牛乳で相談だ。
前回のあらすじ
意気揚々と人助けをしに来たが、断られた。
幾ら急いでいたとは言え、いきなり故郷を捨てろとか配慮が無さ過ぎた。反省しよう。
シミュレーションは十二分に積んできた筈だが、やっぱ実戦を経験しないと駄目か。
とにかく、吐いた言葉の責任を取らないといけない。まずは村人を幸せにする。
楽しめる村にする為にはどうしたらいい?
「タバサ先生、この村は、どうすれば良くなりますかね?」
「タロー殿の質問は唐突じゃのう。過程を話してくれんと解らんぞ?
それとも何か? わしとお主は言わずとも伝わる仲じゃと云いたいのか?」
「すいません。タバサ先生とは念話が通じるし、言わずに伝わる気になってました。
そのせいで、おかしな事を言う事もあったかも知れません。以後気を付けます。
先生は、この土地で不自由なく暮らすにはどうしたら良いと思いますか?」
「即答は出来んよ。わし等はこの土地の事を何も知らんのじゃからな。
まずは住民から話を聞いて、現状を把握せんといかん。行動するのはそれからじゃ」
そういえば、さっきから先生としか話をしていない。
また、ゲルタさん達に居心地の悪い思いをさせたかも知れない。
そうだ! お詫びの印に例の牛乳を御馳走すればいいじゃないか!
あの牛乳の美味しさなら、モ○ドセレクションでも金賞確実だ。
とにかく牛乳を振舞おう。そう考えて、アイテムボックスから手斧を取り出す。
「ひッ!」
声に驚いてゲルタさんを見る。子供達を背中庇う様にしてこちらを見つめている。
辺りを見渡したが、周囲に不審な所は無い。一体どうしたというのだろう?
「ゲルタさん、どうかしましたか?」
「いえ……その……」
「それはアレじゃ、急に斧が出たから、咄嗟に子供達を守ろうとしたのじゃろう。
わし等はそれの意味を知っているが、知らぬ者には配慮が必要じゃよタロー殿」
ああ、そういう事か。先生冴えてるな。俺がアホなだけか。
娘を奴隷にした怪しい人物という評価を変えようと思っての行動だったのだが、
傍から見れば基地外に刃物に見えたかも知れない。不審がられるのも道理だ。
アイテムボックスの活用術をアレコレ考えた結果、常識が抜け落ちていたようだ。
「あっ。お母さん大丈夫っスよ。ご主人様は飲み物を出そうとしてるだけデスから。
牛乳というとても美味しい飲み物デス。そうデスよね、ご主人様?」
何と声を掛けるべきか悩んでいると、ウィルベルちゃんが話し掛けてきた。
牛乳を飲みたいだけかもしれないが、乗るしかないこの|助け船《rescue boat》に!
「そうだとも、ウィルベルの言う通りだ。ゲルタさん、脅かしてしまって申し訳ない。
お詫びと言っては何ですけど、最高の牛乳をご馳走しますから勘弁して下さい」
「あ、ありがとうございます。勇者様。 貴方達もお礼を言いなさい」
「ありがとーッ ユーシャ様」
「……………………どうも」
ゲルタさんの警戒は未だ解けていないが、子供達はそうでもないようだ。
活発な妹に内向的な弟か。うむ、個性があって宜しい。弟頑張れ。
「タロー殿、出した牛乳はこの中に入れると良いぞ」
タバサ先生はそう言うと、金属製の小さなボトルを取り出し俺に手渡してきた。
アレだ。アル中キャラが肌身離さず持っている蓋付きの奴だ。ウイスキーボトルか。
「タバサさん、なんスか? そのちっこい水筒は?
そんな小さいんじゃ、中身が少ししか入らないんじゃないデスか?」
「ふふーん。そう見えるじゃろう? 実はの、これは特別な水筒なんじゃよ。
アイテムボックスの技術を応用していてな。小さなボディに無限の収納力?
