鬱フラグは勇者に壊される為にある
前回のあらすじ
鼻歌気分のリリーさんに冷水ぶっかけた。
鼻歌を歌っている時のエンカウント率の高さは異常。
でも、ああいう場合、タイミングが悪いだけで、誰も悪くないと思うんですよ。
他人の鼻歌を邪魔しようと思っている人なんて居ませんしね。
「どうしたんだいウィルベル。突然床に座り込んで? 食事の時間だよ?」
勇者らしく立派な話し方をしようと努力しているのだが、我ながらキモい。
爽やかさって、何をどうしたら身に付くのだろうか?
「ご主人様、自分、奴隷なんスけど、ホントに一緒に食べて良いんデスか?
ご飯を食べた後に、お仕置きされたりしません?」
食後のお仕置き。実に良い響きだ。是非やりたい。
いや駄目だ。そんな事をしたら、歯止めが利かなくなる。
この場にブレーキの壊れた勇者を止められる者は居ない。
だから俺は自制しなければならない。
「そんな事をする訳無いだろう。折角のシチューが冷めてしまうから早く食べなさい」
ウィルベルちゃんに食事を摂るよう促し、リリーさん作異世界シチューを口に運ぶ。
んん? クリームシチューのようだが、味噌のような味がする。
人参、玉葱、ジャガイモと豚バラ肉のスライスのような具が豚汁を連想させる。
まあ美味ければ何でもいいや。
「ホントに食べるッスよ? ハムッ ハフはふッ! ご主人様! ご主人様!
このシチュー、お肉が、お肉が入ってますよッ! パンも良い匂いでふわふわで、
奴隷にこんな御馳走を出して良いんスか?、今日は何かのお祝いなんデスか?」
肉が入っている位でこの反応。この子はどんな食生活を送って来たのだろう?
幹部でも碌な物を食べられないなら、その他のモンスター娘さん達はどうしているのか?
何とかしてあげたいけど、手持ちの食糧には限りがあるし。
「いいえウィルベルさん、このシチューは、私の故郷の伝統的な家庭料理ですし、
パンもごく普通の物で、どちらも特別な材料は使っていません」
「へえ、リリーさんの故郷の味なんですか。何か懐かしい味がしますよ」
「ありがとうございます。、味噌を使っているせいかも知れませんね。」
そりゃ味噌もあるよね。200年も経てば郷土料理にもなるか。
異世界味噌は、故郷の味。不思議な感じだね、どうも。
「マジですか? こんな良い物を毎日食べてる人達に勝てる訳無いっスよ……」
軽く落ち込んでいるようだが、食事のスピードが緩む事はない。
手羽に丸パンを挟み、長い腕?を器用に畳んでバターを塗っている。
「良かったなウィルベル。これからは毎日美味しい料理が食べられるぞ。
それでだな、食事をしながらで良いから、魔族の話を聞かせてくれないか?
俺は魔王をどうにかしろ、という依頼を受けて違う世界から召喚されたんだが、
お前を見てると、魔族がそんなに悪い物にも思えないんでね」
決まった! これで彼女の目に『魔族にも分け隔てなく接する、気前のいい』、
俺の姿が焼き付いた筈だ。家族の事なんかで存分に俺を頼るがいい。
無論タダではない。その見返りとして、羽とかを思う存分触らせて貰うがな。
フフフッ! 笑いが止まらん!
「? 聞かせろというなら喋りますけど、そんなに楽しい話にはならないと思うっフよ?」
「構わない。何故オークと争っているのか、どう生活しているのか全部話したまえ。
あとな、食事しながらで良いと言ったが、パンを咥えたまま話すのは止めてくれ」
息子が目を覚ましてしまうのでな。
「つまり、どちらの言い分も正しい。という事ですか、先生?」
「うむ。そうじゃ、間が悪かったんじゃな。魔族だけに!」
……先生の駄洒落は置いといて、ウィルベルちゃんとの話しによると、昔々、
魔王の本拠地である首都フィンブルを中心にして、未曽有の大混乱が起こった。
初代勇者が召喚され、絶対的な支配者だった魔王がこの世から消えた上、
魔王と勇者の戦いの影響で、魔王の居城が一瞬にして更地になってしまったからだ。
その時逃げ出した魔族の残党は、勇者がその地を離れる事を期待していたが、
勇者達は一向に跡地を離れないどころか、オークの集団を引き入れて、
そのまま住み着いてしまったらしい。
魔族的にしてみれば、不法占拠された土地を返せというのは正当な要求だし、
グリンオークにしても、更地から豊かな土地にしたのは自分達だという自負がある。
両方正しくて、どちらも妥協しないなら話が纏まる訳が無い。面倒臭い。
俺なんか武力の高い兀突骨みたいなもんなんだから、どちらも正しいとか難しい話は勘弁して下さい。
幸い、両者共に戦いに嫌気が差していたので、精々小競り合いで済んでいたのだが、
ついに魔王が復活、一度奇襲を成功させていたハボックその他を従え、
グリンオークに攻め入るも、怒り心頭で待ち構えていた勇者パーティーに阻まれた。
魔王が最初に討ち取られ、後は草刈りのような物だったそうだ。
そういう訳で、今も魔族は痩せた土地に縛られているのだが、ハボック以外は土地の奪還を諦めているようだ。
魔王軍最強の魔王が勇者に勝てないのだからそうなるのも当然だろう。
触らぬ勇者に祟り無しという事で、タバサ先生の誘拐を思いついたんだそうだ。
魔法1つで食物の生産量を激増させた実績があり、王国と関係が薄く、
滅多に遭えない座敷童的な存在の為、居なくなっても問題無かろうという事らしい。
「ごちそう様でした。リリーさん、シチュー美味しかったッスよ。
こんな美味しい物生まれて初めて食べたッス。自分、こんな幸せで良いんスかね?
