殺さない覚悟ともったいない精神
前回のあらすじ
就職すると有利なので魔法職から5個選ぶ
どうも。無職勇者の山田太郎です。
俺は今、基本魔法職完全ガイドという本を眺めています。
目次をみたところ魔法系の基本職だけでも結構なバリエーションがあるみたいです。
地、水、火、風に光と闇を加えた属性魔法、定番の精霊魔法や神聖魔法は勿論の事、幻惑魔法や古代語魔法、竜言語魔法などの種族限定のものや、職人御用達の付与魔法。変わったところで死霊術や、牛乳魔法なんてものもありました。
候補が多くて絞り辛いから、とりあえず置いといて、さっき聞いた勇者の強みを整理してみよう。
職種とスキルの要不用が見えてくる筈だ。
「ハッハッハッハッ ハッハッハッハッ」
1.HP、MP以外の能力上昇がランダムな一般人と違い、レベルが上がる毎に全能力が2ポイントずつ上昇する。
2.一般人のレベルの上限が20なのに対して、勇者の職業レベルは上限が無い。それに加えて、サブ職5枠×20~30が追加される。
3.一般人は上級職になってスキル数が増えても5つの枠でやり繰りを迫られるのに対し、勇者はスキル枠の5つと、サブ枠30を状況に応じて使い分けられる。
4.パーティー編成で仲間の能力上昇率を強化する事が可能。
5.一般的には20台後半の能力値があると一流といえるレベル。
纏めるとこんなところか。あ、スキルは勇者の分を加えて40か。
サブ枠を埋めてレベルを2つ上げれば一流の仲間入り、3つ上げれば世界最強かな?
勇者の特性を考えると俺自身をこれ以上強化しても仕方がないので、ブースト系のスキルは必要ないと結論付けた。
タバサ先生の言うように勇者レベルを20、5つの枠の職業も20まで上げ、120レベルにすれば、今の能力に238ポイントが加算される訳だ。
一流の人間を遥かに超える数字になる。10倍だよ、10倍。レベルを上げて物理か魔法を当てればいい。
警戒しないといけないのは、ゲームでよく見る状態異常や即死攻撃なんかだな。
レベル差があっても大物食いができるような都合が良い物があるのかは解らないが、即死攻撃があるなら日本に帰らせていただきたい。
帰りの魔力チャージに時間が掛かるから無理か。
なんで夢の中の俺は最初に確認しなかったんだ。夢の中でも最悪の事態を想定して動けよ俺。
まあ敵に知能が有って即死攻撃のような物があれば、指揮官を潰されまくって、とっくに国が滅びてるだろう。
そういうスキルは存在しないか、防ぐ手段があると考えよう。
いつの間にか寄ってきたトトが足にくっ付いて来て横になった。暖かいのでなんとなく安心感がある。
チラシにあった予定だと、俺は勇者として、グリンオーク王国の選抜メンバーとパーティーを組んで戦う事になっている。
勇者と組むと大幅に能力の上昇率が上がるらしいし、次代を担う人材の育成も兼ねているのだろう。
フォローが出来る様な職業を選ばないと駄目か。お偉いさんの相手とか面倒臭いな。
しかもオーク。胃が気持ち悪くなってきた。
俺に身体を預け、静かに横になっていたトトが、フンゴゴ、フガガとイビキを掻きだした。
もう駄目だ。静かに考えたいからリリーさんにしばらくトトの相手をして貰おう。
彼女も1人で居るより犬の相手をしている方が気が紛れる筈だ多分。
「リリーさん、すいませんけど1人で考えたいんで、少しの間トトの相手をお願いできますか?」
「はい勇者様。お任せ下さい」
アイテムボックスから机と椅子、お茶と茶菓子を出してリリーさんに勧めた。
まだ沈んでいるようなので甘い物でも食べて気分転換していただきたい。
