ハーピーの森へ◆
前回までのあらすじ
ウィルベルちゃんの家族を救う為に家庭訪問をする。
異世界に来てから2日目の昼下がり、俺は少し困っていた。
死天王の三位を名乗るハーピー少女、ウィルベルの襲撃を腹パン一発で退けたが、
その結果、ウィルベルは任務に失敗、彼女の家族に死亡フラグが立ってしまった。
ウィルベル曰く、ここから故郷まで移動するには、最短で7日掛かるらしい。
しかし俺は勇者として召喚されているので、自由になる時間は残り少ない。
5日後にグリンオーク王と謁見し依頼を確認、魔王討伐に旅立たねばならない。
魔族側に感情移入しつつあるので気は進まないが、魔王を何とかする約束だしな……
「タバサ先生、謁見まで時間の余裕が無いので、転移魔法の使い方について教えて頂けませんか?」
移動手段に関しては、俺もこっそり試してはいるのだが、中々実用化には至らない。
自分が投げた石柱に乗って移動しようとしたが、今の実力では無理だった。
俺の頭では解決出来ない事しか解らんので、魔法のエキスパートに聞くしかない。
「タロー殿、教えてやりたいのは山々なんじゃが、それを出来ん事情がある。
転移魔法の習得には、賢者と同じく様々な魔法職を極めた上で、特殊な条件を満たさねばならんのじゃよ。
今からでは時間が足りぬ。すまぬが今回習得するのは諦めて欲しい。
先ずは、この本を読んで、上級魔法を使う心の準備をしておいてく、くりゃれ?」
タバサ先生はそう言うと、広辞苑程の厚さの本をアイテムボックスから取り出し、手渡してくれた。
旅立ちの前にルー○を覚えられれば楽だと思ったが、そこまで都合良く行かないか。
「」
「お主に魔法を教えるのがわしの仕事なのに役に立てんですまんなタロー殿。
代わりと言ってはなんじゃが、その本は進呈しよう。存分に役立ててくれ」
「すごく分厚い本っスね、これだけ厚いと読んでる途中でバラバラになったりしないんデスか?」
「ウィルベルさん、その本は数百年を生きるタバサ様が研究成果を纏めた本です。
後世に残す気概でお作りになられたのですから、そんな事は有り得ませんわ」
「先生、立派な本をありがとうございます。それでは早速読ませて貰います」
ズシリと重い本を机に置き、目次を探してページを捲る。
なになに、上級魔術大全集、著者は賢者タバサ……
本を重く感じるのもスキルの効果だな。素晴らしいね勇者スキル。
強くはなったが、日常生活に支障をきたすなんて嫌だし有難い事だ。
『……転移魔法で転移させられる対象は、人、物、自分の3つに分類出来る。
転移魔法を攻撃に使う場合、相手の抵抗力を超える魔力さえ有れば良い。
高所に移動させ墜落死させても良し、異物を送り込んで暗殺する事すら可能じゃ。
じゃが、暗殺に使うのは反則なので使ってはならぬ』
……非常に強力な転移魔法じゃが、これを移動に使う場合には注意が必要なのじゃ。
場合に拠っては命を落とす事もあるので、決して忘れないで欲しい。
まず、遠視魔法で移動先の安全を確認し、仲間を含めた自らの周囲と移動先に結界を張る。
しかる後に、2つの結界の中を術者の魔力で満たし、不純物を取り除けば準備は完了じゃ。
この手間を惜しんだせいで、足が地面と同化し膝から下が無くなった術者もおる。
神聖魔法で回復したらしいが、膝から下が崩れ落ちた時は卒倒してしまったのじゃ。
と旧い友人が言っておった』
要するに魔力が高い人が転移魔法を習得すると、どうしようもないという事だな。
性格は兎も角、有用な人材の筈のタバサ先生が干渉を受けない理由はコレか。
「なるほど、転移魔法は簡単に使えたら不味い感じですね。しかし、参ったな。
大口叩いておきながら、移動手段が無いだけで手も足も出ないとは……
転移魔法が苦手な先生に、こんなお願いするのは心苦しいんですけれど、
ウィルベルの故郷までの移動と、ピンクドアの提供をお願いできませんでしょうか?」
「うむ。了解した。今回はわしの魔法で移動しよう。だから、情けない顔をするでない。
勇者というのは心の中はどうあれ、常に自信に満ちた顔をしてないといかんぞ?
