのアリスではない。

 まぁ、そんなことはどうでもよくて、頭に雪が積もる前にあたしは歩き出す。あたしの読心術まがいの能力に目を丸くしていたルートも、おずおずと後をついてくる。

「ねえアリス。今日は僕の家に来るの?」

「ええ、そうよ」

 ルートの推測に思うところがあって、振り返らずに答えるしかなかった。歩みを同調させられたらとうとう逃げ場を失ってしまう、と少し歩くスピードも上がる。


 〈ずっとアリスの家で遊んでないなあ……。もしかしたら、家で何かあったのかな……。それとも嫌われてしまったのだろうか……〉


 あたしとルートの記憶を辿ってみると、あたしの家でルートと遊んだのは、どうやら五年前が最後みたいだ。ルートの家とあたしの家で交互に遊んでいたという、さらに過去のイメージも遂次浮かんでくる。

 こんなに早く家に帰っても両親はいないだろうけど、メイドがいる。お金持ちのシンボルであるメイドが、家には隠せないほどいる。そして、ルートはそれを知らない。それだけじゃなくて、あたしが裕福であることすらやんわりとしか知らない。

 学校であたしの噂が色々とたっているけれど、ルートとリズだけは昔のあたしの印象が強くて、あまり噂をあてにしていなかったのだろう。

 現在に至る経緯を考察すると、自然、身の置き所に困る。

 あたしは「そういえば」と、分かりやすい話題を提示する。まさに逃げの一手。

「この前のバトン部の試合、あたしも見に行ったんだけど気付いた?」

「え、本当?」

 精神的距離を正確に把握できるあたしは、逃げる時に失敗することは無い。

 人は逃げる時は普通、距離を置く。それは物理的にもそうだけど、やはり一番は精神的な間が必要になる。

 物理的になら両眼で見ればほぼ正確な距離感を掴めるけど、精神的な距離は目に見えないので感じ取るしかない。でもそれは、幽霊とかと同じで認識の可不可に個人差がある。

 他人が考えていることは、他人には絶対に分からない。仮にわかったと思っても、それは推測の押し付け、エゴでしかない。つまり、人は誰しも『精神的盲目』だ。

 盲目の人に非がないのと同じように、精神的盲目も咎めることはできない。だからこそ、人は他人の気持ちを考えて行動し、助け合うことを覚えたのだとあたしは思う。

 でも、あたしは違った。


 〈は、恥ずかしい……。試合には勝てたけれど、少し失敗してしまったからなぁ……。見られてないかなぁ……〉


「盛大に失敗してたわね」

 あたしは精神的にも晴眼だった。振り返ったから、物理的にも見えるようになった。

 見える相手は一人に限定されているけれど、絶対に仲違いをしない距離感を保つことができるのだ。目が見えていれば、人とぶつかることはないことと同じだ。

「やっぱり見られてた……」

 ルートは両手で顔を覆ってしまった。他でもない、『羞恥』から。

 あたしは、あたし自身が選択したことを後悔するつもりはないけれど、どうしても考えてしまうことがある。

 物理的に盲目でなければ、対象との距離を詰めて親しくなることができる。近いからこそのリスクもあるけれど、近ければ静かな心の叫びを聞き取って助けてあげることもできる。そうしているうちに、距離はゼロになって、それこそ「恋愛」に発展するかもしれない。

 精神的に晴眼なら、自分と相手の心の距離を知ることができる。だから当然、ぶつかることは無い。もちろん、近づいて距離をゼロにすることもできる。

 でも、それってどうなの?

 普通見えるはずのないものを見て、利用する。それって至極傲慢なことじゃないだろうか。あたしは、全く他人のことを――ルートのことを考えていないじゃないか。

「で、でも! すごく綺麗だったわ! 可愛らしいと思ったわよ!」

 ああ、ほら。信憑性が皆無だ。

「あ、ありがとうアリス」


 〈アリスは優しいなあ……〉


 ルートは今、あたしのことを信じた。それはあたしが距離を調節しているために、ルートはあたしとの距離感に悩む必要がないからだ。

 本当は知ってはいけない事実を、あたしは知っている。

 他人のことを慮る能が人間には不可欠だから、神様は人間を精神的に盲目にしたんだと思う。

 あたしにその能力が全くないわけではないけれど、もしかしたらルートに対しては皆無かもしれない。ただ確実に言えるのは、ルートの心を読む能力はこれ以降絶対に向上しない、ということ。

「ほら、さっさと行くわよ。このままじゃ凍え死ぬわ」

 それでもよかった。

 王子様が盲目なら、あたしは目の代わりになって、肩だって貸そう。それは、見えるから助けてあげるという以前の問題だと思うから。

 そんな慈悲深い意志とは裏腹に、行先はルートの家だった。



【あとがき】

 見えない恐怖よりも、見える恐怖の方が強大であるという話があります。

 見えなければ、恐怖はすべて自分の想像に委託されることになります。その代わりに、精神を落ち着かせれば怖いものなどなくなってしまいます。

 見えるならば、しっかりと考えて憶測して、等身大の恐怖を感じることになります。なくなることはありません。

 最小値を比べただけ、というお話になります。



 もう少し考えてみてください。



――見える恐怖を感じることが出来ない人は、見えない恐怖しか語れない。



 結局は、恐怖も人それぞれです。

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