Aki
9/28晴れ…よくいうある秋の日ってやつなんだろう…
俺はいつもこの季節になると思い出す、彼女のことを……………アキ
彼女と出会ったのは三年前の夏、バイトで入った店で初めて出会った。当時の電気が体を貫いたような衝撃はよく覚えている…俺は好きだった人にフラレて傷心気味だった。そんな中久々に出会った…一目惚れだった。
俺はバイトをするたびに、彼女に会う度に彼女にどんどん惹かれていった…また、彼女も俺に気があるのかないのか知らないが優しく接してくれた。それがなによりうれしかった。彼女と目が合う度、心臓が高鳴って目をそらした。彼女と手がちょっとでも触れる度、気が変になるくらい喜んだ…バイト始めてから俺は彼女をより一層好きになっていた。
ある日彼女をデートに誘うことができた。
休みが重なってこの日しかないと思ったからだ。
行き先は彼女のリクエストで動物園に決まった。
もちろん下見もすましたさ。
準備万端!彼女とのデートが待ち遠しかったのを覚えている。でも…今思えばこれが間違いの始まりだったのかもしれない…そんなことを微塵にも思わないほどこのときの俺は浮かれて待ち合わせの場所まで車を飛ばしてたんだ…
待ち合わせ場所に着くと二人とも互いに緊張しながら普通の初々しいカップルの光景みたいに少し緊張しながら話をしてそれから車に乗り込んだ。 正直動物園に向かう車内は気まずかったがなんとか話を保たせることだけを考えて、会話は得意じゃない俺は頑張った。彼女は時折なんだか深く考え込むような意味深長な顔をした。そのときの俺は彼女が照れているためのものだということしか頭になかった…
動物園に着いてもとくになにもなく俺の妄想や想像なんかを裏切ってなにもなかった。
手など繋げるわけないそのまま動物園が終了し、休憩しようということで俺達は近くの運動公園に来た。
話をするうちに今更だがだんだんと打ち解けてきた。
彼女の口からは趣味から始まり今までの人生のこと、出身地が奈良のこと、父親から小さい頃いろいろと虐待されたこと等次々と発せられた。それだけで俺の心はとてつもない衝撃を受けた。でも次には彼女の今までの封を切ったような勢いが止まり、何か思い詰めたような顔をしながら急に黙ってしまった。そして…
「私…………もう結婚してるんやで……それに歳だって君の9つも上やし」
その言葉を聞いた瞬間俺は心にナイフが直接刺さったような死ぬほどつらい苦しみを味わった。
27歳?確かに彼女は確実に年上だと思った。
でもそんな離れてる風には見えなかったし…ってか結婚って……バイトのときは結婚指輪してなかったし…というのも考えてみれば当たり前か。ファミレスでそんなのして働くほうがおかしい。でも店長は指輪してたぞ?なんだよこれ?じゃあ俺のしたことって………彼女もそのことを知らずに俺が誘ったのだと思ってたらしくそれを伝えるのに苦悩していたのだろう。言えば俺を傷つけてしまうから……
普通ならここでさよなら、勘違いでしたすみません、もう二度と誘ったりしませんなんて言葉を即座に返すのが正解だったろう。しかし、それを言おうとした瞬間、彼女のほうが一瞬早く言葉を発した。
「でもな…今は別居中ねん。ってか結婚したときから別居中やねん…」
俺は自分のさっきまで発しようとしていた言葉なんか忘れ、なんでですか?と聞く。
聞けば彼女の夫は彼女のために結婚してくれたらしい。
というのも彼女は生まれつき心臓の病気を持っていてそれを心配してくれて結婚したらしい。夫とは彼女自身父親のことで二十歳で家を飛び出し、安いバイトをこなしつつ生計を立てていた頃のバイト先の同僚らしい。彼女自身父親の暴力のせいで男性に対する恐怖心を抱いていたが夫は彼女にとって初めて優しく接してくれた男性だったらしい。
そのまま三年くらい付き合って結婚に至ったそうだ。