奴隷って、もっと酷い目に遭うものだとばっかり思ってたデスよ」
あんぱん負けたか。ウチの近所なら行列が出来るレベルだったし、まあ当然だな。
「ウィルベルさん、タロー様は魔物を傷付ける事すら躊躇う程お優しい方です。
そんな事にはなりませんよ」
微妙に褒められてない気もするけど、その通りです。虫も殺しません。
と言うか、日本人が躊躇無く殺せる虫って、精々、蚊や蝿くらいじゃないかな?
さて、食事も一段落付いたし、そろそろ情報収集を始めようか。
念話でタバサ先生と相談して、先生ツッコミ、俺フォローの役割分担が決まった。
「ほう、じゃあ何かね、ウィルベル君? わしを攫って扱き使うだけでなく、
更に酷い目に遭わせようとしていた訳かね?」
先生がニヤニヤしながら少し意地悪な質問をする。
「それは誤解っスよ! タバサさんを奴隷にして連れ出そうとしたのは確かデスけど、
……その時点で信用されないッスよね……」
「先生は奴隷にされた訳だし、お怒りは解りますけど、あまり責めないであげて下さい」
「タロー殿。わしも本気で糾弾しようとしている訳ではない。
この娘が命令に従っただけの下っ端だという事くらい、わしも解っておるのじゃ」
「それは酷いッスよ。自分これでも幹部だったんスから……」
ウィルベルちゃんが縋るような目でこっちを見てきたが、心を鬼にしてスルー。
「あっ、リリーさん、食後の飲み物をお願いします」
「かしこまりましたタロー様。用意してきますので、少々お待ち下さいね」
「まずは落ち着いて話を聞いてみましょうよ、先生。
ウィルベル、今からする質問について、嘘を吐いてはいけないよ?
ご家族の安否にも関わる質問だから、君が知っている事を全て話すんだ。
では聞くが、今回のタバサ先生誘拐計画は上からの指示だね?
任務に成功した後は、どうするつもりだったんだい?」
「えっと……上の方の支持で、任務に成功したら、そのまま自分がタバサさんを連れて、
最寄の拠点まで飛んでいく事になっていたッス」
脚で掴んで飛んで行く感じかな?
「大雑把な作戦だな。失敗した場合はどうする手筈になっていたんだ?」
「ご主人様、失敗したら連絡なんて取れないじゃないスか。拠点に辿り着けなければ失敗デスよ?」
「なんじゃそれは? おぬし等、失敗した時の事は考えておらんかったのか?」
タバサ先生が尋ねると、ウィルベルはウン、ウンと首肯した。
「なんと言うか、自分を含めた死天王全員、その場に勇者でも居ない限り、
成功するのが当たり前だと思ってたんデスよ……」
…………なんじゃそりゃ、成功前提で何も考えてなかったって事か。
タバサ先生も、一部の例外を除けば世界最強レベルらしいから、レベルで上回るウィルベルなら成功間違いなし。
という脳筋思考なのか? 魔族は全員アホの子なの? 可愛いな、オイ!
「……つまり、事の成否が直ぐに伝わって、ハボックだったか?
死天王最強の奴が、ここに乗り込んでくるような事は無いんだね?」
「あの人は本拠地を動けないスから、そういう事にはならない筈デスよ」
本拠地から動けないというのは、どういう事だ?
