表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/105

勇敢な少年と臆病な少女

 舞子は夢をみていた。

 桜の木の下で、ブルーシートを敷いている。

 きっとお花見をしているのだろう。

 まわりには屋台が出ていて、にぎやかだった。

「じゃがバター買ってきてやった」

 男の子がつんけんと言った。

 その手には、おいしそうなジャガイモがのっている。みているだけでお腹がすいてきた。

「わー、ありがとう」

 舞子は喜んでそれを受けとる。バターがトローりと溶けて、湯気もたっている。食べずともそのおいしさが予想できた。

 すると鋭敏な殺気があらわれ、あたりを支配した。

「やあっと、みつけた。ふふふ、安心して。怖くないから」

 舞子のクラスメイトの女子が、ブルーシートを取り囲んでいる。

「……なんのつもり?」

「ちっ、にげるぞ!」

 舞子の言葉をかき消すように、男の子は彼女の手首をひっぱった。舞子はされるがままだった。


 ……ぷつん……


「××ー!」

 舞子は男の子の名前を叫んでいた。

「なに、ショボい顔してんだよ。またすぐに会えるさ。桜の舞う頃に」

男の子はぐったりと木に背中をもたせている。

「××ー!」


 ……ぷつん……


【なに、これ。変な夢】

 ふとんを畳みながら、舞子は不思議な気持ちにとらわれていた。

 寝巻きから制服に着替える動作も、すこし緩慢になっていた。

【なんかすっごい感情的になってたなー。夢のなかの私は、きっと焦げるような恋愛をしていたんだなー】

 リビングで朝食をとっているときも、昨日の男の子と、夢の内容が気になっていた。

【あー、私もそろそろキュンキュンしたいなー】

 いつもと変わらぬ通学路。それが舞子には輝いてみえていた。

【なんか今日は良いことありそう】

 そんな予感めいたことを考えていると、

「おっ……、おばあちゃん!危ない」

 遮断機のおりた踏み切りで老婆が横たわっていた。舞子は必死で駆けた。 脇目もふらず一心不乱に突っ込んでいった。

 それは良心で行われたわけではなく、どちらかというと贖罪の意味が強かった。

【昨日の男の子は、本当に助かったのかな?】というわだかまりを解消できずにいた。もしかしたら……そう思うと助けずにはいられなかった。

 ディーゼル列車の低く重たい警笛が遠くから聞こえてきた。追いかけるように、タタンタタン、と走行音もしている。

 舞子は息を切らしながら、踏み切りの前までやってきた。

【あとは遮断機をくぐって、助けにはいれば大丈夫】

 頭ではわかっている。だけど、身体が怖いと叫んでいる。脚ががくがくと震え、呼吸が乱れる。いやな妄想がこびりついて離れない。

【このまま見殺しなんて、いやだ!助けなきゃ!でも……怖いよ!】

「いかなる臆病太郎といえども、お前は強いぞと励まされると、卑怯な真似はしないものなんだそうだ」

 どこかから少年の声がした。遠いような近いような、距離感はよくわからなかった。テレパシーだったのかもしれない。

「臆病風に吹かれたくらいで、縮みあがってんじゃねーよ」

 また聞こえた。

 いったいどこから?

 列車が顔をのぞかせた。

 老婆は線路上で身をよじっていた。恐怖で顔が青ざめている。

 列車の警笛が大砲のような重量感をともなって迫りくる。舞子はあきらめた。みたくもない映像が脳裏をよぎる。彼女はたまらず目をつぶった。

 ドヒュン……!

 弾丸が耳元をかすめた。正確にはそれではなかったが、なにかがそれくらいの勢いで風を切り裂いた。

 いつぞやと同じように強風と花吹雪が舞った。舞子は叩きつけてくる、強い風に負けないよう足を踏んばった。

 目を開いて弾丸(の速度をもった飛来物)を探す。

 すると花びらが集まって壁となり、視界をふさいだ。弾丸どころか老婆の様子さえわからなくなった。

 舞子は列車の行方を目で追った。かん高いブレーキ音が盛大に鳴っている。しばらく惰性で進行したのちに停車した。

 乗客が窓を開けて、身を乗りだしている。

 舞子はとっさに悟った。

【ああ、助からなかったんだ】

 しかし罪悪感は不思議となくて、

【まあどうせ老い先短い余生なわけだし、どうでもいいか】

「喜べ!こっちは無事だぜ」

 線路の向かいから声がした。テレパシーの主と同じ声だった。

 舞子はそちらをみた。花の壁はなくなっていて、そこにいる二人の人物がよくみえた。

「おばあちゃん!と、昨日の男の子!」

「犬飼颱だ!お前の名前は?」

 老婆をかたわらに寝かせて、少年はたずねる。

「犬、飼いたい?かわいい名前だね」

「犬、飼、颱、だ!」

「ふーん、どうでもいい」

「どーでもいいって……」

 颱は苦笑した。老婆はお辞儀をして去っていく。

「私は舞子。桜乃舞子」

「あっそ、いい名前だね」

「棒読みになってるよ。もっと感情を込めていって!いい名前だねって」

「いい加減な名前だね」

「いい加減じゃないし」

「じゃあ……」颱は考えるような仕草をしたが、「やっべ、俺、急いでいるんだ」

「急いでいる?」

 復唱する舞子に、

「今日からサクサク中に転校になったんだ」

 颱はいった。

 桜咲中学校、通称サクサク中である。

「えっ、そうなの?私もサクサク中に在学してるよ」

「マジか。じゃあ悪いけど、道案内してもらっていいか?あと、職員室と校長室にも行きたいし……」

「いいよ。その代わり……」

 舞子は、

「かわいい名前だねって、心を込めていってね」と、いやみたっぷりに勝ち誇った。

「か……かわいい、名前だな」

 これでいったい何十回目になるのだろう。颱は同じセリフを恥ずかしそうにしていった。

「まあ、いいわ。許したげる」

 許すも許さないもなく、これ以上からかい続けると、自分も学校に遅刻するなと舞子は気がついた。

 なにせまだ踏み切りの位置から一歩も動いていなかったのだから。

 安心した颱は態度をひるがえし、

「ったく、テメーのせいで、無駄な時間を使っちまったぜ」

 歩きながら憎まれ口を叩いた。

 だが、実際はそんなに怒っているわけでもないようで、

「よし、『かわいい名前だね』って連呼してやっから、走るぞ」

 腕を大きく振ってアピールをしていた。

「いいよ、そんなの一回で」

「何回も何回もいわせたのは、どこのどいつだよ?」

「さあ、私の目の前にいる暴漢かな」

「黙れ、痴女」

「なんですってー!」

 わいわい、やいやい騒ぎながら、舞子達は学校に到着した。

「ここが、サクサク中か……」

 颱は古くなった校舎をみあげた。ところどころに亀裂のようなものが走っていて、ピンク色の塗装も剥がれているところがあった。校章は桜のかたちをしていて、『咲』という文字に彫られている。

 校門や生徒玄関には、たくさんの生徒が登校してきていた。

「おはよ、舞子。その子は?」

 女生徒は、犬飼颱を目線で示した。メガネ姿の聡明な顔つきをした女の子である。後ろ髪を一本に結わえていた。

「ん、犬飼颱くんだよ。皐月の知らないひとー」

「うわ、ひどい。私よりもさきに彼氏作った」

 山女魚(やまめ)皐月は、桜乃舞子をこづいた。

「彼氏じゃねーし」「彼氏じゃないから」

 二人が同時につっこんだので、

「もしかして、もうできてる?」

 皐月は意地悪そうに目を細めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