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Ⅰ 終わらなくて、桜月。

【まえがき】

 最終章は、読み手によって時間の経過するスピードが大きく異なります。

 だから、ルーモスのあらすじには「ゆっくり」と書いていたのです。

 ここから読んでも、分かる人には話のすべてが理解できるかもしれません。

 それだけ大事です。最後というのは。


 では、本編をどうぞ。



 

 


 三年生のいなくなった学校は、確かに寂しくもあり空しくもある。

 しかし、卒業が身近に無い僕たちにとってみれば、それはほんの些細な事柄の一つに数えてもいいかもしれない。

「僕たち」という括りは、何も真新しいものではなく、言ってしまえば、すでに古された関係であって相違ない。そこへ抱く関心は、恒常的な安堵と、それこそ些細な事柄の連続。誰かがいなくなる、忘れないよう努める、そういうことは望まない。

 普通の一年生なら、こんなことを悩むことも無いだろうと、僕は思う。

 僕が生徒会副会長だから、だろうか。

 いや違う。

 僕が来月から二年生だから、だろうか。

 いや違う。

 僕が『願い』の力を持っているから、だろうか。

 いや違う。

 僕がルート=Q=ウェールだから、だろう。

 見回りで誰もいない空き教室に入ると、空虚な時間と空間がすぐそこにある感覚を思い出してしまいそうになる。確か、その場所の色は白だった。所在は一切把握できず、方角すらも認識下に無い。それでいて記憶にあるようなないような絶妙な疎外感で肌に触れ、僕は心内戸惑うことがある。

 俯く僕の背中を、矢鱈と強めに叩いてくれる人がいた。

 美しい茶金の髪を靡かせた、心優しい親友だった。

 息苦しさに悶える僕を、励ましてくれる人がいた。

 華奢な体躯に大きな心を宿した、勇気ある親友だった。

 諦観の念に駆られる僕を、救ってくれる人がいた。

 一番近い所で、ただ一緒に居るだけで、それだけで僕は満たされた。

 勿論、それらだけではない。

 クラスメイトも、先生たちも、変わらなかった。

 だからこそ、僕はまた、歩き出そうと思えた。


 ――初めの一歩は小さくてもいい。その瞬間、世界は輝いているから。


 そう教えてくれたのは、一体誰だったろうか。

 僕は初めの一歩を踏み出す勇気を、腹のうちに蓄えて一人で謎めいていた。

「あら? ルートくん今日は早いね」

「放課後の掃除が早く終わったので。会長は珍しく遅いですね」

 生徒会室の扉をノック無しに開けられる人物こそ、カシミーヤ校の現生徒会長であるルリ唯一人。実は、生徒会室前の階段を上がってくる時によく鼻歌を歌うので、ノックをしなくても前もって知れたりするのだが。

 先刻は、鼻歌が聞こえるにしては、遅いなと思っていたところだ。

「いやー。担任が進路について長ったらしい説教し始めてなー。大変だったよー」

 生徒会長を任される人物としてはフランクが過ぎる発言であるが、会長らしさというものがあった。多分、僕以外の生徒が聞いても、失望することは無いのではないかと思う。

 生徒会室最奥の横長のデスクに腰かけて、手に持っていた鞄を足元に添える。一つ伸びを見せると、引き出しから何やら書類を出して唸りだした。

 若干俯く形になって、肩から垂れた髪が書面の真上を踊る。わざと喉をガラガラ言わせて唸る技は、普段のどっしりと温かみのある柔らかい声質とは、また一つ違った印象だ。

 そうやって大人しく物思いに耽っていれば、どこかのクラスの男子から声がかかるかもしれないのにとは、いい加減言い飽きた。とは言え、スタイルは良いと思うし頭は良いし、性格だって明るくて頑張り屋だし、何より面白い人だ。僕から見ても、会長は素敵な人だと思う。にもかかわらず、彼氏欲しい彼氏欲しいと喚けるのは、あるいは、僕よりも全然男らしい。

