〖Lenoah〗嬉しかった。巡り合えて。
【まえがき】
夜の街……の、その前にサブエピを挟んでみました。
少し暗すぎて、また暗いです。
でも、結構大事だったり。
どうぞ。
神様はいつも意地悪だった。
運動も、勉強も、美術も、音楽も、何もかも、私より姉さんを贔屓するんだから。あなたはすごく優しいじゃない、と声をかけてくれる気遣いも、きっとその意地悪の一環なんだと思ってしまう。
どうして、同じ日に同じ人から生まれて、同じ環境で育って、同じ時間過ごしてきたのに、テストの点数は倍違うのかお尋ねしたい。そうやって学校のテストの点数で、お姉さんを決めるのはなんでなのかお尋ねしたい。
だからあれは、必然だったのかもしれない。
私の、神様に対する反抗。
いや、姉さんに対する嫉妬、か。
▲△▲△
姉さんはいつも、私の先を行く。私は、姉さんの後について行く。
不都合はある。
私が意志を持って感情を出しても、姉さんの真似になってしまう。
姉さんは、私よりも優しくて、私の意見を尊重してくれるけれど、それがまた、姉さんの株をあげる。それを知らなかったのが、姉さんの罪。
罪を犯しているのに咎められないだなんて、被害者は憤るに決まってる。
勿論、日々、私は姉さんに怒っていた。
だから時々、私も姉さんに意地悪をした。
学校で仲間外れにしようと悪い噂を流した。雨の日は、わざと傘を忘れて、姉さんの傘で帰った。掃除の時間、よくスカートが覗かれるからチリトリばっかりやらせた。給食の時、嫌いな物をたくさんあげた。夜寝る時、布団を独り占めした。
神様の真似だから、許されると思った。
けれど、やっぱり神様は意地悪で。
姉さんが優しいから、みんな、私に返って来た。
優秀って、すごく酷い。
そうじゃないって、すごく酷い。
▲△▲△
私たちは、髪の色ありき人の良さありきで、よく人を寄せた。
私に集まる人は遊びの話が好きで、姉さんに集まる人は姉さんが好きだった。
姉さんは、すごくモテた。
そこに劣情を抱かないというと嘘になるけど、はじめのうちはそれでいいと思っていた。
ある時、姉さんのことが好きだという人が、妹の私に相談をしてきた。
その人は、私からすると遊び仲間の一人でしかなかった。
私は姉さんのことを狂おしいほど嫌っていたわけじゃないから、姉さんが喜ぶことはしてあげたいという気持ちは月並みにあった。それと同時に、姉さんが嫌がるようなことをするのも好きだという、相反する気持ちも月並みにあった。
その日は朝から姉さんが褒められていてむしゃくしゃしていたのもあって、やめといた方がいいと懇切丁寧に日頃の恨み辛みを語ることにした。
そしたら、見事に破談になって、姉さんが告白されることはなかった。……なかったわけなんだけど、なんか負けたのと勝ったのと半々くらいで煮え切らなかった。
今思えば、それが始まりだった。
▲△▲△
子供という時代を抜けても、私たちの差はさして縮まらなかった。それどころか、姉さんは頭一つ抜けて優秀であると評価されるようになった。
大人になった姉さんはますます可愛く、しかも美人になって、弱点という弱点はなかった。私服もセンスがあって、仕事も上手くいってて、運も良さそうに見えた。
変わらずに同じ環境でやって来たのに、神様も相変わらずだった。
対する私は、時々姉さんに悪戯しながらも堕落しないようにと努めて、言わゆる普通の人をやっていた。
そんなある日の出来事だった。
姉さんが、私を食事に誘ったのは。
とうとう毒でも盛られるかもしれないと一瞬思ったけど、姉さんはそんなこと絶対にしない。でも、気の利いたような面白いこともしないだろうなと、期待はしない。
皮肉のつもりで姉さんのおさがりを着て行ったら、喜んでくれて肩透かしを食らったことはいいとして。
姉さんが、私を食事に誘った理由。
それは、恋愛相談だった。
勝った、と思った。
▲△▲△
