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強制送還

 前回のあらすじ

 職場訪問するつもりでいたら家庭訪問された。


 俺とリリーさんが急展開に付いていけず固まっていると、ウィルベルちゃんが文字通りの意味で飛び込んできた。


「なんでアルテアがここにいるんスか? 確かコパンキムラに居た筈ッスよ!」


「ウィルベル、お疲れ様。向こうで大変な事が起きて賢者さんの協力が欲しいの。

 一刻を争う事態なのよ。詳しい事は道々話すから付いて来てちょうだい!」


 会話の内容からして、このクモ娘さんはウィルベルちゃんの上司では無さそうだな。

 なんだか切迫した様子だし、ここは普通に話を聞いておいた方がいいだろう。 


「ウィルベルさん、こちらの方はどちら様なんですか?」


 主人として話すように念話で釘を刺してから、ウィルベルに説明を求める。


「えーと、ご主人様……の自分が説明するから皆よく聞くッスよ。

 この子の名前はアルテア、コパンキムラの管理を任されてる死天王ッス」


 死天王2人目はアラクネさんですか。

 ウィルベルちゃんとボケた人で3人、それと上司の人で全員かな?

 まだ王様にも会ってないのに、驚きのエンカウント率じゃないか。

 四天王とかはふんぞり返って各個撃破されるのが様式美だと思うんだけどな。


「初めましてアルテアさん。俺は賢者タバサの弟子、山田太郎と申します。

 こちらの犬獣人はメイドのリリー。タバサ先生はお休みになっておられます。

 先生もご高齢なので、再起動にもう少し時間が掛かります。すぐには――」


「わしなら起きとるよタロー殿、人を勝手に年寄扱いするでないわ馬鹿弟子め。

 全く最近のゆう――望な若者は年寄を敬わないから困る。アルテアと言ったな。

 考えるより先に動けと言うがの、少しは考えんと無駄足を踏む事になるんじゃよ?

 心配せんでもわしの魔法で帰りは一瞬じゃ。何が欲しいか洗いざらい話すがよい。

 リリー嬢ちゃん、そういう訳でお茶を頼む。わしジンジャーチャイ。砂糖多めで」


 おお! タバサ先生がまともな事を言っている気がする。これが賢者モードか。


「先生がおっしゃる通り、その村へは転移魔法ですぐに移動する事が可能です。

 アルテアさん、落ち着いて何を手伝えばいいのか説明して貰えませんか?

 あ、すいませんリリーさん、先生と同じのを人数分でお願いします」






 アルテア嬢はこちらの提案を聞き入れてくれたが、憔悴している様子だ。

 急いで来たせいもあるだろうが、国で消費する食料の何割かが駄目になりそう。

 という現実が重過ぎるのだろう。俺なら間違いなく逃げ出す自信がある。

 そもそも、そんな重要なポストを任されたくない。


「アルテアさん、お茶をどうぞ。体が温まりますよ」


 リリーさんはそう言うと、砂糖とミルクがたっぷり入ったジンジャーチャイを差し出した。

 最初は違和感あるけど、慣れると乾燥生姜のピリッとした感じが癖になりますよね。

 紅茶花伝のロイヤルミルクティーにチューブ生姜入れて捨てたりしますよね。


「ありがとう。……このお茶美味しいわね。暖かくて、ホッとする味だわ」


 アルテア嬢が人心地付いたようなので話しを始める。


「それで、コパンキ村? というのはどういう村なんだすウィルベルさん?」


 つい普段の調子で喋りそうになったが、何とか踏みとどまった。


「えーと、ここから西に半日位飛んだ所にある川沿いの大きな町デス。

 手先の器用な種族が集められていて、野菜とか色々作ってるんスよ」


 先生はふーふーと口で吹いて冷ましながら黙って聞いていた。が、

 ウィルベルちゃんのアバウト過ぎる説明にお茶をひと口啜って口を開いた。


「くわッ! っちーな。もう……ほいでウィルベル。その村はどんな所なんじゃね?」


「かなり広い畑があって、畑じゃない所でヤギとかを飼ってるッス。

 あとは……でっかい倉庫が沢山あって、今の時期はトウモロコシが美味しいデス」


「ほう、とうもろこしですか。焼きとうもろこし食べたいな。醤油味の奴を」


「他の具材と合わせてかき揚げにしても美味しいですよ」


「イヤ、ポップコーンが良いじゃろ? 甘くしても、しょっぱしても美味いぞ!」


「イヤイヤ、お三方。トウモロコシは茹でたのが一番ッスよ。甘いし。

 今は時期じゃないんスけど、じゃがいもにチーズのソースがかかったのとか、

 キャサバというお芋を揚げた奴も、なかなかの美味しさッスよ!」


 ほほう、チーズを作ってるのか。牛乳持て余し気味だし専門家が居ると心強い。

 それならバター、粉ミルク、ソフトクリームにプロテインなんかも作れるだろう。

 しかも、かき揚げに、ポップコーンまであるとは。俺の準備ほぼ無駄じゃないか。

 ココに無いのはアニメやゲーム位じゃないだろうか?


