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Ⅰ Arrival and Departure

【まえがき】

 と、言うわけでアリス編にしました。

 時期的には、夏休み明けから急に飛びまして、受験シーズンの冬です。

 以前のアリス編では、すでにネタバレをしている状態だったので、それを訂正するのが大変でした。


 “人生の始まりも終わりも、すべて自分にある”


 そんな感じのサブタイトルです。

 

 ではとりあえず、本編です。





 


 朝、あたしの目を覚ますのは、母でも父でもない。うちに住み込みで働いているメイドさんたちの一人でもない。

 あたしの目覚まし役は、あたしが早起きするようになった十五の誕生日から、必要とされなくなった。

 元々、早起きは得意ではない方だった。だからメイドさんたちにそんな役回りが誕生してしまうわけなんだけど。

 小さい頃からメイドさんが起こしてくれていたかと言うと、そういうわけじゃなくて、昔は母親が起こしてくれていた。

 そうね。

 語弊のないように予め注釈を入れておくと、メイドと言うのはやはり、あのお金持ちの家に常駐する白と黒のアレだ。

 今、あたしの家はそれなりに裕福なのだ。いや、普通に裕福だ。

 小さい頃はメイドがいなかったということからもわかると思うけど、昔はそこまで裕福ではなかった。

 貧困の淵を泳いでいた時代から今に至るプロセスとか経緯を省いてしまうと、共働きの努力でここまで上り詰めた、という短文ができる。

 現在も共働きは続いていて、二人して仲良く、国の平和を守る公安で働いている。

 メイドの話と紐付けるなら、家事をする時間すらも仕事に奪われてしまったことを言うべきだろうか。

 母が家事をする時間がなくなったのは、あたしが丁度……そう、エレメンタリーの四年生くらいの話だった。そのあたりから、メイドの数が時間とともに増え始めた。逆に、両親が昇進するたび両親が家にいる時間は減った。

 私の目を覚ます人が見知らぬ人になるということは、すぐに慣れるものではないと思っていたけれどそうでもなく。

 あたしのコミュニケーション能力が役に立ったのか役に立たなかったのか、三日くらいすると、寝坊もできた。

 そんなメイドの具体的な数を述べろと言われると、相当難しい。全貌を把握できないほどいるという意味で。

 全員が全員住み込んではいないけれど、少なくともあたしの部屋の四つ隣まではメイドさんが寝ていることだけは確かだった。それ以外にも、日雇いのメイドが来たりするから、正確な人数まではわからなくなる。

 メイドの話は、もう、いいかしら。


 〈わっ! もう朝だ。もう少し寝ていたいな……。でも、学校だから仕方ないか〉


 そうね。学校だから仕方ないわ。目を覚ましましょう。

 最近、あたしは家で一番起床が早かった。



 季節の移り変わりは早いもので、ついこの間まで夏休みだったはずが、今ではもう、辺り一面銀世界である。三月(みつき)強の時間が経っているのだから、自然なことではあるのだけれど、初雪の時期というのはやはり、移ろいゆく時の流れが空しくなるものだ。

 小高い丘に建っているあたしの家の窓からは、近くの公園から学校まで国の半分ほどを見渡すことが出来る。あたしの部屋を出てすぐの窓からは、二階という高さも相俟って、尚のこと。

 冷えた結露をなぞって、小さな窓の形を描いてみる。窓枠の上側から大きな雫が垂れてきて、原形がなくなる。

 呆れてため息が出てしまうほど見ているというのに、あたしはまた雪を見ようとしている。

 歪で小さい窓から見えた景色を見ているだけで、こちらまで寒くなって、身震いしてしまう。このまま体温が下がって雪と同じくらいに冷たくなれば、あたしはその分だけ冷静でいられるだろうか。

 暑いほどに温められたこの家で、あたしだけが雪のように解けていく。そんなイメージしか浮かばない。

 結局、昔のまま自然であり続ける銀世界と、富と栄光に溺れる家の中との温度差を強く感じただけだった。

「はぁ……。暑すぎるのよ、この家は」

 あたしの息はこれっぽっちも白くならなかった。



 あたしの家のダイニングは、広い。ただ、『無駄に』という言葉を前置しなければ、その表現は正解とは言えない。

 その解説には、たまにしか帰ってこない両親の名前とか、部屋のサイズに見合うよう特注したテーブルの面積とか、()もしない客人のために用意された五つの椅子という語を使う以外にない。

「アリスお嬢様。お食事の準備ができました。様々なものを作りましたので、お好きなものをお食べください」

「ありがと。でも、そんなに作らなくていいのよ? あたしは出されたものを食べるだけだから」

 謙って柔軟に対応しているつもりなのに、メイドたちは「ははぁ!」と女王様の御諚に跪く兵隊みたいだ。

 女の子なら一度はそういうものに憧れるというけれど、あたしは上下関係というのが大嫌いだから、それと似たような今の状況にも良い気はしなかった。

 すぐに頭を上げさせて、宥めた。多分それも、『上様のありがたいお言葉』みたいになっちゃってるんだろうけど。

「アリスお嬢様。今日は、旦那様方がお帰りになるので、お早目に帰宅願います」

 メイド長っぽい風格のある女性メイドが、きつい口調で言ってくる。粛然として瞳を閉じているのは、威厳を保つためか。時折、ゴシック長の派手な眼帯を着けているのも見る。確かに見分けやすいが、趣味が悪い。

 長年見てきてわかったけれど、メイドの中にも一応の上下関係があるようだった。

 他のメイドたちはあたしの食事を机に配膳しているのに、メイド長はそれだけ言ってどこかへ消えた。

 新人や日雇いのメイドは、住み込みやベテランのメイドに比べて、メイド長の当たりがきつかったりするらしい。

 お願いだから仲良くしなさいよと、あたしは常日頃思っているけれど、それを言葉にして伝えようものなら、いびりやいじめでも起きてしまうかもしれない。

「へえ、パパが帰ってくるなんてねえ……」

「アリスお嬢様。旦那様には『お父様』と呼ばせるようにと言いつけられておりますので……」

「はいはい。お父様ね、お父様」

 どういうわけか、あたしの父は自分のことを「お父様」と呼ばせたいらしいが、非常に気に食わない。

 父親は貧しい家系だったらしいから、そう呼ばせるのが小さい頃からの憧れだったのかもしれない。それでも呼び方を指定されると、何となく嫌だ。

 呼び方以前に、相手の行動に制限を設けるやり方自体、あたしは嫌いなんだけど。

 例えば、『メイドとは絶対に食事を共にしない』とか。

「今日は部活の大事な練習試合があるの。だから少し遅れるかもしれないわ。伝えておいてもいいけれど、必ずあたしの名前を使いなさい。いいわね?」

「ですが……」

 それは、両親が好き勝手やっていることに対する、雀の涙ほどの反抗だった。




 

【あとがき】

 お金持ちは誰もが憧れるものではありますが、もともとそうでない人間が富を得るとギャップに苦しむと言います。

 稼いでいる大人たちにとってみれば裕福になって、幸せなのかもしれませんが、自我の形成が完全でない――思春期只中にある中学生にとれば、世界ががらりと変えられてしまうことにもなります。

 

 そうした中で苦しむ一人の少女、アリスを取り巻く環境を、ルートがどう変えていけるのか。はたまた、変えられないのか。また『願い』の力を借りるのか、リズの愛が救うのか。



 …………。



 ということで次回もお楽しみに!

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