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Ⅴ 立ち止まって、七夜月。

【まえがき】

 ななよづき、です。

 今話、珍客登場。


 わくわくしながらどうぞ。

 意外です。



 

 


 夏暑くて冬寒い。春と秋は、それぞれその中間。

 当たり前だけれど風情があって、僕は四季のあることが結構好きだった。

 そこに優劣はないが、感想は多分あって、それがまた折々と境界を引いているように思う。僕だけでなく、過ぎ行く時に思いを馳せるものなら誰でもそのはずだ。

 春は言うなれば“変化の季節”で、生徒会副会長に任命されたのもアリスたちと同じクラスになれたのも、それを呈していそうだ。それ以前に、新学期だ。

 考えてもみれば、意味は後付けのものだとわかる。

 そうやって純粋に四季を感じられる学生だからこそ、一つ一つのイベントを心から楽しめるのだと思う。いや、楽しまなければならないし、もう一つ、僕は楽しませなければならない。

 この夏、意気込みを恋愛などにぶつけてみるのも悪くはないだろうけれど、大事なことに、僕は生徒会の副会長でもある。

 勉学に励むのは勿論、恋愛を謳歌するのも、思い出を作るのも、相応しい環境というものが往々にして必要だ。

 そして、それを創作するのが、我々生徒会の仕事なのである。

 とは言え、生徒会はそこまで堅苦しいものでもない。

 強制ではないし、取り仕切る顧問もいない。温いと言われればそれまでだが、会長の人柄が全校生徒に伝染していって、カシミーヤ上級学校(アカデミー)の温かい校風は成り立っているとも感じる。

 そういう意味では僕たちがする業務というのは、畑の地均しみたいなものなのかもしれない。

 であればこそ、実りの夏にどれだけ笑顔を収穫できるかは見方次第、やり方次第なのも道理なのだ。

 前年度は、交流文化祭と公開文化祭がちょうど重なって、かなり大規模なものになったけれど、今年の文化祭はそのどちらでもない。ごく普通の非公開文化祭だ。

 だからと言って、手を抜いていいわけはない。むしろ、無条件的期待の無いところから、どうやって生徒たちのモチベーションを上げるかの設定を練らなくてはならない。

 生徒会として難しいのは、予算との兼ね合いだろう。

 掛けられる経費が無制限なのであれば、何迷うことは無い、大きな花火でも打ち上げればいいだろう。単純に、そうはいかない。

 決められた予算の中で、どれだけ生徒たちの士気をコントロールできるか。つまり、誰もが息を飲むような、あっと驚くような、不確定要素への欲求を露出させられるかの勝負だ。

 僕たちに、チャンスは二度ある。

 三度に一度は公開文化祭なので、それを除いた二度だ。

 一度目の経験上、これからの学校生活を大きく左右する、分岐点になることは間違いない。誰かの運命が変わるとも言える。それくらいのイベントだ。

 最終決定は校長だけれど、その采配を、会長が握っていると言っても過言ではない。

 僕は意見を出せても、決定できるわけではない。

 それについては、役職上、言うことは無い。

 しかし、その結果について、発言権はあってもいいと思うのだが。


「はーい。みんな静かにー」


 黒板前の教卓で、その場しのぎの号令を張るクラスメイトがいる。一年生の時も同じクラスだった、あの明るいムードメーカーの子だ。確か、成り行きで文化祭実行委員になっていた。

