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初めてのレベルアップ

 前回までのあらすじ

 この国にはオークしかいない事が発覚した。


 みなさんこんばんわ。

 この度、晴れて無職を脱出した勇者山田太郎(やまだたろう)です。

 俺は今、タバサ先生作の即席ドッグランで走り回るトトを眺めてます。

 飛ぶように走っていて嬉しそうだ。ああいう所を見ると、飛行犬の写真を撮ってみたくなるな! 


 レベル上がって俺の動きが早くなれば一発撮り出来るかな?

 カメラがついてこれないか。全力で走っている所を動画に撮って、一時停止すれば似たような絵は見れるけど何か違うもんね。


「ハッ ハッ ハッ ハッ ハフゴッ ンゴワッ」


 考え事をしていたせいで、興奮したトトの接近に気付くのが遅れた。

 普段は割りと落ち着いているトトだが、興奮すると頭突きをするような勢いで顔を舐めに来るので、歯が当たって痛い。

 全くしつけが悪いな。誰だこんな育て方をしたのは。


 ひとしきり俺の顔を舐めると、トトは巡回警備の仕事に戻って行った。

 三つ子の魂百までって言うけど、犬の3歳は人間で言うと28歳に相当するから一生このままかも知れんね。

 他人に飛びつく事が無いのは救いかな、駄目飼い主ですまぬ。


「トト、喉渇いたでしょ? お水飲みなさい。お水」


 自由に走り回る愛犬に声を掛け、アイテムボックスからボウルを取り出して水を注いだ。

 しばらくするとトトが駆け寄ってきて勢い良く水を飲んだ。喉が渇いていたみたいだな。たんとおあがり。


 両手で水を(すく)う姿勢をとり、手の平から水を出して顔を洗った。

 いやあ、いつでも顔を洗えるから幾ら顔を舐められても平気。素晴らしいね。

 タオルで顔を拭きながら振り返ると、こちらを見ていたタバサ先生と眼が合った。






「あのう、タバサ先生1つ質問させて貰っても良いですか?」


「なんじゃねタロー殿?」


「レベルアップについて教えて貰いたいんですが、確か、勇者はこちらの世界の人間と比較にならない程強くなるというお話でしたよね?

 このままレベルを上げると力加減が出来ないまま強くなってしまって、ご迷惑をお掛けするのではないかと思いまして。何か対策をご存知ありませんか?」


「うん? 何か考え込んでいると思ったら、そんな事を心配しておったのか?」


「はい。このまま俺とトトが成長すると周りの被害が大変な事になりそうなんで、何か対策をと思いまして、先生は勇者王さんと一緒に旅をしていたんですよね?

 力を制御する方法をご存知ありませんか?」


「勿論知っておる。勇者としてのレベルを上げればよい。安全対策は勇者のスキルで完璧じゃからの」


「なるほど、だから勇者はレベルが上がるまで此処で缶詰にされるんですね。

 俺はそれでいいとして、トトの方の対策があれば教えて下さい」


「なんじゃタロー殿、まだ気付いておらんのか?

 お主の犬のステータスを見てみるがいい。わしの言っている意味が解る筈じゃよ」


 そういえば後で見るつもりで忘れていたな。

 豆粒大に見える距離にいるトトに視線を合わせると普通ステータスを見る事ができた。


【トト】【種族:犬】

【勇者LV:001】

【HP:006/006】

【MP:000/000】

【SP:003/003】

【力 :004】【技 :006】

【知力:003】【魔力:000】

【速さ:013】【幸運:009】

【守備:003】【魔防:002】

【スキル1:自宅警備】

【スキル2:経験×30】

【スキル3:    】

【スキル4:    】

【スキル5:    】


 ……犬なのに勇者か。

 能力の欄も俺と同じように3桁まで表示があって、速さが俺の3倍。

 それに自宅警備員か、24時間勤務でキャリア3年だもん、スキルくらい付くわな。

 なんというか、役に立たなそうなスキルだな。


「……タバサ先生、勇者っていうのは1人じゃないんですか? 」


「わしも、お主らが来るまではそう考えておったのじゃ。不思議な事もあるもんじゃの」


「まさか、同じ犬族から勇者が出るなんて思いませんでした!」


全然違う種族だと思うけど、喜んでいるところにわざわざ水を差す事も無いから黙っておこう。


「わしとタロー殿、トトはこれより訓練を開始する。

 今日中に力の制御を身に付けて貰うからの。

 ああ、メイドのお嬢ちゃんは夕餉の支度をするがよい、ほれ、このドアから移動するのじゃ」


 タバサ先生はドアを取り出した。

今度のピンクドアには『居酒屋ダイニングNEKO’Sキッチン』という看板が取り付けられている。

……突っ込まないよ。


「先生、この、どこでもドアは1つにまとめられないんですか?」


「どこでもドア? なんじゃねそれは?

