母乳とサプライズ◆
前回のあらすじ
村の平和の為、ウィルベルちゃんが仕事を辞める事になった。
「まあ、最悪の場合は相手を奴隷にしますけど、トラブルが起きた時の話ですから。
隠蔽魔法で隠すし、まあ大丈夫でしょう。なので先生、御指導宜しくお願いします」
言いながらタバサ先生に頭を下げる。
「……わしも大賢者と呼ばれた女じゃ。懇切丁寧に指導する事を約束しよう。
魔法は教えるが、代わりに1つ、わしの頼みも聞いて欲しいのじゃよ。
前提条件を無視できる以上、当然賢者にもなるじゃろうが、その事を隠して欲しい」
「それはどうしてなんスか、タバサさん?」
ウィルベルちゃんが、妹達を撫で回しながら質問した。凄いくつろぎムードだな。
「もう勇者と比較されてショボい方の賢者とか言われるのは嫌なんじゃ。
くれぐれも内密に頼む……わし全然ショボくないのに」
心底嫌そうな顔で答える先生、先代と比較された事を思い出したのだろう。
「あっハイ わかりました。もともと賢者になる気はないので、それでお願いします」
「その気持ちは解るッス! でもご主人様はマシデスよ! ボケてないんスから!」
「そうか、お主等魔族も苦労しておるんじゃのう……」
なんか先生とウィルベルちゃんの間に友情が芽生えた。ような気がした。
共通の話題があると話が弾むというが、実際その通りだしな。
やれやれ、床を踏み抜いた時はどうしようかと思ったが、大体何とかなった。
牛乳と菓子パンのお陰で子供たちと打ち解ける事もできた。
たまたま目に付いた牛乳魔法だが、大勢に配るのには最適だったのかもしれない。
言うまでも無く栄養価が高いし、この牛乳は幾ら飲んでも、お腹がゴロゴロしない。
定期的に食料を配ってしまえば簡単なのだろうけど、配給に依存されたら困る。
なら、俺が配るのを牛乳のみに留めれば、勤労意欲を削ぐ事も無いんじゃないか?
勇者が与えるのは平和と牛乳のみ。先生の仕事を手伝う事で食事が手に入る。
中々いいじゃないか!
「ユーシャさまー、もっとのむーっ!」
「……もっと、ぎゅうにゅうください……」
子供達に声を掛けられたので、魔族領農村化計画の妄想を中断した。
子供達の手から差し出されるコップを受け取り、牛乳を容器の半分程入れて手渡す。
漫画やアニメと違って、牛乳をこぼしてもエロくならずに臭くなるだけだからな。
現実にぶっかけるならやっぱり練乳が良いだろう。どちらにしろ幼児は対象外だ。
「マールよ。ミルクを飲んで、すくすくと育つがいい、乳を出す側になるのだ!
ジュドー、コップを落とさないよう気を付けるのだぞ!」
言いながらメダルから出した牛乳を子供達に手渡す。
ふふふ、たくさん飲んで精々大きく育つがいい。
「マールは、ちちだすのー? なんでー?」
「うむ。それはなマールよ。親になれば解るんじゃ。後で母に聞いてみるがよい」
俺より先に子供達と打ち解けていた先生はマールの疑問に答えた。
「……タバさんは、ちちでない?……」
「ジュドー、タバさんはちちないよ。マールといっしょだよー!」
「ぐぬぬ……」
千の言葉より残酷な子供という説得力。悪意を含まない率直な感想だから困る。
だが、間違いは訂正しないとならない。猫だって乳を出すんだよ哺乳類だもの。
「一緒じゃないぞマール。タバサ先生は子供が出来ればすぐに乳が出るけど、
マールは牛乳飲んで大人にならないと乳は出ないぞ?」
そこまで言って頭に1つの疑問が生じた。ハーピーって母乳出るのか?
「ジュドー、マール。どうしてそんな事を言うの?
賢者様はお母さんのお母さんのそのまたお母さんより、もっと年上なの。
あなた達とは違うの。そんな事言われたら賢者様が悲しくなってしまうのよ」
「その通りじゃタロー殿! わしは経験豊富じゃから、子供くらい作れるのじゃ!
対して、こやつ等は10年は待たんと乳も出ぬお子様。わしとは違うのじゃよ!!」
うむ。どうやらハーピーも母乳は出るようだな。聞かなくてよかった。
ゲルタさんの発言は華麗にスルーか、先生もコンプレックスがあるのかな?
どう考えても年を取らないのは長所だと思うんだが、女心は複雑な物だな。
あ、男が母乳出したら乳がんだと思います。
「タバさ……タバサばーちゃんごめんなさい……」
「……タバサばーちゃんごめんなさい。ちちでるよー!」
「…………許す。許すから乳の話はこれで終いじゃ。ハイハイ!! やめやめ。
それと、わしはお主等のばーちゃんではない。これまで通りタバさんと呼ぶのじゃ」
ヤケクソ気味になった先生がポフポフと手を叩いて話を打ち切った。
あー、獣人って拍手出来ないんだな。
「ゲルタさん、お代わりはいかがですか?」
「あ、ありがとうございます勇者様、その、いただきます……」
ゲルタさんと子供達に牛乳と菓子パンのお代わりを渡す。
正直、身銭を切った食べ物より牛乳の方が好評なのは少し悔しい気もするが、
1瓶1500円もする無殺菌牛乳と同等レベルの美味しさだから仕方がない。
畜生、こんな事になるなら何本も買うんじゃなかった。高かったのに……
話題を変えよう。
「ところでウィルベル、その拠点とやらにはいつまでに着けば良いのかね?」
「特に時間は指定されて無いんデスよ。まあ今日中に着けば大丈夫ッス」
ふ~ん。今日中ね…………今日中?