が、その夫も彼女の心臓のことを知って良心から結婚したそうだ。
夫は結婚したら手のひらを返したように彼女を邪魔者扱いするらしく彼女との同居はかたくなに断った。そして自分は今他に女を作り、その女に飽きたら彼女の体だけを求めてくるらしい…それが今の現状だと彼女は瞳に涙を浮かべながら、そしてその涙をこぼしながら俺に話してくれた。気がつけば俺は………泣き崩れる彼女を自分のできるだけ強く、だけど精一杯優しく彼女を抱きしめてた。
俺は…とにかく混乱した。こっちが諦めて少年の夏の儚くほろ苦い思い出として処理されるはずだったのに。なんだよ…これは?彼女の涙を見るまではこんなこと考えたことなかった。
「大丈夫。大丈夫だから……アキをこれ以上もう悲しませないから…だから……」
何してるんだろ…?俺俺に…俺に何ができるってんだ!?でも悲しみから救えることくらいはできる!何ができるとかそんなのはどうでもいい。ただ今だけでも彼女をこんな状況から解放してあげたい…そんな想いだけが俺を突き動かした。
そして俺は決意と誓いの意味を込めアキにキスをした…
今思えば…彼女を誘わなければこんなことにはならなかったのに…そしてあんなことにもならなかっただろうな。でも、俺は後悔してない。少なくともあのときの俺には怖さというものはなかった…だからなんだろうな。なんか……輝いてたよ…俺。それ以後、アキと付き合うようになって俺はより深くアキとの安らぎの日々を過ごした。
バイトで顔を合わせ、終わったらどっちかが相手を待つ。
そのときにバイトの人たちに見つからないように会うのがちょっとしたスリルがあって楽しかった。
休みが合えば必ずどこかへ出かけるようになった。
二人で買い物にも行ったし、プールに行ったし、アキのアパートで話したし、夜明けまで海を見つめながら寄り添ったりもした。
その際には最初の時に繋げなかった手を必ず繋ぐようにしていた。
言うなれば毎日がデートのようなものだった。
アキと会わない日はなかった。
俺はアキのことを四六時中考えるようになっていた。
俺は毎回アキと会う度にあることをするようになっていた。それは別れ際に必ずアキを抱きしめること…どうしてかは当初の俺は分からなかったけど今ならはっきりと分かる。俺は…俺は怖かったんだ…アキと離れてしまう。この関係はすぐに終わってしまう…幸せな結末なんてない…そんなことを心のどっかで感じていたからこそアキに
「今」
を求めていたんだ。アキを抱きしめるとアキが抱き返してくれる…そうすることで俺はアキとの時間を過ごしているってやっと実感できる。毎日が嘘のように楽しかったからこれは夢なんじゃないかって思ってしまう…それがなによりも嫌だった。アキとの、18歳と27歳の不倫は世の中から見れば汚れたイメージしかないだろうが俺の中では汚れるどころか輝かしかった。
むしろ誇れるくらいだ。
昼ドラのような体の関係をもつような汚れた関係は俺達にはなかった。
仲のいい親友に話してもありえないって言われたけど俺はそんなんでアキと一緒にいるわけじゃなかったからそんなことはおかまいなしだった。
でも自分でも不思議なくらいだった。
俺もよくヤリたいとは思うことはあってもアキの前では自然体でそんな考えは浮かばなかった。
アキに魅力がないとかそういうのではない、むしろアキは俺にはもったいないくらい美人だし。
多分…アキの旦那みたいにアキに体だけの関係を求めることを…アキの旦那みたいになりたくないって思ってたのかもしれない。でも、人って本当に好きな人ができるとセックスのことなんか二の次になるんだなぁと、不思議に思う。俺は今、世界で一番愛する人に巡り逢えたんだ、そう思えることがなにより嬉しい。そしてなにより生きてるっていう証明にもなっていた。