 授業中にも関わらず、教鞭を振るうはずの先生が大人しいのは、この科目の主役が僕たち生徒であることに他ならない。

「んではー、ウチのクラスはメイド喫茶に決定ねー」

 実行委員がそう言うと、クラスの男子が「おおー」と大っぴらに期待の声を露わにした。女子も女子で、苦言を呈する人は見当たらず、満更でもない感はある。

 僕の隣の席のおよそ二名は、それぞれ単純な表情をしていた。

 僕はと言えば、きっと、複雑だろうと思う。

「んじゃ、次はー。メイド喫茶に必要な係決めかー」

 実行委員の喋るのに合わせて、板書担当の生徒が書き()く。焦りからか元々か、殴り書きのような乱雑さであった。

 しかし、テンポはそれなりだった。

「係って何必要だろ」

「メイド役がたくさんと……あと、裏方がたくさんやない? 料理作りの。最初の材料の買い出しとか、部屋の内装するんも要るし……あとは――」

「ま、待って待って。今書くから。書記が」

 別段尋ねたのではないだろうけど、自然、黒板から一番近い席の女子が、流暢な口説で実行委員にアドバイスした。

 そう言えば、実行委員に推薦していたのも彼女だったし、二人は仲が良いのだろうか。心なしか距離が近い気もする。

 そして、僕は未だにクラスの輪に馴染めていなさすぎる。

「まー、係はこんなもんか。んじゃ、次は誰がどれやるかだね。これは適当にやりたいの皆に選んでもらえばいっか。今年のテーマ、“自由”だしね」

 クラスに笑いが起こるが、本当にそのテーマでいいのかと勝手に不安になるし、副会長として若干不甲斐なくもあった。笑われているのは会長なのだろうけど、何となく、圧は感じるべきところだろうと暗示される。

 今年のテーマは他でもない、“自由”である。

 初めにその熟語を宣告された時は、思わず「深いですね」と相槌を打ってしまった。今考えると、恥ずかしすぎてならない。何が、深いですね、だ。

 僕みたいにクラスに溶け込めてない人もいるだろうに。

 こういうイベントは下手をすれば、馴染めている人とそうでない人の線引きを一層強固にするのだ。自由とは陰か陽で言えば陽であるし、静的か動的かで言えば動的であるから、どちらにも属さないタイプの人にとってはアウェーなのだ。

 いやしかし、会長のことだから、考えあってのことだろう。

 そんな僕の弱音は、クラスメイトたちの笑い声に埋もれて、心に舞い戻って来た。

 でも、もしかしたら、誰かには届いていたかもしれない。

 そう気付くと、僕の耳が勝手に、隣の友人の口元へとフォーカスを合わせた。


「執事、なんてどうかしら」


 それほど大きい声ではなかった。当然、僕に向けられた言葉でもないし、実行委員に向けられた言葉でもない。独り言だろう。

 不思議、次の瞬間にはクラス中に木霊していて、終いにはそれが黒板の案に追加されてしまった。そうして、キャスティングは虱潰しに、いや、波のように。

 何となく、わかってはいた結末。

 けれど、きっと彼女は、僕が今彼女と目を合わせられない心情も知っていて、敢えてこうした。無意味に画策はしない性格だ。僕が取るリアクションに、何らかの期待をしているに違いない。

 であれば、僕はそれを肯定してはいけない。

 そう思った。

「じゃあ、執事役はルートくんね。いい?」

「あ、うん。いい、ですよ」

「ありがと。んじゃ、満場一致ぃ」

 快く引き受けるとすぐ、僕の名前が黒板へ書き足された。

 さっきまでの殴り書きの文字よりも、気持ち丁寧に書かれているような気がする。僕の名前だけやけに読みやすい。

 まんまとしてやられたなと、思わなくもない。

「さすがにルートくん一人じゃきついっしょ。ルートくんはメイドにもなるからね」

「え」

 体育会系のノリとは恐ろしい。

「あと二人くらい執事いた方がいいよね。そっちは適当な男子見繕えばいっか」

「「「「男子の扱い酷いなっ!?」」」」

 男子の内数名が噛みついていたけれど、その適当に選ばれた人たちとは仲良くできそうだ。

 優しい人がいいな、と勝手に期待しておくことにする。

「じゃあ、次はメイドー。メイドはいっぱいいてもいいでしょ。つーか女子は全員でもいっか。分け隔てなくね。メイド喫茶だし。交代制にすれば一日中お店回せるしね。男子のメイド希望は顔の審査アリでオーケーにしよう」

