Ⅳ 歩き出して、鳴雷月。
【まえがき】
なるかみづき、と読みます。
今年も、しっかり水着選びたい。
本編、始まります。
僕たちが腕を組んで街中を歩いていたら、通りすがりの人は特に何も思わないだろう。髪の色は同じ、輪郭も限りなく近くて、同じ匂いがする。一言で言い表すなら、「似ている」だろうか。
おかげで、公然で堂々と腕を組めるわけだが。
先ほどの飲食店で注文したジュースの、あの飲み方はやりすぎな気がする。誘惑に負けて公私混同を指摘できない僕に問題があるのは確かだけれど、お相手の方にも少し節度を持ってもらいたくもある。
「あのさ。リズ」
「なに?」
腕を組んでいるから、そちらを向かなくとも音が伝わる。
こればかりは、視線を合わせては話しにくい。
「さっきの、その、ジュース飲んだときのあれさ……」
「えっ、なに? 変な味したとか言わないでよ、天然で」
天然で、とはどいう意味か。
ともあれ、変な味はしなかったな。メロンソーダの独特な風味と、リズが食べていたクァトルカールの砂糖の焦げた香りがほんの少しだけ……そういう話ではない。
「違うよっ、そうじゃなくて。ああいうことは、もう少し、なんていうか、もっと人がいない所じゃないとダメだなって……。もちろん、嫌じゃないよ。そうじゃないんだけど、ほら。僕たちは……」
「はいはい。わかってるって。じゃあ、あのトイレで……キス、する?」
「こ、こらっ」
「あはははっ! 冗談冗談。……ん? あれって……」
「あ……」
リズの指差していた公衆トイレから、見覚えのある影が二つ。
通りすがりの赤の他人にしては目を引きすぎるブロンドと、それを際立たせる黒髪のコンビネーション。身長差が少しあるからか、その二人が手を繋いでいると「恋人」というよりか「姉妹」な感じがする。
それはそれで、結果オーライそうだ。
視線が合わないだろうと凝視していると、進行方向はどうやら僕たちのいる通りの方面らしく、十秒と経たないうちに、僕たちは鉢合わせた。
“デートタイム”というこちらの都合もありきタイムリーな話題もありきで、なかなかに衝撃な巡り合いである。
「あら。お二方じゃない」
「アリスお姉ちゃんだー」
リズのことだから、いつものようにアリスの胴あたりに飛びつくかと思ったけれど、さすがに今日は警戒しているのだろう。僕に近くて、アリスとの距離を感じる。
どうして今日、どうしてこの場所へ、どうしてこのタイミングでと、逸る気持ちを抑えようと、僕は言葉の余りを解消する。
「えっと。ノアさんもこんにちは」
「こんにちは。ルート、何してるの……?」
「えっ、何って……、ああ、うん」
漠然とした質問で戸惑ったけれど、ノアはリズのことをあまりリズと呼ばないのだった。会った時からそうだったような気がするし、見ない間に二人の間で何かあったのかもしれないが、仲が悪いわけではないから特に頓着しない。
だからと言って、ノアさんの瞳を見ないわけにはいくまい。
「ショッピング……みたいな?」
「なにそれテキトー。デートでしょ、デート」
茶を濁すつもりが、リズに茶々を入れられてしまう。
巾着の綻びに手を突っ込んで拡げるように、アリスが鼻で笑った。
「まぁ。汚らわしいわ。罪人だったのね」
「酷いなー。そういうアリスお姉ちゃんたちだって、デートじゃないの。さっき二人でトイレ行ってたっぽいし、個室でコソコソなにかしてたんでしょー? 女の子同士は法律違反なんだからねー」
「別にいいじゃない。キスくらい」
「うぇぇぇっ!!?? あっ……。うんっ……!」
思わず吹き出してしまって、アリスに睨まれる。
突然何を言い出すのかと思えば、常識人のアリスらしくない。奥ゆかしさがなくなったというか、所謂「人気者アリス」ではなくなったというか。本当に一人の女性として、誰かを愛しているなと感じる。
変わったなぁアリスと、僕は心の中で独り言ちた。
「見つからなければいいんでしょう? それに、弁明できれば問題にもならない。あたしはそう考えることにしたわ。というか、あなたたちに言われる筋合いはないわ」
「なるほどねー。さすがアリスお姉ちゃん。んで、さすがのアリスお姉ちゃんのキスはどんな感じでしたか。はい、ノアさんっ!」
「えっ、えぇっ? ど、どんな……?」
