死をもって償いましょう
自殺をした振り
「セレンティア!! お前というものは聖女であるモイアを売女のようだと言いふらしていたそうだな。そんなお前との婚約を破棄する」
と人を指差して、宣言をするわたくしの婚約者だったゼッテさま。
ああ。やはりかと。
(報告通りになったわね)
淑女の笑みを浮かべながらそんなことを考えていられるのは不本意だった王太子妃教育の賜物だろう。
「だが、俺は慈悲深い。お前が首を垂れて、許しを請うのなら死罪ではなく、側室として……」
「――いえ、それには及びません」
わたくしは手を伸ばして、聖女と元婚約者であり王太子のゼッテさまの護衛……と言いながら護衛の仕事を聖女の色香に惑わされて、疎かになっている騎士団長子息の腰に下げてる剣を奪い、それを身体に思いっきり突き刺す。
「――わたくし自ら責を負うつもりです」
その言葉を最後に。
流れる血。
誰かの悲鳴。
それを耳にしながらわたくしは意識を失った。
セレンティア・バルディ・ウラバスキーはその短い生涯を閉じた――。
ではなく。
「――もう大丈夫です」
王家の影の声がして、そっと起き上がる。
「刃物よりも薬の方が良かったかしら。死んだふりも疲れるのね」
「薬だと後遺症が残る場合もありますので。――名演技でした」
王家の影の言葉に安堵する。
「――わたくしが死んだ後はどうなったの?」
「関係者の責任の押し付け合い。真実の恋とか運命の愛と言っていた王太子と聖女は互いを責め合い、騎士団長子息が剣を持っていたのが悪いという話になっていき、責任を押し付けられたくない騎士団長子息が真実を暴露して会場は混乱状態でしたよ」
「まあ、それでは今回の罠を考えた宰相子息たちにも飛び火していますわね」
いい気味。
くすくすと笑って、事前に用意されていた服に着替える。
ドレスの中に仕込んでいた血糊が不快だったのでやっと着替えられるのは嬉しいものだ。
「計画は成功でした。ですが……当初の計画のままなら。こんな怖い想いさせなかったのに」
確かに、刃物を自分の身体に突き立てるのは怖かった。
でも……。
「貴方が細工した刃物と交換してくれると信じていたから躊躇わなかったわ。――イーヴィル」
王家の影に向かって微笑み、そっと下を向く彼の頬に触れる。
「わたくしは無事だった。それでいいでしょう」
「………………はい」
言い聞かせるように告げると不承不承のような感じで返答が来る。王家の影で感情を殺すのが通常な彼のそんな感情を顕わにしたさまが嬉しい。
「王太后さまと王妃さまには感謝しないと」
そうこんな茶番はすでに知っていた。
王太后さまと王妃さまから事前に報告を受けて――。
「ゼッテ殿下が貴女有責で婚約破棄するつもりなのよ」
王族に嫁ぐ心構えとして王妃さまと王太后さまから話を聞くために開かれるお茶会。そこで王妃さまからとんでもない発言を聞かされた。
「えっ?」
「婚約破棄? あの公務をサボっている馬鹿孫がセレンティア嬢が居なくて公務が出来ると思えないわね」
わたくしが尋ねるよりも先に王太后さまが口を開く。
「そうですね。あの殿下にそれは出来ないと思いますよ」
側室の子供ゆえの容赦なさで王妃さまが辛らつに告げる。
「よくある。運命の相手とか真実の愛で恋人が出来たようで、その恋人に正当な地位を与えたいとか。……陛下の方がマシだったのだと呆れましたわね」
「あの愚息は、王妃の座を貴方に与えて、自分は側室と遊び惚けましたからね。三年子供が出来ない場合側室を儲ける制度があるのを利用して、貴方と子供が出来ないように細工をして」
石女と汚名を被せられて、公務を押し付けられた王妃さまを王太后さまは慰めるように背中を撫でる。
