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Ⅳ 桜さんと……。

【まえがき】

 思えばリゾートも九日目。

 海の音も潮風も飽きてくる今日この頃。

 黄昏てみます。


 では、どうぞ。




 

 


 九日目。



「まさかアリスお姉ちゃんがあそこまでするなんてねー」

「相当しょっく受けとったのう。口開いたまま固まっとったの、かなりあほっぽかったぞ」

「べ、別に? 急に倒れるからびっくりしただけだしっ」

 桜さんに諭されるとなんかイラつくけど、確かにショックはショック。

 でも、今度こそ割り切れたと断言できるようになったと思う。

 気持ちを繋いでた細い糸みたいなのが、心のどこかでプッツリいった……そんな感覚を味わってる真っ最中だったんだから、口が開いてたってのもしょうがないでしょ。

 というか大体、昨日のアレはキスじゃなくて、ただの“口移し”だし。

 あれ? そっちの方がラヴい?

「ま、でも、ノアさん何ともなくてよかった。アリスお姉ちゃん帰って来た途端倒れるから、何事かと思ったよ」

「安心して気が抜けたんじゃろな。それか、お主があまりにうるさかったか、じゃな」

「う、うるさいっ。てか、そもそも、勝手に休み伸ばすからこういうことになったんでしょ! ……あっ」

 そう言えば、昨日ノアさんが、桜さんを責めないでって言ってたな。

 それに、薬を買って帰ってきた後の桜さん、お湯沸かしたり着替え取ってきたり、誰より一番世話を焼いてた気もするし。

 こんなもん、言い切ってから言い過ぎたことに気付いたんじゃ遅いってのは道理だよね。例え、相手が桜さんでも、言っていいことと悪いこと、あると思うし。

 私は桜さんの表情すら見ないで、言った下に続けてみる。

「ご、ごめんっ。それは、関係ないよねっ。休日伸びて私も喜んでたし、桜さんだって皆のためにやったんだもんねっ! 誰かのせいとか、無いよねっ」

「悪いのう……。こんなつもりはなかったんじゃ……」

「違っ……、そうじゃないって! 桜さんのせいじゃないから、大丈夫だって!」

「じゃて、のあが倒れた原因は、わしが休みを伸ばした以外に考えられん……」

「そ、そんなこと言わないでってばー。旅行に行くと体調崩す人多いって言うし、環境の変化に対する耐性もあるって。桜さんだけのせいじゃないよ」

 いつになくブルーな声が聞こえてくるので、こっちもちょっとむきにならざるを得ない。

 一回不機嫌に転がると、意地を張ってるのか被害妄想なのかすぐに回復しない、という感じがどっかの誰かとよく似てるから、ここからの要領は人より何倍かはわかってるつもり。

「大丈夫大丈夫。私、たくさんぐうたらできて幸せだったし、ルリ姉さんも久しぶりにゆっくりできたっつって喜んでたんだよ。アリスお姉ちゃんだってノアさんだって、口移しができたから喜んでるよ、きっと。アレン達も、デートできてるわけだしさ」

 勿論、そういう濃くて強烈な思い出も大切だけど、何より、一緒に過ごせる時間ができたこと。薄くて羽衣みたいな優しい時間が。それが一番だと思う。思うけど、それは言わないでとっておく。

「そ、そうかのう……」

 ここまで言うと漸く、俯き加減だった桜さんの顔が、雲間の夕日を浴びて幾分か明るくなった感じがした。

 無論、照らされたのは、私もで。

 テラスを縁取る欄干に凭れた私の肩口辺りから、煌々と赤らんでいくのがわかる。諄々と温度も兼ねているのがわかるのは、尊い時間を想う気恥ずかしさを溜め込んだせいが大きいと思う。

「そうだよ。だから、元気出しなって」

 初めから相も変わらないタメ口は、初めから相も変わらないお転婆な先輩に黙認されて、また初めと同じ、冗談に戻る。

「お主が言うなら信じるわい」

 まるで、寄せては返す波のように。心地の良い音色を奏でながら。

「なんか、桜さん素直過ぎ。変なの」

 ああ。お恥ずかしい。

「わしは生来素直じゃ。お主がへそ曲がりなんじゃ」

「な、なにそれ。どの辺がよっ」

 おへそだってちゃんとお風呂で綺麗にしてるもん。曲がるわけないし。

「そうじゃのう……。居間でのあを構ってみたり、急にテニスに打ち興じてみたり、果てはダブルデートに混ざりこんでみたり。今だってそうじゃろ。テラスで海なんか眺めてみたりのう。どうしてそんなことをしとるんじゃ? 言えるもんなら言ってみい」