リズが急に遠い。逆に、アリスたちに近い。
話題に取り残された感は否めないが、僕はあえて見守る立場にいようと思う。
「え、えと……。アリスの匂い……?」
「し、しっかり味わってますね……!」
「あんたが照れてどうすんのよ。……ったく、馬鹿やってないで行くわよノア」
「あ、うん。じゃね。バイバイ」
リズからノアを引き剥がすと二人は、初めと同じく、指を絡めるようにして手を繋いだ。そしてまた、コントラストが姉妹を演じた。
なんの主張か必然か、リズも負けじと僕の腕をひっ捕らえて、強引に腕組みを再開した。
二対二で向かい合うと、背中がむず痒くなった。
「…………」
「…………」
だからだろうか。
並行することにしたのは。
「えっと……。念のため聞くけど、アリスたちはこれからどこへ?」
いや、多分違う。
これは、予定調和――示し合わせと言うやつなのかもしれない。
「ノアの水着を買いに、向こうへ」
***
黒地に白のポルカドットが鏤められていて、下部には小さな白フリルがあしらわれている。ボトムもトップスと似た印象で、全体としてみると落ち着いているけれど、ノアという人物を考えるとかなりしっくりくる。メイドカラーだということもあって、自然と馴染む感もある。
なかなかいいのではないだろうか。
本人が良ければ、尚のこと。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。似合ってるわよ」
「でで、でもっ。ノア、こうゆうの初めてだし……っ」
言われて納得、ビキニというのは着るのにも買うのにも自信が要る。それに、肌と髪しか要素の無い紙面に彩を与えるものだから、誰かから譲り受けたものを着るというのも違う気がする。何より、サイズが合わないとずれそうで怖い。
こういう試着会のような会合があって、ようやく手に入るものだと思う。
「着てるうちに慣れるわ。それに、肌も綺麗だし太ってるわけでもないし。隠すような体じゃないんだから。もっと、自信をもっていいのよ」
「う、うん……」
少し落ち着いたようだけれど、まだどこかぎこちなかった。
こうして見ると、少しだけ白いフリルが明るすぎるかもしれない。
「そうね。もう少しシンプルなのも着てみましょうか」
「い、いいよ、これで……」
アリスが新しいものを手に取ると、ノアは苦い顔をした。
あまり乗り気ではないらしい。分かる気がするけれど。
「ダメよ。せっかく大きくなったんだもの、勿体ないわ。というか、体に良くないわよ。胸がきついままにしておくと、成長止まっちゃうのよ」
「だってぇ……」
なんだ、急にわからなくなった。
リズと言いノアと言い、バストサイズの成長が流行っているのか。
ああ、全然知らなかった。
「大丈夫よ。あなたに似合うものなら、全部わかるから」
「……わかった。じゃあ――」
「ああーっ! ノアさんの首のとこ、痕ついてるーっ!」
隣で唐突に声を上げたのが誰かと思えば。
結構ビックリした。
「えっ、あっ、嘘……」
「ちょっとリズ。悪ふざけはやめて。ノアを困らせないでくれるかしら」
「だってー。私には何にも言ってくれないんだもん」
「はぁ? さっきルートが言ってたじゃない。可愛い可愛いって、あれだけ」
「可愛いのは私がでしょー。ルーは私服のセンス無いからダメなのー」
「あははは……」
反駁の余地はない。
とは言っても、リズが可愛いのだから仕方がない。
いくら素敵な水着を用意したって、高級品を用意したって、着ている人はリズだ。反対にボロボロの水着だって、独創的な水着だって、着ている人はリズだ。
元々の素材も良いし、リズはどんなものも輝かせる魔法のような魅力がある。一風変わった趣向も、一時のブームにしてしまいそうな、周囲とは一線を画すほどの。
僕が褒めない訳がない。
アリスは反対に、そういうものをあまり褒めない。
「そうね。まずそのピンクのトップス。それはあなたには諄すぎると思うわ。下はスカートタイプみたいだけれど、そっちもパステルじゃ、どこを魅せたいのか一目でわからないわよ。そのチョイスじゃあ、ルートがあなたの体しか見ないのも、頷けるわね」
「えー」「うぐっ」
飛び火で皮膚の表面がちりっと軽く焦げた。
「ルー、体しか見てないの?」
