第三話「逃げ道」
僕は次第に壊れていった。
何を話しかけても無反応。
それがみんなにうけたようでさらにひどい扱いを受けるようになった。
部活には出席せざる得ない状況になってしまったので出ることにしているが正直苦痛だ。
いや、苦痛どころじゃないか。
僕はその日も部活に出席し、名簿にチェックされたのを確認すると腹がいたいと抜けだした。
「あっ!」
階段のある角を曲がろうとすると誰かとぶつかりそうになった。僕はすいませんと脇を通り抜けようとしたが
「君……國枝くん?」
名前を呼ばれて反射的に振り返る。
「せ、先輩……?」
「あぁ! やっぱり」
そこには一つ上の先輩がいた。僕と同じパートで明るくて優しい先輩だった。そのため周りからの人望が厚く、みんなから慕われていた。僕と正反対の人だった。
今日はこの学校のではない制服を着ていた。
「あ、これから用事?」
「あ、いえ……」
「んじゃ、どこかで話さない? あれ? 部活は?」
「……いえ、それは……」
言葉を濁す。
「……こっちきて」
「はい」
僕は先輩に手首を掴まれて階段を降り、調理室の前にたどり着いた。
「ここ……懐かしいね」
「はい」
ここで先輩と過ごした日々が蘇る。今の一つ下の後輩も一緒で三人楽しくやっていた。
「先輩が……いなくなってから」
先輩の制服のボタンを見つめながらぼそりとつぶやいた。
「先輩が、卒業してから変わりました。僕も、周りも」
「……」
先輩は相づちを打つこともせず黙って聴いていた。外からセミの鳴き声が聞こえてくる。
「辞めたいです、この部活」
「そっか……」
先輩はそう言うと窓の外を見た。だけど僕はそっちを見ることはできず、ただどこかに視点をおいていた。
「もう……もう……耐えられないんです」
そういうと目の前が真っ暗になった。柔らかな感触が僕を包む。
「國枝くん……私でよければ、話して」
「……先輩」
僕は先輩に抱かれたまま、ポツポツと話し始めた。今回の事の発端を。
「そっか……そんなことがあったんだ」
「それで……。それで……もう、僕はここにはいられないんです」
「……そっか」
僕は泣いていた。もうどうしようもないことへの後悔と先輩への甘えだ。
先輩は僕をよしよしとなぜてくれた。それがまた僕を苦しい気持ちへと向かわせた。
「國枝くん、今日はもう帰ろ」
僕はその言葉にコクリと頷いて答えた。先輩と僕をセミの鳴き声が静かに包んでくれた。
先輩の家に入るのは初めてだった。今までの長い不安な精神の状態で吐き気がし、トイレで出した。
「大丈夫……?」
「はい……」
そのたびに先輩が優しくしてくれた。本当に辛い。いっそ死んでしまいたい。
僕と先輩は部屋で他愛もない会話をした。学校のこと、友達のこと、勉強のこと……。気を使ってくれて、部活のことは触れなかった。
その日は先輩の家に泊まった。
先輩の肌の感触は今でも鮮明に僕の中に残っている。
僕はだんだん外の世界との接触を拒むようになった。
学校に行くことも少なくなり、自分の部屋にこもることが多くなった。
先輩とはあれ以来から電話をしたり、メールをしたりしているが、高校生なのでやはり忙しそうだった。
僕の心は壊れていった。
母親が心配した。父親がカウンセラーを連れてきた。しかし快方へ向かうことはなかった。
精神病院に行って診査を受けた。
僕は、鬱病だった。
入院を強く進められた。僕は拒んだ。空っぽの頭でそれだけはと拒否していた。
本能がそう言っている。
まだ、やるべきことがある――と。