「「「「「俺らは分け隔てられてるけどなっ!?」」」」」

「ええねー。でも、一人か二人まとめ役みたいな人欲しない? 午前の部と午後の部で一人ずつ、みたいに」

 バリトンのがやを裂くように、黒板がソプラノを跳ね返す。

 彼女は合唱部か演劇部だろうか。声が素晴らしく通る。

「あー、確かに。じゃあそれ、料理得意な人にしよう。厨房の監督もやれれば大助かり」

 それなりに慌ただしい厨房が目に浮かぶ。

 その中心に、僕という存在は場違いそうだ。

「そうね。料理得意な人か……。聞いても出づらいやろうし、いっそのこと家庭科のテストの点数で決めてまうとか?」

「甘いね……。テストの点が高いと料理が上手いとは限らないんだよ……」

「や、闇を感じるな」

「そう……。私がそれ。一年の時の家庭科、九十点だったけど、卵も割れん」

「さすがです」

 非公開の文化祭とは言え、なるだけ、そういう人に厨房を任せたくはない。

 それはクラスの誰もが同じようで、料理下手なクラスと評されて一年間過ごしたくないという意気込みを各々の瞳に感じる。息を飲む音があちこちで聞こえそうである。

 それから十分ほどは、苦悩の騒めきが続いた。諧謔の音にも聞こえ得るが、答えが出ないのでは苦悩に相違ない。

 さっそく、テーマである“自由”のもつ不自由さが、頭角を現し始めたわけだ。

 自由な時、僕は基本的にどうするのかというと、だんまりであった。

 ある程度の意志を持ちながら、誰かの回答を待つ。それが楽だった。

 “自由”とは快楽の象徴にもなり得ると、会長が言っていたのを思い出す。

 快楽に溢れた場所、その先にあるものは“自由”ではなくて、怠惰による失墜だけなのだと語っていた。快楽とは全く違う、勇気というアプローチで“自由”を手にすると、人は成長できるらしい。

 そんなみんなの成長を促そうという大義名分を、つい最近考えついたらしい。

 御座なりなのか真面目なのか、よくわからないあたりが会長らしい。

 誰も回答しないなら、僕が、何か面白くないことでも意見しようかと覚悟していると、知った声が聞こえて来た。

 小さくて、でも強い。

 それこそが、会長の言う勇気の音だった。



「メイド、やり、ます……っ」



 自信なさげにも挙手をして発した声は、一発で黒板まで届いた。

「えっと。グリニッチさん、メイド?」

 なるほど。知っていたのか。

 実行委員の子は、一年生の時に僕と同じクラスなのだから、ノアとも同じだったはずだ。であれば、ノアが本物のメイドであることも知っているかもしれない。料理の腕前も、調理実習の時に見ているかもしれない。

 そのどちらかに該当していたのではないか。

 実行委員は、しっかりとノアを見ていた。

 そして、ノアはそれに答えたということだ。

 僕は会長ではないけれど、「ああ。こういうことか」と思わず頷いてしまった。成長して巣立っていく我が子を見守る気持ちとでも言うだろうか。得も言われぬ喪失感と、際限なく膨張する嬉しさが互いに同居を許している。

 あのノアが、ここまで。

 なんだか、不思議な心地である。

「あ、そういえばグリニッチさんは、メイドなんだよねー」

「え? メイド? マジなん?」

「マジマジ。一年生の時同じクラスで、家庭科の班一緒だったんだけどね。やばいよ。超上手いの。超美味いの。あと、映える。神だよ。料亭並み。料亭行ったことないけど」

「へえぇぇ。リアルメイドがこんな近くに……。一回本物見てみたいと思うとったけど、まさか同じクラスにいるとは、ラッキーやね。んでも、グリニッチさんがオッケーやないとでしょ? 多分ゆうか、絶対まとめ役候補やし」

「うん、そうよー。と、いうわけでグリニッチさん。やってくれたりする? メイドリーダー。特に良いことって無いと思うんだけどさ」

「ん。いいよ……」

 実に珍しいことだ。ノアが条件を挙げないのは。

 いつもなら、アリスに目配せなどしていそうなところだけれど、それもない。

 巣立ちどころか、追い越されたような出藍の誉れを肌に感じる。別に、ノアが僕から門出したわけではないが、身近な人が変わると驚きはある。

 でも、それは僕だけのようで、クラスではどちらかと言えば関心と歓心と感心が、それぞれ混じったような、カオスな歓声が上がっていた。これで、ノアが公の人気者になってしまいそうだった。