でも、恋しい想いを抱いた心に泳ぐ金魚はこの夏だけの命と、限りを決めていたんだろうな。俺達の甘い日々の終末はすぐに訪れた…ある日、アキから電話があった。バイト先の51番テーブルで待ってるとのことだった。アキはその日なんだか悲しそうな声をしていたのを強く覚えてる。嫌な胸騒ぎがしたので俺は急いで向かう。
バイト先に着くとアキは指定してきたテーブルにちょこんと座っていた俺も腰掛けるがアキはさっきからずっと黙ったまま…まず、バイト先の仲間達は俺とアキのツーショットを見て何かざわめいているのが分かった。俺にはそんなのはどうでもよかった。アキとのこの重い空気さえ払えればそれで…
アキはしばらくして俺の前に一枚の紙を出してきた。アキはそれをゆっくりと広げる…その紙には緑の枠で彩られいくつもの欄が二種類の人間の字で埋め尽くされていた。そして次に俺の目に飛び込んできた文字それは
「離婚届」
それを見た瞬間俺は寒気がしたし、大体のことは想像できた。俺はアキに
「出よう!」
一言で二人は外へ、そしてアキの車に乗って話をした。
「昨日…〇〇くんがね…それを…書いてくれって…二人で……もうダ…メやって…」
アキの目はもう大粒の涙が溢れ、俺に泣きながら抱きついた。俺はアキを強く抱きしめた。願ってもない、むしろ俺にはチャンスが訪れたはずなのに、はずなのに…俺も悲しくなって泣いた。アキと結婚できる!アキとずっと一緒にいられる!!アキを俺だけのものにできる!!!………それなのに、俺は……
「ダメだよ…アキがちゃんと、もっとしっかりしなきゃ…アキがそんなんだったら〇〇さん…本当にアキから遠く離れてっちゃうよ。俺が、協力するから…アキと〇〇さんがうまくいくように協力するから。だからもう一度話し合ってみようよ…大丈夫……うまくいくからさ…」
何言ってんだろ……俺。バカだよ。本当のバカだ…
俺はあのとき、なんであんなこと言ったのか?もしかしたらまだ学生の自分なんかにアキを現実的に養っていけるだけの力がないって心の中で悟ってたからなのかもな…なんだかんだいって俺には力なんてない、ないんだよ!!アキが、好きな人がいるのにその人を幸せにできない…こんなにつらいことはない。大人ぶってはいるけど俺はまだ親に甘やかされてるガキなんだ……
とにかく俺はアキとの関係に一線を引いた。アキはこれでよかったのか?俺はこれでよかったのか?わからなかった…俺は…アキと会うのを止めた。アキと会わなくなって一ヶ月…俺は正直、覇気というものがなかった。アキがすべてだった俺がアキを奪われたことによりいや、俺からアキを取り除いたことによりすべてを失った。
アキは…あれから俺のことも旦那に正直に全部話したらしい。旦那は俺をただじゃ済まさなかった。旦那の仲間の手により俺は…………………
でもよかった。俺はこれでいい…アキさえ幸せになってくれれば、それで…アキは遠くの県に旦那と一緒に暮らすために旅立った。俺に会わないまま…いや、会わなくて正解だったのかもしれない…そのほうがアキのためでもある。俺は、この夏人生最大の恋をした。そしてこの秋に最愛の人を失った。俺は……一人だ
二年後
俺はここで生きている。もう多分恋なんてすることはないだろう。アキを想いながら……でも、もう………アキはこの世にはいない。
あれからいろいろ悩んだ。
バイトはアキのことをいろいろと思い出すから悩んだ末辞めた。それに俺達のことを知ってる人が俺に気を使うからそれがつらかった…バイトを辞めて走ったのがギャンブル。
この頃には金さえあればなんだってできるって思うようになってた…当然だが泥沼な生活だ。次は絶対に吸わなかった煙草、吸うと何もかも忘れる感じがやめられなくなった。はっ、として我に帰って俺はとっさに声のしたほうを見た。だけどそこには部屋の窓しかなかった。そして……次は、昨日裏通りで手に入れたシンナー。俺はシンナーに手を伸ばした…しかし、次の瞬間……
(ダメっ!!)