「そんなの、ノアさんとお話したいと思ったからだし、テニスも急にやりたくなったんだもん。ダブルデートに混ざったなんて、飲み物買うついでだし。別に、今もそうだから。明日でリゾートともお別れだなーって、黄昏(たそがれ)たくなっただけだから?」

 一週間ちょい停泊すれば、そりゃ情も湧く。

 このログハウス自体にもそうだし、特に自分の使ってた所定の椅子なんかは一種の寂しさもある。布団の柔らかさとか、あのクラゲの触感とか、この風の感じなんかにも。

 だから九日目、夕飯後の夕涼み、こういう時間はあって然るべきなのだ。

「そういうのがへそ曲がりと言うんじゃ。じれったいのう。早く認めてしまうのじゃ」

「認めるって何を」

 私の視界に映るのは、丸くて大きくて橙色をした半欠けの太陽と、それに照らし出される名も無きカップル。ただそれだけ。南国の植物みたいな影と一緒に、カップルの影がこちらまで伸びてきている。ただそれだけ。

「全く……。るーとがあれんに告白されたぐらいで、何をそんなに拗ねておるのじゃ」

「別に、拗ねてはないけど」

 そんな単純な感情、湧いた覚えもないんだけど。

 現に拗ねてるとすれば、それは桜さんに対してなんじゃないかと思ったり思わなかったり。

「よく言うわい。それだけるーとのことを監視しときながら」

「なっ。監視とか、全然してないから! 行く先々で見かけることはあったかもだけど、そんなのただの偶然だし」

「ぬっ!? あれんがるーとにきすを……っ!」

「えっ、嘘……!」

 発言者が桜さんだと言うことも忘れて、影を辿る自分がそこにはいて。「嘘じゃ」と笑う横顔に、私は言い返せる言葉も持っていなかった。

 ただ浜辺を歩いてるだけの二人の姿が無駄にロマンチックに見えたのは、ほんのちょっと心にぐっと来てしまって。

「これぞまさに、“からだは正直”というやつじゃな。ぬははっ」

「う、うるさいっ、ばかっ」

 思わず桜さんの肩を叩いてしまったけど、その点に関して後悔はない。

「なんじゃ? 本当はあれんが気になっとるということか?」

「違うっ。おねっ、じゃなくて、ルっ……でもなくて……。そう! 海っ! 急に海が見たくなったの!」

 何となくテンションで乗り切れるかもって思ったけど、先に桜さんが冷めちゃったから、それも無理になる。

「そうかのう。じゃあ、るーとはわしがもらうことにするのじゃ」

「…………」

「まぁ、お主がいようがいまいが関係ないがのう」

「…………」

 やたらわざとらしくアイコンタクトをとって来るけど、桜さんは私に何を求めてるんだろ。

 そう言えば、アリスお姉ちゃんも私に何か期待してたな。修羅場とか言ってたけど。ホントのとこどうなんだろう。

 棚に上げるじゃないけど、今はとりあえず桜さんの言ったことが気になったから。

「それって本気なの?」

「当然じゃろうて。あんなに優しくて面白くていじり甲斐のある人間、他にはおらんぞ。ましてや、おとこにくれるなぞもったいないのじゃ」

「へ、へー。本気なんだー」

「本気じゃ。おもにからだが目的じゃ」

「ば、ばかなの……?」

 半分冗談の匂いがするけど、後の半分は自分と同じ匂いがしたから、無下にはできない。


 ――男にくれるなんてもったいない。


 思えば、私もそんなことから色々考えるようになった気がする。

 この歳になって、周りの男の人の見た目も見る目も変わってきて、私自身も恋愛の意味をふわふわと理解し始めて。行きつく先がキラキラと輝かしい未来というよりか、ぬるぬると生々しい未来だと、何となく知って。

 そんなことを考えてたら、男の人に手を引かれるのとか、言いなりになるのとか、段々できなくなっていったんだっけな。

 だからって恋愛したくなくなるかって言ったら、それは年端の乙女には愚問ってもんで。一番身近にいた、カッコいいサッカー少女とか完璧超人ツンデレお嬢様とかを皮切りに、私の対象はそっちに移っていたわけなのだ。

