はじめての奴隷契約◆
前回のあらすじ
誰も入れない筈の空間に宅配便が届いた。
「あのー、ここがタバサさんのご自宅で、そちらの猫さん、貴女がタバサさんご本人で間違い無いッスよね?
アビシニア商人ギルドの、キムリック・ホッパーフィールドさんからお届け物なんデスけど」
突然現れ、俺と先生の話に割って入ったハーピー娘は、面食らっている俺に目もくれず、タバサ先生に向かって一方的に捲し立てる。
スルーされるのは慣れているが、不可侵の筈の此処にモンスターが居るのはおかしい気がしたので、念話で先生に確認する。
(タバサ先生、確か此処にはメダルを持っている人間しか入れないんじゃありませんでした? セキュリティ緩いんじゃないすか?)
(死角など無いぞタロー殿、ハーピー急便には元々メダルを渡してあるのじゃ。わし程の有名人にもなると、各国からの勧誘やら何やらの対応などしていられんのでな。予め往復の料金を出させ、興が乗った物のみに、返事をする事を了承させておるのじゃ)
(うわぁ、なんか大物っぽいですね、タバサ先生。普段の様子からだと、想像も出来ませんよ)
(……タロー殿、お主、わしの事勘違いしとらんか? 例え、大国の王が相手でも、3度待たせてお咎めなし、という程のビッグネームじゃよ、わしは。)
自分で言うかな? まあ文化の違いなんだろうし、そういうものだと納得しよう。
「うむ。遠路はるばるご苦労じゃったな。わしが大賢者のタバサじゃ。コレを飲んで一息入れるが良い」
タバサ先生はアイテムボックスから取り出したガラス瓶を、ハーピー娘に投げ渡す。
が、相手はハーピー、手が羽根になっているせいで上手く受け取れず、零れ落ちた瓶は地面に落ちた。
その上、偶々有った石にぶつかり瓶が割れてしまった。
先生は無言で同じ物をもう1つ取り出すと、今度は手渡しで、蓋を開けた瓶を渡した。
割れた瓶は足で触れて回収したようだ。
「あざーっす、早速頂かせて頂きますデス」
俺は、先生が執拗に勧めるガラス瓶の中身に興味を抱いた。
なんとなく鑑定してみると、中味は自白剤入りのグレープジュースだった。
先生何やってるんすか? 慎重なのは解りますけど、ちょっと露骨過ぎませんかね?
(タロー殿、荷物の心当たりはあるんじゃが、魔王軍の罠の可能性もある。わしが言いと言うまで、勇者だという事は伏せておいて欲しい)
「ひょっ? あ、私はタバサ先生の弟子でタローという者です。よろしくお願いします。宅配便のおねーさん」
急に話し掛けられて変な声が出てしまった。念話で話す時は、いきなり本文じゃなく、合図か何かを設定した方が良さそうだ。
「? あ、自己紹介してなかったッスね。自分は、ウィルベルと言います。ヨロシクお願いするッス」
ハーピー娘さん改め、ウィルベルさんは、自白剤を一息に飲み干し、ガラス瓶の置き場に困って視線を泳がせていたが、少し逡巡した後に名前を名乗ってくれた。
「……さて、念の為にメダルと送り状を見せてくれぬか? 瓶はその辺に置いて置くが良い」
ウィルベルさんは、首に掛けたメダルをこちらに見えるように掲げると、胸元に仕舞って背負っていた円筒形のカバンを地面に下ろした。
カバンの中からクリップボードに挟まった羊皮紙をつまみ出すと、タバサ先生の前に広げ、人差し指と小指に当たる羽根で、2箇所を器用に指差す。
「このメダルで中に入れるって聞いて来ました。これが荷物で、これが送り状ッス。ここと、ここにサイン頂けるとありがたいんデスけど」
タバサ先生は、荷物を改めると、送り状を食い入るように見つめている。俺の為に気を使ってくれていると思うと、くすぐったい物がある。俺個人というより、勇者が大事なのは解るんだけど勘違いさせておいて欲しい。
「うむ、荷物も注文通りじゃし、この封蝋と筆跡、キムリックのもので間違いないようじゃ。その2箇所にサインするのじゃな……」
タバサ先生がサインをしようとした、ちょうどその時、さっきまでレベル上げをしていたリリーさんが、カートを押して現れた。タイヤに草絡んだりしないんだな、あのカート。
「お話中に失礼します。冷たい飲み物と、おしぼりをお持ちしました」
リリーさんの登場で、サインしようとしたタバサ先生の手が止まった時、一瞬、舌打ちしたように見えた。俺も一応警戒しておくか。
「ありがとうございます、リリーさん。今日は、そうだな……ハチミツレモンを下さい」
「おお。ちょうど喉が渇いてリンゴジュースが飲みたくなったところじゃ。リリー嬢ちゃんはいつも良いタイミングで来るの。それで、訓練は終わったのかね?」
訓練を開始してから幾らも経っていないので終わっている訳は無いのだが、何か考えがあっての事だろう。気にしない事にした。
「いいえ、タバサ様。訓練の方は丁度折り返し地点を過ぎたところですが、お客様の姿をお見かけしたもので、こちらを優先いたしました」
「そうか、気を使わせてスマンの。宅配便のお嬢ちゃんは、何か飲まんのかね? 外は暑いじゃろ? ここで水分を補給していくと良いぞ」
