表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/224

氷河を越えて。

「氷河を越えて、二人だけの列車旅」


翌朝、アキラと美香は南島のトランツアルパイン高山列車に乗り込んだ。列車の窓は大きく、外の景色を遮るものはほとんどない。ゆっくりと列車が動き出すと、眼前には雪を頂く山々が連なり、谷間を抜ける川の水は透明に輝き、澄んだ空気が体中を満たす。


「すごかね、この景色…まるで絵の中にいるみたいやん」美香が窓に顔を近づけ、目を輝かせる。

「ほんとやね。冷たい風も気持ちよかし、なんか心まで洗われるみたいや」アキラが隣で頷く。


列車の振動と軋む音が心地よく、二人の会話は自然と静まり、ただ外の雄大な自然に目を奪われる。氷河を抱く山々の青白い光、谷間を流れる川のせせらぎ、遠くで小さく動く羊の群れ…。すべてが二人の心に深く刻まれていく。


「美香、こげん景色ば、一緒に見られて嬉しかね」アキラが肩に腕を回す。

「うん、アキラと一緒やけん、余計に感動するとよ」美香が小さく微笑む。


列車は山を登り、次第に視界に広がる景色が変わる。雪解け水の流れる渓谷、緑に覆われた丘陵、そして遠くに広がる湖がキラキラと光る。そのたびに二人は写真を撮り合い、後で家族に送ることを思い浮かべながら笑顔になる。


途中、車窓越しに見える氷河の端に光が差し込み、青い氷の層が透き通って輝く。美香は息を呑み、アキラはその表情を見て微笑む。

「ねぇ、アキラ…この景色見たら、なんか曲にしたくなるね」美香が窓越しに景色を見つめながら呟く。

「おう、それやったら、曲のイメージば今ここで膨らませよか」アキラも楽しそうに頷く。


列車は長いトンネルを抜け、また光に満ちた景色へと出る。二人は肩を寄せ合い、ただその壮大な自然と時間の流れを楽しんだ。


列車の旅は、単なる移動手段ではなく、二人だけの世界を作る時間だった。窓の外に広がる風景のすべてが、二人の心に刻まれ、愛情と幸福をより一層深めていく。




列車が中腹の展望スポットに停車すると、車掌の合図で乗客たちが外に降りる。雪を抱く山々と谷間に広がる川、そして遠くに見える氷河の雄大さに、乗客たちから歓声が上がる。美香とアキラも列車の階段を降り、冷たい空気に触れる。


「うわ〜、ほんとに凄か景色やね!」美香が手を広げ、深呼吸する。

「まるで地球のど真ん中に立っとるみたいやろ?」アキラが笑いながら隣に立つ。


二人は交互にスマートフォンを取り出し、写真を撮り合う。自然の中に溶け込む自分たちの姿を確認しながら、微笑みが止まらない。


「アキラ、この景色、福岡の家族にも見せたいね」美香が言うと、アキラは頷きながらスマホで家族に写真を送る。すぐに光子と優子から返信が来る。「うわ〜、お姉ちゃん達、かっこよか!」「うちらも行きた〜い!」と、ギャグと興奮が入り混じったメッセージに二人は笑いながら応える。


「ほんと、双子ちゃんは、どこにおっても笑いば振りまくよね」アキラが呟く。

「うん、でもそれがうちの家族のええところやん。ほら、景色もええけど、笑いがあればさらに楽しかね」美香も頷く。


展望スポットでは、地元の観光ガイドがやってきて、氷河や山の形成、氷河湖の秘密を説明してくれる。二人は英語で質問もし、丁寧に答えてもらう。美香は「この氷河はどのくらいの年月かけてできたんですか?」と尋ね、ガイドは笑顔で説明する。「約一万年かけて少しずつ形成されました」と。


説明を聞きながら、アキラは美香の横顔を見つめる。雪の光が髪に反射して輝き、目は景色を映す鏡のように澄んでいる。アキラは思わず手を握ると、美香もそっと手を重ね返す。


列車が再び動き出すと、二人は窓際の席に戻る。列車の揺れと風景が、心地よい時間をさらに演出する。美香は次の曲のイメージを心の中で描き、アキラはその感性に耳を傾ける。