 そんなフィルターで見た時、好きだとか嫌いだとかそう言うの以前に、私の傍から離れて男の人のところにいっちゃうことがすごく怖いって感情が大きかった。

「劇で本気ちゅーしておったお主は、何か言うことはないのかのう」

「本気じゃないしっ。ふっ、りっ!」

 本気じゃないって、初めはそう思ってた。まだ男の子が好きだった頃も、恋や愛なんて遊びの延長線上にできる友情かと思っていたはずだ。

 今まで、好きな子は何人かいた。皆、女の子だった。

 その中では月並みに優劣があって、順番に並べることができた。

 その順番は、触れたい触れられたい順番だと、私はそう自分に振舞っていた。

「わしは横で見とったんじゃぞ。音も聞こえたし、よだれも――」

「わわわわわかったぁ!! わかったからもー黙って!! ……したよっ、したっ! 本気でしましたーっ! 劇で主役だから気分乗ったのっ。いいでしょ、別に!」

 友達としての“好き”との区別は、初めはついてなかったんだと思う。カッコいいと言う言葉も、男子だけに感じるものではなかった。

 でも、体育の時間とかに気になってる子とハグしたりすると、心臓が変になったりするようになって、“この気持ちはそうだよね”ってすぐわかった。

「本気なんじゃろ」

 そんな感じで私は出来上がった。

「本気、だけど」

 そして、あの文化祭での出来事があった。

 友達でも意中の人でもない、ましてや恋人でもない――家族という枠組みに感じた“好き”が、元々ごちゃごちゃな私の中の境界線を、もっとごちゃごちゃにしてしまった。

「だけど、なんじゃ」

「桜さんと一緒なのはヤダ」

 気になった友達と手を繋ぎたいと思ったことは、何度もある。キスしてみたいと思ったことも、何度もある。体を触りたいと思ったことは、数回ある。それらを逆にされてみたいと思ったことも、数回ある。

 それは、私を知らない相手だから。知って欲しいから。そして、私も知りたいからだ。

「ぬっ。お主もからだ目当てかっ?」

「ばかなんだよね?」

 でも、私はその人を知り尽くしていた。そして、私も知り尽くされていた。

 手を繋いだ時の湿ってくる感じとか温度、キスならほっぺたとかに何回もした。体はたくさん触ったし、裸も見た。見られたいとは思ってなかったけど、とっくに見られてた。

 そんな相手とキスをした。

 おかげで、お国の法律に違反してるだとか騒がれた。

 ただの演技(フリ)だって嘘をついたら騒動は収まったけど、私の胸はきゅうっと苦しくなった。

「でも、そうかも」

「そうじゃろ。いい感じに引き締まっとって、出るとこは出とる。触ると適度に柔らかいし、肌はすべすべじゃ。何より、反応が良いんじゃ。あの甘い声にもそそられるのう」

「悔しいけど、わかる気がする。決して、そういうやましいことは考えてないけど」

「じゃが、結局脱がすんじゃろ?」

「脱がす」

 知ってる。ホントは言っちゃいたかったんだ。

 大袈裟でも、「私のだから、誰にもあげない」って。

「助平じゃのう」

「それだけは桜さんに言われたくない。それに私、最初は主導権渡すつもりだし? 年下だもん、なんもわかんないから」

「ほぅ。じゃ、わしはその逆でやるのじゃ。もう、わし無しでは生活できんくらいにしてやるわい。ぬははっ」

「ヘ、ヘンタイ……っ!」

 ここまでは全部私の気持ち。

 私が知らないのは――知りたいのは、相手の気持ち。

 とうに知り尽くしているはずの少女が隠した、か弱い恋心。その選択、答え、返事、回答。

「…………」

「…………」

「じゃ、待つしかないのう。やつの答えとやら」

「そう、だね」

 だから今は、雲間に覗く赤々とした球体と、その下でランダムに揺れてる副産物の隙間からでも、遠巻きに眺めて待つしかない。影にすら触れないんだから。

 明日答えが出るか、もしくは出ないのか。

 そんなこともわからない。そもそも時間もわからない。せっかくノアさんが作ってくれた時計も、見方がわかんない。

 けど何にせよ、このメンバーで、この場所で、この時間に見られるパノラマは、最初で最後になるような気がしないでもない。

 あったとしても、その時に私の頬を染めるのは一体誰の役目なんだって、沈む前に一つ答えてくれたなら、部屋に帰った後に良い夢見れたかもなって思ったり思わなかったり。




【あとがき】

 前回あとがきでも述べました通り、距離感というもので遊んでみました。

 やっぱり気になって仕方がないリズ。

 デート開始以来、ルートの監視をしてました。

 サクラがなんかおちょくってましたが、仮に二人が本当にキスしていたら、リズは果たしてどうしたんでしょうか。唖然呆然か、敵前逃亡か、飛び出して行ってやんややんや……? それとも……。


 妄想パラレル広がルーモス。

 まだまだ続くよ。


 

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