Ⅱ Adults approach Children
【まえがき】
“子供と大人の境目は存在しない”
基準があればどちらサイドの人も楽だと思うんです。
身支度を済ませて、学校へ足を運ぶ。
普通に徒歩で行けているのは、あたしが徒歩を望んで最後まで折れなかったからだろう。
折れていたら、今頃は馬通学だったかもしれない。恥ずかしいったらありゃしない。
〈急がないと遅れる! もう少し早く起きてくれないと流石に困るよ〉
キャミソールの上に薄い肌着、冬服ブレザーの下に厚いセーター、保温効果が計算された特注のロングコート、極地仕様を思わせるムートンブーツ、マフラーに手袋などなど……。
メイドたちに強引に重ね着させられたおかげで、あたしは今、全くと言っていいほど寒くない。
パフォーマンスを重要視しているあたしからすれば軽装が良かったんだけど、今日はパ……お、お父様が帰ってくる手前、メイドたちが怒号されるよりはマシかと思って、おとなしく従うことにした。
湿り気のある白雪が降る中、わざとらしいほどに厚い――いや、熱いブーツで薄らと積もった雪を蹴散らし、擦るように進んでいく。
「きゃ! アリス様よ! 朝から御目にかかれるなんて!」「雪を蹴ってるわよー」「あのクールさとのギャップが良いのよね」
「いつ見ても可愛いよなぁ」「あのあどけなさがいいよな」「ウブな感じとかな」
学校が近づくと、生徒たちの視線が刺さって痛い。誰とも目が合わないようにするのが、とても疲れる。目線を逸らすのに奮闘して、額に汗が滲む。
雪が降っている中で汗をかいている人は、あたし以外にいないんじゃないだろうか。
彼女ら、彼らの熱を集めたら、5センチほど積もった雪がすべて解けてしまう気がした。
対するあたしは、解けた水を再び凍らせるくらいには冷めていて欲しかったけれど、やはり慣れはしない。そこまで図々しくなれない。
教室に着くまで視線を浴びることになる。
クラスだと、長い間一緒にいてあたしへの関心が冷めたおかげなのか、視線は感じない。
それはあたしにとって、とても心地のいい空間になる。
出来るだけ視線のない所の方が、気が楽だった。
教室に心地よさを感じる要因は、もう一つあった。
「おはようアリス。今日も早いね。リズが寝坊したせいで、僕まで少し遅れちゃったよ。まったくもう……」
「満更でもなさそうに見えるんだけど」
遅刻ギリギリ教室にやってきて、あたしの席の後ろに座る一人のクラスメイト。
それがルート。あたしの友達だ。
いや、ルートはあたしにとって、友達以上に大切な存在だ。
別に変な意味はない。
「そ、そうかな」
「ええ。顔にそう書いてあるわ」
「ま、またアリス情報網なの?」
「そうよ」
あたしがどんな発言をしようと構わず、ルートは絶妙な間と柔和な態度でもって接してくれる。敬意と畏れを含んだ様付けとか、一定の距離感を保とうという意図を感じてしまうさん付けとかじゃなくて、親しみを込めて『アリス』と呼んでくれる数少ない人物の一人でもある。
そのおかげであたしは、一日中メイドに監視されている家とは違う、解放感のある心地の良い安堵を感じることができた。
「ね、ねえ。アリス情報網の出所って――」
その答えはルートだけには話せない。
軽く睨みつけたら、口を開いたまま萎縮して固まってしまった。
悪気がなかっただけに良心が痛む。
ルートの思考は手に取るように分かるのに、こういう状況に陥った時の対処方法が全く分からない。
もしかしなくてもあたしは、空気が読めなかった。
「よーし。皆いるよな。授業を始めるぞ」
タイミングよく教室には行ってきた先生に感謝したい。
「ほら。授業が始まるわよ」
あたしは鞄から教科書を取り出して、教壇の方へ向き直った。
〈あ……〉
授業が開始されても尚、ガサゴソと鞄を漁るクラスメイトが目の前にいる。
大方、昨日に妹と勉強していて教科書が妹の物と入れ替わっていたとか、そういうオチかしらね。
教室という広い空間に対してストーブ一台。
当然の冷え込みも、あたしにとっては心地が良かった。それに、家の熱気で火照っていた体が十分に冷めて、冷静さも取り戻せたと思う。
前の席の人の肩を叩く。
「ちょっと。忘れたなら忘れたっていいなさいよ」
「ごめんアリス。ありがとう」
先生に背中を向けて、というのはさすがに失礼なので、ルートはあたしの方に半身を寄せて授業を受けると言うスタイルを取った。
何のことはない、忘れ癖のある連中がよくやっているスタイルだ。
当事者になるのは初めてだった。
しかし、こんなに胸がときめくものだったとはね。
【あとがき】
背徳感ほど人間を愉しませるものはないと、よく耳にします。
このどエスめ。
次回、熱い愛で雪をも解かす! あの子がアリス編にも登場です。




