リリーさん覚悟を決める。◆
前回のあらすじ
耳と尻尾と肉球を触る権利を得た。
朝の散歩を終えた俺達3人と1匹は、ピンクのドアから例の食堂に入った。
リリーさんはキッチンで朝食の支度をしている。トトはリリーさんについて行ってこちらに見向きもしない。
時折、野菜の切れ端等を貰っているようだ。異世界人と言えど、犬好きの感情は万国共通なのかも知れない。
一方、俺は、タバサ先生の耳の触り心地を堪能している。
先生の耳はビロードのような手触りで、実に心地いい。
なんとなくビロードと言ったが、体育館のカーテンとか、ピアノに掛かっている布とか、ああいうのをイメージして欲しい。
微妙に違うかもしれない。
とにかくウチのトトさんと比較してオイリーな感じがしない。
「タバサ先生、どこかかゆい所はありませんか?」
先生を傷付けないように慎重に耳を触る。
ついでに頭もなでなでしたい所だが、残念ながら契約に入っていない。
それにしても良い感触だ。
「……んっ……特にないのじゃ……」
目を瞑って『んっ』とか言われるとエロい気持ちがムクムクと頭をもたげてくる。
タバサ先生のような猫娘さんや、リリーさんみたいな犬娘さん、その他諸々の人外娘さん達と戯れる一般向けのゲームを何処かが作らないもんかね?
エロゲーで無く、あくまで一般向けでないといけない、立派にメイン食材たり得る人外娘さん達の萌え要素が、エロの為の前座になってしまう可能性が高いからだ。
「タバサ先生、奇麗な毛並みですね。何か、特別な手入れをしているんですか?」
こっちに来る前は、獣人さん達の耳や肉球を思う存分、なでなでモミモミしたいと思っていた。俺は夢を叶えたんだ。
ハーピーとかの鳥系のモン娘の羽根の手入れして、ヘブン状態にするゲームなら、昨今増加傾向にあるエロチキンレースゲームよりは、KENZENなのではないだろうか?
「……ぅむ……世辞をいうでない……特別な事はしておらぬぞ。風呂には毎日入っておるが、それだけじゃな……」
お風呂か、獣人には毛があるから、お風呂も大丈夫。じゃない、脱線し過ぎた。
「お風呂があるんですか? やっぱり勇者王さんが広めたのです?」
「いや、勇者が伝えたのは事実なんじゃが、初代様の方じゃ。ウロコダイン様じゃよ」
ウロコダイン、ワニキか、ワニキはよく飲茶と比較されるけど、あの2人は役割が全く違う。
飲茶は居ても居なくても大勢に代わりは無い。彼は戦闘でも私生活でもかませ犬だ。
それに対して、ワニキが居なければ、あのパーティーは何度か全滅しているはずだ。
そんな2人を同列に扱うのはナンセンスというものだ。
「そうなんですか、今度一緒にお風呂に入りませんか? 背中を流しますよ」
「いらんよ。全く、年寄りをからかいよって。背中くらい自分で流せるわい」
違います。あなたを泡塗れにしたいだけです。誤解しないで下さい。
等と口に出来る筈も無く、先生と雑談をしながら思う存分、耳を撫でまくった。
最初はこんなもんだろうな。
「……ん……ふぅ……タロー殿、耳の内側はデリケートな部分なんで、あんまり触られるとアレなんで、その、そろそろ勘弁してもらいたいんじゃが、駄目かの?」
上目遣いで顔を赤らめたタバサ先生から、消極的な打ち止めサインが出た。良いね、その恥じらいの表情、素敵ですよ!
