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第3章第3話

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ヤハの灯を継ぎし者エピソード1第3章第3話

ep.1 ヤハの灯を継ぎし者エピソード1第3章第3話

掲載日:2025年10月15日 00時48分

更新日:2025年10月17日 12時14分

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前書き

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本文

クリスがモンテル家に戻ると、玄関先にカタリナの姿があった。彼女はクリスの顔を一目見て、


すぐに首をかしげた。


「クリス……なんだか顔色が悪いわね。大丈夫?」


https://48460.mitemin.net/i1034761/


クリスは慌てて微笑みをつくった。


「ええ、大丈夫です。……あっ、アルベルトさんは?」


「今日は会合で遅くなるって言っていたわ。ニコラスさんも帰ったし、あなた、少し休んだ


方がいいんじゃない? お茶でも入れましょうか?」


「あっ、はい。ありがとうございます。」


礼を述べたものの、クリスの身体からは力が抜け落ちていた。頭の中は重苦しい霧に包ま


れ、港でのドメニコの言葉がこだましている。ソファに腰を下ろすと、思わず呻きが漏れた。


──どういうことだ……? 一体、何が起こっているんだ?


答えは見つからず、思考は空回りするばかりだった。


しばらくしてカタリナが湯気の立つ茶を運んできてくれた。カップの香りが部屋を満た


したが、心の混乱は収まらない。


「あっ、そうそう。」とカタリナが言った。


「私、この後セバスチャンが入る学校の件で話し合いがあって出かけるの。ゆっくりしてい


てね。」


「はい、ありがとうございます。」


そう言って彼女は身支度を整え、屋敷を後にした。屋敷は急に静まり返った。


──帝国のマーク。


ふと、クリスの脳裏に浮かんだのは、あの日アルベルトの部屋でニコラスが持っていた書


類だった。


https://48460.mitemin.net/i1035332/


確かにあの封印には帝国の印章が押されていた。だが、なぜニコラスがあの部屋


に入れたのだろう。アルベルトは部屋を出るとき、必ず鍵を掛けていたはずだ。


思い返す。──そうだ。以前、鍵が忽然と消えたことがあった。その直後、ちょび髭の家


庭教師が風邪を理由に休んでいた。そして数日後、鍵は居間で見つかった。見つけたのは…


…あの家庭教師自身だった。


クリスは拳を握りしめた。


──そうか。鍵を盗み、錠前屋に複製を作らせ、それをニコラスに渡したのだ。彼らは最


初から組んでいたのか。


しかし、証拠は何ひとつない。疑念はあっても、証明できる証拠はどこにもなかった。


クリスは深く息を吸い、心を鎮めようとした。ヤハの言葉が胸の奥に静かに蘇る。


──「どんなときも、恐れずに真実を語りなさい。」


その時、玄関から賑やかな声が響いてきた。


「お帰りなさいませ!」


メイドたちが一斉に頭を下げる声。その先には、誰かが帰ってきたのだ。クリスは胸の鼓


動が早まるのを感じ、思わず立ち上がった。


メイドたちの声に続いて、重々しい靴音が廊下を響かせる。やがて姿を現したのは、背広


めいた上質な外套を羽織ったアルベルトだった。会合から戻ったのだろう。顔には疲労の影


が見えたが、その眼差しは相変わらず鋭く、誰もが思わず背筋を伸ばす。


アルベルトはメイドたちに軽く頷くと、視線を巡らせ、ソファに腰を下ろしていたクリス


に気づいた。


「……クリスか。」


低い声が部屋に響いた。その声には、微妙な探るような響きがあった。


「アルベルトさん。お帰りなさい。」


クリスは慌てて立ち上がり、礼をした。だが胸の内では、港で聞いたドメニコの言葉が渦


巻いていた。──ニコラス。帝国。賄賂。


アルベルトはゆっくりと外套を脱ぎ、椅子に腰を下ろした。指先で机を軽く叩きながら、


ちらりとクリスを見やる。


「……留守の間、何事もなかったか?」


その問いかけに、クリスの喉は渇き、返事が遅れた。


「は、はい。特には……」


アルベルトはしばらく沈黙し、視線を逸らした。その横顔に刻まれた皺の奥に、深い思惑


が潜んでいるように見えた。


──この人は、ニコラスのことをどこまで知っているのだろうか?