「よっし。じゃ決定ね。ありがとグリニッチさん。そしたらー、あともう一人、副リーダーいた方が良いかな。これは男子でもいっか。裏方だから」

「自分、さっきから、男子に恨みでもあるん?」

「別に無いけど。あ、でも安心してね。きつく当たるのは好きの裏返しとか、そういうのないから。私、違うから」

「オブラートしぃな」

「んま、メイドってやっぱ女の子主役じゃないとだし。あ、そうだ。せっかくだから、メイドリーダーとかの衣装だけちょっと豪華にしちゃおうよ。てか、待って。衣装どうするんだろ? 借りれるの?」

「確か、演劇部に何着かはあったような気するけど、クラスの女子全員分はないな。演劇部のを改良してリーダー格に着せて、あとはどっかでチャーターするか一から作ったらええんちゃう?」

「そうするかー」

 実行委員と前列の二人のテンポがいいので気が付かなかったけれど、一瞥した時計の針がすでに終了五分前を指しているではないか。

 特に意見もしないくせに、僕は勝手に焦りだす。実行委員の司会進行を見守る担任の先生に、二度三度目配せしてしまった。

 その経緯で偶然、アリスと目が合った。

 一瞬の出来事だったけれど、一瞬の出来事にしたのは紛れもなく僕だった。

 どうしてアリスがこちらを見ていたのか。どうして僕はすぐに目線を逸らしてしまったのか。考え、悔いた。

 なかなかどうして。

 思うような行動がとれない。何処か、成り行きの調子が狂う。道理の歯車が噛み合わない。あるいは接点の潤滑油が足りない。

 この煩悶とする心情を、アリスにすべて曝け出したらスッキリするような気がするのは、何故だろう。先生や両親では、きっと解決しない。

 夜分、リズと会談したことを思い出す。


 ――直接聞いちゃえばいい。


 表現は違ったかもしれないが、リズの伝えたいこととは確かそれだった。

 つまり、僕の心の中を覗けるのは本当ですかと、直接、張本人に聞くということになる。それこそ、アリスからすれば『無策』極まりないが、決定力はあるように思う。

 心の中を覗けるというのは、覗けるだけであって操作できるわけではない。僕ですら自分の運命などわかるはずもないのだから、他人に予知ができるわけでもない。

 例えば今、授業中などに問いかけてみると言うのはアリなのかもしれない。授業中という、ある程度の拘束力がある空間では、アリスも下手な動きは取れないはず。『願い』についての話を公言することは、僕たちの中でタブーなのだから。それこそ、どんな影響が及ぶかわからない。

 アリスは、そんなリスクを冒さない。

 であれば――



「はい。予鈴が鳴りましたので、今日はここまでです」



 僕の決心を(ほど)くように鳴ったチャイムに際して、担任の先生が壇上の実行委員を席に退かす。「へーい」とだらしなく席に戻った実行委員は、僕の二つ前の席だった。

 チャイムが鳴っている間は至極静かであったが、チャイムが鳴り終わると、途端に賑やかさが戻って来る。文化祭の催し物決めは本日の最終授業だったため、このまま帰りの準備へと変遷するからだろう。

 それから明日の予定と挨拶が終わって、掃除の時間となるのに、要した時間は相当に歪んでいると思う。

 一体何なのだろう。

 このところ、時間が経つのがものすごく早い。

 何か、歯車の一つでも抜け落ちているのかもしれない。



 

【あとがき】

 ここへ来ての初挑戦。

 関西弁キャラ。

 合ってる合ってないとかはよくわかりませんが、意外と楽しかったです。

 もう少し早く登場していれば、きっと名前を考えたりもしてたでしょうに。

 ちょっと不幸な人でした。



 次回は、このモヤモヤ、晴れるでしょうか……?

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