「では、ここで座って待ってて下さい。あ、トトには毒なのでチョコレートは絶対に食べさせないで。その茶色い奴です」
リリーさんが頷く。なんか知ってるみたいだな。
「リリーさんこっちの世界にもチョコレートってあるんですか?」
「はい、存じております。200年程前にジャン・アジョーシ・アライワーゴという異国の料理人が紹介したのが最初と言われています。私も大好きです」
そうか。過去に日本人が来てるから開拓済みなんだな。NAISEI出番なし。自分と関係なくても、美人さんから大好きなんて単語が出てくるとドキッとする。
トトやリリーさんはどれ位の強さなんだろうか。
戦闘させる気は無いけど、犬と人間は武器を持ってようやく互角とか言うし、数字にすると一体どうなるのか興味はある。
トトは速さ18くらいあるんじゃないかな? 考えが纏まったら、後で見せて貰おう。
「そうなんですか。リリーさんが食べられない物を出さなくて良かった。トトの事をお願いします」
あれから3時間くらい考えたけど、結局、怪我されると不味い人達をフォローしながら戦う事を想定して手堅く選んでみた。
まず、周りのフォローをするにあたって、傷の治療や状態異常の回復、、聖属性の攻撃魔法まで、何でも出来る神聖魔法は欠かせないから確定。
それに手数を増やせる召喚魔法も必要かな。
コントロール不能なイメージがあるけど、馬に乗って走り回ったり、龍を呼んで空を飛んだりしたい。
この字面だと日本昔話だな。倒した敵を利用できる死霊魔法という手もあるけど臭そうだから止めよう。
この2つは上級職が出るまで固定だ。
3つ目は付与魔法。装備品に状態異常や属性攻撃の耐性を付けたり、魔法の武具には必須の魔法だ。
これはレベルを上げたら必要に応じて入れ替えしながら使うつもり。
定番の地水火風と光と闇の属性魔法だけど、あまりに細分化し過ぎているせいか、魅力を感じない。
今回はご縁が無かったという事だな。
あとの2つは後で差し替えるから適当に選ぶ。臭そうだが死霊術を試そう。
自前のゾンビを倒して経験値を貰えるのか確認したい。
さっきまで召喚術でやろうと思っていたが、意思の疎通が出来る召喚獣を作業的に殺したら、精神とか色々とダメになる気がする。
5つ目は土魔法、素材の収集に使えそう。
それにしてもチート無しで故郷を守る為に戦っているデュークさん達は立派だ。
俺が勇者とかいうチート野郎と比較される立場になったら確実に腐る。
今考えてみるとタバサ先生にも相当失礼な事を言ってしまった。
彼女は寝ている間に家に入って騒いだオレ達を許してくれたのに、説明下手ですね。
などと嫌味を言って、不貞寝した所を写真に撮るとか何様のつもりなんだろうか。我ながら糞過ぎる。
リリーさんにもまたからかいますとか言ったな。
恥を掻くのを嫌って、人付き合いを避けてきたツケなのかも知れない。
舞い上がってしまって相手との距離感を計れなかった。
何が猫ちゃんだ。チヤホヤされて勘違いするな。皆の言う通り、魔王を倒せる潜在能力が俺にあるのか知れない。
だが、デュークさん達のようにチート無しで命を掛けて戦う事は出来ないし、勇者王やタバサ先生のように戦闘以外で貢献出来る気がしない。
棚ボタで得た力を笠に着て、セクハラなんてもっての外だ。
オレなんかより彼等の方が圧倒的に心が強い。教えを請う立場なんだから相手に敬意を持て。戦闘力は関係ない。
顔が見える相手の役に立てるのが嬉しくて、つい舞い上がってしまった。
もう変なキャラ作って外面を取り繕うのは止めよう。致命的な失敗をする前に気付けて良かった。
でも写真とかはそんなに嫌そうじゃ無かったし、良いよね?