「以前お聞きした話で、魔族領の生活は相当に厳しい物だと考えていました。

 コパンキ村はそうでもないのですね。ウィルベルさん」


「んーっ、まあウチの国じゃ一番暮らしやすい所かも知れないッスね。

 収穫祭の時期になると、みんなコパンキムラに行きたがるんデス。

 そういう物を食べられるのは、収穫祭とかの特別な時だけッスから!

 あと、雑草を食べてミルクとチーズを出すヤギは、国の宝らしいッスよ。

 もちろん、ココとは勝負になんないスけどね」


 ウィルベルちゃんは思い出し笑いをして、ニヤニヤとしまりの無い顔をしている。

 確かに茹でたのも美味いけど、他のも美味いんじゃよ。後で食べさせてあげよう。


「……ありがとうウィルベル、後は私が話すわ。

 私が任されているコパンキムラは、人口4000人を超える我が国最大の都市よ。

 ヤギの牧畜と農業が盛んで、この国の食糧の3割を供給している食料基地なの。

 普段は気候が安定してるんだけど、突如竜巻に襲われて、倉庫の1/3が半壊。

 保存していた食糧も水を被ってしまって、私達では手の施しようが無いのよ」


  淡々とした調子で言ってるけど、シャレにならない事態じゃないですか。


「それでアルテアさん、タバサ先生と俺達は何をすれば良いんですか? 

 先生は優秀な魔法使いですが、魔法は万能じゃないし魔力に限りがあります。 

 倉庫を再建して足りない食料を提供しろ、なんて言わないで下さいね?」


「出来る事なら是非お願いしたいと思うけど、それは無理でしょう?

 竜巻で水を被った保存食を持って来たんだけれど、見て貰える?」

 

 アルテア嬢は座っていたクッションの中から袋を取り出し、机の上に中身を広げた。

 袋の中から乾燥ジャガイモや豆がゴロゴロと出てくる。ジャガイモは潰れている。

 いずれも少し湿っているが、腐敗は始まっていないようだ。


「このジャガイモとかを、長期間保存出来る状態に戻したいという事ですか?」


「ええ、ジャガイモが取れる冬の寒暖差を利用して、水分を抜いて乾燥させるのよ。

 でも今は夏だから、乾燥する前に腐っちゃうの。どうにか出来ないかしら?」


 あー、ペルーのチーニョとか、凍み芋とか、ああいう感じの保存食だな。

 何かの漫画で『可愛い女の子が足で踏んで作る』というのを見て頭に残ってた。

 キレイな民族衣装でキャッキャウフフみたいなのを期待して画像検索したのに、

 婆ちゃんが長靴で踏んでる画像しか出てこなくてガッカリしたのを思い出した。


「アルテアさん、そういう事なら浄化(クリーニング)すれば良いんじゃないですか?

 確かあれは、誰でも使える魔法なんですよねリリーさん?」


「タロー様のおっしゃる通り、グリンオークの住人は皆、浄化魔法を使えます。

 ただ、一度に浄化される範囲は狭く、一旦腐ってしまった物は元に戻りません。

 臭いと雑菌は消えるので、食べられない事は無いとは思いますが……」 


 止めた方が良いんですねリリーさん。それは無いという思いが伝わって来ました。

 いくら安全でも、腐った牛乳の味がする飲み物なんて需要がありませんよね。


「まあ、浄化は元々、サシミや生野菜を安全に食べる為の魔法じゃからな。

 不味いものを美味くする魔法ではないのじゃよ。さてアルテアといったの。

 結論から言えば解決は出来る。が、協力を求めるのなら1つ契約をして貰いたい」


「本当ですか! ありがとうございます! それでその契約というのは?」


「解らんかね。仕事が済んだ後どうなるのか解らんのに、喜んで協力は出来ん。

 という事じゃ。わし等も身を守る為に保険を掛けさせて貰う。当然の権利じゃろう。

 もし、それが嫌だと言うなら手ぶらで帰るがよい」

 

