勧誘◆
前回のあらすじ
勇者の力で親子のピンチを救う事が出来た。
ふぅ……いきなり床が抜けた時は驚いたが、なんとか怪我人を出さずに済んだ。
それは良いのだけど、助けた3人はガタガタ震えながらこちらを凝視している。
さっきのは不味かったな、俺が近付けば、余計に怯えさせてしまうだろう。
(ウィルベル、今の騒ぎで君の家族を怯えさせてしまった。事情の説明を頼む。)
念話でウィルベルちゃんに仲介を頼み、ハーピーママンに向き直る。
「奥さん、突然失礼しました。俺は勇者です。決して怪しい者ではありません。
今回此処にお伺いしたのは……少々お待ちいただいても構いませんか?」
「は、はあ……?」
怪訝な顔をしている。
そうこうしている内に、開いた穴からタバサ先生が音も無く降りてきた。
魔法は便利だな。
「どうも先生、ところでウィルベルはどうしたんですか?」
「落ち込んでいたぞ。何でも、タロー殿が穴を開けたのは、あ奴の部屋だったらしい」
oh…それじゃあ、反応が遅れるのも仕方が無い。というか謝らないといけない。
「勇者様、わたしはどうなっても構いません。どうか、この子達の命だけは……」
えー……何この反応。俺の考えていた勇者デビューと全然違う。
それ盗賊団とか、その手の略奪者に対する反応ですよね?
あ、俺、この人達の立場からすればオークの手先になるのか。
漫画やゲームなら、ここでE&Eだが現実では好かれたい。
誤解を解かなければ!
「とにかく落ち着いて下さい、お母さん。俺は貴女達を助けに来たんです。
命なんて取りませんから、安心して下さい」
(タバサ先生、助けて下さいよ。年の功でしょう?)
「あまり無茶を言わんでくれ、タロー殿。こう見えて人付き合いは苦手なんじゃよ。
わし、転移魔法と人払いで充分働いておると思うぞ? まあ、やってみるがのう」
先生は意を決した顔で椅子を取り出し徐に座った。
静まり返った家の中に「プゥィーーーーッっ」と間の抜けた音が響き渡る。
確かに空気は変わったが……魔法以外は全然使えないなこの人。
年の割に抜けてるのもロリババアの魅力だけど、格好いい所も見たいです先生。
まあ、やる事はやった先生に八つ当たりしても仕方ない。俺も出来る事をしよう。
「ウィルベルー! 早く来てくれーっ!!」
この場を何とかしてくれる人物を呼んで見たが、何時まで経っても降りてこない。
部屋の床が抜けた事が余程応えているのだろうか? そりゃそうだろう。
俺も自分の部屋に大穴が空いたら固まると思う。故意ではないが悪い事をした。
「先生、ちょっと上を見てきますんで、ここはお願いします!」
「うむ。ここは任せておけ! さあ、見るがよい。コレが先程の真相じゃ!」
椅子の下から取り出したブーブークッションを鳴らしながら先生が応える。
子供相手に身の潔白を訴える先生を尻目に、飛び上がろうとして踏み止まる。
飛び乗った時に床を壊さないよう付与魔法をセットし、家全体を強化した。
2階まで飛び上がると、部屋の隅で膝を抱えているウィルベルが見えた。
「ウィルベル、ごめんな。壊れた床は後で直すから機嫌を直してくれないか?」
「……ついでに、おばあちゃんのネックレスも直して欲しいデス…………」
形見の品か何かか? 知らぬ事とは言え、文字通り思い出を踏み躙ってしまったようだ。
もしそれが故人の残した思い出の品だったりすると、もう取り返しがつかない。
勇者としての第一歩がこんな事になってしまうなんて……俺の心はたちまち罪悪感で一杯になった。
「本当にすいませんでした。それも後で修理させて下さい。ホントにごめんなさい!」
「思い出の品が壊れるのは悲しいけど、仕方のない事デスよね……
ご主人様がワザとやったんじゃないのは解ってたのに、取乱して。
みんなを助ける為に来てくれたんだし、おばあちゃんも許してくれる筈デス。
だから、ご主人様も気にしないで下さいッス!」
ウィルベルちゃんはメンタル強いな。見習いたいものだ。
「ごめんなウィルベル、この埋め合わせは必ずする。それで許してくれ。
それで、お母さん達に事情を説明しないといけないし、一緒に来てくれないか?」
「了解デスッ! ちゃんと説明するから任せて下さいッスご主人様!」
なんとか回復したウィルベルちゃんと共に階下に降りると、先生が頑張っていた。
先程は怯えていたお母さんも、愉快な先生と娘の姿を見て落ち着いてくれた様だ。
漸く話の準備が整った。早速、ウィルベルちゃんに家族を紹介するよう頼んだ。
「ご主人様、紹介するッス! 髪を結んでる女の子が妹のマール。
生意気な顔をしている男の子は弟のジュドーっス。見ての通り2人は双子ッス。
そこのエプロンをしているのが、普段子供の相手をしてるゲルタ母さんデス」
「ゲルタさん、俺は山田太郎。娘さんの主人です。宜しくお願います」
「わしは大賢者タバサ。よろしく頼む」
「まあ! 賢者様、このような辺鄙な所へよくおいで下さいました!