そういうのを実現したのじゃよ。ただ、作った時は完璧じゃと思ったんじゃが。
イチローの阿呆に、絶対悪用されるから人に渡すなと言われてしまっての。
色々作ったのに、全然使う機会が無かったんじゃよ」
まあ、そんな物が普及したら貴重な中世ファンタジー風異世界が台無しだからな。
先生には悪いが、身内で使うに留めて置くべきだろう。
「へーっ! 凄いデスね! こんな良いものを眠らせておくなんて勿体無いッスよ」
「そうじゃろ! 解る者には価値が解るのじゃな。1つやるから大事に使うんじゃぞ?
お主はタロー殿の奴隷じゃし、問題は無いじゃろ。無いじゃろタロー殿?」
ウィルベルちゃんの航続距離が延びるだけでメリットしかない。特に問題は無いな。
「あっ、ハイ。良いんじゃないですかね。ついでに俺にも口の広い物を1つ下さい。
斧の柄が入る位の大きさの物が良いです。タバサ先生」
「うむ。ウィルベル、これをお主に預けるのじゃ」
「えっ? ホントに自分が貰っちゃって良いんスか?」
先生にウイスキーボトルを手渡されると、ウィルベルちゃんは小躍りして喜んだ。
「まあ、大丈夫だとは思うが落として壊したりせんよう気を付けるんじゃぞ?」
「了解しましたっス! タバサさんあざーっス!」
「ふふ、タロー殿、コレなんかどうじゃ? 省スペースに挑戦してみたんじゃが?」
そう言って渡されたのは、掌程の大きさのメダルのような物だった。
よく見るとねじ式になっていて2つに分かれるようになっているみたいだ。
「これ上下が解らないんですけど、開けた途端に中身噴き出したりしませんよね?」
「……大丈夫じゃよ? 確か対策をした筈じゃ」
微妙に気になる言い方をしてるが、単に忘れっぽいだけだろう。
メダルの穴に手斧の柄を差し込み、勢いよく吹き出す牛乳をイメージする。
とりあえず使うMPは1ポイント分でいいな。10ポイント分じゃ多すぎる。
「ホワイト……ファウンテン!」
呪文を唱えると、等価交換糞食らえと言わんばかりの牛乳が噴き出す。
噴出した牛乳が中々止まらない。仕方ないので先に話を聞こう。
「ゲルタさん、一般の魔族の暮らしというのは、どういう感じなんです?
娘さんには、軍の幹部が干し芋しか食べられない程の危機的状況と聞きました。
でも、この家と貴女方を見る限り、衣と住は足りているように思えます。
実際はどうなのか、ここで暮らしている方の話を聞かせて欲しいんです」
「ユーシャさまー ぎゅうにゅぅまだー?」
「……………………………そろそろ?」
そういえば子供たちを待たせていた。
「.マール、ジュドー、はしたない真似はよしなさい。勇者様に失礼でしょう?」
ゲルタさんが子供達を柔らかい口調でたしなめる。
「イヤ、俺が待たせてしまったせいですから。ごめんな。これを食べて待っててくれ」
アイテムボックスから出すのは勿論アンパン。何故ならシンプルだから。
粗食に慣れてる所に洋菓子は重い気がするし、アンパン位が丁度いいと思う。
「コレすごくおいしい。ユーシャさま、ありがとう!」
「………………このあまいの…………すき」
「勇者様、これはとても美味しい物ですね。ありがとうございます」
「タロー殿、牛乳はまだかね? アンパンは牛乳があってこそ輝く。わしは常々そう思っておるのじゃ」
「お母さん達、牛乳が出るまで待った方が良いデスよ?」
概ね好評なようだな。向こうから持ち込んだ物に活躍の場が出来て良かった。
正直、リリーさんの料理を食べた時は永遠に出番が来ない可能性も考えたし。
下手な物出したら、勇者様は貧しい食生活をしていたのですねとか言われそうで。
まあ、俺の勝手な被害妄想なんだけどね。リリーさんはそんな事言わない。
あ、牛乳はもう少し待って下さい。手斧だと出が悪いみたいです。