昔読んだ本によるとじゃな、勇者とは、勇気ある――」
先生にOKを貰えたので、他の上級魔法職をさらっと眺めて見る。
錬金術、龍言語魔法、精霊魔法等、色々あるがどれも前提条件が厳しい。
とにかく魔王よりレベルが上になれば良いので条件が緩そうな物を探す。
美味しい牛乳魔法の前提条件は、魔力40以上で牛乳魔法を極めている事。
隣家の牛乳を横取りする通常の牛乳魔法とは異なり、自らの魔力を代償にする事で、
斧の柄から美味しい牛乳を絞り出す事が出来る。斧から出るのは譲れないんですね。
しかし、これは良いな。飢えに苦しむモン娘ちゃん達にミルクをプレゼントできる!
来いよ猫ちゃん、武器なんか捨ててミルク飲もうぜ! みたいな感じか?
早速、牛乳魔法をセットしようとステータスを呼び出し、副業をクリック。
すると、候補に上級職の筈の美味しい牛乳魔法と、転移魔法が並んでいる。
「あれっ!? 先生、よく解らないけど俺、転移魔法を使えるみたいです!」
「なんじゃとッ? ……そんな事が出来るなんて聞いたことも無いのじゃ」
「それが本当なんですよ先生!今、お見せします。リリーさん、人数分のコップを、
いや、ここでは危険かも知れない。皆でトトの所に行きましょう」
食事も終わった事だし、どうせならトトにも美味しい牛乳を飲ませてやりたい。
そんな思いもあり、訝しがる先生とリリーさん、それにウィルベルちゃんを連れ、ドッグランに移動した。
俺達が着いた時、トトはスパルタンアントと乱取り(?)をしていた。
巨大なスパルタンアントが、体高50センチに満たないトトに振り回される様は実にシュールである。
小さな口で蟻の脚を咥えているが見た所、足が千切れている蟻は見受けられない。
しっかりと手加減が出来ているように見える。いい傾向だ。
お楽しみのようなので黙って眺めていたが、こちらに気付いて駆け寄ってきた。
ハッハッハッハッ ハッハッペロペロ ハッハペロペロ う~んこのペロリスト。
手加減スキルを得たせいなのか、顔を舐めた時に歯が当たらなくなっている。
延々舐められている訳に行かないので、リリーさんにトトを預け、呪文を叫ぶ。
「はぁああああああッッ! ストォーンボォウル!」
俺の言葉で大地が窪み、すり鉢状の一枚岩がせり出してくる。見たか!
これが地魔法を極めし者の力だ。ボランティア活動が捗りそうだ。
「吹き飛べッ! ハイプレッシャアああーー ウぉっしゃあ―――!」
クレーターの中心に降り立った俺の言葉に応え、両手から発射された水の奔流は、
巨大な石のボウルから全ての汚れを消し去った。チリ一つ残さずに。
事前にタバサ先生に借りておいた斧の柄を石の窪みに当て、最後の魔法を発動する。
「これで終わりだ…… ホワイト、ファウンテン!」
言葉と共に白い奔流が迸り、大量の牛乳が石のボウルを満たして行く。
「これが美味しい牛乳魔法です! さあ、味を見ていって下さい」
アイテムボックスから取り出したグラスに牛乳を入れ、皆に配る。
気分はグルメ漫画の生産者だ。
「……見事じゃタロー殿。この牛乳の美味さは五臓六腑にしみわたるのじゃ!」
「タロー様、なんだか体の中から綺麗になるみたいな味がします!」
「うわッ! なにコレ、ご主人様、こんな美味しい牛乳を飲んだのは初めてデス!」
チョッ チャフ チョッ チャフ チョッ チャフ ンフーッ、チョッ チャフ――
「皆さんのお口に合ったようで、生産者冥利に尽きます。心行くまで楽しんで下さい」
トトも一心不乱に牛乳を飲んでいるみたいだな。さて俺も一杯いただくとしよう。
うん。美味い。スッキリしていてコクがあってクドくない。これが牛乳なのか?
