零章 月の軍師 3
「ねえ・・・知恵、欲しい?」
先ほどの事件から一日も立たない時、突然 鈴仙・優曇華院・イナバが因幡てゐにそう言った。
「え、ホント!?」
てゐは何も疑問を持たぬ顔で答えた。
「ええ、もし欲しいなら、すぐに 人 に化けれる兎を呼んできて。
授けるから。」
「うん、分かった!!」
てゐは元気よく返事をすると、永遠亭から外にかけ出していった。
そしてすぐに人に化けれる部下を連れてきた。
「結構いるね・・・。戦力になるわ。」
「へ!?」
「いや、なんでもないわ。こっちに来て。」
鈴仙はてゐを連れて行った。
かた・・・かたかた・・・
かつて月の姫であり、本来歴史が動くはずもなかった永遠亭の主、蓬来山輝夜は、自室にこもり、山の河童から買ったノートパソコンで俗に言うネットサーフィンを勤しんでいた。
現実世界はネットワークの普及率が尋常なく、今やネットワークに依存する生活が当たり前になっているのは存じの通りである。
結果、電波すらも絶えなく幻想入りしてしまい、河童たちが作ったパソコンでも現実世界のネットや画像・動画まで閲覧出来るようになるどころか、河童が山に電波塔が立ててしまったことで、アップロード・ダウンロード、メールや電話、TV電話も可能になり、現実世界との交信が可能になってしまった。
幻想郷ではまだ一部の妖怪に普及している程度だが、幻想郷の精神文明が失われ、急速に現実世界化してしまうと危惧する妖怪も少なくない。
さらに、高スペックな独自のOSが主流だったが、一部の妖怪は ウィンドウズ、マック 等の現実世界のOSも使用している。
普及率はそこそこでも、かなり浸透しているため、影響力は絶大だった。
「お、今日は接続率がいいわ。」
普段は竹やぶの奥であると同時に入ってくる電波が少ないので、河城製のモデムルーターをもってしても、やたら重かったのだが、今日に関してはやたら早くなっていた。
「河童達がもっと強力な電波塔立てたのかしら・・・。」
先程から、パソコンの音と輝夜の独り言しか聞こえない。
その様子に永琳は危機感を覚えていた。
「・・・やっぱり姫様に与えるべきでは・・・」
「なかったようですね。」
最悪強行手段ですら考えていた永琳の耳元に、聞き覚えがあるはずなのにも関わらず、全く別人のような響きが伝わった。
「だれ・・・!?」
思わず振り向く。
後ろに居たのは鈴仙だった。
「・・・うどんげ!?」
永琳は我が目を疑っていた。
姿はうどんげそのものなのに・・・。
「お師匠様。失礼ですが、輝夜様に甘やかし過ぎでは?
せめてここの主として、威厳は保てるようにすべきです。」
敬語口調ながら上から目線な喋り方、なにより特殊な オーラ を感じた。
永琳には通用しないが、うどんげには人の感覚を狂わす 目 を持っている。はじめはそれかと思ったが、能力自体使っていないし、この威圧感は 視線によるものではなかった。
「月夜見の生き人形・・・。」
月の賢者ゆえ、皇族の教師まで担当したことがあったが、指導していた皇族の中に 生まれつき有機物から無機物まで操る能力を持った少年がいた。
その少年は自分でさえも苦労して手に入れた知識を一回聞くだけで、全て理解し使いこなしていた。
だが、それと引き換えにコミュニケーション分野に大きな欠損を抱え込んでおり、自発的な行動、反射的なもの、会話、抑制関連は非常に乏しかった上、物理学・生物学・軍事学・帝王学・雑学・数学・文学は永琳を超えるほど優れていたが、医学はともかくほかの分野では常人より下だった。
永琳にとって、目の前にいる鈴仙がその少年の、有機物から無機物まで操ることが出来る程の能力 によって動かされているように見えた為、急に思い出し、とてつもなく嫌な予感を感じていた。
「真軍様・・・ですか?」
動揺混じりに鈴仙に問いただした。
「何を言ってるですか?お師匠様。」
たしか・・・真軍様は演技もあまり得意でなかったはず。
多分私が逃亡してから相当努力したのだろうが、それでもいつもの うどんげ を演じきれていない。
「・・・八意様。このような勝手な行動、誠に申し訳ございませんでした。」
斜め45度きっちり頭を下げて、謝った。
本当に真軍様なの!?