「アンアン、アンアン! アンアン、アンアンッ!!」
どうにかして写真を撮る事を正当化しようと考えていたらトトに呼ばれた。
「おう、放っておいてごめんなトト。リリーさんに迷惑掛けなかったか?」
リリーさんの隣で行儀良く座っているトトのところに行き、そう聞くと質問の意図が解らないといった様子でフンスと鼻を鳴らした。
そうだ、リリーさんに謝らないと。今まではデカい女なんて趣味じゃねーよとか思っていたが、本物をしらぬが故の愚かな勘違いに過ぎなかった。
「リリーさんトトの面倒を見てくれてありがとう。おかげで大体考えが纏まりました。
それと、力を笠に着て無茶な要求をしてごめんなさい」
「とんでもありません勇者様、それよりも私のせいで、タバサ様を怒らせて、
説明も受けられなくなってしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、リリーさんが悪いんじゃないよ。俺が話の腰を折ったのが悪かったんだ」
「ですが勇者様、幾ら勇者王様の指示とは言え、私が自分の行動を客観的に見られていれば、
選ばれた者しか入れない賢者の棲家で、鍋を叩いて大声を上げる行為はおかしいと気付けたに違いありません」
「でも英雄の指示はリリーさんの意思で変えられるような事じゃないし、今回リリーさんは指示通りに動くしかなかったんですよ。
俺も失敗したから気にしないで下さい。それよりも、聞きたい事があるんです」
「そうですね。ありがとうございます……聞きたい事ですか? 何でも聞いてください。出来る限りお答えします」
「俺は奴隷商人やビーストテイマーになれますか? 理想を実現する為に必要なのです」
「え、はい勇者は何にでもなれるというのが定説ですので、可能だとは思います。
よろしければ最初に奴隷商人を選んだ理由をお聞きかせいただけますか?」
「リリーさんには嘘を吐きたくないから言います。
初めて会った時に良い所を見せようとして『貴女の為ならこの手を血で汚す覚悟が出来ている』なんて格好付けて言ったけど、
なるべく生き物を殺したくないと考えていたんです。情けない男でしょう?」
「そんな事はありませんよ勇者様。力に溺れない立派なお考えです」
単に血を見たくないだけなのは黙っておこう。
10割近くの日本人がカブトムシを潰せと言われても嫌がる筈だ。
「盗賊を無力化して放置すれば、俺の見ていない所で死ぬだけだし、武装解除をしないで解放したら、犠牲者を増やすだけで解決にならない。
無駄に死ぬか、悪事を続けるか、どちらにせよ浪費される彼らの力を有効に利用できないかと、こちらに来るまでの間、考えて続けていました」
「一体どんなやり方で難問を解決しようというのですか勇者様?」
「それはですね、俺自身が奴隷商人となり、襲いかかって来た敵を現行犯で犯罪奴隷にしてしまう方法を思いつきました!
捕獲した犯罪奴隷は死ぬまで解放せず、民の為の事業に従事させる。
これなら俺は敵を殺さずに済むし、死に際に罪を償いたいと訴える犯罪者も、罪を償うチャンスを得られます!
また、贖罪の為の労働で生じる金銭で俺の懐も潤うし、その中から犯罪被害者に補償を行えば一石四鳥です。
どうですリリーさん、良いアイディアでしょう?」
「!? それは素晴らしいお考えですわ。
勇者様は人を殺めずに済み、犯罪者は望み通り罪を償う事が赦され、民は富み、被害を受けた者も補償を受けられる。
誰も損をしていません。凄いです!!」
「そうでしょう?これなら誰もが幸せになれますよ!!」
俺はこちらに来る前から温めていたアイデアをリリーさんに褒められて有頂天だった。この時までは…………
「ですが勇者様、1つだけ問題があります」
「? 何が問題なんですかリリーさん?」
「この国には奴隷制度が無いので奴隷商人について教えられる者が1人もおりません」
「いやいや、リリーさん御冗談を。俺はちゃんと奴隷制度があるかどうかを夢で聞いてから来たんですよ。メールも貰ったんです。ホラこれです!」
慌ててスマホを取り出してリリーさんに見せた。
「あの、勇者様の世界の文字は私には解りかねます」
そうだった、指輪が翻訳してるという事をすっかり忘れてた。その後何度も勧誘メールを読み返したが奴隷のドの字も無かった。
緻密な計算の上に成り立っていた異世界デビュー計画が足元が崩れていくような感覚がした…………
仕方がないから殺す覚悟を持とう。もうアイテムボックスで穴を掘って生き埋めにするしかない。モツが見えなければセーフ。
そんな事を考え始めた時、救いの神が現れた。
「話は聞かせて貰った。契約魔法なら私が教えてやるだわさ!」