斧から出てるから牛乳じゃないよな。斧乳? 何でもいいや美味ければ。
そうだ!いつもお世話になっているスパルタンアント達にも振舞おう。
MP10ポイント分の牛乳はかなりの量だったが、一滴残らず飲み干され牛乳祭りは終了した。
スパルタンアント達は地魔法を残して副業を入れ替えた俺の経験値になり、光と消えた。
消えゆく彼らが、いつもより満足げな顔をしていた気がするのは俺の気のせいだろうか?
まあどうでもいいか、只今より、ウィルベルちゃんの家族救出作戦を開始する。
リリーさんとトトは今回もベンチだ。彼女たちと一緒に行動する為には、装備を整えないといかんね。
「リリーさんはトトと一緒に留守番お願いします。晩御飯には間に合うように帰ってきますので」
「かしこまりました、タロー様。夕食は少し多めに用意しておきますね」
「はい、それで、お願いしますリリーさん。ウィルベル、君の」
「それでは出発しましょう。先生お願いします」
「うむ。タロー殿、わしのやり方をよく見て、しっかり1回で覚えるのじゃぞ!
転移魔法はどうも苦手で、あまり使いたくないのじゃよ」
タバサ先生はそう言って俺とウィルベルちゃんに魔法を使った。
視界の下に半透明の映像が現れた。 何でも視覚を共有する魔法らしい。
行先はウィルベルちゃんしか知らないので、当然の処置かな。結構面倒臭いな転移魔法。
「まず、最初に遠視の魔法で目的地の安全を確認するのじゃ。
これは人も物もなるべく巻き込まないようにする為なんじゃよ
ウィルベル、目的地はこの家で間違いないんじゃな?」
下画面にツリーハウスが見えてきた。華奢な作りに見える。
階段とか無いけどどうやって……あ、空飛んで入るのか!
「はい見えます。そこで間違い無いッス。その木の上にある家が自分の家デス
今ならおかあさん、下で働いている時間なんで、家の中に出るのが安全ッスよ」
「家の中じゃな? 了解した。……こうして家の中を壊さぬよう結界を張って、
結界の中を清めれば準備は終わりじゃ。もう移動しても良いかね2人共?」
「はい。お願いします」
「ヨロシクっす。タバサさん」
「では行くぞ。3、2、1、Go!」
移動は一瞬だった。先程視界の隅に移った部屋の中で俺は宙に浮いている。
なにコレちょっと楽しい。見れば先生とウィルベルちゃんも宙に浮いていた。
つかの間の浮遊感を楽しみ2人はふわりとツリーハウスの床に降り立った。
俺だけ床を突き抜けた。ああ、この家、ハーピー用なのか。
「2人とも逃げてッーー!! 」
暢気に考えていると階下の部屋から、絹を引き裂くような悲鳴が聞こえる!
慌てて声の方向を向くと、落下した木材がエプロン姿の女性と子供達に襲い掛かろうとしていた!
「いかんッ!!」
咄嗟に空気を蹴って先に着地した俺は、無駄に早い動きで破片を一つ残らず回収した。
ふうっ…… 良かった。なんとか親子を守る事が出来た。
「もう大丈夫です。俺は貴方たちを助けに来ました。勇者の山田太郎です!」
恐らくこの女性がウィルベルちゃんの母親で、子供達が兄妹だろう。
危ないところだったが、彼女達を助ける事が出来て良かった。
【ヤマダ・タロウ】【種族:人間】
【勇者LV:035】
【HP:696/696】
【MP:682/682】
【SP:686/686】
【力 :693】【技 :685】
【知力:008】【魔力:683】
【速さ:684】【幸運:681】
【守備:685】【魔防:681】
【地魔法 LV:20/20】
【美味しい牛乳魔法 LV:30/30】
【転移魔法 LV:30/30】
【錬金術 LV:30/30】
【闇魔法 LV:20/20】
【スキル1:経験×30】
【スキル2:鑑定 】
【スキル3:奴隷商人 】
【スキル4:神聖魔法 】
【スキル5:召喚魔法 】




