黒歴史◆
前回までのあらすじ
夕食を楽しんで、初日にレベル上げをした理由を知った。
寝室で横になりながら、今日一日の出来事をを振り返る。
それにしても、この国に来てからは驚きの連続だったな。昨日の朝、テントで目覚めたら、格ゲーのRIKISHIのような体格をした半裸のオーク達に囲まれていた。アレがボディービルダーか何かなら、まだ耐えられただろうが、全身緑色で下顎から牙が生えてる奴なんて見た事無いし、おしっこ漏らしそうだった。
それで、話の通じる人に会いたいと願ったら、その連中よりも一回りデカいデュークさんが目の前に来て、おしっこチビりながら応対するハメになった。せっかく異世界に来たのに、到着早々家に帰りたくなったわ。 まあ、あの人がくれた指輪のおかげで、リリーさんやタバサ先生と話が出来るんだし、感謝しておくべきだな。あと、見た目が怖いので会話時間が短かくて助かりました。
その後、デュークさんの部下と一緒に来たリリーさんに出会った。犬系獣人(イヌヒトと言うらしい)のリリーさんは、大きいのに可愛い女だ。身長差の問題で、顔の前におっぱいが有るのもポイントが高い。おっぱいを見ながら話しても、失礼に当たらないからだ。
彼女の魅力を何と言って表せばいいのだろうか? リリーさんはメイドさんなので、杓子定規な喋り方をしているが、ゆったりとしたテンポで話しをしているので、受ける印象がとても柔らかい。おっぱいと肉球も柔らかそうに見える。俺の立場でおっぱいを触れば立派なパワハラだが、肉球を触らせてもらうくらいならセーフではないだろうか?
リリーさんの輝く瞳からは、滲み出る優しさと、確かな信頼、それに、俺への好意を感じる。 だから肉球を触らせて貰う位なら大丈夫な筈だ。握手を求めるのは自然。
リアルの大女には一片の興味も無かったのに、リリーさんを見た途端に一目惚れしていた。彼女は、こんな所来なきゃ良かったかなと思っていた俺の後悔を、鎧袖一触で葬り去ってしまった。ある意味、この国と俺の救世主ですな。ありがとうリリーさん。
リリーさんに続く俺の癒しになったのが、タバサ先生だ。こちらはリリーさんとは正反対で、体が小さくて可愛い。身長は1メートルちょっと。 170センチの俺のヘソ辺りまでしかないので、先生の近くに立つと犯罪臭が凄い。
先生の髪型は、市松人形のような黒髪のおかっぱ頭で、ゴメン、市松人形に可愛いイメージが無かった。ただの黒髪おかっぱ頭でお願いします。全身が雪のように白い体毛で覆われていて、やや吊り上った卵形の青い大きな目が印象的だ。
小さな両手には、ピンクの肉球があってとても触りたい。それと尻尾に茶色と黒の斑模様がある。ファンタジー世界の住人の癖に、なんとなく和猫のような印象を受ける。
今の彼女は、エルフが着ていそうな緑色の半袖の上着と、ズボンを履いている。最初に見た時はコレに加えて、帽子と外套を羽織っていた。当然ながら露出はゼロだ。
だが、それがいい。命の取り合いで、裸同然の格好で弱点を晒して戦う馬鹿が何処にいるというのか。 居ても良いんだけど、魔法職はでっけぇ帽子を被ったり、ジャラジャラアクセサリーを付けたりして着飾って欲しいのだ。
これは俺個人の趣味なので、当然異論は認める。サーペントの何とかさんとかを否定する意図は無い。もう寝よう。
「明日に備えて寝るか…………」
二十数年の人生を、モブキャラ一筋で過ごしてきた人間が、一躍主役の座に躍り出た事による精神的な疲労は、思いのほか大きかった。
一緒に部屋に来たリリーさん達の事も、トイレシートを出す事も、すっかり忘れる程に、そして俺は夢も見ずに眠った。
俺は窓から差し込んできた朝の陽射しで眠りから覚めた。
だが、まだ眠い。目を瞑ったまま、手足の指を結んでひらいて、グッパ、グッパと揉み解す。
続いて日課の犬呼吸、体内に新鮮な空気を取り込む。口を開けて舌を出し、ハッハッハッハッと浅い口呼吸を100回繰り返す。
両耳の上部を親指と人差し指で摘んで上に3回、親指と中指でへこんだ部分を摘み3回、最後に親指と人差し指で耳たぶをホールドして下に3回引っ張った。
目覚めの儀式を行い暫くすると、頭が覚めてくる。