 タロー殿、ピンクドアは1つ触媒を2つに分けて、その引き合う力を利用して転移する座標を特定しているのじゃ。

 複数の触媒を使ったら何処に繋げば良いのか解らなくなってしまうじゃろう?」


「そういうものですか」


「そういうものなのじゃ。

 とにかく作りが単純な方が安全なんじゃよ。

 転移魔法の草創期には、転移先の座標がズレて膝から下が地面と同化したり、通りすがりの虫が脳に入って命を落とすような事故が多発したそうじゃ。

 今は対策が練られ事故も激減したが、わしは怖くて使えん。だから用途に応じた複数のピンクドアを所持しておるのじゃ」


「それは……怖いですね。急に相手の背後に出たりすると格好いいかな程度の憧れはあったんですけど、俺も使いたくなくなりました」


「そうじゃろう、そうじゃろう。その点このピンクドアは開けるだけで転移先の様子を確認でき何も不安は無い。

 メイドちゃんは安心して夕餉の支度をするがよいぞ」


「はい、お心遣い恐れ入ります。誠心誠意勤めさせていただきます。

 勇者様、タバサ様、ご夕食のメニューに何かご希望はございませんか?」


「う~ん。メイドちゃん、さっきから気になってたんじゃけど、口調が固すぎやせんかの?」


「はい? 硬過ぎると申されましても……解りました。頑張ってみます」


「タバサ先生、いきなり口調を変えろと言われても、言われた方は困りますよ。

 序々に打ち解けていけば良いじゃないですか。メイドちゃんではなく名前を呼んでみると良いんじゃないですか?

 本の受け売りですけど」


「そういうものか。すまんかったのリリー殿、他人と話しをするのも久々でな。

 わしには猫飯(ねこまんま)を頼む」


「リリーさん俺は貴女の手料理なら何でも、と言いたい所ですが、昼に牛丼を食べたので軽めの物をお願いします。

 それとトトには油の少ない肉と、トマトを切った物を」


「キャン キャウン」


「かしこまりました。すぐにお作りしますね」


 リリーさんはにっこり笑ってリクエストを聞くと、ピンクのドアをくぐりダイニングキッチンへ入っていった。

 まだ5時なんですけど少し気が早過ぎませんかね?


「さあタロー殿、わし等も夕餉の前に一仕事しようではないか」


「先生、俺達は今日この世界に来たばかりですし、そんなに急いで訓練を始めなくても良いんじゃないですか?」


 今日は朝からオークに囲まれたり、メイドさんと会話したり、にゃんこ先生に気を使ったりして疲れたから眠ってしまいたい。

 明日から頑張ろう。


「タロー殿はそれでも良いが、相方の方はそうも行くまいよ。もうレベルが1つ上がったしの」


「なんですと! 魔物を倒した訳でもないのに何故トトのレベルが上がって俺はそのままなんですか?」


「勇者はあらゆる行動の経験効率が30倍になるからの。勇者一本に絞って、常に索敵と移動を繰り返しているトトのレベルがタロー殿より先に上がるのは至極当然じゃろう。

 とは言え、このままではスキル獲得が夕餉の時間に間に合わんから、裏技を使うのじゃ! スライヌ召喚」


 タバサ先生の適当な呼び声に答えるように魔方陣が描かれ、光の中からお座りポーズのスラッとした犬現れた。

 なるほど。目には目を、犬を鍛えるには犬を、という事か。


「タバサ先生、彼が裏技という奴ですか。随分と賢そうに見えますね」


「うむ。こ奴はスライヌトレーナー。召喚獣じゃ。タロー殿の世界で言うカリスマ訓練士といった者じゃな。

 よいかスライヌよ。お主の使命は、そこの鼻ペチャを手加減を覚えるレベルにまで鍛え上げる事じゃ。

 それとこの世界の一般常識を教えてやるのじゃよ?」


 召喚獣スラっとした犬、スライヌトレーナーはワンッとひと声鳴くと、トトの方へ走って行った。

 2匹の犬はお互いに尻の臭いを嗅ぎ合うと、早速組み合って犬レスリングを始めた。

 まずトレーナーが見本を見せ、次にトトが実践して反省点を話し合うという至って普通のトレーニング風景が繰り広げられている。

 彼に任せておけば安心だろう。 


「スライヌさん、トトに頭突きのように顔を舐めにくる時は歯を立てないよう注意しろと伝えて下さい。

 それと抱き付きや顔舐めは身内だけにするよう教えておいて下さい。お願いします」






 トレーナーさんにトトの事をお願いしてタバサ先生に目配せすると、先生はまたまたドアを取り出した。

 今度のドアには『猫の穴』と書いてある。そこはかとないエロスを感じる。


「それじゃタロー殿、これから訓練場に移動するのじゃ。準備はよいかの?」


不肖山田太郎(やまだたろう)何時でも準備は万端です。実戦経験は有りませんがね」


「そうか。では行くとしよう」



 ドアをくぐるとゴルフの練習場のような建物の前に出た。

 練習場と違うのは大小様々な石像が配置されていて、所々に壁がある事位か。

 恐らく魔法の射撃訓練をする為の施設なのだろう。そういえば俺、魔法の使い方知らなかったわ。

 まあ、知らない事は全部先生に聞こう。


「タバサ先生、此処は魔法の射撃訓練をする施設ですよね?