私が唯一、姉さんに譲らなかったのは対人関係だった。対人とは、友人、恋人、愛人、色々だった。
勉強も運動も芸術も、嘘みたいにできない私には昔から特技があった。というか、それを特技とするしかなかった。
それこそが”妄想”と言うやつで、メルヘンの世界に陶酔し切れる程よい情緒を、私は長年の虐げられる生活の中で会得していたのだ。
その妄想の延長には理想があって、それはいつも姉さんだった。
私は姉さんの一番近くで生きて来たから、姉さんに足りないものはすぐにわかった。
自分を姉さんのような完璧な人だと仮定して、恋する相手を探すのが楽しかった。自分の事なのに、姉さんの弱点探しみたいで、勝ち誇った気分になれたのだ。
いつしか、妄想は妄想の域を超えた。
アカデミー、いや、ミドル二年生くらいだったか。
姉さんにすごく似合いそうなクラスメイトが居て、そのクラスメイトがたまたま私に相談してきたことがあったのだ。勿論、姉さんのことが好きでだ。そのクラスメイトも、結構妄想に登場していた。させていたんだけど。
そこで魔が差した。
姉さんとすり替われるんじゃないか、と。
そこで、上手くいってしまったのが、良くなかった。
神様は、そういう時、意地悪してくれない。
それからも、私の妄想は止まらなかった。
妄想の延長にはいつも、姉さんがいた。
姉さんは、色々な人と関係した。
男の人は勿論、女の人もいた。
▲△▲△
そんな姉さんが、唐突に恋愛相談を持ち掛けてくるのだ、ついにしてやったりと思った。
だって、妄想が現実になったのだ。
今まで通り、自分が姉さんにすり替われば、漸く日の目を浴びることができるんだから。
私にとって、それは、とても簡単なことだった。
翌日には行動を起こしていた。
だって、初めて姉さんに勝てるんだから。
そして私は、彼に出会った。
姉さんの瞳の奥に燃えていた情熱が、どうしてそこまで熱いのか、イマイチよくわからなかったけれど、やはり姉さんは姉さん。自分ではない。
そう思いながらしないといけない相手とするのは、私も初めての経験だった。
だから、イレギュラーだったんだと思う。
いや、私が馬鹿なのは、神様のお墨付きだったんだっけな。
「レノッ! どうして……っ」
姉さんは水を含んだ声で叫びながら、私の前で泣き崩れた。不思議だった。
そこで湧く感情は、来たる日々の”怒り”ではないのだろうか、と。
私が今まで抱いてきた感情と、姉さんの反応は全く違った。
不思議だった。
不思議でならなかった。
不思議と、涙が溢れた。
「あっ……ごめ……っ。ごめんなさいっ!! ああああ……!! 私っ……、こんな……っ! 姉さん、ごめん……っ。ごめんなさい……。うわあああぁぁああぁぁぁ」
姉さんはやっぱり優しかった。
神様も、大概、意地悪だなと思った。
▲△▲△
他人の恋人をとったら、不倫と言って、犯罪になるのだと後で知った。
そう気づく頃にはもう、私は、誰かの不倫の相手になるような仕事をしていたから、実感なんてほぼほぼ皆無だった。
不倫の現場を目撃されてから、私と姉さんは疎遠になった。
いや、私が進んでそうしたと言うべきだろう。
姉さんが私のことをどう思っているかなんて、きっと、快楽の中に置き忘れをしてこれるんだと思っていたから。それこそ、わざと家に傘を置き忘れた時のように。
そのはずなのに。
姉さんは私のところへ来て、こう言うのだ。
「レノ、大丈夫?」
土砂降りの中、その手に折り畳み傘を持って。
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双子というのは強縁で、再会は早かった。
どういう経緯だったかはあまり記憶にないけれど、モールかどこかで偶然鉢合わせたとかじゃなかったかと思う。
でも、その再会を決して喜ばしいものにはできなかった。
笑顔で傘を差しだす姉さんの頬に、大きな痣が青々と奇を衒っていたからだ。