クリスの胸は重く、答えのない疑念に押し潰されそうだった。


──今、言わなければ。


「アルベルトさん!」


アルベルトが足を止め、振り向く。


「ん?」


「お話があります。」


アルベルトは少し眉をひそめ、疲れの滲んだ声で答えた。


「なんだ? 私は今日は疲れているんだ。明日にしてくれないか?」


クリスは一歩、踏み出した。


「どうしても今、お話ししたいことがあります。……実は、ニコラスさんのことなのですが


──」


言い終えるより早く、アルベルトの表情が鋭く変わった。苛立ちが一気に燃え上がる。


「そのことなら、もういい! 君には関係のないことだ。余計な口出しはしなくていい!」


低く唸るような声とともに、アルベルトは部屋へと引き返し、重い扉をバタンと閉めた。


廊下に残った空気が震えるほどの音だった。


クリスは立ち尽くした。胸に広がるのは言いようのない無力感。


「はぁ……」


深いため息がこぼれ、足元の力が抜けていく。ソファに腰を下ろすと、体全体が重く沈んでいくようだった。


夜が更け、屋敷は静まり返った。クリスは祈るように目を閉じ、ただヤハに心を委ねた。


──そして翌朝。


けたたましいノックの音と、叫び声が廊下に響き渡った。


クリスは跳ね起き、廊下へ出た。寝間着のまま駆け寄ると、玄関の方でメイドが慌てて戸


口を開けにいった。


「開けろ! アウレリア帝国の役人だ!」


クリスは息を呑み、凍りついた足を無理やり前へ運んだ。


カタリナが驚いて玄関に来てみると、灰色の外套に赤い紋章をつけた役人たちが、冷たい


空気と共に踏み込んできた。


「この家の主、アルベルト・モンテルはどこだ!」


隊長格の男が鋭く問いかける。


そのとき階段の上から足音がし、アルベルトが現れた。寝間着姿ながら背筋を伸ばし、冷


ややかな視線を返す。


「私がアルベルトだ。朝早くから何の用だ。」


役人は一歩進み出て、命じた。


「アルベルト・モンテル、帝国物資の不正取引の嫌疑がかかっている。屋敷を調べさせても


らう。」


カタリナが息を呑む。


「そんな……!」


「調べるがいい。」アルベルトは短く言い切った。


「私にはやましいことなど何もない。」


役人たちは黙って頷き、手際よく屋敷中を捜索し始めた。靴音が床を鳴らし、部屋ごとに


扉が開け閉めされる音が続く。


やがて一人の役人がアルベルトの書斎から声を上げた。


「隊長、これを!」


隊長が駆けつける。部屋の中央の机の引き出しが半ば開き、そこから分厚い封筒が取り出


されていた。封筒には帝国の鷲の紋章が押された書簡が添えられている。


「……これは?」アルベルトが眉をひそめる。


隊長は冷ややかに告げた。


「帝国の役人に渡された賄賂の記録と、入金を証する署名だ。あなたの名がはっきりと記さ


れている。」


カタリナは蒼白になり、クリスは息を呑んだ。


まさか……。


アルベルトは一歩前に出て声を張り上げた。


「そんな馬鹿な! その封筒は私のものではない! 誰かが仕組んだに違いない!」


しかし隊長は冷静に首を振った。


「詳しい調べは裁判所で行う。アウレリア帝国の名において、あなたを拘束する。」


役人たちはためらいなくアルベルトの両腕を取った。


「アルベルト!」カタリナが叫ぶ。セバスチャンが泣きながら母の裾にしがみつく。


アルベルトは家族を見つめ、苦渋に満ちた声で言った。


「心配するな。必ず潔白を証明して戻る。」


役人たちは彼を玄関へと連れ出していく。


クリスは思わず一歩踏み出した。


「待ってください! これは罠です。アルベルトさんは無実です!」


隊長は一瞬クリスを見やり、冷ややかに答えた。


「ならば、裁判の場でそう証言するがいい。」


扉が閉まった後、屋敷には深い沈黙が落ちた。


カタリナは震える肩を抱きながら嗚咽をこらえ、セバスチャンは怯えた目でクリスを見


上げる。


──ニコラス。


クリスの胸の奥で、静かな怒りと決意が燃え上がった。


アルベルトが帝国の役人たちに連れ去られたあと、モンテル家には深い沈黙が落ちた。カタ


リナは玄関に立ち尽くしたまま、幼いセバスチャンをいつまでも抱きしめていた。外では早


朝の港町が目を覚ましつつあるというのに、屋敷の中は時が止まったようだった。

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