帰宅部の少年と吹奏楽部の少女
【なんてやつだ!】
午後からの授業は、ほとんど上の空になってしまった。
思い返すと、あのときからだ。
線路上でゆらゆら陽炎のようにゆれていた男の子、夢の中で死亡した男の子、それが犬飼颱と重なる。
【そして彼と関連するエピソードには、必ず『桜』が挿入されている】
【いや、さすがにそれは穿ち過ぎか?】
テニス部の山女魚皐月と別れて、舞子は生徒玄関で靴を履き替えていた。
ふと、颱のことが脳裏をよぎる。
「勉強に部活にがんばりたいです」と彼は公言していたが、どんな部活動をやるのだろうか。
舞子は吹奏楽部の部員であるが、今日は休みであった。
これからまた、趣味の写真撮影を始めようとしているところだ。
「あれ、舞子って帰宅部なのか?」
校門をでたところで、だれかの声が聞こえた。
訂正、舞子はその声の主をわかっていた。
わかってはいるけど、
「だれ?」
と、よそよそしく訊いた。
なんとなく顔がみられなかった。
「それじゃ、当ててみろよ。俺は、なんとか事件で暗殺された、偉そうなひとと同じ名字だ」
舞子はつい振り返って、
「わかるよ。いいたいことはわかるよ。五・一五事件で暗殺された犬養毅でしょ?わかるんだけど、問題がアバウトすぎない?」
「いや、高校生クイズの難易度はこれくらいだぞ。もしもこれが早押しだったら、舞子は負けていたところだ」
「私以外で正解できるひとがいるの? 逆にそれはそれでバカだと思うけど……」
「バカとかいうな、自覚してるんだから」
「自覚してるんだったら、勉強してよ」
「しねーよ、バカ」
「バカっていうほうがバカなんだしー」
「バカっていうほうがバカなんだしーとかいうけど、お前もバカっていってるしー」
颱のペースにのまれていることを知り、
【まったくいけない!子どもを相手にむきになってしまった。落ちつかないと……】
舞子は表情を引き締めた。
「颱こそ部活動は?どこかに入部しないの?」
「しねーよ。もともと集団に属すのは好きじゃないし」
「吹奏楽部はどう?」
「悪くはねーけど……」
「どう?」
舞子は勧誘を続けた。しつこくいいよれば入ってくれるかもしれない。
「だが、断る!」
ダメだった。ノリだけではさすがに不可能だった。
「ただまあ、写真部には入ってもいいかなと思っている。自由度にもよるけど、撮りたい写真があるんだ」
「なになに撮りたい写真って?」
積極的にたずねてみる舞子であったが、
「おしえねーよ」
颱に変顔をされ、調子を崩してしまうのであった。