 別に小馬鹿にしているわけではない。

「会長、どうしたんですか?」

「あ、うん。進路どうしようかなと思ってさ。ワタシぐらい頭良いと選択肢が多くて困っちゃうんだよね……」

「…………」

「うそ。ごめん」

「いえ。別に」

 そんな目で見ないでと、何故か自分の目を覆う会長であったが、それはなるほど合理的だ。

 そう言いはしても、実際、会長は明晰なのだから特に皮肉でもないのだが。

 淡い対応が気に触れたのか、会長はさっそく僕に噛みついてくる。

「ルートくんは、確か、もう決まってるんだよね。なんだったっけ。理系だよね?」

「そうですね。理系です」

 来学期から二年生の僕が進路を語るのと、来学期から三年生の会長がそうするのとでは、少し重みが違う気がしたので、何となく一呼吸置いた。

 すかさず潜り込んでくるのが会長流だった。

「理系ねー。ワタシも一応理系なんだけどなー。ジャンルが違いそう」

 僕の将来の話など、他人に何度もするような誇れるものではないから、多分一度二度しか言っていないと思うのだけど。会長は知ってて言っているのか、単に興味で言っているのか、掴めない。

「僕は遺伝子学です。まだ志望ですけど」

「遺伝子かー。いやいや。やりたいことがあるだけ立派だよ。ワタシなんて、全然決まってないからねー。まぁ、まだ一年はあるし、考えるのやめよ」

 自分から持ち出した話をきっちりと後片付けするから、割ときまりは良い。

 会長は間を持たせるように一つ伸びをして、それから目の前のプリントを手に取った。机に広げてある書類は、すべて昨日の作業の残り分だ。

 会長は確かにこのような性格をしているが、やる時はやる人だ。作業スピードも元々速いから、翌日に仕事を持ち越すことはそうない。

 にもかかわらず溜まっている書類が、新学期の慌ただしさと、変わらぬ平穏を物語っていなくもない。

 昨日できなかったことは、今日やればよい。

 それだけだ。

「何か手伝いましょうか」

「じゃあ、ワタシが書類にサインするから、押印お願い」

「わかりました」

 うんうん頷くと、会長は書類に目を通さずサイン欄に記名していく。隣の机に座る僕の元へ流れてくる書類は、ちょうどサインの真横にある四つの小窓を残して不完全だ。

 この書類は昨日、僕と会長で作成したものだ。四つの小窓はそれぞれ、担任、学年主任、生徒会、教頭の四名のためにあって、確認したことを証明できるような仕組みになっている。

 勿論、文面も考えたのだから、わざわざ目を通す必要も無い。

 僕も黙々と、この『新学期の抱負』へと、意気込みを振り下ろすだけだった。

 話題は尽きない。

「ルートくんは、新学期の抱負とかある?」

 サインの片手間に会長が尋ねてくる。

 毎度の如く、本気の度合いが測れないので、僕は盾を構えて出方を伺う。

「どうせ、僕が書いたのを見つけて読み上げるじゃないですか、会長」

「まあ、それはそうだがな! いいじゃないか! 生徒会長だぞ、ワタシは」

「生徒会長のセリフじゃない……」

 職権乱用も全くいいところである。

 ただその、今を生きる姿勢には感心させられなくもない。

「そうですね。皆が平和に過ごせれば、僕はそれでいいかなと思います」

「そうだね。色々あったもんね。前期。いや、前章と言うべきか」

「物語チックにしないでくださいよ。本当に大変だったんですから」

 会長が目を細めてしたり顔をすると、真実なのに嘘臭く聞こえる。

 本気の会長とは、泣くほど笑っている感じがする。

「いや、まあ、そうだよね。アリスちゃん、顔、怪我してたもんね……」

「はい……。後遺症とかは無いみたいですけど。さすがにあれは酷いかなと思っちゃいます。まあ、ノアさんがいるから大丈夫かとは思いますけど……」

「ちなみに聞くけど」

「なんですか」

 こういう時、会長は大体ちなんでいない。


「アリスちゃんさ。もう、ノアちゃんと一線越えたんでしょ?」


 軽度に時が止まったかと思った。

「し、知りません!」

「はははははっ。ご冗談を。耳が赤く――」

「なってません……っ」

 言う通りになっているかどうかは鏡を見ていないからわからないけれど、そう言われると、反射的に隠してしまう。それ自体が恥ずかしくて、きっと今頃、良き塩梅に茹で上がっていることだろう。