はっ、として我に帰って俺はとっさに声のしたほうを見た。だけどそこには部屋の窓しかなかった。そしてあることに気づく。床に水玉のようなものが二、三滴落ちている。まさかと思って片目を触る…涙?泣いてるのか?なんだこれは?なんで悲しくもないのに泣いてるんだ俺…涙なんてもう二度と出るはずもないものだと思ってた。そして……次は、昨日裏通りで手に入れたシンナー。俺はシンナーに手を伸ばした…しかし、次の瞬間……
「ダメっ!!」
はっ、として我に帰って俺はとっさに声のしたほうを見た。
だけどそこには部屋の窓しかなかった。
そしてあることに気づく。
床に水玉のようなものが二、三滴落ちている。まさかと思って片目を触る…涙?泣いてるのか?なんだこれは?なんで悲しくもないのに泣いてるんだ俺…涙なんてもう二度と出るはずもないものだと思ってた。どうして今更こんなもの……そうか、アキ……なんだな。最後の最後にアキに助けられるなんてな…
アキは一年前、前から聞いていた心臓の病気が悪化して死んでしまった。そのことすら聞いたのは半年前、しかも皮肉にもバイト先からだった。アキはあれから旦那とうまくやっていただろうか?アキは幸せだったのだろうか?アキは俺のこと覚えていただろうか?今となっては本当に知ることなどできなくなってしまった。アキ…もう一目、会いたかった……
今、わかったよ。
俺はアキのことから逃げたくて…アキを忘れたくて墜ちていったんじゃないんだ。
本当はアキに助けてほしかったんだ。アキを失って…悲しいって感情を殺したくて俺は悲しいと思うことを考えないように自分を常に深いところまで墜としてきたけどそれはいつかアキがこんな墜ちた俺の目の前に現れて俺をアキの優しく華奢な腕で抱きしめてくれる、アキがまた俺のところに戻ってきてくれる。 そんな子供じみた幼稚な考えだけを俺はずっと切望していたんだ。
アキが助けに来てくれるわけないのにそんなバカなことを信じて…だからそんなのはもう嫌だったから今だって目の前にあるシンナーを吸って、もう悲しみとか喜びなんて感情を考えられなくしたかった……でも、アキは…ちゃんと来てくれた。最後の最後で俺を助けてくれた。ちゃんと呼んでくれた。そうか…やっと願いが叶った……
そう思うと今度はちゃんと自分で泣けた。これが…涙。……あったかい
数日後
俺はバイト先からアキの墓を聞き出した。
そして今目の前にアキの墓がある。
見るからに冷たく重そうな石だった。
この中にアキが入っているなんて想像もできない。
俺は持ってきた花を供えて手を合わした。
なんとも不思議だった。
アキの死の瞬間を目の当たりにしたわけじゃないのに死んだってことを事務的に聞かされて…嘘かもしれないのに。俺は騙されててアキはちゃんと別のところで元気に暮らして明るい家庭を築いてる。そんなオチなら、そんな俺に対してのいじめなら喜んで受けたかったが…どうやらそれは違うらしい…墓にはアキの好きだった、アキが毎日してたイヤリングが供えられていたこのことが俺にはなにより十分な証拠だった。 俺は思い出した涙の流しかたを思う存分使えるだけ使って泣いた。
体中が震えた。
足が凍った。
瞼がこんなにも熱い。
声がもう出なくなるくらい枯れる声で叫ぶ。
だけど跳ね返ってくるのは自分の声だけだった。
あのアキの優しい声が返ってくることはないんだ。
アキの小さな体を精一杯抱きしめることはできないんだ。
アキ、アキ!アキ!!アキ!!!!アキ!!!!アキ!!!!!アキ!!!!!!アキぃいーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!! 俺は今日、本当の意味でアキを失った…アキはもう二度と俺の前に現れない。アキは二度と俺のことを抱きしめることはない。アキは二度と俺との唇を交わすことはない。アキは二度と俺との時間を過ごすことはない。俺は………本当に一人だ。
(…一人じゃないよ…)
!?アキ…?空耳なんだろうがアキの声が聞こえたような気がした。いや、ちゃんと聞こえたんだ!俺は誰もいないはずの墓に向かって話しかけた。 「ごめん…いっぱい心配させて…アキを守ってあげるつもりだったのに…結局はなにも…なにも!!アキは…幸せでしたか?うん…もちろんそれもあるけど俺との時間…アキつらかったね。ごめんな、ごめんな。俺、アキを抱きしめたいけどもう片腕しかないから力一杯抱きしめてやれないよ…眼も片目だけだからアキの姿、はっきり見えない。アキがいるのに…ごめんね。
うん………うん…うん、分かった…生きるよ。アキの分まで。約束する。だから…だからおやすみ、アキ………」 俺はアキとの最後の会話を交わせた。そこにアキはいないとしてもアキはちゃんといた。俺は最後にアキから一番聞きたかった言葉を聞けたからまた頑張れる。アキとの思い出を胸にして………
(愛してる……今までありがとう。)
俺もずっと愛してるよ……………………アキ。
秋になると思い出す。俺とアキとの物語を…これからもずっと……君が忘れたとしても俺は忘れないよ…………亜紀子。
これを読んでちょっとでも共感できる人がいてくれたらこれほど嬉しいことはありません。