2人共、賢者様とお連れの方にご挨拶しなさい!」
ゲルタさんに促され、子供達はおずおずと前に進み出て口を開いた。
「マールです! 4歳デス!」
「ジュドー…… 4歳……」
子供達には警戒されてるみたいだ。仕方ないね。
「でも良かったわ。気難しい方と聞いてたから、来て頂けるか心配だったもの。
賢者様に来ていただけたのならもう安心ね。お手柄よウィルベルちゃん!
ところで、そちらの男性は賢者様のお付きの方なのかしら?」
一般の人は奴隷にして連れてくる事を知らなかったのかな?
聞いてた通り食糧問題、先生は相当期待されているみたいだ。
解決するのに他所から人を攫ってくるというのはどうかと思うが。
「お、母さん! 違うの、この人は自分のご主人様になったタロー様。
美味しいご飯をくれるし、母さんの怪我も魔法で直してくれるッスよ!」
「まあまあ! 賢者様だけじゃなく、旦那様まで連れて来るなんて!
凄いわウィルベルちゃん!」
ん? 話がおかしくなってきた。訂正してそろそろ本題に入るか。
「いや俺はウィルベルの夫ではありません。ウィルベルは俺の奴隷になりました。
さて、本題です。ゲルタさん、子供たちと一緒に俺の奴隷になりませんか?」
「えっ!?」
何か困惑させるような事を言っただろうか? 早く戻らないといけないのに困る。
「タロー殿、それでは意味が解らんじゃろう。順を追って説明せねばイカンよ?」
言われて気付いた。娘を奴隷にした。お前も奴隷になれ。これで肯定されたら怖い。
「失礼、気が逸っていたようです。俺達が何故ここへ来たかというとですね……」
だまし討ちに近い形で先生を奴隷にした事、それが原因で俺の奴隷になった事、
自分のせいで家族が死んでしまうと泣いた事、何を食べても同じ反応をした事等々、
俺はゲルタさんに、ウィルベルちゃんと出会ってからの事を掻い摘んで説明した。
「……そう言う訳で、俺も修行の途中ではありましたが、取り急ぎ参上仕った次第。
ぶっちゃけ家族を喪いたくないという、この子の話を聞いて共感した訳です」
「そうですか……そんな事が……」
「タロー殿が領地を手に入れるまでの間は、わしの家に住んで貰う事になる。
なに、わしは大賢者タバサじゃ。お主等一家4人を養うなど造作もない事じゃよ。
何なら、ここの住民全てを受け入れても良いぞ?」
そう言って、鼻息荒くふんぞり返るタバサ先生。人数確かめずに、そんな事言って良いんですか?
「そうっスよお母さん! 自分の失敗は直ぐ上の方に伝わるッス。
そしたら配給も止まるし、ここに居ても近い内に死んじゃうんスよ?
ご主人様達の好意に甘えて一緒に暮らすのが一番良いデス!」
「……もしかしてゲルタさん、奴隷というのが不味かったのですか?
奴隷にするという話は、”勇者の奴隷”という身分が貴女方の安全に繋がるからで、他意はありません。
スケベ心が全く無いとは言い切れませんが、神に誓って合意無しでエロい事はしません」
何か考え込んでしまうゲルタさん、そうだ! 土産を渡すのを忘れていた。
アイテムボックスから子供が食べやすいサイズのパンを取り出した。
最初に渡すのは安いパンと決めている。最初から良い物を出しては後が続かない。
「ゲルタさん、これ、つまらない物ですが、良かったら食べて下さい」
「 ご好意は有難いのですが、ご迷惑をお掛けしましたのに、食べ物まで頂くのは……」
「ゲルタ殿、遠慮する事はないぞ。当人から謝罪を受けたし、事情も聞いておる。
子の罪は親には関係ないのじゃ。こういう場合はの」
「賢者様、寛大なお言葉、痛み入ります」
「……タバサさん、すいませんでした。あの時の自分は考えが足りなかったッス」
「気にするなウィルベル。俺は美少女にご主人様と呼ばれて嬉しい。
色々な種族が笑って暮らせる街を作るという目標も出来たし、感謝してるよ」
「わしも全然気にしておらぬぞ? お主等のような者を救うのは趣味のような物じゃ。
違うな。理不尽な目に遭っておる者がいれば助ける。当然の事じゃな」
先生とは気が合うな。やっぱり出来る範囲でなら人助けしたいよな。
静かに俺達の話を聞いていたゲルタさんが意を決したように話し出した。
「勇者様、大変ありがたいお話だとは思うのですが、わたしはお断りさせていただきます。
この村の人達は狩りに出られなくなった役立たずを、子供達の世話係として残してくれました。
ウィルベルやこの子達を育ててもくれました。わたしは、恩を仇で返す事はしたくないのです。
娘が姿を晦まし、わたし達も消えたとなれば残された村の人達がお咎めを受けるかもしれません。
それは許されない事だと思います。勝手なお願いだと思いますが、子供達をお願いします」
昔の日本人みたいな考え方してるなゲルタさんは。SAMURAI魂を感じる。
しかし、抜けた事で村に迷惑が掛かるという事もあるのか?
ウィルベルちゃんの話だと、どうせ死ぬから放っておけ的な感じだったのに。
「恩返しも何も、おかあさんが死んじゃったら意味無いじゃないッ! お願いだから一緒に来てよ!!」
だから泣くなよウィルベル、女の涙は嫌いだ。
「解りました。ゲルタさんとマールちゃん、ジュドー君を奴隷にするのは止めます。
というか、そもそも俺と敵対していないから奴隷に出来ませんでした。
仕方が無いのでこの村で幸せになって貰う事にします!」
※主人公のイメージは架空の物です。