 生徒会会長、生徒会副会長とは、このような人間であった。

「ま。でも、いいんじゃないかな。平和。ジジ臭いというかルートくんらしいというか」

「そこを並列しないでくださいよ」

 もう一度「ははは」と会長が笑うので、少し頭に来た。

「会長は、新学期の抱負、なんですか?」

 ありますかではなく、なんですかと、少し強めの口調で詰めてみる。

 仮にも生徒会長だし、今年受験生だし、今の話の流れだしで、ありませんとは笑えない状況になったはずだ。

 久し振りに会長の良い所が見たいと思ってしまう僕も僕で、職権乱用もいいところだ。

 会長は「そうだなー」と、視線を書類に戻して言う。

「ルートくんと同じかな」

「会長……」

「皆、はっちゃけてエキサイティングしたら、それでいいかな」

「真逆!?」

 冗談は時間とともに、古された紙の匂いを漂わせるようだった。

 僕は心配と不安とを同じくらい持ち合わせて、それからまた作業に没頭できたと思う。



     ***



「お。そろそろ時間じゃね?」

「いいですよ。会長、残りますよね? 僕も手伝います」

 例によって終わらなかった作業は、サイン押印から来月のイベント企画書の推敲にシフトしていた。会長がメインで考えて僕が書記をするような、いつものスタイルをとっていた。

 確かに僕は、会長のような面白い企画は考えられない。書記と言っても、ローペースだし、別に僕でなくとも務まるだろう。

 それでも、会長一人を残してそそくさと帰宅するには、僕の気が重い。

「いいよいいよ。ワタシもそんな長く居ないし。ルートくんも早く帰りたいでしょ」

「会長、いつも残ってるじゃないですか。積み重ねたら長いです。僕も生徒会の一人なんですから、手伝わせてください」

「イケメンだ。でも、遠慮しとくよ」

 そうやって帰宅させられても、後々、夕食中なんかに考えてしまうのだ。

 会長がまだ仕事をしているかもしれないだとか、今帰宅中だったら真っ暗で怖いだろうとか。翌日にいつまで残っていたのか聞いても、五分や十分程度としか言わないが、もしかすればそれも気遣いなのかもしれないだとか。

 最近では、逆に、何かしているのではないかと疑心暗鬼をこじらせる。

「か、会長。もしかして、残って何かしてます?」

「その質問はずるいぞルートくん」

「え?」

「それは、ワタシが何をしてもしなくても、損する質問じゃないか。そりゃあ、何もしてなくはないから、何かはしているが、その何かとは別に悪いことをしているわけじゃないぞ。あー、ほら、なんか説得力無くなった」

「し、知らないですよ」

「あー、これ、生徒会長の威厳が損なわれたやつだよ」

「責任取りますから、手伝わせてください」

「だよねー。じゃ、仕方ないか。ごめんね。ありがとう」

 堪忍したのか、会長の返事は速やかに軽い。

 会長の性格からして、そこまで意固地になるのには理由があるのだろう。

 どうせ、業務は発案であり会話だ。

 この折に、訊いてしまおうと思った。

「一つ聞いていいですか」

「え? 美容の秘訣? そうだなー」

「どうしてそこまで、居残りさせないようにするんですか?」

「スルーされた」

「クラスの人からも聞きました。会長のクラスは、居残り禁止なんですよね」

 そう。

 実は会長は、生徒会長以外にクラス委員長も務めていて、去年から引き続いて今年も委員長を任される人望者なのだ。推奨ではなく禁止という、厳しい強制力にも関わらず再就任してしまう信頼には驚かされるけど、僕はそれよりも、居残りに関しての徹底ぶりに目が行ってしまう。

