たのしい夕食
前回のあらすじ
蟻の体液を浴びて記憶が飛んだ。
旨いな。家のカレー味だ。
黄金カレー中辛みたいなルーに、大きめに切った鶏肉。それに、人参とたまねぎとジャガイモ。これだけあればカレーは成立するんだよ。ルーが同じなら家のカレーと言っても良いだろう。スパイスの調合から始める家は、まず無いだろうし。
ちょっと待て。訓練場に居たはずの俺が、何でカレーを食っている?
蟻の体液を頭から被ったと思った次の瞬間、俺は場末のフードコートのような場所で、パイプ椅子に座ってカレーを食べていた。
今の俺は、ゆったりとした灰色のローブに身を包んでいる。一体、いつ着替えたのだろうか? 訓練場でスパルタンアントの首を刎ねて、噴出した体液を浴びた所までしか記憶が無い。そこから、カレーを口にした今までの記憶がスッポリと抜け落ちている。
記憶が無いのに、服が変わっているという事は、もしかして、逆レ○プされたか?
なんて事をしてくれたんだ、タバサ先生! そういうメモリアルイベントは、起きている時にして下さいよ!
俺は自分から誘う勇気は無いけど、言ってくれれば何時でも受け入れるのに。最初はリリーさんと結婚する予定だが、此処は異世界だから重婚もOKだろう。
先生、責任とって結婚して下さい。
なんてな、妄想は置いといて、冷めたら勿体無いし、カレーを食べながら自分の状態を確認しよう。
【ヤマダ・タロウ】【種族:人間】【勇者LV:021】
【HP:256/256】【MP:242/242】【SP:246/246】
【力 :253】【技 :245】【知力:008】
【魔力:243】【速さ:244】【幸運:241】
【守備:245】【魔防:241】
【奴隷商人LV:20/20】【スキル1:経験×30】
【神聖魔法LV:20/20】【スキル2:鑑定 】
【召喚魔法LV:20/20】【スキル3: 】
【付与魔法LV:20/20】【スキル4: 】
【死霊魔術LV:20/20】【スキル5: 】
一般職のレベルが最大まで上がってる。
スパルタンアント1体で19×6レベル分の経験値になったとは思えない。1体だけではなく、あの場に呼ばれた30体全てを倒したと考えるのが自然か。
どこかの勇者みたいに寝ながら戦ったのかね? まあ、強くなれれば何でもいいや、獲得したスキルを見てみるかな!
パーティー編成、出力調整、手加減攻撃、好感度+10
奴隷商人、危険察知、幸運+2、奴隷商人M
神聖魔法、死霊ダメージ+、魔防+2、神聖魔法M
召喚魔法、製図、魔力+2、召喚魔法M
付与魔法、魔力感知、技+2、付与魔法M
死霊魔術、感染症無効、早さ+2、死霊魔術M
よしッ! 念願の手加減を手に入れたぞ! え~、出力調整は、人や物を壊さないように、自動的に力を調整するスキルか。これで、自分から壊す気にならなければ、握手した人の手や、ドアノブを握り潰すような事は無い。
手加減攻撃は、打撃や魔法で、相手のHPを0以下にすればダメージを与えた相手を殺さず無力化出来る。らしい。 魔法でも適用されるのはどういう原理なんだ?
好感度アップは……+10が高いのか、低いのか、よく解らん。
勇者のスキル以外は全体的にショボいなぁ。製図って何だよ? 魔法陣を描くのに便利? これは基本職だから微妙なのか?
