Ⅵ Before and After
【まえがき】
“前も後も変わらない。変わるのは眼”
話の都合上、今回はとても短いお話になりました。
込み入った内容になっているので、ぜひ読んでみてください。
本編をどうぞ。
二月初旬。
「それでね。ルートってば――」
「はぁ……」
あたしの話を遮ってまで、ノアが溜息をするのは珍しい。
どれくらい珍しいかの言い得て妙な表現はなかなか見つからないけれど、多分、雷にあたるより珍しいと思う。
だって、そんなこと今までなかったから。雷と同じで。
「どうしたのよ」
「どうもしてない……。ただ……」
「ただ?」
あたしが首を傾げると、ノアがあたしから離れて少し壁の方へ寄る。
昨日に倣って一緒の布団で寝転んでいたから、そこまで距離は取れない。
それはあたしも同じく。
「だって……。だってここはノアの部屋で、ノアと話をしてるのに、アリスはいつもいつも………………ばっかりで……」
意図して声量をマイナスされたら自然、これだけ近くても聞こえない。
今まで散々お世話してきたのに何その態度……とは流石に思わない。
けれど、一人の親友――少なくとも友達以上くらいには思われているはずの人から頼られていないと、自分に自信がなくなる。
あたしはどこに矛先が向いているかわからない一抹の憤りから、また、ずいとノアに寄った。
これで後ろめたければあたしが悪くて、ノアが萎んだらノアが悪い。
あたしたちの関係なら、密着しようが何しようが、多少は大丈夫だという確証があった。
「あなた最近、すごくつまらなそうよ。何かあったなら言いなさいよ」
「な――
ノアとの距離はゼロ。ノアの顔との距離はおよそ7センチ。
これが男女だったら、もしかしたら何か感じるのかもしれないが、ノアが相手だと別段何も感じない。
ただ、「黒髪が綺麗ね」とか、「円らな瞳が可愛らしいわ」とか、「きめ細かい白肌が羨ましいなぁ」とか、往々にして言われる有象無象で無粋な感想は、あたしも申し訳程度には持っていた。
でも、特別言葉にして伝えようとは思わなかった。
――何にもないから!! ……何もないの!! もういい、帰って!」
怒鳴られてしまった。
そして、人生初の追い出しを喰らった。
背中を押されて、入り口まで持ってこられた。
歩行を強要できるほど強い力はそこにはなかったけど、歩いてあげないと何だか可哀想な気がして歩いてしまった。
「ノア、一体どうしたのかしら……」
静かに閉められた楽園の扉を眺めて、独り言ちる。
同情という言葉が自分の中に残っていることが、とてつもなく気色悪い。
現在進行形で降り積もる白雪に頭を突っ込んで、凍るほどキンキンに冷やして反省したくなる。
思いついた戯言を口にしていたら、何か変わっただろうか。
「はぁ……」
きっと何も変わらない。
今まで、そんなことを言ったことはなかったから。
「帰ろうかしら……」
わざとらしく踵を返して、改めて帰り道の暗い闇を食む。例によって、あたしの足取りは重い。
けれど、あたしの足はどうしてもそこに向かう。まるで、牢獄から長い鎖で繋がれて生きているみたいだ。今は、楽園から発せられた退園命令の圧力も一つの要因か。
でも、思えばそうなのかもしれない。
子供が生まれてから暫く経って自由が利くようになると、親は、子供がどこかへ行ってしまわないように制限を付ける。門限とか一家言とか、形は色々ある。
子供たちは制限という代償を支払って、親に保護してもらうようになっているわけだ。
しかし、子供が成長するにつれて、保護の必要も薄れてくる。それが自立するということなのだろうけど、中間にいるあたしたちにとってみれば、それはとても邪魔に思える。
中途な位置である十五歳という経年からすれば、制限というのはただの「枷」でしかなくなる。それも、特別重い「枷」。
保護の必要はどうしたってあるから、その「枷」には、さらに大人の重圧という錘が上に乗っかることになるのだ。
少なくともあと五年はこうしていなければならない。
身体的には大人でも、精神的社会的にはまだ子供らしいから。
でも、大人の気持ちも子供の気持ちも、両方ともわかるからこそ出来ることだってある気がする。
それを見つけることが、大人になるということだとも思ってしまう。今のあたしが知らないことを、大人と呼ばれる者たちはきっと、知っているから。
だからこそ今、あたしたちは迷い悩むのだ。
捨てたいほどに辛かった過去も、俯きたくなる苦しい未来も、眼を塞ぎたくなる厳しい現実も、すべて背負わなければいけないのが大人だから。
だから、あたしたちは葛藤し戸惑うのだ。
かけがえのない愛おしい過去も、希望の光に辿り着く未来も、愛情や友情で満たされた現実も、すべて味わうことが出来るのが大人だから。
あたしは今、一体何ができるのだろうか。
【あとがき】
――きっと仲直りできる。
私には、そう思って別れた友人がいました。
ですが、もう、あの子に会うことは二度とできません……。
名前も思い出せないのですから。
ただの薄情でした。