 そこまでいくと、もう、ポリシーというよりかは信念というか金言というか、掟めいた人生観を感じる。

 つまり、だからなんだということではなくて、ただ、会長に対する僕の興味だ。

「あははは。よく知ってるねー。調べたの?」

「噂で聞いたので、確かめました」

「なるほど。そりゃそうだよね。噂にもなるわ」

 語り口調で口ずさむ会長の表情はどこかつまらないものを見ているようで、怖くもある。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったと、今更耳を塞ごうとは思わないけれど。

 少し黙ると、会長が会話を繋いでくれた。

「大工の言葉でね。『家作る時は、まず自分の家を作れ。他人のはそれからだ』っていうのがあってね。大工というか、それは父さんなんだけど」

「まず自分、ですか」

「そうそう。学生だし、家作るわけじゃないから、真に受けるワタシがおかしいんだけど。的外れじゃない気がするんだよね。それって」

 色々な人から、『自己犠牲』だの『自分を大切にしろ』だの言われているせいか、心にヒリヒリと沁みる部分が大いにあった。

 だからなのか、会長の父が言いたいことは、その金言から自然と理解できた。

「分かる気がします」

「うん。自分の家って、多分、建造物的な意味の『家』と、家族団欒的な意味の『家』のどっちのことも指してるんだよね。自分の家を作れないようなやつに、他人の家なんか作れるわけないってさ。極端に、ワタシらで言うと、宿題とかやってないやつは、恋愛とか部活とかやっても上手くいかないって感じ? なんか急に軽いけど」

「ですね。軽いです」

 とは言え、これで納得できた。

 ルリ会長がルリ会長たる所以、と言ったところだろうか。

 僕も一つ、経験を通して知っていることがある。

 犠牲と犠牲が織りなす、共感という力。それはきっと、こうして居残りして会長といる事によって、進行形で証明されているのだ。

 それから、三十分ほど経った頃だっただろうか。

 小休止を入れて企画書の作成を再開しようとした、その時だった。


 ――こん、こん。


「はい、どうぞー」

 急の来客があって、どうしてか背筋がピンと伸びる。先生か生徒しか来ないとわかっていても、生徒会副会長という面子もあるからかもしれない。というか、背筋はピンと伸びていなかったらしい。

 会長は会長だけあって余裕があるものの、机の上はそのままでいかれるようだ。

 少なくとも僕は、生徒会室が書類倉庫と見間違われるようなことは避けたい。

 その一心で、机の上全面にとっ散らかった楽しい書類を一カ所に纏めながら、来客の様子を伺えば。

「あれ? ノアさん」

「ノア、です。ノア・グリニッチ、です……」

 ぺこりと会釈するのに合わせて、黒髪が古本臭い生徒会室を踊る。黒髪はこの国では非常に珍しいこともあって、その人の印象は遥かに華奢で儚げだ。以前よりはかなり明るくなったように感じるものの、まだ、どこかおどおどとぎこちない印象を受ける。それでも、ひんやりとした声質は澄んでいて、どんな場所でもよく通った。

 冷たい声に呼ばれた彼女は、ミドル時代からの知り合いで、アカデミーでは同じクラスになれた。共通の友人もあって、かなり親しいと言える。

 かなり親しいはずなのに「さん」付けが抜けないのは、その友人の圧のせいだろうか。

「あら。ノアちゃんどうしたの? なんかあった?」

「え、えっと、その……」

「なになに? アリスちゃんと喧嘩でもした?」

「し、してないよ……っ」

「はっはっはっは! だよねー」

 確かに、そんなことはしないだろうけど、だとするならば、こんな時間にこんな場所にたった一人で来る理由がわからない。ノアは目的も無く僕のところへ来るような性格ではないし、何より「その友人」とやらの恋人なのだ。