先生との身長差で、何時でも上目遣いをいただけるのもありがたい。
「そうですね。解りました。今日のところは、コレくらいにして置きましょう。先生ありがとうございました」
「うむ…………いや、ちょっとまってくれぬか、タロー殿? 今日のところと言うのは、どういう意味なんじゃ?」
「やだなぁ先生、さっき言ってくれたじゃないですか! 耳と肉球と尻尾程度なら、幾らでも触るが良いって。毎日の楽しみが出来て感謝してるんですよ、俺は」
「わし、そんな事言ったかの? さっきはニートの件で焦っていて、口が滑ってしまったのじゃ、取消させて……」
「先生、本当にありがとうございます。先生の耳を触ったおかげで、俺が守らなきゃいけない平和の尊さなんかが解った気がします。これからもよろしくお願いします」
撤回されそうになったので、先生が取り消したいと言い切る前にまくし立てた。人の話に、途中で割り込むのは良くないと思うが、今回の場合は介入せざるを得ない。何せ、俺の心のオアシスが掛かっているのだから。
「お、おう。ま、任せるがよい」
先生に触れていると、亡くなった猫を思い出します、と言おうと思ったが、ウチには亡くなった猫は居ない。嘘は駄目だ。それに、『なんじゃ、わしは飼い猫の代わりか』、などと思われては発展は無い。
歳をとらない先生にとって、何十年か程度なら大した時間ではないし、別に俺が独占してもかまわんだろう。いや、それでは駄目だな。先生を残して俺が死ぬ、というのは無いな。どうにかして、寿命なんて関係ない存在にならないとね。
……どうも、皮算用をする癖が直らない。猫嫁ゲットの妄想を現実にする為には、先生がこの国を捨ててでも俺に着いて来たくなるレベルのメリットを提示をしないといかんだろう。
「タロー様、タバサ様、お食事の準備が整いました」
こっちに来てから殆ど妄想して過ごしている俺に、ワゴンを押しながら現れたリリーさんに声を掛けられた。当然、トトも一緒だ。後からついて来て大人しく座っている。
ベーコンエッグにグリーンサラダ、それに紅茶か、焼きたてのパンの香りが食欲をそそる。そして、料理が3人分と、トト用のボウルがある。
戦闘力はトトの方が高い筈だが、リリーさんは完全にトトをコントロールしていた。
「ありがとう、リリーさん。料理が3人分ありますけど、一緒に食事をするという事ですか?」
「はい。タバサ様のお言いつけで、食事は皆で食べたいとおっしゃって、それで、ご一緒させていただく事になりました。ご迷惑でしたか?」
「アッハッハ! やだな、リリーさん。迷惑な訳ありませんよ。先生の言う通り、食事は皆で食べた方が美味しいですし、会話のきっかけにもなるじゃないですか。大歓迎です!」
先生グッジョブ! 俺の立場だと、仕事は止めて、一緒に食事しましょうとは言い辛いもんな。確か、仕事を奪う事になるとか、ならないとか言って揉め事になる。おっぱいを揉める事なら歓迎するんだが。
「お主ら、折角の朝食が冷めてしまうぞ。早くいただこうではないか、常盤金成じゃよ」
「常盤金成ですね、タバサ様。頂きましょう」
「そうじゃな。トトにも料理を出してやるのじゃ。長い事、オア漬けを食わされていたのじゃろ?」
先生に促され、リリーさんはトトのボウルを床に置いた。トトはすぐに餌を食べず、こちらを伺っている。誰この犬?