「そ、そんなことあるわけないよ! あ、いや、でも、少しは見ちゃうよ、そりゃ……」
水着とは本来、水泳をするときに適した衣類である。撥水性に富んでいて柔軟性にも優れ、水の抵抗を受けにくいよう計算されている。
ただし、それは従来の水着に限定した話であり、ビキニは訳が違う。
ビキニはボディラインを際立たせたり、自信のある部位に注目を集めて苦手な部位をカバーするよう――つまり、体を良く魅せるためにある。その重きとは「泳ぐ」ではなく「魅せる」にあるのだ。
であるからして、ビキニを着る以上はそういう感想を持たれてこそ本望なのではと、僕は訴えたい。
でも、わざわざ言わない。
「リズ、だから……」
「ああー」
「…………」
「うん。はいはい」
その言葉で、とりあえず場を濁すことはできたようだった。
とりあえずリズの欲求は収まったらしく、薄ピンク色のビキニを着たまま別の水着を探しに行ってしまった。アリスはアリスで、ノアと試着室に入って着替えの手伝いを始めた。
リズがどこかへ行くのと、ノアが着替え終えて出てくるのはほぼ同時だったと思う。
「今度のはどうかしら」
「あ、うん。良いと思うよ」
「あんたに聞いてないわ。ノアに聞いたの」
「ご、ごめん。僕の方見て言うから……」
「あんたが鏡の前にいるからよ」
アリスがぱたぱたと邪魔そうに僕を除けるので、大人しく従うとする。
アングルが正面から横に変わると、水着はまた違った印象を受けるものだ。
「これはチューブトップ。ノアくらいの胸には一番合うと思うわ。どう、きつくない?」
「うん……。大丈夫」
アリスの前言通り、今度のものはシンプルな無地の黒生地だ。余計な彩色が無いおかげで、白い肌はより白く縁取られ、華奢なボディラインはより儚げに演出されている。胸の真ん中付近には、小さな黒リボンが拵えてあって、可愛らしい。ボトムスはサイドを紐で結ぶタイプで、腰骨のあたりに、こちらも小さな黒リボンがある。黒髪との一体感も相俟って、ノア自体をとても清楚に見せる。
見惚れてしまいそうだ。
「ノア、これ、いい、かも……」
「そう。それならよかったわ。ええ。やっぱり、すごく似合ってる。……でもね。このタイプを着る時は注意することがあるの」
「注意?」
「さっき後ろで紐を結んであげたでしょう? あんな感じで、一人で着るのが難しいこと。それはあたしがやってあげるからいいけど、もう一つ。波に弱いの。特に、上から被るとか飛び込んで下から巻き上げられるとか、上下のね」
「波……怖い……」
ホルターネックタイプなどと違って、上から吊り下げられているわけではないのだから、それは道理だ。とは言え、ワイヤーのものは関節の可動域が限定されたりするので、運動の苦手なノアには向かない。何より、金具が当たって痛いだろう。
けれど、ノアが燥いで飛び込みしたり波乗りしたりということは考えにくい。
大丈夫だと思うのだが。
「それも大丈夫よ。浅瀬にいればいいだけだから」
「わかった……」
「じゃあ」ということで、ノアの今年の水着が決まりそうだ。
アリスのカリスマもさることながら、ノアの勇気も大したものだ。ノアが自信を手に入れたら、怖いものなど何もないのではないか。最近またアリスとの距離が縮まったのもあって、良い意味で末恐ろしい。
部外者らしくただ二人を眺めていると、アリスが僕の方を見て露骨に苦い顔をした。
何かしたかと猜疑心に苛まれるのと同時に、背後からふんわりと生暖かい衝撃があって、僕は我に返る。
「わっ。びっくりした」
「おまたせ」
我に返りついでに振り返ると、すぐそこにリズの顔があって、後悔する。
楽しみに待っていたことは必然も必然、確かだ。大事なのは、どういう路線で来たらどういう反応をしようか、心から解き放っても余りあるこの賛美を、一体どう表現すべきかというところ。
心の準備ができていないとは、まさにこのことなのではないだろうか。
「う、うん。待ってたよ」
ともあれ、「おまたせ」には「待ってた」と答えたい。
肩から首にかけて、ちょうど欄干に凭れかかるようにぶら下がられているから、少し頷きづらい。それ以上に、背中にふわふわした綿のような柔らかい感触があるのが、非情にくすぐったい。
わざとらしく鼓動が速まるのも、耳がシンシン熱くなるのも、両方とも知られてたらいいのに。