時間に余裕があると思い込んでいたので、予想外の返答に驚いた。
たまたま飲んでいた牛乳が気管に入ってしまって激しくむせた。
「ぶっはッ 糞ッ! 鼻に牛乳入った。もうあまり時間がないじゃないか!」
「転移魔法なら直ぐに着くから問題ないかと思ったッス。すいませんご主人様」
「タロー殿、そう考えるのも無理のない事じゃが、アレじゃよ。
また蟻を呼んでドーンで終わりじゃから大した手間ではなかろう?」
「イヤ、別に咎める気は無かったんだ。先生も、なんかすいません」
「ゲルタさん、もう少しお話を聞きたかったんですが、予定が変わりました。
ウィルベルさんの上司に話を通す必要が有るので一旦失礼します。
今度は堂々と来ますからそれまで今日起きた事は内密にしておいて下さい」
「はい。勇者様、今日は御馳走頂きありがとうごさいました。
賢者様、子供達が大変失礼いたしました。どうかお許し下さい」
「ユーシャさま、ぎゅうにゅうと甘いの、ありがとーッ! タバさんもまたきてねーッ!」
「……ゆうしゃさま、タバさんありがと。またきて……」
「おう! 近い内にまた来る。でも他の人には言っちゃ駄目だぞ?」
「うむ。次に合う時は敵同士……嘘じゃ。次に会う時は他人の振りをするんじゃよ。
村社会というのは複雑じゃからの。孤立する原因になるかも試練からな」
「ウィルベルちゃん、お2人にしっかりお仕えするのよ!」
「ウィルベル姉がんばれー!」
「……ねーちゃん、しっかりしろ?……」
「心配無用ッス。自分は1番奴隷デスから。お母さんたちも元気で!」
子供達とウィルベルが互いに敬礼して別れの挨拶をしていて微笑ましい。
でも、多分明日来るから、そんなにしなくていいと思う。
「じゃあ、帰りましょう先生。えーと、食堂からトレーニング室でお願いします」
「…………ほい。ドア。わしもう寝る。用があったら起こすのじゃ」
先生はそう言うとすぐに寝てしまった。獣人って人間より長い睡眠時間必要なのか?
でも、普通の犬や猫みたいに1日に15時間も寝たら生活成り立たないよな。
置いて変える訳にいかないので肩に担いでみたが全く起きない。マジ寝だコレ。
「ウィルベル、俺はリリーさんと少し話す事があるから、ここで待っていてくれ」
「了解ッスご主人様。しばらくしたら出発デスよね。自分、今から緊張してきたッス」
眠ってしまった先生を起こさないように寝かせ、写真を撮ってから厨房に向かう。
厨房の入り口近くのスペースには、ラーメン屋にあるような特大の寸胴鍋がいくつも並んでいた。
それぞれに下ごしらえをした肉や魚、野菜等が入っていてその他にシチュー等の料理が入った壺もあり、数を数えてみると30以上もあった。
ウィルベル一家を連れてくる予定で、夕食は多めにして欲しいとは言ったが、幾ら何でも多過ぎる気がする。
不審に思っていると、厨房の奥から白ずくめの人影が現れ、大きな鍋を抱えてこちらに歩いて来た。
「お帰りなさいませタロー様。御見苦しい所をお見せして申し訳ございません」
リリーさんは壺を床に下すと、頭から被っていた三角形の布袋を脱いだ。
蒸れてしまったのか心成しか汗で痩せて見える。
「お疲れ様ですリリーさん。一生懸命に働いている人を見苦しいとは思いませんよ。
ところで、その恰好はどうしたんですか?」
「これは割烹着という物で、お料理に毛が入るのと、引火を防いでくれるのです。
我々獣人は、これが無ければ人にお出しするお料理が作れないんですよ」
「そうなんですか、いつもおいしいご飯をありがとうございます。ところで――」
本題に入ろうとしたとき、突然、目の前に巨大な蜘蛛が降りてきた。イヤ、蜘蛛じゃない。
蜘蛛っぽい恰好をした人だ。手足は工事現場で良く見る黄色と黒のストライプ模様、足はスポーツ義足だろうか? お尻に蜘蛛の胴体が付いていてそこから6本の脚が伸びている。
突然の出来事に呆然としている俺達を尻目に、彼女は持参したクッションに座ると喋り出した。
「待ちきれなくて来ちゃいました! 魔王軍へようこそタバサさんと、お弟子さん?
私は魔王軍死天王の1人でアルテアといいます。以後お見知りおき下さい。
早速一緒に来て貰いたいのだけれど、準備は良い?」
またか……合鍵作り過ぎじゃないですかねタバサ先生?