 彼女を置いてわざわざ僕のところへ来るというのだから、余程のことなのだろう。

 余程のこと、となると自然、良い気分ではなくなる。

 ノア達の家出騒動も、それによって友人が怪我をしたのも、つい最近のことなのだ。解釈は偏るけれど、生々しく悪い予感がする。

 だから、あまり来訪の理由を尋ねたくなかったのだが。

 会長は確りと職務を全うした。

「でも、やっぱり、なにかあったんでしょ。アリスちゃんもいないしさ。あっ。その前に座って座って。好きなとこどうぞ」

「うん……あっ。はい……。ありがと」

 ノアは忍び足のように音を立てずに近づいてきて、僕の隣のパイプ椅子に座った。意図してか不意にかわからないが、会長の位置からは半分くらいしか見えなさそうだ。

「そんでそんで? どうしたの? もしかして、言いにくいこと?」

「ん……。半分……」

「半分? あー。そっか。わかった」

 何が半分なのだろうと考えていると、会長の洞察力がきっぱりと冴えわたった。

 勘の鋭い人とは、どうして勘が鋭いのか不思議だ。逆に自分はどうして勘が鈍いのかも。

「ワタシが外せばいい?」

「ん……」

「わかった。後からルートくんから話聞いてもいい?」

「だめ……」

「なんだよー。ケチー……。いや、まぁ、いいんだけど」

「ごめん、なさい……」

「いいよいいよ。じゃあ、二人が行くよりワタシが出た方がいいね」

 二人とも結論をズバズバ言うタイプだからか、話の展開が早い。

 一人おたおたしていると、会長が勇んで席を立つ。どうやら省エネを拗らせたらしかった。

「んじゃ、ちょっくら外すよ。五分くらいで戻るけど、足りるよね」

「ん。足りる……」

「オッケー。じゃあ、行ってきまーす」

 そうこうしているうちに会長は生徒会室を出て行ってしまった。会長が差し引かれた空間には自然、僕とノアの二人だけが残ることになる。それから、沈黙もか。

 ともかく、ノアがここへ来た理由は僕だったらしい。

 人払いをしてまで、という事実で不信感がまた一つ増えたことになるわけだが、これはつまりそういうことなのではないだろうか。

 ああ。これが勘なのかもしれない。

 勘とは、自分と似たものを引き寄せる力のことを呼ぶのではないだろうか。

「…………」

「…………」

 どうして向かいに座らずに僕の隣に座ったのか、なども考えてしまう。アリスが居ないから、僕で埋め合わせているのかと思ったけれど、違ったらしい。

 沈黙していて静かだから、聞こえる。

 ノアが震えているのが。

 聞こえたから、沈黙しているわけにはいかなくなった。

「えっと……大丈夫?」

「うん……大丈夫」

 大丈夫なら、震えている理由を話してくれるだろうか。

 いや、きっとそれは無理だろう。

「僕に何か話があるの?」

「うん」

 言葉選びは簡単だった。

「もしかして、『願い』の……?」

「うん」

 叶わないはずの、という前置で以って語ることのできるそれは、僕が唯一勘を働かせられるもの。ノアとアリスと僕、それから不特定数の人間が関与している、摩訶不思議な力のこと。

 つまり今回は、僕に関係しているということ。

「…………」

「…………」

 再び沈黙が訪れる。

 この沈黙はさっきまでのそれとは意味が違う。秒読みの意味合いもある。

 最終チャイムも打ち尽きた今日は、目印にする音すらも無かった。

 だから、会長がここへ戻ってくるまでの五分を限りなく無限数に刻んだこの平べったい空間を、基にするしかない。だとすれば、もう、次の言葉は『願い』を刻むはずだ。

「アリスね――」




「アリス、ルートのこと全部知ってるんだって」





 

【あとがき】

 これで、ルートたちも二年生になりました。

 物語が始まったころは中学三年生でしたから、作者は彼女たちの心にも体にも成長を感じます。

 不思議な感覚です。

 確かに自分自身、最初は彼女たちの成長を願っていました。でも、いざそうなると思う。

 彼女たちは紙面上の人物に過ぎないのに、「心」に成長を感じるなんて不思議。

 ここまで読み進めてくださっている皆さんはどうでしょうか。

 時は経ちます。


 次回、第二話。それは当然か。

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