急速に萎む夢
前回までのあらすじ
日曜深夜に徹夜テンションで服とか買ったらカードが限度額に達した。
皆さんこんばんわ。勇者山田太郎(仮)です。
現在時刻は9日目の午後10時。我々が張り込みを初めてから16時間が経ち、現場は異様な雰囲気に包まれています。
閉め切った部屋の中に巨大な魔法陣が敷かれており、中心にはテントのような建造物が見えます。
その周囲を囲うようにフェンスが張り巡らされています。
あちらに見えるのは犬用の……トイレでしょうか?中に犬がいらっしゃるようです。
ちょっとお話を伺ってみたいと思います。
「お忙しい所恐れ入ります、。少しお話をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
住人に話を聞こうと近づくと嫌そうな顔で、プイッと目を逸らされてしまった。
私は憤慨した。フンだけに。
話は9日前に遡る。
徹夜で奴隷ちゃん用の衣装を買い漁った翌日、実戦経験を積むべく、話し方講座の1日集中コース等を調べてみた。
だが、王族や貴族と話すのに役立ちそうな要素がないので、受講は諦めた。
その代り、声の出し方で、世の中何とかなるという本を買ってきた。
付属のDVDを見ながら、毎日発声練習をしているから大丈夫だろう。
そんな事より、最低1年は日本を離れるのだから万全のホームシック対策をしなければいけない。
3泊の台湾旅行でも、旅行は国内で良いやという気分になった実績があるオレだ。
無策で耐えられるとは到底思えない。初日にカードが使えなくなってしまったので、銀行から引き出した資金を手に大量の食料品を買って回った。
それ程好きでもないような食べ物や飲み物が懐かしくなると聞き、うまい棒から酒のつまみまで節操なく買い漁った。
車に持ち込みさえすれば、アイテムボックスに収納出来るので大分楽だ。冷静になって後から考えると、食料とジュース類を大量に買い、店と車の間を何度も何度も往復したのは失策だった気がする。
2ℓのジュースを10数ケースも買ったら目立つ。目撃者に他の店でジュースを買っている所を見られたら不審に思われるだろう。気にし過ぎか。
日本語教育の為の知育玩具を買った玩具屋では、ディズニー、ジブリ系のアニメやアンパンマンなんかの映画DVD等を手当たり次第カートに放り込んだ。
日本語が聞けない期間があまり長く続くようならオレが孤独を感じるだろうし、出来るだけ早期に日本語を話せる人材を増やしたい。その為には楽しみながら日本語を覚えて貰うのが1番良いだろう。
ノートや文房具も買わないといかんね。
ドッグフードは、ニューカヌマとロイヤルカニンをそれぞれ3年分用意した。
食事は急に変えない方が良いから基本ドッグフードを与えよう。腹を壊されても困る。
無論、おやつにも抜かりはない。歯磨きガム、ササミ、豚耳、ジャーキー全部良し。
サバイバルグッズも専門店で揃えた。今使っているのとは別のテントも買ってある。
海外旅行で水が合わない事もあるし、水も折り畳みタンク100個分をプールした。
水だけに。
ホームシック対策を万全にして冒頭9日目の夜に戻る訳だが、なにしろ朝から待機しているので暇で仕方がない。
夢でお告げを受けたのは少なくとも午前0時以降なのでまだ時間がある。
暇過ぎて飼い犬のトイレを実況してしまうのも無理はない。いくら愛犬の物とは言え、臭い物は臭い。
アイテムボックスから木の棒を取り出し、ウンコをつついて収納する。
当初は掌と指で触れた物だけを出し入れ出来るものと考えていたが、棒等を持っている場合も手の延長と判断されるようだ。
そういう仕様で良かった。トトの尻を拭いて臭いの原因を取り除いた後、消臭剤を振り撒いてシートを交換した。
ちなみに、テントの外には人間用のトイレも置いてあるが誰得なので割愛する。
少し早いが、もう、する事も無いので、早めに寝る事にした。
今まで奴隷ちゃんに可愛い服着せる事しか考えてなかったけど、よく考えたら王族や貴族っていうのは交渉のプロで、武装集団のトップだよな。
どんな顔をして何を話せばいいんだろう? ……
最低限の受け答えを、ですます口調でして、後は黙っていれば良いか。
寡黙な勇者様素敵とか勝手に勘違いしてくれる筈だ。
テントの中で夏掛け布団を横になると、トトが川の字を作るように両足の間に入ってきたので屁をこいた。
いや、太の字か。トトはのそのそと布団を這い出すと腰にくっつくような位置に入り直した。
そこならいいやと納得したオレは意識を手放した。
どれくらいの間、眠っていたのだろう?
いつの間にかフローリングの床がゴツゴツとした石のような感触に変わっていた。
あー、異世界に着いたのかな……
もう少し眠りたい。寝直そうとすると、テントの外で複数の人の気配がする。
ここは1段高くなっているみたいだな。そんな事を考えながらゆっくりと起き上がる。
向こうから声を掛けてくるような気配はないが、あまり待たせる訳にもいかない。
手早く身支度を済ませて、ウエットタオルで顔を拭く。口にブレスケアを放り込んで咀嚼しながら両手を高く上げ、敵意が無い事をアピールしながらテントを出た。
トトは寝かせておいた。犬連れじゃ恰好が付かないから後で紹介しよう。
「やあ、皆さん。初めましてオレが山田太郎……です」
檀上から辺りを見渡すと、数十人の男達がこちらを見上げていた。
全員が身長2メートルはありそうだ。背が高いだけではなく厚みが凄い
「此処…… グリンオークには…… 勇者候補として来ました……」
腹回りは太いが筋肉で覆われていて頑丈そうな下顎から立派な牙が生えている。
腹筋が割れている力士とでも表現すればいいのだろうか? あと目が怖い。
「……決して…………私は……皆さんの敵ではありません………………」
緑色の肌に血走った黄色い目、筋肉ムキムキのデブマッチョですよ?
それが数ダース居るんですよ。怖くない要素が何処にも無いよね?
「……恐れ入りますが……召喚者様にお取次ぎいだだけますでしょうか……」
期待に胸を膨らませて来たのに此処モンスターハウスですよね?
話が全然ちがうじゃないですか…… 誰かリアクションしてよぉ……