「ねぇ、アキラ…もし光子と優子がここにおったら、絶対羊や氷河にボケかましよるよね」美香が笑いながら言うと、アキラも笑い転げる。「ほんと、双子犬みたいに羊追いかけて、こけたりしよるやろうな」


夕暮れが近づき、列車の窓から見える山の稜線はオレンジ色に染まる。二人は肩を寄せ、静かにその景色を味わった。自然の雄大さ、時間の流れ、そして何より二人で共有する幸福な瞬間。それが、この旅を特別なものにしていた。


「今日も一日、最高やったね」美香が小さく呟くと、アキラは微笑みながら頷く。「ああ、明日もまた、もっと楽しか景色ば見に行こう」


列車はゆっくりと山を下り、町へと近づいていく。二人の心には、この旅でしか味わえない自然と愛情が深く刻まれていた。





列車の車内はゆったりとした雰囲気で、窓の外には雪を抱く山々や緑の谷が流れていく。美香とアキラは隣同士の席に座り、列車の揺れに身を任せながら、周囲の観光客たちとの会話を楽しむ。


「Hello! Are you enjoying the scenery?」

(こんにちは!景色は楽しんでますか?)と、隣の席に座るイギリス人の観光客が声をかけてきた。


「Yes, it’s absolutely breathtaking. We’ve never seen anything like this in Japan.」

(はい、本当に息をのむような景色です。日本では見たことがないです)と、美香が答える。


アキラも笑顔で「We came from Fukuoka, in Japan. This train ride is amazing!」

(日本の福岡から来ました。この列車の旅は最高です!)と加える。


観光客たちは興味深そうに「Oh, you’re from Japan! Which part? Fukuoka, I see. Have you been to other parts of New Zealand yet?」

(おお、日本からですか!どのあたりですか?福岡ですね。ニュージーランドの他の場所ももう訪れましたか?)と質問。


「Yes, we’ve been around the North Island first, visiting Wellington and Rotorua. Now we’re enjoying the South Island, and this train ride is a highlight.」

(はい、まず北島を回って、ウェリントンやロトルアを訪れました。今は南島を楽しんでいます。この列車の旅は特に素晴らしいです)と美香が説明。


すると別のカナダ人観光客も話に加わり、「Do you play music? You seem like you have an artistic aura.」

(音楽をやっているんですか?芸術的なオーラを感じますね)と言う。


美香は少し照れながらも「Yes, I’m a trombone player in the Fukuoka Symphony Orchestra, and my husband plays trumpet and saxophone.」

(はい、私は福岡交響楽団のトロンボーン奏者で、夫はトランペットとサックスを演奏しています)と答えると、アキラが頷きながら付け加える。「We also compose music, and sometimes perform together.」

(私たちは作曲もしていて、時々一緒に演奏もします)


その話を聞いた観光客たちは目を輝かせ、「That’s amazing! You must have performed all over Japan!」

(すごい!日本中で演奏したことがあるんでしょうね!)と驚く。


美香は笑顔で「Yes, and we love sharing music with everyone, just like we love traveling and seeing beautiful landscapes.」

(はい、音楽をみんなと共有するのが大好きです。美しい風景を見るのも同じくらい好きです)と答える。


会話が弾む中、列車は再び山間の渓谷をゆっくりと進み、車内には笑顔と楽しげな声があふれる。美香とアキラは、列車の窓から見える壮大な景色を背景に、新しい友人たちとの交流も楽しみながら、南島の旅の時間を存分に味わった。





列車が山間の渓谷をゆっくり進む中、アキラはそっとバッグからトランペットを取り出した。美香はそれに気づき、にっこりと微笑む。


「ここで少し演奏してみようか」とアキラが囁く。


アキラが吹き始めるトランペットの音は、窓の外の壮大な自然と不思議と調和し、柔らかなメロディが車内に広がる。美香は目を閉じ、深く息を吸い込み、ゆっくりと歌い始めた。


英語に訳した故郷の歌詞が、澄んだ声で列車内に響く。


“From the streets of Fukuoka, where rivers gleam,

Through the laughter and the dreams, we journeyed as a team.