特に強化系のスキルにはガッカリだ。けど、死霊魔術の感染症無効は助かるな。術者が感染してゾンビになったら笑えないしね。
あ、カレーが無くなった。リリーさんご馳走様でした。
「リリーちゃんよ、わしは堅苦しいのが苦手なのじゃ。もう少し肩の力を抜いてくれると嬉しいんじゃよ?」
「はい。かしこまりました。お任せください。タバサ様」
背後から今一つ噛み合わない会話が聞こえたので振り向くと、こちらに歩いてくるタバサ先生とリリーさんの姿が見えた。先生が運んでいる料理を見る限り、この世界の猫飯は、カツオブシかけごはんでは無いようだ。
「お、タロー殿、ようやくお目覚めかの?」
「おはようございますタバサ先生」
「お疲れ様でした。勇者様、冷たいお飲み物とサラダはいかがですか?」
リリーさん、そのワゴン。新幹線の車内販売みたいですね。
「リリーさん、ご馳走様でした。カレー美味しかったです。サラダを下さい。それと水をお願いします。先生も立ってないで座って下さい」
「そうさせて貰うかの。リリーちゃん、わしはミルクを1杯頼む」
「かしこまりました。ご用意させていただきます」
リリーさんは飲み物を用意してサラダを取り分けている。その間にタバサ先生は、ふよふよと空中を移動して、俺の正面の席に着地した。どうやって人間サイズの椅子に座るのかと思ったら飛ぶんですか。
「先生、訓練場から記憶が飛んでるんですけど、俺、最初の蟻を斬った後に何かおかしな事しませんでした?」
「うむ。蟻の体液を頭から被った後に、突然倒れたんじゃよ。様子を見に近付くと何事も無かったように立ち上がって一言も発せず残りのスパルタンアントを斬っておったが、終わった途端にまた倒れたので、此処に連れて来たという訳じゃ」
「……そうだったんですか、心配かけて申し訳ないです。それでレベルが上がってるんですね。どちらが服を着替えさせてくれたんですか?」
取り分けて貰ったサラダをモシャモシャと咀嚼し、飲み込んでから話を続ける。
「お召し物は蟻の体液で汚れておりましたので、クリーニングをして後程お返しいたします、お急ぎでしたら代わりの服をご用意いたしますがどうなさいますか?」
「着替えは大目に持ってきているので大丈夫です。服はリリーさんが着替えさせてくれたんですか?」
「いいえ、私ではありません、タバサ様の召喚魔法です」
「お主を着替えさせたのは、わしの召喚獣じゃよ。で、どうじゃね、タロー殿? 世界最強になった感想は?」
タバサ先生が、ご飯の山に刺さっていた小さな旗を弄びながら聞いてきた。漢字で五十嵐と書いてある。勇者王さんの名字かな?
「あ、そうなんですか。召喚獣万能ですね。う~ん、世界一と言われてもカレーを食べてただけなんで実感がありませんね。それより先生、あの蟻の召喚獣は、首を切られて噴水のように体液が出てましたけど、本当に死んでないんですか?」
「ああ、彼奴等は死後も戦い続ける契約をしておるから、死にたくとも死ねないそうじゃ」
「それ、もっと寒いところの話じゃないんですか?」
「似たような話は何処にでも転がっておるものじゃよ。」
そんなものですかねぇ。死後に戦い続けるって話は良くあるし、本人が言うならそういうものなんだろう。それで納得しよう。
「ところで、トトは今どうしてます?」
「トトさんは遊び疲れてしまったようで、寝室でお休み中です。こちらへお連れしましょうか?」
何故馬小屋なんだ?
「それなら、いや、寝かせておいてやって下さい。アレも疲れているでしょうから」
元々の睡眠時間が長いし、人が多いと気配りし過ぎてダウンするからな。寝かして置いた方が良いだろう。
「タバサ先生ちょっと教えてもらいたいんですけど、何故こちらに来たその日に、レベルを上げる必要があったんです? 此処なら魔族も入って来られないし、俺を守るだけなら、この中にいるだけで目的は適うんじゃないですか?」
「最初にレベルを上げてしまうのは、国の人間にタロー殿を侮らない為でもあるんじゃよ。この国はオークの国じゃから、わし以外に直接勇者の力を見た者おらぬ。死んでおるからの。タロー殿の成長前の姿を見て勘違いする者を出さぬ為に必要な処置なのじゃ」
「この訓練に、そのような意味があったのですか、勇者様がこの世界の住人と比較にならない程強ければ、比較する気自体が起こらないという事ですね。良いお考えだと思います」
「確かに、最初から今の力を持っていれば、侮られる事はないでしょうね。まともな人間なら、猛獣に喧嘩を売ろうとは思いませんからね」
リリーさんがコクコクと頭を上下させて相槌を打つ。リリーさんは犬系だけど消極的だな。それともメイドだから空気読んでるのかな?