 そう言いながら先生はアルテア嬢に背を向け、俺に念話を飛ばしてきた。

 なるほど、復旧の為に使う大規模魔法で正体が露見する可能性があるか。

 何処で監視されているか解らない。奴隷にして口止めするのがベストか。

 納得出来る理由のような気がする。それなら仕方ないな。そうしよう。


「……解りました。それで構いません。最初から話し合いは出来ないと決め付け、

 有無を言わさぬ契約でタバサさんの自由を奪った我々に非があります。

 この場で解放出来れば良いのですが、私にその権限は無いのです。

 それ以外の事なら何でもします。どうか怒りを鎮めて力を貸してください」


「今の言葉に二言は無いな? 後から取り消せんから撤回するなら今のうちじゃぞ?」


「はい! 一思いにやっちゃって下さい!」


「よし! なら力を貸してやるのじゃ。タロー殿、奴隷の契約を頼む!」


「解りました。今のでアルテアさんはこの契約に同意したと見做されました。

 契約書の下の欄に名前を書いて拇印を押して下さいね。あとは……そうだ。

 ウィルベル、先生にコパンキムラの場所を説明しておいてくれ」





 契約書


1.アルテアはタローに危害を加えてはならない

2.アルテアはタローの命令に服従しなければならない

3.1、2に反さない限り、アルテアは自己を守らなければならない

4.アルテアはタローの仲間に危害を加えてはならない


「なるほど、私はタローさんの奴隷になる訳ですか。

 ここに名前を書けば良いんですね? ア・ル・テ・アっと。

 あとは拇印ですよね ……押しました。これで良いですか?」


 アルテア嬢は契約書の内容をチラ見すると迷わずペンを取り、署名と捺印を済ませた。葛藤とか無いんですね。


「はい、これで契約は終了です。アルテアさんお疲れ様でした。

 保険ですから我々の情報を他に漏らさないで貰えばそれで十分ですよ。

 これは俺からのプレゼントです。とりあえず、おにぎりを食べて下さい」


 アイテムボックスからおにぎり3個と煎餅の詰め合わせを取り出してアルテア嬢に手渡す。


「あっはい。ありがとうございます。……なにコレっ? 体が勝手に……」


 アルテア嬢の身体は本人の意思とは無関係に動き、渡したおにぎりにかぶり付いた。

 戻ってから倒れられても困るからな。おにぎり3個も食べれば暫く大丈夫だろう。


「わし等はコパンキムラの復旧の為の準備があるから後から行く。

 わしが開発した魔道具を預けるから先に行って準備をしておくのじゃ」


「へ? 一緒に来て貰えないんでふか? 私だけ帰るの? ふぇ?」


 アルテア嬢は話の展開が急過ぎて、ついて来れないようだ。


「だから、壊れた倉庫を直す準備をするから、お主は先に行けと言っておるんじゃ。

 これはアイテムボックスの技術を使った魔道具で、中の物が腐らんし沢山入る。

 持ち歩ける巾着袋の持ち金着1号じゃ。濡れた食料はこの中に入れるがよい。

 で、この銀色の方には綺麗な水と小麦粉が入っておる。炊き出しにでも使うがええ」


 タバサ先生はそう言って、3個目のおにぎりをパクつくアルテア嬢に歩み寄り、俺達にくれた物より口の大きな巾着袋を2枚手渡した。


「そういう訳なので先に行って待っていて下さい。アルテアさん」


「タバサひゃん――――お心遣い感謝致しまふ。何とお礼を言えばいいか……」


 眼に涙を浮かべ深々と頭を下げ先生に礼を言うアルテア嬢。

 しかし手に付いた米粒を舐めながらではサマにならない。


「よいよい。人助けはわしの趣味のようなものじゃ。感謝されるような事ではない。

 お主等のやり口には腹も立つが、救える者を見殺しにするのはもっと気分が悪い。

 それだけじゃよ。黙って受け取るがよい」


 タバサ先生は薄い胸を張って力強く応えた。ノブレスオブリュージュって奴か。

 俺も懐からスッと色々出せるようになりたい。便利袋の作り方教えて貰わないと。

 今の俺がスッと渡せるのは、ガムとかあんぱん程度だろう。格の違いを感じる。


「タバサさんありがとう……ありがとうございました! このご恩は忘れません!  

 …………ついでに、タローさんもオニギリ御馳走様でした」


 何故かジト目で睨まれた。体調を気遣って消化の良い物を選んだのに、何故なんだ?

 具が口に合わなかったのか? ツナマヨ、エビマヨ、塩むすびで問題無い筈だ。

 数が足りなかったのか? 考え事をしている間にアルテア嬢の姿は消えていた。


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