「お待たせしましたトトさん。どうぞ召し上がれ」
リリーさんからのゴーサインが出ると、トトは一心不乱にボウルの中身を食べ始めた。良かった家のトトだ。
「何ですか、そのトキワカネナリというのは?」
「なんじゃタロー殿、勇者の癖に常盤金成も知らんのか? 常盤金成というのは、じゃな……」
タバサ先生が常盤金成について語りだそうという時に、リリーさんが声を発した。
「ご馳走様でした」
速い! リリーさんは団らんとか、語らいとかそういう物をまとめてブッ千切って、既に食事を食べ終えてしまっている。
食事の速さはトトと良い勝負だ。ただ、人種の違いも有るので、不作法と咎める訳には行かないだろう。現に先生は気にしていない。
タバサ先生が語った常盤金成の話は要約すると、こういう事だった。
常盤金成|(1568年~1662年) 勇者王の名で知られる先代の勇者ストーム・イチローの故国、ジパング国の大将軍、今川小倉守カスタードに古くから仕え、もっとも早くダイミョーへ出世した人物である。
兵は神速を尊ぶという、諺を具現化したような武将で、あらゆる戦場で一番乗りを果たし、綿密な調査に裏打ちされた大胆な采配で、常に目覚ましい戦果を挙げた。戦国の世を駆け抜けた金成だったが、若死にする事は無く、94歳の大往生を遂げた。
この事から、状況を見極め、迅速に行動する事を指して常盤金成と言うようになった。 五十嵐書房『常盤金成 勇将に学ぶ生存戦略』より抜粋。
うーん、この勇者王が、違う日本から来たのか、単にふざけてるだけなのか、確認する術がないのは地味にストレスだなぁ。
共通の話題を見つけたと思ったら、実は相手は違う話をしていたかのような違和感があって気持ち悪い。
「リリーさん、御馳走様でした。ところで、タバサ先生ちょっと質問して良いですか?」
「ええよ~。なんじゃねタロー殿?」
自分の手のひらを舐めながら、気の抜けたお返事。流石達人タバサ先生、脱力はお手の物だ。
「俺とトトはレベル上がりましたけど、リリーさんはレベルがそのままなんで、リリーさんのレベル上げに協力したいと思いまして。
待ち伏せされると、彼女が一番危ない訳じゃないですか。その為に、先生のスパルタンアント召喚を教えて貰いたいなぁと、愚考した次第です」
「……もう、使えるんじゃよ。勇者は倒した召喚獣を呼べるようになるのじゃ。普通、長年掛けて信頼関係を築いてやっと呼べるようになるのに、1匹倒しただけのイチローに簡単に召喚法を習得されて、当時のわしはマジ泣きしたのじゃ」
「……なんというか、有難味がない話ですね……」
「私は魔王復活までの短期間で出来るだけの備えをした方が良いと思います。あの、時間の短縮にもなる訳ですし、良い事だとおもいますよ?」
フォローをありがとうリリーさん。
「うむ。良く言った。わしの見立てじゃと、リリーちゃんがメイド戦士を極める為には、スパルタンアント147匹程度の犠牲が必要なのじゃ。タロー殿、訓練所に移動してから300匹くらい出してあげなさい。パーティー編成を忘れんようにの」
【リリー】【種族:犬人族】
【職業:メイド戦士LV:09】
【HP:26/26】
【MP:06/06】
【SP:12/12】
【力 :11】【技 :09】
【知力:09】【魔力:07】
【速さ:13】【幸運:06】
【守備:11】【魔防:09】
【スキル1:室内戦闘】
【スキル2:応急手当】
【スキル3: 】
【スキル4: 】
【スキル5: 】
ふむ。必要なアリの数は解らないが、開発者向けの便利機能か何かがあるんだろう。気にしないことにしよう。
「はっ? えっ? 私ですか? それに147匹を残りはどうするんですか?」
メイド戦士なんていうのもあるのか。確か最初の説明だと、勇者が就ける職業が多過ぎて辟易して、興味を持った職種しか出ないようにメニューを改造したと言っていたな。俺がメイド戦士を選ぶとメイド男か。
「召喚魔法ではタロー殿の魔力を1割も使わんよ。残りはトトの餌じゃな。リリーちゃんよ、わし等では、タロー殿の隣に立って戦う事は出来ん。却って邪魔になってしまうからの。だが、勇者は強いが人間なんじゃ。精神的に追い詰められる事もある。その時がわし等の出番なんじゃ意味は解るな?」
「はい」
「勇者の仲間と言っても、わし等に出来るのは食事や寝床を用意する事ぐらいじゃ。だが、それが、わし等の仕事なんじゃよ。勇者の心を守るのが仲間の務め。心して掛かるのじゃ」
「はい。こちらに来た時から覚悟は出来ています。タロー様、誠心誠意務めさせていただきます。宜しくお願いします! 足手まといになるようであれば容赦なく切り捨てて下さい!」
「だから、切り捨てませんて。貴女もこの国も俺が守って見せます。大船に乗ったつもりで任せてください!!」
「こうして、偶に良い事を言って、勇者殿にさりげなく友好をアピールするのも大切な仕事なんじゃよ?」
おどけてそういうタバサ先生と微笑みを浮かべる俺達を見て、話が終わったのを察知したトトは先生に飛びついた。空気が読める子だな。
リリーさんと先生の身長差はこれくらいです。




