薄幸の若妻(急)
「仕事なんだけどよ、なかなかみつからねーわ。世間巷間ではオリンピック、オリンピックいってるけどよ、やっぱ不況だわ」
また茂の愚痴が始まった。辺流負壊寤唹瘻は耳をふさぎたくなった。またその話かとうんざりする。
「オリンピックなんて開催してもよ、新幹線だの高速道路だのの整備で、赤字国債は増えるだけだろ? そんなんじゃ、景気は良くならねーよ」
神武景気や岩戸景気は終わったのだと、オリンピック景気の影響で就職口が増えているにもかかわらず、茂はそんなことを口走る。この調子では、いざなぎ景気を迎えても仕事など出来ないだろう。
しかし――それでも。
そんな見事なダメッぷりを溺愛してしまうのが辺流負壊寤唹瘻である。
彼女は夫がダメになればなるほど、愛しくなっていた。
だから、
「そうね、不況だから仕方ないわね」
と。
簡単に諦めてしまう。
叱りもせずに、許容してしまう。
「いいわ。明日からまた仕事探してね」
彼女は出勤の支度をして、息子の修を起こす。修のランドセルの中身も用意してあげて、行ってきまーすと玄関を出た。
辺流負壊寤唹瘻はリフレクソロジストと呼ばれる職業に就いている。いわゆるマッサージ師であるが、この職業は繊細で、それゆえに替えがきかない仕事である。だから遅刻をしないように、早めに家を出たのであった。
――凶報が届いたのは、お茶飲み休憩をしているときだった。人の出入りもおだやかさをみせ始めてきたときに、店内の固定電話が鳴り響いた。
事務員が応答していたが、どうやら辺流負壊寤唹瘻に用があるらしい。
彼女が電話に出ると、
「お母さんですか。私は園長の保田と申します」
先方はやけにあわただしいような口調であった。どこか落ち着きがないというか、まるで不慮の事故にでも見舞われたかのような……。
「お子さんのことですが、すべり台でお友達と遊んでいる際に、落ちて頭をぶつけたらしいんですよ。呼びかけても意識はありませんし、とにかく最寄りの病院まで、教職員を使って搬送させますので、お母さんも急いで来て下さい!」
電話は一方的に切られてしまった。
呆然とする辺流負壊寤唹瘻に、同僚や先輩はどうしたのかと声をかけてくれた。
ただし――先述した通り。
これは、替えがきかない仕事である。中途欠勤は許されなかった。
彼女は血相を変えて自宅に電話をかけたが、長くむなしく呼び出し音が鳴るだけで、結局答えてくれるものはなかった。
そして。
凶報は訃報へと変化する。
たった数時間後のことだった――息子、修の死亡が告げられたのは。
両親共々見舞いにも訪れず、他人に囲まれた孤独の中で、修は息を引き取ったのである。
辺流負壊寤唹瘻は失意のどん底でノイローゼにかかり、夫にも捨てられ、息子と同じみちをたどることになった。




