世話の焼ける少年と世話を焼く少女
二人で歩くいつもの通学路は、今朝と同じく一風変わってみえた。くだらなくマンネリ化した道路が、思い出のみちへと変化を遂げてゆくようだった。なにもかもが新鮮だった。
「ちっとさ、河川敷によらね?」
アスファルトから外れて、草の繁った斜面に駆けていく颱。彼は学生カバンを放り投げて仰向けに寝転がった。
「この雲の流れと速度、空気の湿り気、それにわずかな雨の匂い。こいつは夕方に一雨降りそうだな」
舞子はちぎれて飛んでいく雲をみていたが、さっぱりよくわからなかった。
「ねえ、どの雲が雨雲とか、そういうのがわかるわけ?」
舞子は颱の横に座った。体育座りではあるが、パンツがみえないように注意して座った。
颱は学生カバンを枕にして眠っていた。
すやすやと心地よさそうに、無防備な格好で寝ていた。
「やれやれ」
舞子は颱の腹に毛布をかけてやった。
彼女は冷え症である。だからひざ掛け毛布を持参していたのだ。
アスファルトで舗装された道路を、カップルと思しき男女が通りすぎる。
【私と颱は周りからはどうみられているのかな?】
舞子は空をみ上げて、呆けていた。
すると、颱がムクッと起きあがり、大きなあくびをして毛布を舞子に返した。
髪の毛をくしゃっと掻きながら、彼は寝ぼけたように礼をいった。
「それじゃ、付きあってくれてありがとう」
手をひらひら動かして去ろうとする颱。舞子はあわててそれをひきとめて、
「あのさ、おいしいケーキ屋さんを知ってるんだけど、いっしょに行かない?」
颱はすこしの間、ボーッと考えていたが、
「ケーキ屋か……。それは三軒茶屋みたいなとこなのか?」
と、まるで見当ちがいなことをいいだした。
【三軒茶屋みたいなところって、どんなところだよ! 都会的なところなのか?】
「都会的ではないけど、老舗の味がでてるよ」
「都会的?なんの話をしてんだよ。三軒茶屋って、駄菓子屋とかカフェテリアのことだろ?」
「駄菓子屋にカフェテリア?」
【ああ、わかった。颱は知ったかぶりをしていたんだ。だから相互の会話に齟齬が生じたのだ】
「三軒茶屋というのは、東京都世田谷区周辺の地名だったと思うよ」
「えええー! 知らんかったー!」
颱は転倒しそうなほど、大仰に驚いていた。たしかに茶屋とつくから、小粋でレトロな喫茶店をイメージしてしまうのはわからない話でもない。
だけど――そんな事情をふまえても、舞子は失笑せずにはいられなかった。
「あっははは。おもしろーい。三軒茶屋が茶屋だったら、三ツ目通りには、 三つの目玉をもつ小僧でも歩いているのかな?」
「笑うな。三ツ目通りってどこだよ!ていうか、なんかバカにされてる気がするぞ」
「バカにしてるよ、颱はバカなんだしー」
「顔面ぶん殴りてーけど、図星だからいい返せねえ……」
二人は仲良く、恋人のように並んで歩いていた。舞子はそれが今後も続くと思っていた。