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謎の侵入者◆

 前回のあらすじ

 朝食後の会話でリリーさんが仲間に加わった。


 先代の勇者は、戦闘力を付ける前に倒してしまえ、と考えた魔族に到着早々襲撃されたという。

 魔王なんて物は置物のように死を待つのが仕事の筈だ。

 先制攻撃で勇者を倒そうとするなんて、魔王としてどうなんだとも考えたが、自分が魔族側なら同じことをするだろう。


 今回は先制攻撃を避ける為、こちらに来て早々に、タバサ先生の不思議空間に移動して修行をしている訳だが、此処から出た時に襲撃を受ける可能性は否定できない。

 もし、魔族の襲撃を受けた場合、勇者の俺やトト、タバサ先生は相手が魔王でもない限り問題は無いらしいが、リリーさんは危ない。

 この国にはオークしかいないので、魔王退治のパーティーメンバーはリリーさんとタバサ先生以外、全てオークだろう。

 貴重な癒し要員であるリリーさんを、巻き添え事故で喪わない為に、急遽レベリングを行う事になった。


 準備しないといけない事があるので、俺と先生は先に出る事にした。

 リリーさんは朝食の後片付けをしてからトトを連れてくる手筈になっている。

 2人でピンクのドアを潜る。攻撃範囲の把握をしないといけない


 タバサ先生が魔法で作ったドッグランの方へ出た。

 

 「そういえば、昨日タバサ先生が呼んだスパルタンアントですか? あれ、身体かデカいから300匹も出したら、折角作ったドッグランが壊れてしまうんじゃないですか?」


 昨日の訓練の時、一度に30体の巨大蟻を召喚したせいで、射撃練習場がすし詰め状態になった事を思い出し、ここに呼んで良いものか先生に尋ねた。 


「うむ。一度に300匹もの蟻が現れれば、ドッグランも、リリーちゃんの精神力も木っ端微塵じゃろう。自分より大きい物に囲まれるのは辛いからの」


「ある程度分けて呼んだ方が良いですかね?」


「タバサ様! ここは景色も綺麗で、日差しが気持ち良いですね! それに、まるで外にいるみたいに、いい風が吹いています!」 


 トトを連れて、辺りを眺めながら歩いて来たリリーさんが、尻尾をブンブンと振りながら興奮した様子で話しかける。

 作り物とは思えない景色に感銘を受けたようだ。


「それはそうじゃろう。以前の反省を踏まえ、次代の勇者に気分良く訓練してもらう為に苦心して環境を整えたのじゃ。見た目はタダの野原に見えるがひと工夫してあっての、こうして寝転がっても服が汚れる事はないんじゃよ。いい感じじゃろ?」


 タバサ先生はそう言いながら前方に倒れ込んだ。なるほど趣味と実益を兼ねている訳ですな。猫だけにお昼寝大好きという訳だ。

 そういえば他の部屋も室内というか、結界内なのに、朝の陽射しを感じたし、窓から風が吹いていたけど、一体どういう仕組みなんだろう? 


「本当ですね! 」


 見るとリリーさんも草の上で仰向けに寝転んでいる。後方に倒れこむようになったのか、前髪が持ち上がっておでこが見えている。

 2人共、気持ちよさそうにくつろいでいる。トトは最初から伏せていた。長い物には巻かれる主義だし、汚れない芝生の感触は気になる。

 俺も寝転がる事にしよう………………






「ハッハッハッハッハッハッハッハッ」


 トトに顔中を舐めまわされて目が覚めた。あー、そうか寝ちゃったかー。 

 気が付くと夕方になっていた。夕焼けって綺麗だな。こっちの太陽も赤いんだな。太陽か?

 周囲を見回してみたが、とリリーさんとタバサ先生も今起きたような顔をしている。

挿絵(By みてみん)

「おお、タロー殿も起きたようじゃな。わしも今起きた所じゃ。見事なもんじゃろう?」


 


「申し訳ありませんタロー様、つい良い気持ちになって気が付いたらこんな時間でした」


 メイドさんのうっかりミスは許す。そういうものですよ。


「気にしないで下さいリリーさん、こんな陽気じゃ誰でも眠りたくなるってもんですよ。それにしても先生、これちょっと危険ですね……陽射しが気持ちよくて、横になると完全に寝ちゃいますよ?」


「うむ、そう褒めるでない。ここに来るだけで寝不足とは無縁になれる癒しスポットじゃ。大したものじゃろう。ただ、今は魔王復活に備え力を付けねばならぬ時期故、横になれんのが残念じゃ」


「タバサ様、横にならなければ大丈夫ですよ。気を取り直して今から訓練しましょう。まだ取り返せます」


「そうですねリリーさん、まだ夕方だから幾らでも訓練できますよねアハハ」


「そうじゃな。時間が勿体無いからサッサと始めるとしよう。リリーちゃんよ、これを渡しておくから自由に使ってよいぞ」


 先生はストレージからチェーンソードを取り出してリリーさんに手渡した。幾ら協力的だとは言え、4トントラックに比肩する大きさを持つスパルタンアントを斬るには、武器が必須。その点この武器なら申し分ないだろう。