……この寝室がある部屋ってどうなっているんだろう? 新鮮な空気とか朝の陽射しがあるのはおかしい気がする。
「おはようございます勇者様、先程からトトさんがお待ちかねですよ」
俺の名前を呼ぶリリーさん、それと同時に顔をペロペロと執拗に舐められた。俺の奇行全部見られてるじゃないですか。
「ふあぁぁぁ。あ、リリーさんおはようございます。朝、急に起き上がると危険だという識者の言により、すぐには起きられないんですよ。『ハッハッハッハッ ハッハッハッハッ』すいません顔を舐めないで下さい」
トトのジャンピング頭突き風の顔ペロを片手で裁きつつ、口を塞いで欠伸をしながら言い訳をした。メイドさんに起こされるシチュエーションがトトの乱入で台無しだ。
「トトさんは本当に勇者様が大好きなんですね。勇者様、トトさんはお散歩に連れて行って欲しいと仰っているみたいですよ?」
いたずらっぽい表情のリリーさんがトトの気持ちを代弁した。ひょっとしたら本当に話が通じている可能性もあるのかな?
「リリーさん、昨日は疲れて先に寝てしまいましたが、トトは大人しくしていましたか? 」
「はい。勇者様、トトさんは手の掛からない子ですね。ドッグランから連れて来られた時も、とても落ち着いていました」
普段どおりのトトなら、そんな訳は無い。そういえば、トトも手加減覚えるための訓練をしたんだった。ステータス見てみるか。
【トト】【種族:犬】【勇者LV:029】
【HP:062/062】
【MP:066/066】
【SP:069/069】
【力 :060】【技 :062】
【知力:059】【魔力:056】
【速さ:069】【幸運:065】
【守備:059】【魔防:058】
【スキル1:自宅警備】
【スキル2:経験×30】
【スキル3: 】
【スキル4: 】
【スキル5: 】
俺よりレベルは高い。けど、やっぱり一点集中型は損だな。元々戦わせるつもりはないし、ステータスはどうでもいい。
そんな事より、訓練で落ち着きが出るというのは意外だった。期待してない効果が出ると嬉しいね。
「そうか~、初対面の人と一緒でも大人しくしてたか。頑張ってレベル上げたみたいだし、トトは偉いなぁ」
「あ、そうだ。リリーさん、出来れば俺の事は、名前で呼んでくれませんか? その、勇者と呼ばれるのは……ちょっとくすぐったくってね。気安く名前で呼んでほしいんですよ」
よし、言ったった。嫌味にならないように、呼ばれ慣れていない事を理由にしたし、さん付けでも、様付でも良いという選択肢も用意した。これで勝てる!!
「まあ、そうなんですか? 解りました。それでは、これからはタロー様と呼ばせていただきますね」
リリーさんはニッコリ微笑んで俺の名前を呼んでくれた。太郎という名を。 YES! アイアム勇者ヤマダタロー!!
「タロー殿、わしも散歩に付き合ってやってもいいんじゃよ?」
何故か、タバサ先生も乗っかってきた。 YES! ロリータ パイタッチ!!
「じゃあ、みんなで散歩に行きましょう! ヒャッハー! ダブルデードだあー!!」
イカン、イカン、名前を呼ばれてテンションが上がり過ぎてしまった。これは散歩だ。ダブルデートでもなんでもない。俺に好意的な女性に、名前で呼ばれるというのはやはり嬉しいものだ。呪いが掛かったら嫌だから偽名を名乗ったが、タローという読みだけは本名と同じ。つまり名字だけ偽名を名乗れば、名前を呼んで貰う事が出来る。 これ豆な。
みんなも異世界に呼ばれて偽名を名乗る時は名字だけ変えたらいいと思うよ。
3人+1匹でピンクのドアをくぐり、昨日ドッグランを作った所に出た。こちらの世界の事を教えて貰いながら散歩を楽しむ。
話がタバサ先生の事に及ぶとリリーさんのテンションは上がり、先生は露骨に嫌そうな顔をした。うーむ、これは良くない雰囲気だな。正直に言うと俺はどちらにも好かれたいのだ。こういう時は、どうしたらいいんだろう。
「へえーッ! タバサ先生って凄い人だったんですね。リリーさん」
「はい。そうなんですタロー様。タバサ様は凄いんです!」
(タロー殿、タロー殿! ちょっとお願いがあるんじゃが、聞いてもらえるかのう?)