The city lights, the harbor bright,

Memories linger, hearts take flight.”


(福岡の街から、川がきらめく場所から

笑いと夢を抱えて、私たちは共に歩んだ

街の灯、港の光

思い出が残り、心が舞い上がる)


アキラのトランペットがそれに応え、二人の音が絡み合う。車内の観光客たちも静かに耳を傾け、やがて拍手が起こる。


「That’s beautiful! Where is this from?」

(素敵ですね!これはどこからの曲ですか?)


美香は微笑み、「It’s my hometown, Fukuoka, in Japan. I translated a song from there into English.」

(日本の福岡の故郷の歌です。そこでの歌を英語に訳して歌いました)と答える。


アキラはそっと美香の手を握り、二人は互いに微笑み合った。列車の窓の外に広がる南島の雄大な自然と、二人の音楽が重なり、まるで時間も空間も忘れたような、幸福なひとときが流れる。


観光客たちも、思わずスマートフォンで動画を撮りながら、「Incredible! You two really make music with the soul!」

(信じられない!二人は本当に魂で音楽を奏でている!)


美香とアキラは顔を見合わせ、二人だけの世界を噛みしめる。列車はまだまだ旅を続けるが、この瞬間は二人の心に深く刻まれた。




列車の窓の外に、南島の雄大な山々が次々と流れ、アキラはトランペットをそっと構えた。美香は目を閉じ、深呼吸をひとつ。静かな息遣いのあと、日本の唱歌「故郷」を口ずさみ始めた。


“うさぎ追いしかの山

小鮒釣りしかの川

夢は今も巡りて

忘れがたき故郷”


(Rabbit chasing in the hills,

Fishing for little carps in the stream,

Dreams still wander through my mind,

My unforgettable hometown)


アキラのトランペットが美香の歌声に寄り添い、柔らかく、しかし力強く旋律を支える。列車内の観光客たちも息を潜め、窓の外の景色と相まって、まるで日本の原風景がこの南半球に蘇ったかのような錯覚を覚える。


美香の声は澄み渡り、どこか懐かしさと温かさを宿していた。アキラは曲の合間に優しく応え、二人の呼吸がぴったりと重なる。


乗客の一人が、「Oh, what a beautiful song… Where is this from?」

(ああ、なんて美しい歌なんだ…これはどこの歌ですか?)


美香は微笑みながら答える。「It’s a Japanese song called ‘Furusato,’ meaning ‘Hometown.’ I grew up singing this song in Fukuoka, Japan.」

(『故郷』という日本の歌です。福岡で育った私は、子供のころからこの歌を歌ってきました)


列車のガタンゴトンというリズムに合わせ、二人の音楽はさらに柔らかく、しかし深く、乗客の心にも響き渡る。アキラはそっと美香の手に触れ、二人の間には言葉にできない絆が流れていた。


列車はまだまだ走り続ける。だが、窓の外に広がる景色と二人の音楽、そして故郷への想いが混ざり合い、この瞬間は永遠のように感じられた。





列車の揺れに合わせて、アキラのトランペットがやさしく響く中、美香は歌い終え、窓の外の南島の景色を見つめながら語り始めた。


「この曲、『故郷』はね、舞台となったのは長野県飯山市の菅平高原やと。うさぎ追いしかの山や小鮒釣りしかの川の情景は、この高原の四季折々の風景から生まれたとよ。」


(This song, Furusato, is set in Sugadaira Plateau in Iiyama, Nagano. The hills where rabbits are chased and the streams where little carps swim… these scenes come from the four seasons of this plateau.)


美香はタブレットを取り出し、菅平高原の写真を乗客たちに見せる。春には新緑が輝き、夏には涼やかな草原が広がり、秋には紅葉が山を染め、冬には雪化粧をした山々が静かに佇む様子が映し出される。


「この曲の作者は、故郷を離れて東京で暮らす中で、いつまでも美しい故郷の景色を思い出して作られたと。」


(The composer of this song, having left his hometown and living in Tokyo, wrote it while always remembering the beautiful scenery of his hometown.)