永琳は指導してきた指導してきた月読家の皇族の中で、親しみやすく、現に付き合いがあったので警戒心が解けそうになったが、今はこらえた。
「なら・・・証拠をお見せください。そして、何故あなたほどの高貴なお方がわざわざ監獄に訪れた訳を教えてください。」
「分かりました。ではこちらに来てください。こうでもしないと、直接会えませんから・・・。」
今は鈴仙の体を借りている真軍は永琳を連れて行こうとしたが
「あんた達・・・。なにやってんの?こんな大声で言い合って。丸着こえよ。」
輝夜が部屋から出てきた。
「あ・・・姉上!!」
鈴仙の体のまま、真軍は輝夜に土下座した。
「え・・・?」
輝夜はしばらく戸惑っていた。
「姉上!千年にも近い時を経て再開できたことを、誠に光栄であります!!」
真軍は輝夜に土下座しながら、やたらセリフ臭い挨拶をしてきた。
その背後に12人の配下の玉兎が、銃を置き、真軍と同じ姿勢をしていた。
ちなみに真軍は輝夜の正当な弟でもあるため、彼女に忠誠を誓っており服従すらしている。
また輝夜自身も、彼を数少ない 味方 のひとりとしていた。
彼は軍事に優れているが、月の使者の人間ではないため数百年間永琳のように永遠亭に住むことがなかったが、お互い信頼感が衰えることはなかった。
「戦闘種・・・。やはり、健児を創ったのね・・・。」
輝夜はどこか悲しそうな目で、真軍を見た。
「健児・・・!?」
永琳は驚いたような目つきで、 二人に聞いた。
「真軍は優しすぎるのよ。だから野生化した月の兎が大量に彼に館の住み着くの。」
真軍はコミュニケーション能力以外に普通に生活する能力も欠けていた。
王の計らいで、真軍のために都はずれの地区に屋敷を用意した。
だが、その地区は環境が良すぎるがゆえ、脱走した月の兎が数多く出没するようになっていた。
さらに、真軍はそうした兎たちに余っている部屋に住まわせたため、やがて噂を聞きつけた野兎がこの館に愛玩種・通常種・戦闘種関係なく大勢集まってきた。
輝夜が追放される寸前に確認したときは既に千人を超えていた。
「で、私がまだ 月夜見家の皇女 だった頃、彼には自分の邸宅に住む兎で月の使者に変わる第二の軍事組織を編成する構想があったわ。」
「はい。もし姉上が 公国 に養女として差し出される事が確定した時、公国に負けぬよう、我が家に住む優れた兎を訓練させ、健児を結成する誓は忘れません!!そしてこのとおり果たすことができました!」
「その変な誓・・・忘れて欲しかった。」
輝夜は誰にも聞こえないようにつぶやいた。
かつて月の都をもまとめる強力な国家、公国のルナ家に養子として差し出すことを月夜見家に強要してきた。ルナ・フェイリス・カグヤとして、表向きの女王にするつもりだったとか。
しかし、輝夜が蓬莱の薬を服用したため、月の禁忌に沿って追放する羽目になった挙句、数年前に自滅に近い形で滅びてしまった。
「ふふ・・・やるじゃない。で、なんの目的でここまで来たの?」
だが、頼もしいことには変わりない、公国の二の舞さえ演じなければ。
その二の舞を演じさせないように、あえて目的を聞いた。もし目的しだいでは止めなくてはならない、姉として。
「扶桑の存在であります!」
扶桑・・・?