 俺、魔法の使い方を教わってないんで、教えてもらえますか?」


「んむ。見本を見せるからよく見ておくのじゃぞ。まず目標を指で差すのじゃ。

 次に指先から目標に何かを飛ばすようにイメージする。

 で、実際に飛ばしてみるわけじゃ。こういう風にの」


 タバサ先生が指差した石像は粉々に吹き飛んだ。

 簡単に魔法を出しているのは解った。やり方は解らない。


「先生、呪文は無いんですか? いきなり無詠唱で見本を見せて貰っても真似出来ませんよ」


「呪文? ああ、あれは味方に対する注意喚起以上の意味は無いんじゃよ。

 無論、職種毎の制限は有るんじゃがの、適当に試してみるがよい」


「はあ、そういうものですか。じゃあ行きますよ!

 ファィヤァーーーーッ ボーーォーール!」


 …………何も起らなかった。


「タロー殿、お主は火属性魔法を選んでおらんではないか。

 タロー殿の手持ちで直接、魔法攻撃が出来るのは神聖魔法だけじゃよ。

 最初は光の玉を投げる感じでやってみたらどうじゃ?」


 光の玉を投げつけるイメージか。なんか必殺技っぽくて良いな! 


「シャイィーーーーンッ ボーーォーーゥルッ!!」


 外れた。そもそも叫びながら物を投げるのが間違っていた。

 また1つ賢くなってしまったな。


「……別に叫ばんでもいいからとにかく数をこなすのじゃ。

 レベルが上がれば命中率は後から付いて来るからの」


「はい。俺も今そう思いました……シャインボール」


 今度は言い終わってから投げる。よしッ! 当たった。


「おー、今度は良いではないか! その調子で次を投げると良いぞ!」


 割と頑張って応援してくれているタバサ先生の言葉に気を良くして3投目に入る


「シャインボール」


 何も出なかった。魔力切れか。


「先生魔力切れみたいなんですけど、どうしましょう?」


「魔力切れでは仕方ないの、魔法を当てる訓練は又の機会にするとしよう。

 タロー殿、このウォーハンマーで石像を叩くのじゃ」


 タバサ先生はそう言って自分の身長ほどもあるウォーハンマーを取り出し俺に手渡した。


「タバサ先生、この秘密道具は魔法と全然関係無くないですか?

 それにこんな物で石を叩いたら俺が体を壊しますよ?」


「何を言っておる。僧兵といえばウォーハンマーではないか! 最初に神聖魔法を選んだ僧職系勇者のタロー殿にはピッタリの獲物じゃろ?

 わしの計算じゃと5体も壊せばレベルが上がるから大丈夫じゃよ。実は酸に浸して脆くしたゴーレムなんじゃが、わしが完璧に制御しておる。

 お主を攻撃するような事はないから安心せい」


「それでは使わせて貰います」


 タバサ先生に礼を言うと、アイテムボックスから皮グローブを取り出して手にハメた。

 ウォーハンマーを肩に担ぎ、手近な石像に向かって歩き出す。ちょっとカッコいい気がしないでもない。

 薪割りの要領で肩に担いだウォーハンマーを酢漬けゴーレムの頭目がけて振り下ろす。

 ゴーレムは豆腐のように柔らかくあっさりと砕けた。砕けるというか、ぐにゃっと逝った。 


「手応えが無さ過ぎて、逆に怪我をしそうですね。タバサ先生」


「そうか、加減が難しいのう。そんな事より今のでレベルが上がったのじゃ。おめでとうタロー殿」


 やっとレベルアップか。こういうのって低レベルスタートの方が有難いけどなんか釈然としないなあ。


【ヤマダ・タロウ】【種族:人間】

【勇者LV:002】

【HP:028/028】

【MP:014/014】

【SP:018/018】

【力 :025】【技 :017】

【知力:008】【魔力:015】

【速さ:016】【幸運:013】

【守備:017】【魔防:013】

【奴隷商人LV:20/01】

【神聖魔法LV:20/01】

【召喚魔法LV:20/01】

【付与魔法LV:20/01】

【死霊魔術LV:20/01】

【スキル1:経験×30】

【スキル2:鑑定    】

【スキル3:       】

【スキル4:       】

【スキル5:       】


「先生ありがとうございます、ただ、他の能力はかなり伸びてるんですが、知力だけが全く変わっていないんですが……」


「うむ。知力はレベルアップでは上がらんのじゃ。わしは人格が変わる程賢くなってしまうよりも、その方が良いと思うのじゃ」

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