乗客の一人が感心して、「How beautiful… I can almost see the landscape in my mind.」

(なんて美しい…まるでその風景が頭の中に浮かんでくるようです)


美香は微笑みながら頷く。「Yes, every season has its own beauty, and this song captures that longing for home.」

(そう、四季それぞれの美しさがあって、この曲は故郷への想いを映しているんです)


アキラもそっと手を握り、列車の窓に映る南島の山々と菅平高原の写真を交互に眺めながら、二人の心には、遠く離れた日本の風景と、今目の前のニュージーランドの大自然が一つに溶け合っていくようだった。


列車のガタンゴトンというリズムに、歌声とトランペットの余韻が重なり、南島の雄大な自然の中で、日本の美しい故郷への想いが静かに、しかし力強く響き渡った。





列車が山間の谷を抜けると、窓の外には広大な牧草地が広がり、羊たちがのんびり草を食む姿が見える。アキラはトランペットを肩に構え、美香に目を向けた。


「じゃあ、次はちょっと楽しい曲、ビートルズのナンバーでも歌おうか。」


美香は微笑みながら頷き、深呼吸をひとつ。列車内に軽やかなビートルズのメロディが流れ始める。


美香(歌いながら、英語で)

“Here comes the sun, doo-doo-doo-doo…”

(「ヒア・カムズ・ザ・サン、ドゥドゥドゥドゥ…」)


アキラのトランペットがやさしくハーモニーを添え、列車内の空気がふんわりと温かくなる。窓の外の緑の牧草と、列車の揺れがリズムに重なり、二人の声と音色が心地よく響く。


乗客たちは思わず微笑み、手拍子を打ちながら聴き入る。美香は続けて歌う。


美香

“Little darling, it’s been a long cold lonely winter…”

(「リトル・ダーリン、長く寒い孤独な冬だったね…」)


アキラはトランペットで軽く装飾を加え、二人の演奏は南半球の空と山々に溶け込んでいく。


歌い終わると、乗客の一人が拍手を送り、

“That was amazing! You two make a perfect team.”

(「すごい!二人は完璧なコンビね」)


美香は照れくさそうに笑いながら、「Thank you. Music connects us, no matter where we are.」

(「ありがとう。音楽は、どこにいても人をつなげてくれるんです」)と応える。


アキラもにっこり笑い、肩をすくめて小さなジョークを添える。

「ほら、美香、俺たち、国境越えてもデュエットできるやろ?」


列車内には、ささやかながら心温まる共鳴のひとときが流れ、南島の雄大な景色とともに、二人の声は旅の思い出として深く刻まれていった。





列車の揺れに身を任せながら、アキラと美香は景色に目をやっていたが、ふと美香がスマホを取り出した。


「ねえ、見てみ?光子と優子から動画が届いとる。」


画面をのぞくと、そこには双子が全力で繰り広げるギャグコントの様子が映し出されていた。


光子(字幕付き英語)

“Look! If I chase this sheep, it’ll think it’s in a race with me!”

(「見て!私がこの羊追いかけたら、羊もレースしてる気分になるっちゃ!」)


優子(字幕付き英語)

“Wait! Don’t run too fast or we’ll end up in the chiropractor again!”

(「待って!速く走りすぎたら、また整骨院行きになるばい!」)


列車内のアナウンスの音もかき消されるほど、二人は画面に夢中になった。羊を追いかけながら、転げ回る双子の姿に、周囲の観光客もつられて大笑い。


アキラはスマホを持つ手が震えるほど笑い、声にならない笑い声を漏らした。


「まさか、はるか異国の地でも、整骨院送りになるとはなぁ!」


美香も涙を浮かべながら、「ほんと、うちらの妹たちはどこにおってもギャグで世界を席巻するっちゃね」と笑った。


周囲の外国人観光客も画面を覗き込み、字幕を読んで爆笑。「This is hilarious!」

(「めっちゃ面白い!」)と口々に声を上げる。


列車の車窓に映る緑の丘と羊たち、そして二人の笑顔。南島の景色と双子のギャグが、旅の楽しさを何倍にも膨らませていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