憧れの副団長と仲が良い平民の私ですが、好きになった騎士に利用されていました
「今日もお疲れ様です」
私はそう言って、治癒所の床を拭く。
ここはウィスタリア聖教国騎士団の治癒所。
戦いで傷ついた騎士たちが訪れる場所だ。
私はただの下働き。
薬草を運び、床を磨き、血で汚れた布を洗う――そんな毎日。
だけど。
「おはよう、今日も早いね」
振り返ると、そこにいるのは――
ラベンダー副団長。
騎士団の誰もが憧れ、好意を寄せる女性騎士。
美しく、強く、そして――誰よりも優しい人。
「ラベンダー様、おはようございます!」
「そんなにかしこまらなくていいのよ。いつも手伝ってくれてるでしょ?」
そう言って、私の手からバケツを受け取ろうとする。
「だ、だめです!これは私の仕事ですから!」
「ふふ、えらいわね。でも、私にも手伝わせてちょうだい」
ニッコリ笑う笑顔が眩しすぎる。
黒い瞳に黒髪はこの国では珍しいが逆に神秘的なのだ。
そんなやり取りを見て、同じ下働きの子から羨ましがられる。
「あなた、いいわねぇ。副団長と仲良くて」
会話をしたことのない騎士まで、
「あ、あのさ、君、ラベンダー副団長とよく話す子だろ?ラベンダー副団長の好きな物ってなにかわかるかな」
とか言ってくる。
勘弁してほしい。
なかには、無遠慮に
「今度、副団長の好きな人とか聞いてこいよ」
という騎士までいる。
私は苦笑いするしかない。
――そんなこと、聞けるわけがないでしょ。
ラベンダー様は、誰に対しても優しい。
だからこそ、余計に。
その優しさの中に踏み込むのが、怖かった。
そんな私にも――
最近、気になる人ができた。
「今日も大変そうだな」
声をかけてくるのは、騎士の一人。
優しくて、気さくで。
下働きの私にも、分け隔てなく接してくれる人。
「いえ、これくらい平気です」
「無理すんなよ。怪我でもしたら大変だろ」
そう言って、自然に重い荷物を持ってくれる。
――ああ、この人は違う。
そう思ってしまった。
何度も話すうちに、距離は近づいていった。
やがて。
「俺と付き合わないか。いつも頑張っている君が気になるんだ」
そんなこと言われたの、生まれて初めて。
私はその言葉に、すぐに彼にのぼせ上がってしまった。
何度か彼とデートをし、私はとても幸せな時間を過ごすことができた。
ところが、ある日
「なあ、一つ聞いていいか?」
「はい?」
「ラベンダー副団長ってさ、誰かと付き合ってるのか?」
その時、少しだけ胸がチクリとした。
「いえ……そういう話は聞いたことがありません」
「そうか……」
彼は少し考えるような顔をしたあと、笑った。
「ありがとな」
――その時は、気づかなかった。
数日後。
私は、偶然それを聞いてしまった。
騎士団の裏手。
人のいない場所で。
「あの女、使えるよな」
聞こえてきたのは、あの人の声だった。
「ラベンダー副団長に近いし、情報引き出すにはちょうどいい」
「それに魔物討伐の時も、あの子の彼氏だってことで、ラベンダー副団長が守ってくれたりするんだぜ」
「だけど、意外に使えない。副団長の好きなもの1つ知らないって言うんだからな」
彼の腕にもたれながら、別の女の声が笑う。
「ほんと、あの子って単純よね」
「ちょっと優しくすればすぐ勘違いするし」
「あなたに利用されることも知らないで」
頭が真っ白になった。
足が動かない。
「ま、そのうち飽きたら捨てるけどな」
――そこで、ようやく理解した。
ああ。
私は。
最初から、利用されていただけだったんだ。
その日の夜。
ラベンダー副団長が、静かに私の前に座った。
「……どうしたの?最近なんだか元気がない様子だったから」
顔を上げると、黒く優しい瞳がこちらを見ていた。
私は、泣いた。そして全てを話した。
「ごめんなさい……迷惑ですよね……」
「許せない」
ラベンダー様は、はっきりと言った。
「あなたは悪くないじゃない。むしろ・・・・」
その声は、いつもより少しだけ低かった。
「……明日、騎士団で公開の場を設けるわ」
「え?」
「全部、終わらせる」
その黒い瞳は――
怒っていた。
翌日。
騎士団の大広間。
全員が集められた。
ざわめく空気の中、ラベンダー副団長の隣にいる第一騎士団団長が前に立つ。
「本日、騎士団内の不正について確認する」
静まり返る空間。
その中央に――
あの人が立たされていた。
「何のことですか、団長」
余裕の笑み。
だけど。
「――“真実を語る魔道具”を使用する」
空気が変わった。
ラベンダー様が小さな魔道具を掲げる。
「質問に、嘘はつけません」
ざわめきが広がる。
彼の顔から、余裕が消えた。
団長が、
「では聞こう」
冷たい声。
私を指差し、
「お前は、この少女に好意を持っていたか?」
「……いいえ」
ざわつく。
「では、なぜ近づいた?」
彼の口が、勝手に動いた。
「ラベンダー副団長の情報を得るためです」
ざわめきが一気に広がる。
「それに、この子と仲良くすると、ラベンダー副団長から便宜を図ってもらいやすいと思ったからです」
「この少女をどう思っている?」
――一瞬、間があって。
「都合のいい道具です。どうせ、平民だし、少し遊んでから捨ててもいいと思いました」
その瞬間。
空気が凍った。
ラベンダー副団長が、一歩前に出る。
「……最低ね、騎士を名乗る資格すら無いわ」
見たことないぐらい冷たい表情。
その一言は、重かった。
「騎士の誇りを踏みにじり、仲間を利用し、弱者を弄ぶ」
「ラベンダー副団長から事前に報告を受けていた。覚悟はできているな」
彼は震えていた。
「弁明はあるか?」
「……ありません」
「ならば処分を下す」
静かに。
だが、確実に。
「第一騎士団より除名。以後、第一騎士団への出入りを禁ずる」
完全な追放だった。
彼は確か、貴族の子息だった。
そんな彼が第一騎士団を追放になったのだ。
家にとっても彼は醜聞になるだろう。
すべてが終わったあと。
私は、外で空を見上げていた。
「……大丈夫?」
振り返ると、ラベンダー様がいた。
「はい……大丈夫、です」
少しだけ、笑えた。
「強いね」
「そんなことないです……でも」
一度、深呼吸して。
「もう、誰かに利用されるのは嫌です」
ラベンダー様は、優しく、ギュッと抱きしめてくれた。
その時。
「……あの」
別の声がした。
振り向くと、一人の騎士が立っていた。
「ずっと見てました。あなたのこと」
驚く私に、その人は少し照れながら言う。
「俺は、あなたみたいに頑張ってる人を、ちゃんと大事にしたい」
まっすぐな言葉だった。
ラベンダー様が、くすっと笑う。
「彼、すっごくいい人よ。私が保証する。なんせ、私でなく、いつもあなたのことばかり見てたもの、ね」
彼はその言葉に赤くなる。
「え、えっと……」
顔が熱くなる。
だけど。
怖かった。でも、この人の言葉は逃げたくないと思えた。
今度は、ちゃんと分かる。
この人は――
違う。
もう、間違えない。
私は、前を向いて歩いていく。
お話に登場するラベンダー副団長は、シリーズ本編第2作目「僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です2」の第1部で登場します。
ラベンダーはのちに空の勇者ラベンダーとなって活躍します。
興味が湧いていただければ、ぜひご一読ください。