「アザーっす。それじゃあメイドさん、この水筒一杯に冷たい水を貰えますかね?」
ウィルベルさんは腰に付けていた2本の水筒を外して、リリーさんに渡した。飛脚とかそういう類の仕事だろうから水は大事ですよね。
「かしこまりました。直ぐにご用意させていただきます」
(タロー殿、わしがサインを書いた後に不審な動きがあるようなら、こ奴を確保するのじゃ)
「待たせてスマンの。ここにサインをすればいいんじゃったな?」
タバサ先生がサラサラとサインすると、喜色満面になったウィルベルさんが、先生の小さな背中をバシバシと叩く。
「アザーッス! おかげさまで一仕事終わったッスよ。大賢者タバサさん!」
羽根だからそんなに痛くは無いんだろうが、結構大きな音がするもんだね。
「なんじゃ急に、人の背中を叩きおって、まあよい、ご苦労じゃったな。もう帰って良いぞ?」
「イヤイヤイヤイヤ、メイドさんや、お弟子さんは良いけど、タバサさんには一緒に来て貰わないと困るんスよ。その為に、さようなら栄光の日々、こんにちは奴隷人生って感じで、奴隷になって貰ったんスから」
「な、なんじゃとー、わしより高レベルでも無い限り、そんな事は出来ない筈なんじゃよ。弟子とメイドは助けてやって欲しいのじゃー」
えー、こんなので騙される奴居る訳ないじゃないですか先生、200年も何やってたんすか? 少しは演技の勉強もして下さいよ……
(うるさいわ。タロー殿、リリー嬢ちゃん、適当に話を合わせて、情報を引き出してから捕獲するのじゃ)
聞こえてるんすか? 他人の思考を覗き見するのはプライバシーの侵害だと思いますよ先生。
「フフフ、驚くのも無理は無いんスけどね。自分の名はウィルベル・ヴィント、魔王軍死天王の第三位、疾風ウィルベル・ヴィントっすよ。レベル36の自分に掛かれば、かつての勇者の仲間もタカナシでしたな」
うわ、ダッサ。何、死天王って、絶対、捻らない方が良いよ。良いじゃん四天王で。それに第三位ってケツから2番目じゃん。レベル36って普通に弱いし、自分で疾風って。
こちらの内心など知る由もない湿布のウィルベルさんは、勝ち誇ったように胸を張り、鼻をスピスピ言わせてドヤ顔をしている。
「俺達をどうするつもりだ……手荒な真似は止めてくれないか?」
必死に笑いを堪えながら、質問を投げかける。笑っちゃいけない時に限って、笑いがこみ上げてくるのは何でなんだ?
「こちらはタバサさんだけ居ればいいんで、余計な事をしなければ手荒な真似はしないッス」
割と人道的な奴だな。ここは風の衝撃波とかを飛ばして服を切り裂いたりする所じゃないのか?
「……どうやってわしを上回る力を手に入れたんじゃ? 人は職業レベル、魔族は種族レベルという違いこそあれ、その限界は共に、20から30で違いは無い筈じゃ!」
「それが違うんス。最近、魔王軍ではレベルの限界を超える方法が編み出されたんすよ!」
そんなものがあるなんて話が違う。勇者の優位が揺るがないというから来てるんですよ?
「な、なんですってー、第三位でレベル36なんて、有り得ませんわ。上位の魔物でもレベルの限界は30の筈です。一体どうやってそんな力を手に入れたというのですか? 後学の為に教えて頂けませんか?」
「ふふん。勇者が呼べないあんた等に負ける理由も無いし、教えてあげるッスよ。死天王の筆頭、ハボック様の研究成果によって職に就く事が出来るようになり、より強くなれるようになったんデス」
「という事は勇者に匹敵するような魔物が続々と生まれてしまう訳ですか? ウィルベルさん」
そうではない事を願いながら確認する。同格以上がポンポン出てくるようなら、最悪魔王退治を投げ出して、日本に帰る事も考えねばなるまい。
「魔王様の限界がレベル180なのに、そんな訳無いじゃないスか……アンタ本当に賢者の弟子なんスか?」
「弟子には常に最悪の事態を想定するよう教えておる。賢者はパーティーで一番冷静でないと勤まらんからのう」
先生とは話が合いそうだ。先代勇者が俺と違う日本から来たのでなければ、だが。
「要するに、上位種が上級職に就けば60レベルになるという事っスよ。早目の降伏をお勧めするッス」
なんだ、その程度か楽勝じゃないか。心配して損したわ。
「ふ~ん。じゃあその、筆頭の人のレベルも60位で打ち止めですよね。絶対勝てないって程じゃないんじゃないですか?」
「いんや、自分が言うのも情けない話だけど、ハボック様は他の死天王とは格が違うッス。あの方のレベル、138ッスから」
なん……だと……
ハボックという奴のレベルは今の俺より高いし、上位種30+上級職30で最大60レベルという、この世界の限界にも当て嵌まらない。
もし勇者と同じ条件だとすると、俺の優位性など無くなってしまう。
どう考えてもこっちの経験が長い方が有利だ。
魔王軍に協力して、先生とリリーさんの安全を取るか、それとも全て捨てて逃げ出すか?