「幸い、この国の民の暮らしを一変させた先代の偉業は、歴史的快挙として今も語り継がれておるから、グリンオークの民は勇者に対して、強い敬意を持っておるのじゃが、勝手な勇者像を押し付けて、都合よく使おうとする馬鹿者も出て来るからの。勇者は凄まじい力を持った普通の人間だ。と認識させるのが一番手っ取り早いのじゃ」
漫画や小説がアニメ化したり、アイドルがブレイクすると、昔から応援していたから俺の方が新参より上、とかアイドルはウンコしません。みたいな事を言う奴が偶にいるけど、アレの酷いバージョンが一杯沸くようなものか。権力を持ってる貴族なんかにやられたらたまらんよな。
「それは……勇者王さんの実体験から来てるんですか?」
「うむ。イチローも人が良いから、魔王を倒した後に『ワールドツアーの始まりだぜ!』と言って海の向こうの国で人助けを始めたんじゃが、尾ひれの付いた噂で聖人のように便利使いされてしもうてな、傷心のイチローは逃げ帰ったグリンオークで、ゴリラに捕まったという訳じゃ」
先生は、ゴリラさんをよく思ってないというより、勇者王さんが好きだったという事かな。
「それで200年以上の修練の成果を2時間で抜かれたんじゃよ? タロー殿、少しは、慰めてくれてもバチは当たらんのではないか?」
「あの、何というか、勇者ですいません。代わりに俺と結婚しましょう」
「五月蠅い! 小さいからって馬鹿にすんなッ! 三角定規ぶつけんぞッ!」
なにか逆鱗に触れるような事を言ってしまったようだ。タバサ先生を素で怒らせてしまった。割と本心なんだけどね。小さいのもご褒美だし。
「……冗談じゃ。200年も前の話を引き摺ってはおらんよ。真に受けるでないわ。勇者の出鱈目振りはイチローで知っておるから今更ヘコまぬのじゃ。そういう理由で謁見までに、もうちょっと強くなってもらうからの」
「はい。話は変わりますけど、一般職のレベルが上限まで上がったので、タバサ先生のように賢者になりたいのですが、どうすればなれますか?」
「…………地、水、火、風、光、闇の属性魔法を全て極めると空間魔法と時魔法、錬金術を学べるようになるのじゃ。その3つを最大レベルまで鍛える事で道が開けるのじゃよ。適当にスキルと副業をセットしてみるがよい」
そうじゃないかとは思っていたが、やはり魔法を一通り極めないと賢者にはなれないのか。
【ヤマダ・タロウ】【種族:人間】【勇者LV:021】
【HP:256/256】【MP:242/242】【SP:246/246】
【力 :253】【技 :245】【知力:008】
【魔力:243】【速さ:244】【幸運:241】
【守備:245】【魔防:241】
【地魔法 LV:01/20】【スキル1:経験×30】
【水魔法 LV:01/20】【スキル2:鑑定 】
【火魔法 LV:01/20】【スキル3:奴隷商人 】
【風魔法 LV:01/20】【スキル4:神聖魔法 】
【光魔法 LV:01/20】【スキル5:召喚魔法 】
ん?
ステータスが下がってない気がする。確か勇者レベル+副業6つの合計が勇者の強さという事だった筈だが……
「タバサ先生、副業を変えたんですけどステータス下りませんよ? 合計が勇者の強さになるって聞いた気がするんですけどー?」
「………………勇者のステータスは基本上がりっぱじゃよ。わしのステータスなんて、転職を繰り返して限界を超えても、一番高いので40しかないのに。世の中不公平なのじゃ」
先生、先生が不貞腐れてしまいました。どうにかして下さい。俺は救いを求めてリリーさんの方を見る。
「えー、タバサ様の説明に捕捉させていただきます。勇者様がおっしゃったのは、契約魔法等の基準となるトータルレベルの事です。自分と同等レベルの相手は契約魔法で隷属させる事が出来ません。現在の勇者様のトータルレベルは、副業を入れ替える前の121から26に下った状態です。現在の構成で万が一、魔族に敗北した場合、勇者様は魔族の戦利品として持ち帰られてしまいます」
今の状態で敗北すると、どこかの勇者のように「あひぃぃぃぃぃ」とか、「ふあぁぁぁぁぁ」とか言う羽目になるという事か。見てる分には良いがアレは無理だ。
「リリーさん、負けなければ良い訳ですよね?」
「はい。その通りです。現在でも実質121レベル分の強さなので、魔王が出てこない限り、勇者様が戦闘で敗北する事は有り得ないと思います」
「そういう事なんですか、良かった。寝てる間に魔法を掛けられると駄目な場合は夜眠れなくなるんじゃないかと思って、余計な心配しちゃいましたよ」
「そういう事じゃ。今の力じゃと魔王に勝つのは厳しいんでな。明日からは、もっとレベルを上げて貰うぞ」
お、タバサ先生復活した。でも、眠そうな顔をしているなぁ。先生の顔を見てたら俺も眠たくなってきたぜ……
「解りました。俺も死にたくないですからね。それじゃあ先生、今日はもう寝ましょう」
「うむ。そうしようかの。タロー殿、リリーちゃん、寝室に移動して、トトと一緒に寝ようではないか」
「はい、かしこまりました。ご一緒させていただきます」
例によってタバサ先生の取り出したピンクのドアから寝室に移動した。
見知らぬ部屋で長時間放置されたらマーキングしてるんじゃないかと、少し心配だったが、トトは大人しくと眠っていたようだ。こやつめ、レベルが上がって一皮むけたようだな。
気持ちよさそうに眠ってやがる。トイレシート出してとっとと寝るとしよう。それでは皆さん、お休みなさい。




