一章 幻影の城 『しゃがみガード』
時計は午後八時――僕がアルバイトしている喫茶店の閉店時間を指していた。
普段は店長も閉店時間までいるのだが、風邪を引いて寝込んだらしく、復帰するまで店をまかされていた。
正直、パートかアルバイトをもう一人くらい雇ってほしい。
客は窓際の奥の席に一人、頼んだコーヒーも飲まず、ただ外を眺めているだけの少女、一人だけであった。
「お客様、閉店時間ですので、お会計をお願いしたいのですが……」
見た目は高校生くらいだろうか。黒髪のショートヘアーを指先で弄りながら、眠そうに外を眺めている。その目はカラコンでも入れているのだろうか、赤い色をしていた。正直言って凄く美人である。少女の服装は黒を基調としたゴスロリで、それがまた少女の美貌を上手く引き立てている。
そんな絶世の美少女だが、どうやら僕のお願いは無視されたらしい。
これでは店を閉められない。
「あのー……お客様、聞いておられますか?」
…………無反応。
無銭飲食ではなさそうだが、このまま居座られても困る。
いっそ警察に頼ってしまおうか……。
そんなことを思っていると、少女は急にこちらに目を合わせた。
そして彼女の言った言葉は、
「しゃがみガードして」
実に異常だった。
だが、それのレスポンスをする暇もなく彼女に足を払われ、僕は呆気なくうつ伏せに倒された。
床に直撃した胸部に痛みが走る。
「いきなり、何を……!?」
……立てない。相当な力で頭を押さえ付けられているらしい。一体あの華奢な腕の何処にそんな力が?
…………!?
直後、窓硝子が壮大に割れた音がし、その破片が僕の見える範囲にまで飛び散ってきた。
日中に暖められた、温い風が店内に吹き込む。
どうなっているんだ!? こんなこと……ありえないだろ!!
少女の手から解放され立ち上がると、目の前には真夏だというのに黒いトレンチコートに身を包んだ銀髪の白人が、不気味な笑みを浮かべ立っていた。
「何だよお前!! 警察……を――――」
急に意識が薄れ、視界が真っ暗になった。