そんな事を真剣に考えていたら、タバサ先生からGOサインが出た。
(タロー殿、必要な情報は集まったのじゃ。サクッと気絶させて奴隷にでもしてしまえば良いぞ)
(今の俺より強いんですよ? 俺と同じで差が開く一方じゃないですか?)
(ハボックの事か? アレは大昔から居る魔王軍の重鎮で、生まれた時から、魔王の勇者という職に付いておったそうじゃ。そのレベルに制限が無いだけじゃから、タロー殿が成長すれば問題の無い相手じゃよ)
先生によると200年前と較べて3レベル分強くなっているらしい。
良かった。俺にはリリーさんと先生を守る力が有ったんだ。
「驚いて声も出ないッスか? 別に恥じる事は無いッス。自分も、あの方の前に出る時は、前日から緊張してるんスよ」
俺達が絶句しているように見えたのか、ウィルベルさんは俺を気遣うようにフォローを入れてきた。
上の方がコレなら、魔族もそんなに悪い奴等でもないんじゃないかな。
少しほっこりした気分で、ウィルベルさんに腹パンを叩き込んだ。
「ピギッ!?」
っと一声鳴いてウィルベルさんは昏倒した。
セーラー服の女の子が腹部を押さえて倒れている絵面から、そこはかとなく犯罪臭がするが、正当防衛だから何も問題は無い。
「それでは、私は訓練に戻ります。タロー様、ウィルベルさんが目覚めたら、この水筒を渡してあげて下さい」
「はい。リリーさん、訓練で無理はしないで下さいね」
一旦厨房に戻るリリーさんを見送った俺は、気絶したウィルベルを前に悩んでいる。
敵対した魔族を奴隷にして無力化するのは当初の予定通りなのだが、その為に、何をどうすれば良いのか解らないからだ。
ここは拉致被害者の救出の為に、契約魔法を覚えたという、タバサ先生に助言を求めよう。それしかない。
「で、先生、彼女をど、ど、ド、ド、奴隷にするのには、その、どうすれば良いんですか?」
勿論、奴隷にしたからと言って、権力を笠に着て、性行為を強要したりしない。
それじゃ俺の方が、余程魔王みたいじゃないか。
「うむ。こ奴はわしを騙して奴隷にしようとしたからの。それが勇者への敵対行為と見なされるから、タロー殿が思うような契約が出来るぞい」
先生、心が揺らぐような事を言わないで下さい。自制心が砕けてしまいます。
「いきなり好きにしろと言われても困るじゃろうから、標準的な条件に必要な物を足して行けば、良いんじゃないかのう?」
「奴隷は主人に危害を加えてはならない」
「奴隷は主人の命令に服従しなければならない」
「1、2に反さない限り、奴隷は自己を守らなければならない」
というのが基本セットで、これにオプションを付けて行くものらしい。
主人以外はどうでもいいと言う訳だな。それじゃ駄目だろう。
「先生、基本の契約だけだと、味方を攻撃されそうです」
「タロー殿は、奴隷商人を極めておるからな。後から変更する事も出来るし、とりあえずは、パーティーメンバーへの攻撃を禁止しておけば良いんじゃないかね?」
「じゃあ、時間も無いんでそれで行きます。【契約】」
【ウィルベル】【タローの奴隷】
【種族:ハイハーピーLV:28】
【職業:奴隷商人LV:8】
【HP:48/48】
【MP:18/18】
【SP:/36】
【力 :24】【技 :26】
【知力:03】【魔力:14】
【速さ:32】【幸運:40】
【守備:21】【魔防:18】
【スキル1:超回避 】
【スキル2: 】
【スキル3: 】
【スキル4: 】
【スキル5: 】
彼女の失敗を知って、死天王の筆頭とやらが動き出すと積むので、さっさと契約してしまった。
こう、初めて奴隷を得た感慨とか、ご主人様素敵。抱いて。とかそういうのとは程遠い感じだな。
これで、ウィルベルさんは危険じゃ無くなったから、急いで俺のレベルを上げないとね。