「そういえばゲルタさんは子供達の世話をしているという事でしたけど、
村にはその子達の以外の子供はいないんですか?」
「いいえ勇者様、村にはこの子達の他に5人の子供達が居ます。ハーピーの子は、
飛べるようになったら狩に付いて行き、狩猟技術や効果的な連携を学ぶんです」
「ほほう! どんな風に狩をするんですか?」
「えーと、上から近付いて、こう、足でガッっと掴んだり、蹴ったりするんデス。
あと、柔らかい感じの獲物は、こうして手で叩いたりもする感じッス」
言いながらフリッカージャブのようなパンチや前蹴りを繰り出している。
身振り手振りで、一生懸命に説明する姿が何とも微笑ましい。
「そうなのか、ところでウィルベル、手で叩いて羽を痛めたりはしないのか?」
「自分は大丈夫ッスけど、他の人は飛べなくなると困ると言って手をつかわないんスよ」
う~ん。そういう特殊な例じゃなくて一般的な話を聞きたかったんだが、まあいい。
話聞いてる間に牛乳も止まったし。皆においしい牛乳を振舞おう。
アイテムボックスから使い捨てのコップを出し、メダル型の水筒から牛乳を注ぐ。
「牛乳の用意が出来ました。もっとこの村と魔族の話を聞かせて貰えますか?」
ゲルタさん達の話を纏めると、ハーピー族は情報伝達を主な任としているそうだ。
速さならハーピーより速い魔物は居るが、燃費が良いので重宝されているらしい。
狩で得た毛皮や肉を、食料や衣類と交換して何とか暮らしているという事だ。
やはりと言うか、魔族領は農地に向かない土地が殆どと言うかほぼ岩山で、
先代の勇者に敗れた後に取り掛かったという、農地拡大事業も既に頭打ち。
食料の供給もおぼつかず、お先真っ暗という有様だ。
どうしよう。魔法で岩山を更地にして室内農場でも作ろうかな?
元手はタダだし、各地にドア置いて牛乳配達をしても良いな。
「あのー、ご主人様。ちょっといいデスか?」
話が途切れたのを見計らってウィルベルちゃんが、気まずそうに手を上げた。
「なんだいウィルベル?」
「自分一応幹部なんでタバサさんを連れて行かないと、任務の失敗がバレるっス。
そういう訳で、この村で母さん達が暮らし続けるのは、多分無理なんスよ。
ご主人様達が村の事を色々考えてくれるのが嬉しくって、言えませんでした。
すいませんデス……」
淡々と話してはいるが、生まれ育った村と、良くしてくれた村の人達を見捨てる事になるし、
ウィルベルちゃん板挟みで辛いよな。これは俺達が何とかしてあげないといけない。
「そうか、村を立て直しても住めないのでは、いや、待て。俺に良い考えがある。
任務に失敗したのが問題なら、成功させて堂々と辞表を出せば良いじゃないか!」
「任務を成功? ご主人様、それは一体、どういう意味ッスか?」
「言葉通りの意味だよ。まず、ウィルベルが先生と俺を連れて、予定通り拠点に行く。
そうすれば任務成功でお手柄という事になるんだよな?」
「はい。そうなるッス」
「そしたら、俺達と別れたウィルベルは、実家の手伝いを理由に魔王軍を辞める。
これで家族の問題は解決だな」
「はい?」
「その後は、先生と俺が担当と交渉する。適当な理由を付けて任地をココに決める。
これなら計画も無駄にならない。どうだ、いい考えだろう?」
「あのー、ご主人様? 自分、奴隷になってるんで直ぐにバレる気がするんデスけど」
「奴隷の件に関しては先生に隠蔽魔法を教わる。俺のレベルなら見抜かれない筈だ。
無論、交渉が上手く行かない場合の事も考えてある。安心してくれ!」
「ほう。どうするつもりなんじゃタロー殿?」
「責任者に手を出させて奴隷にする。これで無血開城です。ね、完璧でしょ?」
※次回は8/21(木)です。




