下品な少年と上品な少女
舞子は颱をつれて、ケーキ屋へと足をはこんだ。
颱はセルフサービス式のコーヒーメーカーに夢中で、
「何杯飲んでもタダなの?」と、店員に向かって執拗にたずねている。
そこは洋装の店内であった。入り口の正面にガラスケースがあり、バリエーション豊富なケーキが配置されている。ガラスケースには売れ筋商品だけがピックアップしてあるが、注文をすればさらに意向にそったケーキを用意してくれるという趣向だった。
転校生の少年が夢中になっているコーヒーメーカーは、レジカウンターの反対側の位置にもうけられている。付近には座って軽食がとれるように丸テーブルとイスがしつらえてあった。
コーヒーの香りがただよってきたので、舞子は颱のほうを向いた。
彼は無遠慮に思えるほど、砂糖やミルクをふんだんに使っていた。紙コップが二つ用意されていることから察するに、舞子のぶんまで作ってくれたようだった。
湯気のたつコーヒーを、こぼさないようにやさしく持ちながら、机の上にのせる彼。
なんだか年齢よりも幼くみえて、微笑ましくもなる。
【犬飼颱がもともと居住していた地域には、ケーキ屋さんがなかったのかな?】
そんな疑問が生じたが、さすがにその判断は偏見というか、穿ちすぎであろう。
どれだけ田舎だよ、という話だ。とんだカントリーボーイじゃないか。
舞子はトレーにケーキをのせて、颱の座っているテーブル席へと向かった。舞子に気がついた颱は、あわてたようにサイフを取りだす。
「ごめん、俺のも買ってきてくれたのか。で、いくらだった?」
サイフの中身を確認する颱に、
「いいよ。今日はおごる」
気前よく、先輩風を吹かす舞子。
「そうか、サンキューな」
颱は視線を舞子から洋菓子へとすべらせた。目がきらきらと輝いている。
「にしても、うまそうだな。いただきまーす!」
といって、颱はフォークを刺そうとした。
「ちょちょちょちょ……ちょっと待って!」
「…………?」
颱は怪訝な顔をして、舞子をみつめた。
「ケーキに巻いてあるビニール、はずさずに食べる気?」
さらにうかがうような表情でケーキを眺め、
「なんだこれ、ケーキの側面だけ、ビニールで包装されてんじゃねーか。ラッピングするんだったら、全体にかけるだろ、普通は」
文句をいいながら、ビニールをはぎ取っていく。手にクリームが付着していった。
「うわー、べとべとじゃん」
紙ナプキンを渡して、
「私が見本をみせてあげるから、よくみて、今度からマネしてね」
舞子は、ケーキとビニールのすき間にフォークを刺し込み、パスタを巻く要領でくるくるとビニールをとっていく。
「これでよし」
小さく丸めたビニールを皿にのせて、
「わかった?」
「いや、知らん」
颱は手についた生クリームを舐めとり、同様にビニールの生クリームも舐めとっていた。
【拭きとれよ!】
舞子の思いは空回りをしただけだった。
「あー、おいしかったぜ。ごちそうさまでした」
「どうもー」
颱と舞子は席を立とうとした。
しかし、舞子の中の小悪魔が、それをさせなかった。