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成り上がらない悪役令嬢の禁呪詠唱 〜転生した元女子高生は婚約も破滅もどうでもいい、ただ眠りたい〜

作者: 棗 月雫
掲載日:2026/03/28

――王立グランディール魔導学院、卒業式。


春の光が差し込む大講堂には、王族、貴族、教師、そして卒業生たちが整然と並んでいた。


壇上の中央には、王太子

カルディナス・レイヴァルト。


その隣には、桃色のドレスを着た伯爵令嬢、キノリエル・ラグナ。


そして、その少し離れた場所に――


黒髪の少女が一人、椅子にもたれていた。


アスリープ・ヴェイン。


ヴェイン魔導侯爵家の令嬢であり、カルディナスの婚約者。


……ただし今は、ほぼ寝ている。


(ねむい)


アスリープは薄く目を閉じたまま思う。


(卒業式、長い……)



前世でもこういう式は苦手だった。


体育館。

長い話。

立ったり座ったり。


――篠崎しのざき すい


それが、彼女の前世の名前だ。


日本の女子高生。


夜更かししてゲームして、授業中に寝て、

ある日そのまま――気づいたら、この世界にいた。


最初は驚いたが、すぐ慣れた。


なぜならこの世界には、面白いものがあったからだ。


禁呪。


世界を壊す魔法。


それを研究していたら、だいたいのことがどうでもよくなった。


学院ではそのせいで「危険な魔女」「悪役令嬢」などと

好き勝手に呼ばれているが、正直どうでもいい。




たとえば――


婚約とか。




「では、最後に――」


学院長が言いかけた瞬間。


カルディナスが一歩前に出た。


「待て」


会場がざわめく。


王太子は堂々と声を張り上げた。


「この場を借りて宣言する!」


指がまっすぐ向けられる。


「アスリープ・ヴェイン! 私は貴様との婚約を――」


その時。


アスリープがゆっくり目を開けた。


眠そうな紫の瞳。


カルディナスは高らかに言い放つ。


「婚約破棄する!!」


大講堂がどよめいた。


キノリエルが一歩前に出て、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ふふ……ついにですわね。

禁呪ばかり研究して人付き合いもせず、

学院中から『悪役令嬢』と恐れられている貴女が悪いのですわ!」


アスリープはぼんやりと二人を見た。


数秒の沈黙。


そして一言。


「……そう」


反応が薄すぎた。



カルディナスの眉がぴくりと動く。


「それだけか!」


「眠い」


「は?」


「卒業式長い」


その時だった。


――轟音。


学院の外壁が爆発した。


「敵襲!!」


兵士の叫び声。


窓の外には黒旗の軍勢。


敵国軍。


ざわめく会場。



「な、何だと……!」


カルディナスが剣を抜いた瞬間。


今度は天井が裂けた。


黒い裂け目から、巨大な影が降りてくる。


角の生えた魔族。


「人間共ォォォォ!」


「魔族だと!?」


パニックが広がる。


さらに――


貴族席から剣が抜かれた。


「今だ! 王家を討て!」


謀反。


講堂は完全な戦場になった。


兵士が叫ぶ。


「陛下を守れ!」


魔族が笑う。


「滅びろ人間!」


敵国軍が突入する。


「突撃!」


叫び声。


剣の音。


爆発。


混乱。


その中心で。


アスリープはゆっくり立ち上がった。



「……うるさい」


誰も聞いていない。


彼女は制服のポケットから、小さなノートを取り出した。


禁呪研究ノート。


前世で覚えた文字も、数式も、

この世界の魔導理論も、全部ここに混ざっている。



アスリープは小さく息を吐いた。


「じゃあ」


詠唱。


「第七位階封印式――」


空気が震えた。


魔力が講堂を満たす。


教師が顔色を変える。


「ま、待て! その詠唱は――!」


アスリープはノートを見ながら淡々と続けた。


「≠≒∮†ΨΞΩ∞

虚空転位式/星辰偏差軌道

滅・封・寂・壊


0x7A†∞≠≠Ψ

縺?k縺輔>縲√?繧?繧峨○繧


騒音停止/領域静寂/強制終幕


――世界静音領域展開」


瞬間。


音が消えた。


完全な静寂。


そして次の瞬間。


空が割れた。


巨大な重力が講堂全体を押し潰す。


敵兵は地面に叩きつけられ、魔族はその場で封印され、謀反貴族は床にめり込んだ。



戦いは...


三秒で終わった。





静まり返る講堂。


誰も動けない。


アスリープはノートを閉じた。


「……終わり」


カルディナスが震える声で言う。


「き、貴様……何を……」


アスリープはあくびをした。


「掃除」


そして踵を返す。


「帰る」


「待て!」


カルディナスが叫ぶ。


「国を守ったのだぞ!」


「知らない」


「王家に仕える義務が――」


「眠い」


アスリープは歩き続ける。


講堂の扉を開けると――


そこに一人の男が立っていた。



黒髪。


灰色の瞳。


軽装の青年。


彼は状況を見て、しばらく黙った。


そして言う。


「……一人で全部やったのか?アスリープ」


「うん」


男は肩をすくめた。


「隣国の密偵として色々見てきたが」


少し笑う。


「卒業式で国防戦力を手放す国は初めてだ」


アスリープは壁にもたれた。


「馬ある?」


「ある」


「国外、行く」


男は呆れた顔をする。


「逃亡か」


「寝たい」




数分後。


二人は学院を出た。


背後では兵士たちが騒いでいる。


王城でも、今頃大騒ぎだろう。



カルディナスは青ざめていた。


「……国王陛下に何と言えば……」



***



その頃――


王宮では、報告を聞いた国王は沈黙した。


そして一言。


「……お前は」


カルディナスを見下ろす。


「国を守る禁呪使いを婚約破棄したのか」


王太子は青ざめた。



***



王国の外れ。


森の中の小さな小屋。


アスリープはベッドに倒れ込んだ。


「……やっと」


毛布をかぶる。


数秒で眠りに落ちた。


窓際で青年が呟く。


「国を半壊させて寝る女、初めて見た」


森は静かだった。


とても。


とても静かだった。



――成り上がる気などない。


ただ、静かに眠れればそれでいい。


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