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Ⅰ You and “You”

【まえがき】

 “あなたとわたし”

 わたしのあなたはあなた。

 あなたのあなたはわたし。






 


 裕福になってから、あたしは自分の誕生日が嫌いになった。

 服はクローゼットに余るほどあったのに、誕生日には決まって服だったから。実状、クローゼットの服のほとんどは去年の誕生日の時のものだ。

 必要もない召し物をもらって、感謝を要求される。そんなものは、誕生日とは言わない。

 だから、十五の誕生日の時、あたしはそれを伝えた。

 そうしたら父に、

『服でもアクセサリーでもお金でも土地でもない。アリスの欲しいものは一体何なんだ?』

 と怪訝な顔をされた。

 性別が違うからわからないのかもしれないが、お金の力で何でも解決しようとしている父に、あたしは無性に腹が立ったのだ。わがままだってわかっていたけれど、一言物申したかった。

『自分で考えてみたら? あたしこそ、パ……お父様が何考えてるか知りたい!』

 結果は芳しくなかったけれど。

 あの時は少し怒りの方が強かったから、確か、泣いてはいなかった。

 寝れば気が紛れると思って、あたしは早めに布団に入った。

 そしてその夜、あたしは夢を見たのだ。

 夢の中で『願いを叶えます』と言われた。『全知全能にだってなれる』らしかった。

 あたしはそんなものに魅力を感じなかった。第一ただの夢だろう、と呆れかえってもいた。

 けれどその夢はやけに鮮明で、目を瞑ってもその先にまた同じ夢があって、どうやら自力では覚めないようだった。

 だからあたしは仕方なく、


『パパが何を考えているのか知りたい』


 と、そこにいる誰かに提案してみた。すると、願いを強く念じれば叶うという説明が返ってきた。

 言われた通り、あたしは父親のことを思い浮かべてみた。

 胸糞が悪かった。

 暮らしが豊かになってからの悪い記憶ばかりが思い起こされて、とてもじゃないが、その人のことを知りたいなんて思えなかった。

 知ってどうするんだ。何か変えられるのか?

 そう自問すると、すぐにノーと言う否定的な答えが返ってきた。

 でも、その空間にいると、記憶が異様にクリアに浮かんできて、忘れようとしてもなかなか上手くいかなかった。だから、別の記憶で上書きしようと思った。

 その時、一番最近の出来事がクラス替えでルートと同じクラスになれたことだった。席も隣だった。別段、意識することはなかったが、ルートは曲がりなりにもあたしの王子様だった。忘れてしまうくらいに、ルートはルートだった。

 そうだ。

「やっぱり、ルートのことが知りたいわ」

 そこからはとてもスムーズだった。

 あたしの頭の中は、驚くほどすぐに、ルートのことでいっぱいになって埋め尽くされた。知りたいと思うのに、自問自答の余地すらなかった。

『わかりました。とてもいい「願い」ですね』

 確か、そんな感じの音声情報が脳に響いて、夢は覚めた。

 けれどその朝は、あたしの上に誰か乗っているんじゃないかってくらいの体の異様な重さに、メイドの力なしで起床できなかった。

 メイドに囲まれながら朝ごはんを食べている時だった。


 〈遅刻する! もう、早く起きてよリズ!〉


 ルートの声だった。

 ただし、いつも聞いている声とは少し違っていた。なんだろう、自分の声を自分で聞くのと人が聞くのでは聞こえ方が違うというのと似ているか?

 気になって、その声に意識を集中すると体の自由が利かなくなって、あたしはそのまま床に倒れた。メイドの話も耳に入らないくらい、あたしの意識は混濁していた。

 自分の意識ではないものが、自分の意識に無理矢理入り込んでくる。入ってきた意識と自分の意識を一緒に知覚しなければいけないせいで、自分の意識の知覚が疎かになる。

 その絶妙なバランスが保てなかった。

 五感すべて、第六感みたいなのも全部、それから記憶とか感情とか全部が、とにかくあたしの中に入ってきて、感覚を感覚として処理できないのだ。

 あたしはその日、人生で初めて学校をさぼった。

 皆勤賞を逃した代わりに、ルートという存在に対して不可逆的に皆勤賞が確定したというわけだ。



 ――あたしはルートのすべてを知ってる。



 だからもちろん、この世界がルートの手によってやり直されたことを知っているし、一度目の世界であたしとリズが死んでしまったことも知っている。無論、それでルートが悩んでいることも知っていた。

 あたしは王子様にお礼がしたくて『願い』を叶えた。

 だから、やり直されたこの世界で、細やかな感謝を込めて、あたしはルートの手助けをしようと思った。

 ルートが思い出せない『違和感』の正体を知っていたあたしは、どうすれば生きられるかを知っていた。

 けれど、この世界の選択はルートに委ねた。

 もしかしたら、あたしとリズの代わりに、誰かが犠牲になってしまうと推測できた。そんなことになってしまえば、ルートは自分を責めるだろうということも、無論推測できた。

 でも、それは正しいことだとわかっていたから。

 だって、それを乗り越えなければ、あたしたちは絶対に笑って生きていけないのだから。

 結果として、あたしとリズは死なずに済んだ。

 だというのに、ルートは現在進行形で苦悩している。

 何のために時間を巻き戻したんだ! と活を入れてやりたいけれど、不当にプライベートを覗いていることを知られるわけにはいかない。それとなく伝えようにも、あの鈍感さでは困難を極める。


 〈今日も普通にできたかな……。変じゃなかったかな……〉


 ルートは少し優しすぎるのだ。

 それは、超能力まがいのあたしの力を使わずとも、分かっていたこと。

 そこまで清濁を併せて呑むようだと、あたしが介入することが不純に思えてしまう。何か助けようにも蛇足になってしまう。

 でも、あたしはルートのことに関して、億劫がったりはしない。

 少なくとも王子様で、そうでなくても命の恩人なんだから。



【あとがき】

 アリスが使っている『王子様』という表現は、あの白馬に乗って度々登場するアレではなくて、どちらかというと“幼い頃に助けてくれた運命の人”という意味合いでの表現が近いです。

 女子校などではよく耳にしますね。あんな感じじゃなくて、吊り橋効果的なあれです。

 


 最近はあまり聞きませんが。

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