タバサ先生が念話で話しかけてきた。
(お願いってなんですか先生? 俺に出来る事なら大体の事はやりますよ。それなりの対価は頂きますがね)
「タバサ様は魔道具の制作や、新しい魔法書等で得た私財を惜しげもなく投じて12か国で孤児院を設立し、今でも多額の援助を続けているのです」
(むーッ タロー殿、抜け目ないのう。一体何が欲しいんじゃ? 金かね? なんちて)
(先生、俺は貴女から金を取ろうなんて考えていません。オレに耳と尻尾と肉球を触る権利を下さい。孤児院に援助ですか立派な志だと思います)
「…………どんなでも、タバサ様は常に弱き者の味方であり続けたんです。」
(なんじゃそれは? まあよい。そんなもの幾らでも触るがよいわ。その代り、ニートの本当の意味を言わないでいて欲しいのじゃ)
(契約成立ですね。)
その後も続いたリリーさんの話だと、先代勇者と共に戦った大賢者、タバサ先生はその功績を認められ、宮廷魔術師筆頭に任ぜられた凄い人らしい。
だが、人間関係が面倒だとの理由で早々に職を辞し、魔法の研究と趣味の人助けをしながら、200年近く定職に就かず自由を謳歌していたそうだ。
ある時急に思い立った先生は、この世の理不尽を粉砕すると宣言し、邪魔をするなら自慢の魔法でゴブリンから王様まで、何でもぶん殴ってみせると豪語して実行した。
らしい。
「世界を変える魔法を発明しても決して驕らず、平和の為に戦う世界最強のニート姫。それが大賢者タバサ様なのです」
こちらの世界でニートという言葉は神聖視されている。勇者王がニートという単語を、信念の為に戦う戦士の称号だと広めたからだ。
タバサ先生の活躍を、芝居掛かったジェスチャーを交えて心底嬉しそうに話すリリーさん。(あれは多分、芝居で観たポーズなんだろう)と、黒歴史を掘り起こされ、身悶えするタバサ先生。2人を眺めてニヤニヤしている俺。昨日は興奮してそれ処じゃなかったが今日の俺は落ち着いている。
彼女達を思う存分観察させて貰ったおかげで、親指が退化して、飾りのようになっている地球の犬猫との違いに気付いた。人間タイプの親指がある。ファンタジーと言ったら剣や盾を使って戦うんだから、殊更強調するような事じゃないですよね。すいません。
「……ごほん。タロー殿……今日からお主の弱点を無くすべく補強訓練を行うのじゃが、タロー殿、不安に思っておる事は無いかの?」
「そうですね……向こうの世界、いや俺の国では、迂闊に戦闘行為を行うとすぐに逮捕されるようになっています」
「うむ。イチローも最初は苦労しておったよ。」
「手加減も覚えたので、自分を守る事は出来ると思いますけど、大人数に大声を出されたり、不意に襲われたりすると咄嗟に動けないと思うんですよ」
「私も大きな音を聞くと、思わず固まってしまう事があります。」
「アンッ アンッ アンアン」
なんだねチミ? 同意してるのかねトト君。
「そこで、人間に近いタイプで集団モンスターが居れば、苦手意識を払拭できると思います」
「うむ。タロー殿の注文にピッタリの召喚獣がおるぞ。じゃが、とりあえず戻って食事にしようじゃないか。わし、緊張して腹が減ったのじゃ」
「話早いですね。有難いです。後で約束の件お願いしますね先生」
「タロー様、気合十分ですね。微力ですが、私もお手伝いします」
楽しみだなあ。耳と尻尾と肉球。