「タバサ様、これは?」


「テキサスと叫べば神すら切り裂く魔法の剣じゃ、刃が回転している時に触れると、触った所が千切れてしまうから気を付けて使うのじゃよ」


「まあ、タバサ様ありがとうございます。気を付けて使わせていただきますわ」


 俺、先生にそんな説明された覚えがないなあ。


「それじゃあ、今から蟻を呼びますね。リリーさん準備は良いですか?」


 この後、俺自身の訓練もあるので、手早くリリーさんの分を呼ぼうとしたが先生に呼び止められた。


「はい。大丈夫です。タロー様、よろしくお願いします!」


「すまん、ちょっと待つのじゃタロー殿、1つ言い忘れた事があるのじゃ」


「気にしないで下さい。それで言い忘れた事とはなんなのですか?」


「召喚魔法を使う時は、サブ職を前に極めた職にセットし直すのじゃ。召喚獣のレベルは、召喚者のレベルに比例して高くなるからの」


「そういう仕組みなんですか。了解しました。…………セットしましたんで、呼びますよ、スパルタンアント召喚!」


 俺の召喚に答えて500メートル位先の平地に、黄金色の外殻を持ち、真っ赤な羽を纏った巨大な蟻の大集団が姿を現した。

 地球防衛軍で見慣れた光景だが、リアルだと迫力が違う。ギチギチギチギチ ギチギチギチギチと蟻の鳴き声が五月蠅い。

 あんなデカいのを離れた所に出せるのは冷静に考えると、かなりヤバい能力だな。


「よく来たな。早速で申し訳ないが、2匹ずつこちらに来て、このメイドさんと犬の経験値になってくれ。すまんね」 


 俺がそう口にすると、任せておけといった風情で、群れの中心にいる頭飾りがある個体がこちらに向かって手を振る。すると群れから2匹の蟻が走り寄ってきた。トラック並の大きさと結構なスピードが相まって正直怖い。スパルタンアントは、あっという間に500メートル移動して目の前で止まった。 


「先生、蟻の頭が入る程度の大きさの穴を2つ作って貰えますか? そのままだと少し高さが有り過ぎるのでちょうどいい位置に首が来るようにしたいんです」


「よし来た。まだタロー殿は属性魔法が使えんからの、存分にわしに頼るがいいぞ。ほれ、わしが呪えばあっという間に穴2つじゃ」


 この世界は魔法の詠唱が存在しない、訳ではなく、確かタバサ先生のような達人級だと必要ないんだったな、という事は魔族がノーモーションで魔法を使う可能性があるという事か。


「よし、お前たちこの穴に頭を入れて、首を落とし易いように差し出すんだ。終わったら次の者が前に出るようにな」


 2匹のスパルタンアントは俺の指示通り、地面に開いた穴に首を差し入れ時を処刑を待つ、いや、死なないけども。


「さあ、お待たせしました。リリーさん、トト、張り切ってやっちゃって下さい」


「は、はい、わかりました。えーと、テキサス」


 リリーさんがキーワードを唱えるとチェーンソードの刃が高速で回転を始める。ソードというか、異様に刃渡りが長いチェンソーだな。

リリーさんがそれをスパルタンアントの首に当てると何の抵抗もなく首を切断する。

しかし、身を守る為とは言え、無抵抗の相手を一方的に切り刻むというのはどうなんだろう。犠牲者が出ないという事で割り切る他は無い。


「タロー様、私出来ました!」


 尻尾をブンブン振り回し、褒めて褒めてといった様子で、子供みたいにはしゃぐ姿は微笑ましいものだ。

 返り血を浴びていなければだが。今のところリリーさんの様子に変調は無いので見なかった事にして経験を積んで貰おう。 


「やりますね。リリーさん、その調子でガンガンレベル上げていきましょう!」

 

 召喚獣のモツはすぐ消えるからマシけど、これから戦うだろう魔族相手ではそうもいかない。

 正直血を見たくないのが最初に有って、契約魔法で全部奴隷にすればいいという発想に至ったのだが、リリーさんや、先生は相手を殺さずに屈服させる事が出来ない。

 先生は大丈夫だろうけど、リリーさんが、レイプ目で淡々と相手を殺す冷血メイドとかになったら凄い嫌なので、なんとかしてあげたい。 


「リリーさんと違って、トトは完全にビビっちゃってますね、先生なんとかなりませんかね?」


 まあ、車が来たら避けるというのが染みついているのだから、巨大蟻に向かっていかないのは道理なんだが、トトにもレベルアップして貰わないと困る。


「スライヌを呼んで説得させてみるかの。何か注文はあるかの?」


「暴れイヌみたいになると困るので、あまり好戦的な性格にならないようにして貰えますか? それと人間への攻撃はさせないで下さい」


「心得た。それで説得させてみるが少し時間が掛かると思うのじゃ。戦力不足はタロー殿がフォローしてやっておくれ」


 先生がスライヌトレーナーを呼びだすと、そのままトトの側に寄って行って説得を始めた。トトは戸惑ったような顔をしている。

 無理もない。生まれてから3年平和に暮らしてきたんだから、急に戦えと言われても困惑するだろう。

 決断はゆっくりでいい。むしろ、戦わないで良いぞトト。


「それにしても先生、あの起動ワードなんとかならなかったんですか? かなりカッコ悪いんですけど」


「そういう苦情はあれを作ったイチローに言ってやってくれ」


 自分の訓練もせず、タバサ先生と話していると、突然、目の前に巨大な鳥が舞い降りた。イヤ、鳥じゃない。

 鳥のような手足をした人だ。昔の戦闘機のパイロットが被ってそうな、もふもふのフライトキャップとゴーグルを身に付けている。

 背中には円柱状のバッグを背負っている。羽ばたきを邪魔しないための配慮だろうか?


「こんちわーッス、ハーピー急便っス。御届け物をお持ちしましたー。こちらタバサさんの自宅で間違いないっスね? よろしければ、こちらにサインお願いしますッス」

 

 こちらの世界で初めて見たモンスター娘は早口なハーピーさんでした。

 アレ? ここは勇者のメダルを持ってないと入れないんじゃなかったっけ? 



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