「ハボックと言うのは、襲撃の中心人物なのに、何で生きてたんですか先生?」
「それが、ハボックという奴は回復力に優れていて倒すのが面倒だったのじゃ。
……嘘じゃ。あんなアホでも魔族の中心人物だったからの。
グリンオークを責めぬよう制限を加えて、魔族の相談役として生かしたんじゃ。
魔王と言う支柱を喪った魔族に対するイチローなりの仏心じゃよ」
「そうなんですか」
「そうなんスよ。あの人ちょっとボケて来てるから、その制限が有難いんスよ
ホント、タバサさんには足を向けて眠れないデス」
ボケ勇者は存在した。やはり迷惑な存在なんだな。
「そうか。ウィルベル、魔王軍は見せしめに裏切り者の親族を処刑するのかね?」
「わざわざそんな事しないッスよ。配給を打ち切られるだけで飢え死にデスから」
殺伐としてるな魔王軍。非戦闘員もか。
とてもそんな環境で育ったとは思えない大らかさだ。
「お飲み物をお持ちいたしました」
リリーさんがカートを転がしながら帰ってきて、用意してきたティーセットをテーブルの上に置いた。
人数分のカップにポット、砂糖とミルクその他諸々、あの丼のような物はなんだろう?
「ありがとうございます、リリーさん。何ですその丼は?」
「リリーさん、良い匂いがしますけど、この器は何デスか?」
ウィルベルちゃんが興味津々の顔でどんぶりを眺めている。
「何ってかつ丼です。取り調べにはかつ丼、ですよね、タロー様?」
同意を求められても困るが、初代か先代の仕業なんだろうね。
「そ、うですね。それで合ってます。ウィルベル、その入れ物の中身はカツ丼という料理だ。冷めない内にお上がり」
折角リリーさんが作ってくれたのでスルーする訳にもいかず、ウィルベルに勧めると彼女は丼に飛びついた。
「ご主人様コレも美味しいッスよ! 今まで食べた事のない美味しさデス!」
ウィルベルさん、あなたは食べた事のある物の方が少ないんじゃ……
「ウォッホン! ところで君の家族は何人いるんだい?」
「ふぁ? 家族の数デスか? おかあさんと、弟と妹と自分で4人家族ッス」
「そうか、何十人も居たらどうしようかと思ったが、それ位なら問題ないな。
タバサ先生、ご相談があるんですが、ちょっと耳を貸して貰って良いですか?」
「相談というのはなんじゃな? ふむ……うん……にゃんですと!
……まさか、そんな決断をするとはの、このタバサの眼を持ってしても見抜けんかったわ……
此処も元々は、勇者の為の施設じゃし、人助けの為ならば仕方あるまい。好きに使うが良い」
「タバサ先生、ありがとうございます。それでは紅茶を飲んでから出発しましょう!」
「今から出るのかねタロー殿? わし、外に来ていく服が無いんじゃが」
知らんがな。賢者ならなんかあるでしょ。見栄えのするローブとか何とか。
「お出かけですか、タロー様? 一体どちらへ?」
「先生にはさっき説明したんですが、ウィルベルの家族を救う為、全員奴隷にして保護する事にしました。
さあ、ウィルベル、ご家族を迎えに行こう。君の実家に行くのにはどれ位の時間が掛かる?」
「えー……ご主人様、家族を保護して貰えるのはありがたいんスけど、チビ達は働けるような歳じゃないんス。
それにおかあさんの怪我も……」
「安心しろウィルベル、お前のご主人様は勇者だ。子供に労働を強いるつもりは無い。
それに母親の怪我も、酷くなければ神聖魔法で治してやれるだろう(多分)。
お前は何の心配もせず、超弩級戦艦に乗ったつもりで笑顔でいれば良い」
カッコいい啖呵を吐いても、難なく実現できる。勇者って凄いよ、現実に勝てる。
勇者になって良かった。今の俺は、俺史上最高にカッコいい俺だと思う。
「マジっスかご主人様? おかあさん、怪我で飛べなくなってから塞ぎ込みがちだったんスよ。
死ぬ気で案内させて貰うっス。ただ、ここからウチまで最低7日は掛かるッス。
言っときますケド、自分、こんな大勢を一度に運ぶのは無理デスよ?」
いや、最初からそんな無茶を頼む気は無いから。
アニメやゲームで、空中に投げ出された仲間を回収したが、重量オーバーで落下。
みたいなシーンは割とあるが、ああいうのですら緊急回避だ。
か弱いハーピーちゃんに3人連れて飛び続けろ。なんて、言う訳が無い。
「う~ん。流石にそんなに長い時間を掛ける訳には行かないな。
そういう言う訳なんで、転移魔法を教えて下さい。タバサ先生」