「どうしたの」と尋ねると、「何でもない」と言うので、私は場所を変えて姉さんの服を無理矢理脱がせた。この辺、手慣れている。
私よりも少しだけ色白なのとか、私よりも少しだけすべすべなのとか、私よりも少しだけ胸が大きいのとか、全部すっ飛ばして、責任感に思わず涙が出た。
姉さんは、まだ、彼のことが好きだったのだ。
抓られた痕、引っかかれた痕、叩かれた痕。
私の方が痛かった。
姉さんの体のどこにも、愛の痕はなかった。
それでも、姉さんは笑っていた。
それはもはや、姉さんに課された義務なんじゃないかとも思った。ひょっとしたら、ものすごく馬鹿なんじゃないかとも思った。
「何笑ってんの……?」
この慣れた体勢のせいだろうか。
反射的に、唇を奪っていた。
姉さんが犯罪を犯せば、その義務から解放されるんじゃないかと思ったのだ。あんなに嫌いだったのに。急に肩を持つなんて馬鹿らしい。馬鹿らしいんだけど、私は馬鹿だ。少なくとも、大馬鹿の姉さんよりも。
その先は特に何もしなかった。
それなのに、「ごめんねごめんね」と姉さんは謝り続けていて、私は心が痛んだ。
初対面の人と同じ布団で一夜過ごすよりも、遥かに、心が痛かった。
そんなの、私が「ごめんね」だった。
私は、最初からずっと、姉さんのことが大好きだった。
私は、最初からずっと、あの日の姉さんになりたかった。
▲△▲△
それから、時々、仕事の合間に姉さんと会うようになった。
正直、会いたくなかった。
会うたびに窶れていく姉さんを見ていられなくて、ドタキャンしたくなる時もあった。それはもう、絶対に萎れない思い出が、根っこから絶えていくような感覚だった。
でも、姉さんのために会った。
私の力無い悪戯を笑って返す姉さんに生気は無くて、それを見守る私たちの意地悪女神様にも覇気が無かった。
それでも何となく笑い返して、姉さんの思い出話を聞く。
姉さんが帰った後、私は、一人で泣いていた。
そんなある日の事だった。
私たちの間で週末恒例になっていた、『パスタのお店』での待ち合わせに、姉さんが現れなかったのだ。
約束事の遵守はおろか、有言実行という言葉を体に表したような人だ。すぐに何かあったとわかった。その何かが、次の週末わかった。
長かった姉さんの黒髪が、全部無くなっていた。
思わず、姉さんの頬を平手で強く打ってしまった。
姉さんは、わんわん泣きだした。
姉さんが泣いているところを生まれて初めて見て、私は酷く安心した。
「私、子供がいるの……。だから、私が我慢しなくちゃいけないの……。私が、あの子を守らなくちゃいけないの……。私も……、彼も……、親なのよ……」
酒に狂って妻の髪を売り払う夫が、一体この世のどこにいるんだと憤りを感じ得ない。頭が良くて、顔もよくて、性格もよくて、私の大好きな姉さんの、その夫なのだと、底知れぬ空しさに感情が押し潰される。
全てを擲って、殺してやりたくなる。
でも、姉さんの愛を、壊すことはできない。
「ねぇレノ? あなたは、願いが一つ叶うなら、どんなお願いごとをする?」
「何、言ってんの……?」
今ならば、私は、『姉さんの髪の毛を元通りにしてやりたい』と願うだろう。
姉さんがそんな言葉を吐くのだ、きっと、なんでも叶えられる。
「わ、私のことはいいよ……。姉さんは?」
「ふふふっ。やっぱり優しいね。レノは」
神様は、いつも意地悪だ。
だから、神様なんか大っ嫌いなんだ。
「うるさい。バカ姉さん。……大好き」
「ありがとう。レノ……。それじゃあ、姉さんからお願いね……?」
神様は、いつも意地悪だ。
だから、神様が大好きなんだ。
「もしも、あの子が私のことを忘れたら、面倒見てくれる?」
【あとがき】
結構前のめりな話になってしまいました。
色々と想像しながら、次の話に進んでいただけると、それが少しだけ心の支えになってくれます。
次回は、本編に戻ります。