きっとリズは、そんなことを知る由もない。
「えっと、あの……」
「なにー」
「見えないよ……?」
大した言葉も選べないくせに、僕は、リズの選んだ新作を早く見たい。
「ふっふっふ。わざとですー」
「わざと?」
「ルー。好きでしょ。ふわふわするの」
「ふわ、ふわ……」
言われてみれば、その通り。
ごつごつしたものよりかは、ふわふわしたものの方が好きだ。これは、おまけに良い匂いまでする。気が狂いそうだ。
「あ。違った。もみもみ、だよね」
「もみ、揉……って、こらっ」
とりあえず顔は熱いけれど、満更でもない。
しかし、公衆の場での過度な接触は避けるべきだろうから、振り解くことにする。勿体ない感は否めない。それと引き換えに拝む水着は、大層愛おしゅうございましょう。
「あ。うん。いいね。僕はすごく、好き」
「どこらへん?」
「白黒ストライプって、シンプルでかつ大胆だから、リズの体型にも合ってるし、リズっぽさもあって、いいかなって僕は思うよ」
スタンダードなトップスは大胆にも白と黒の横縞に配色されていて、胸の真ん中には大きめのリボンがあしらわれている。リボンもちょうど左右で白と黒になっていて、ボトムスはその配色の逆だ。二面性がありそうな水着だが、シンプルさとインパクトを兼ね備えていると言えるだろう。
まぁ確かにインパクトはあったが、僕からすればそこまで驚くほどのことでもない。
実はリズは、所謂“モノトーン”という、この手の配色のものが好きで、衣服は普段着からパジャマまで、それから文房具や趣味の雑貨なんかも、これを採用しているほどだ。
だから、他の人が見たら二度見くらいしてしまいそうなところ、僕はこれをリズらしいなと思えるわけだ。一人美味しい。
「ふーん。じゃ、これにする」
「えっ。いいの?」
「うん。ルーが好きって言うし」
「あ、ありがとう……」
――どきり。
「…………」
「…………」
なかなかどうして。ここまできてばつが悪い。
ひょっとすると、もう一言くらい添えるべきなのかもしれない。あるいは、何か行動を。
「えっと……」
元々、気持ちを言葉で伝えるのは得意ではないから、行動を選んだ。
特に、リズから何かを求められてということではない。ただ、沈黙という重圧を少しでも和らげようかという、ほんの個人的な意向があっただけだと思う。それでも、とにかくリズを褒めたい、愛でたいという気持ちはそこにあって。
僕はリズの頭を撫でてみたところだった。
「…………」
「…………」
リズは目を瞑るばかりで、口を開こうとしない。
さらりさらりと綿糸が指に絡むようにうねって、僕は心地が良い。この感慨を表現する言い得て妙な言葉は無い。心地良いや気持ち良いでは到底事足りるはずもなく、家族の愛の温もりと過去の積み重ねなどは手から溢れて、心を満たしていった。
さて。
引き際など考えもしなかった。
一度こういう状態に陥ってしまうと、どちらかが拒むまで現状を打破することはできない。互いに好き同士、拒むことはないから、それは詰まり、詰みというやつで。
このまま速度を落としていけばいいかと考えはするけれど、それは停止を意味していない。このままエスカレートしていって、それが頂点に達すれば、自動的かつ平和的に果てるような気はするけれど、場違い感は否めない。では逆に、場所が違えばよいのかというと、それもまた傾倒。
ああ、いけないな。
苛まれながらも、僕は一人、幸せである。
「いつまでやってるのよ。馬鹿なのかしら」
「ち、違……っ」
素早く手を引こうとすると、それよりも早いスピードでリズに確保され、腕を組まれた。その仰々しい微笑みこそ確信犯の顔つきだった。
「あらあらなかよしこよしでいいわね」
「棒読みやめて!」
視線もあまりに情を帯びていなくて、正直、凍りそうだ。
アリスがメデューサの場合、石ではなく氷の彫像になるかもしれない。
「そんなことどうでもいいわ。それより、結局、来月はどうするのよ」
「来月? ああ……」
来月というと、この水着店へ来るまでの間していた会話の続きになるだろうか。
水着を買ったら普通、そのままタンスに入れて夏は越さない。つまり、お披露目の機会というものが必要なのだ。勿論、海でもプールでもいいし、自分の部屋で二人で見せ合っても面白いと思う。