輝夜は首をかしげた。
「ルナ・ラファール・フサン第二皇女の偽名です。」
フサン・・・。
たしか病弱で、到底表に出られる体ではないため、私に表向きの女王をやらせ、裏で国家の指揮をとることになっていた純系。
「・・・なんで!?あの時公国は完全に滅んだはずよ!」
輝夜は月が光に包まれ、滅び行く月の光景を思い出した。
「ですが・・・彼女は月の都を視察中でした。
それに、精神文明であった月の都地区は影響を全く受けなかったので・・・。」
く・・・確かにあの事件以降も月の都は無事だったけど・・・。
「生き残った彼女は残党を率いて再び月の覇権を手に入れ、地球をリセットするという意志の下、地球でゲリラ活動を行っているのです!」
輝夜は驚いたには驚いたが、真軍が輝夜が予想した理由で地球に来たわけでもないことに安心した。
「・・・しぶといわね。」
輝夜はつぶやいた。とにかく、安心はしたが、幻想郷に危機的状況にあることは変わらない。
なにせ真軍が部隊率いて訪れたてことは、幻想郷にフサンの侵入を許したことを意味しているから。
「いい加減頭をあげなさい。正式な皇子がこんな私に頭を下げるなんてみっともいわ。」
そんなことを考えていると、ふと真軍がいつまでも自分に頭を下げていることに少し葛藤を覚えた。
全く・・・これだから月の都は・・・。
「では、失礼いたします。」
真軍は静かに頭を上げた。
一件遠慮ない感じだが、輝夜の心情を悟ったのだろう。
「月面戦争・・・知ってますね?」
突然真軍は二人の目を見て聞いた。
「そういえば・・・。穢れ無き争いが起こるって仮説を立てましたが。」
「・・・結局私たちがいる間起こらなかったわね・・・。」
二人は何故か残念そうに答えた。
「いえ・・・。正確には月そのものの覇権を握るこの争いは、ついこの前終結しました。」
「え・・・・?」
二人はおどろいた。
「公国とその自治都市だった月の都とのすべての月面都市を巻き込んだ戦争・・・。
既にその段階では衰退しきっていたため、少し力のある自治都市なら十分に公国に対抗できました。」
「なるほど・・・。それで、この前の事件の時ほとんどの月面都市滅亡と引換に争いを終結させた・・・。てところですか?」
「はい。しかし、それは表向きの戦が終わっただけに過ぎず、先ほど述べたとおりフサンが扶桑という偽名を用いてゲリラ活動を行っているのです。」
さらに真軍は険しい表情になり
「扶桑以外にも、幻想郷に危機を招かねない勢力が出現しました。」
と伝えた。
永琳はすぐに地上の軍を、輝夜は月からの追っ手を想像した。ただし、真軍は例外と見た。
「扶桑は一度日本に侵入しています。現実世界からの大規模な追撃部隊が幻想郷に侵攻してくることは確定しました。」
「規模は?」
輝夜は冷静に聞いた。
「おそらく幻想郷の広さを把握していると思われるので、連隊以上、旅団以下かと。」
結構いるわね・・・。
昔、彼から軍事組織における部隊の単位を何度も聞いた覚えがある。
「その先遣部隊が既に幻想郷に侵攻しております。」
「そう・・・」
輝夜はしばらく考えた。
「では様子を見ましょう。まずは永遠亭の防備を固め・・・」
永琳が真軍にそう指示した時
「いや、ここは攻めるべきよ。」
輝夜は真軍に言った
「真軍、扶桑と現実世界の軍隊・・・。幻想郷から排除して!」
永琳は時期尚早と反論仕掛けたが
「ハッ!」
その前に真軍が深く一礼し、複数の玉兎たちを引き連れてどこかに行ってしまった。
く・・・。
輝夜を止められなかった永琳は苦肉の策に医務室に足を運んだ。
「うどんげ。うどんげ、ごめん起きて・・・。」
「ん・・・お師匠様」
さっと起きた鈴仙に今に至るまでのことを全て伝えた。
「え・・・?」
急に言われたので戸惑ったが、概ね理解できた。
月の民は地球人と比べ、理解力においても格段に優れる。
「お願い。真軍様を止めて。私は輝夜様を説得するわ。」
だが、理解できたとは言っても口頭で伝えられただけなので、事態の重さまで理解できなかった鈴仙は、少し軽めな感じで引き受けた。
「分かりましたお師匠様!夕飯までには帰ってきますので!!」
まるで異変を解決しに行くかのようなノリだったが、今迅速に動いてくれるだけ永琳にとって大助かりだった。
「陽炎分隊から本部へ。至急、黄昏中隊派遣を要請する。」
『本部。了解。』
真軍は目の前を走る装甲車と車両を見かけた。
「結界突入突破用B型ロケットカプセルを使え。
暁中隊も待機状態しろ。」
『了解。』
結界突入突破用B型ロケットカプセル。
密かに健児が開発した幻想郷突入用使い捨て輸送キットの通称で、ひとつにつき12人載せることができる。
ちなみにロケット本体は結界を突破すると空中分解するしくみになっているので、突入したらすぐに脱出し降下しなければならない。
数分も経たずに来るだろう・・・。
真軍は再び双眼鏡で、現実世界の装甲車を見た。