もともと、王妃さまと婚約関係期間に側室と愛を育んで、王妃さまを公務をするための奴隷扱いするために王妃に据えて、側室として迎えると秘かに動いていたのだ。
王太后さまがそんな自分の息子を止めようとしていたが、先代の王太后さまが孫馬鹿で甘やかして、何でも許してしまった結果がそれなのだ。
そんな側室大好きな陛下が愛する側室の子供を王太子にするために策略を練ったが、その後側室が妊娠中に王妃さまに手を出して、いつもなら子供が出来ないように細工をするのにすっかり忘れた結果第二王子が生まれたのだが。
「殿下の運命の相手は聖女だそうですね。あの売女は、自分が王妃じゃないのはおかしいとごねて、貴方に冤罪を吹っ掛けて側室としてこき使うつもりの様です」
王太后さまの後ろには王家の影が控えている。王家の影だが、陛下や王太子に仕えているのではなく、もともと王太后さまが拾って育てて来た者たちだ。
国を奪おうと思ったらいつでも奪えた。だが、それをしなかったのは愚王はともかく王の側近の貴族は国を想い、国のために動いている。そう思っていたから。
だが、此度のことで次世代は国を想っていないのだろうと判断された。
「貴女は都合のいい道具ではない。――これはわたくしたち全員の王家の男に対する復讐です」
王太后さまの宣言が嬉しかった。
そして、詳しい作戦を聞いて……。
「殿下の目の前で自害する。それは変装した王家の影ではなく、わたくしが行います。――わたくしの最大の復讐はわたくし自身で行いたいので」
そう。公務をすべて押し付けて、愛想がないとかいつも忙しくて自分に構ってくれない。女ならもっと愛嬌をと常々言ってくるような王太子がこっちに罪を擦り付けてくるのならもう我慢する必要はない。
目の前でわたくしが死ぬのを見てもらおうか。
と、いう計画で動いたが。
「わたくしはこれからどうなるのかしら」
「……新しい戸籍は用意してあります。後、資金も。もう国の都合で振り回されない幸せな暮らしをするようにとのお言葉でした」
「そう………。イーヴィルがいるということはわたくしのお願いを叶えてくれるということかしら?」
「……………」
イーヴィルは黙っていた。
殿下の公務を押し付けられて、王太子妃としての教育の日々。その疲労で倒れかかった時にそっと助けてくれた存在が居た。
その日以来。わたくしが無理をしようとすると止めようとしてくれ、僅かな差し入れを用意してくれる人がいた。
そして、王太后さまと王妃さまにそっと報告をしてくれて、わたくしの休憩の時間を作るために王家に嫁ぐための心構えの話すためという名目のお茶会を用意してくれた。
わたくしの苦労を知らずにそれどころかますます負担を押し付けて浮気をしている婚約者とそんなわたくしを支えてくれた王家の影。
どちらに心が傾くかは普通に分かるだろう。
だけど、わたくしは王太子の婚約者だったから。想いを伝えることはできなかった。婚約者の企てを知るまでは――。
「では、行きましょう。――新たな人生を」
イーヴィルと共に王太后さまと王妃さまが教えてくれた隠し通路を通り城の外を出る。
この後王太后さまは陛下を強制的に退位させて、次の王を王妃さまの産んだ第二王子にする計画だ。王太子はわたくしが死んだことで、諸々のことが明るみに出るような手はずになっている。
それに当然陛下も側室も加担していたから当然だ。
両親はわたくしの状況を理解していたが、王太子の婚約者だから当然だろうと何もしなかったので生きていることを報告する気にもならない。
「さて、何をしましょう」
決められた道が無くなり、まだ決まっていない未来がある。今はただそれを考えていくことを楽しもうと前を見て進むだけだった。
実は王太后さまはそろそろ寿命が近かったので孫同然にかわいがっていた主人公を幸せにしたかった。王妃も同じく娘のように思っていた。