僕は自分の新作などに興味がないので、披露する側の希望を募るべきだろう。
「うーん。そうだなぁ。確かに、私が行きたいのは海だけど、予算的にはプールなんだよー」
「でも、あなたの恋人様は部屋で見たいそうよ」
「えっ?」
「えー……」
おかげさまで、ひやりと背中に汗をかいた。
二人の視線を集めたのもそうだけれど、読心されているかもしれないことを思い出して。
ぱたぱたとシャツの裾をはためかせて、僕は仰々しく笑う。
「あははは……」
「あ。否定はしないんだ」
「ま、まぁ、そうかな。人目につくところって、心配なんだよ」
シーズン真っ盛りを外したプールならまだしも、只中の海など、もはや気が気ではない。あの砂浜の暑さにやられた連中が、挙ってリズに集るに違いない。
二の腕に当たる柔らかい感触は、それを容易にイメージさせる。
リズは可愛い。可愛いし柔らかい。
心配なのである。
「そんなの、こうやってれば大丈夫だって」
「そ、そうなのかな……っ?」
そう言われてみれば、恋人同士だから妥当なのかもしれないけれど、それは別の意味で大丈夫ではない気がする。ああ、いや。確かに、誰も寄り付かなさそうではある。
僕の鼻の下がすごい伸びている気がする。体が熱くて、下着なんかは蒸れそうだし。
言うなれば、水着を着ていなくてよかった。
「大丈夫大丈夫。前はそれで大丈夫だったし」
――どきり。
「前? リズ、海に行ったことあったっけ?」
以前はこんなにべったり身を寄せる程、オープンな好意ではなかったのだが。そもそも、行ったことがあるとすれば、僕も一緒に行っているはずだ。僕にリズと海水浴へ行った記憶がなければ、それは無いことになると言っていい。
学校の遠足かなにかなら前日に準備があるからわかるし、両親たちとこっそり出かけたのなら、その日僕が家の鍵を預かると思う。言わずに出て行く理由もないし。
僕の知らない所で海に行ったとすれば、それは一体いつだろう。
それから、何故だろう。
不安が心の底の方で喚いている。それが枠組みという壁を伝わって震えるもので、直ぐに打ち消せなかった。消えないでいる間、何かしらの不和を感じたけれど、それはリズのふわふわでなんとか打ち消せたと思う。
「ないけど」
「あ。ないのね」
淡白なリズジョークであったと気付いて、漸く震源を押し込めた気分だ。
しかし、壁には罅が入った。
それくらいであれば、僕は誤魔化すこともできる、もう一度塗り直せる。
「でも、これでリズを守れるなら、するよ」
「ふわふわしたいだけじゃなくて?」
「だ、だけじゃなくてっ」
要は、含みはするという話。
それは、僕がリズを守るために得る対価かもしれない。
「しかたないなー。ルーがそう言うなら、頼るよ」
腕を組みつかれたのか、腕を絡め直して、今度は手を握ってきた。甘んじて受け入れることにして、僕も意識的にリズの指の隙間を探した。手繋ぎなら歩きやすいから、場所移動を促しているともとれる。
「リズ? えっ、ちょっ……」
ぐいっとリズの方に向かう強いベクトルを受容して、僕はバランスを崩した。体勢を整えようと左足で地面を押すと、そのまま惰性で試着室のカーテンに飲み込まれた。一瞬、視界が真っ暗になって焦ったけれど、手は繋いだままだったので、転ばずに済んだ。
急に引っ張るとは、一体どういうことだろうか。
伺ってみようと起き上がると、すぐそばにリズの顔があった。
「ね、手伝って。着替えるから」
深読みを深読みされている可能性だとかなんだとか一切合切どうでもよくなる。
僕は近くにアリスたちがいることも忘れ、二つ返事で頷いて、試着室に入った。カーテン程度では、隠せるものなどたかが知れている。
でも僕は、これを一種の作戦会議だとしたい。
心臓が異様に早く脈打つのを、リズのせいにしたい。
「で。結局、お披露目はいつよ」
――どきり。
【あとがき】
肌色、ドキドキです。
結構ディープに水着を語りますが、実は、あまり興味がないです。水泳をやっていたので詳しいと言えなくもないですが、実際、ビキニは着ません。ちなみに、私は「レーザーレーサー」着てました。そして、ゴーグルにこだわるのは素人だと、直ぐに気付いた。
水泳選手も休日は着るのかな。ビキニ。
どうだろう。
次回、泳ぎ……ません。




