クライストチャーチの夜
スマートフォンに新しい通知が届いた。
光子と優子からのLINEに添付されていたのは、数十秒の動画。
再生ボタンを押した瞬間、美香とアキラは吹き出した。
画面の中では、光子と優子が即席のコスプレをして登場。
光子はタオルを肩にかけ「私は牧羊犬光子!羊をまとめるのは得意やけん!」と叫ぶ。
一方の優子は頭に白いモコモコの布をかぶり「めぇぇぇ〜!羊役の優子です〜!」と走り回っていた。
さらに動画は続く。
「星空の下で愛を語る新婚夫婦の再現コントです〜!」と光子が宣言し、優子を抱きしめるふりをする。
その直後、二人でわざと転んで「痛っ!愛も一緒に転んだ〜!」と大げさに叫ぶと、画面はカメラの揺れとともに笑い声でいっぱいになった。
「ぶはっ!あははははっ!」
ベッドの上で美香は腹を抱えて笑い、アキラも涙が出るほど爆笑していた。
「ほんと、あの二人、天才やね……!なんでこんな即興でギャグ作れるんやろ?」
美香が涙を拭いながら言うと、アキラも苦笑しながら頷いた。
「俺たちの新婚旅行より、あの双子の動画のほうが世界遺産級かもしれんばい。」
ふたりの笑い声はホテルの部屋いっぱいに響き、南半球の夜空にも届きそうなほど明るく続いていた。
スマートフォンに再び通知が鳴った。
「第2弾お楽しみに〜♡」というコメントとともに、新しい動画が届いている。
美香とアキラは顔を見合わせて、また笑いをこらえながら再生ボタンを押した。
画面に映ったのは、光子と優子がちゃぶ台を前に座っている様子。
光子は割り箸をマイク代わりに持ち、「新婚生活の朝ごはんコント、始めま〜す!」と宣言した。
優子がエプロン姿で登場し、「ダーリン、今日は目玉焼きよ〜♡」と皿を差し出す。
すると、皿の上には本物の目玉焼きではなく、黄色いおもちゃのボールがドンッと乗っていた。
「ちょ、これ卵やなくて、体育のドッジボールやん!」と光子がツッコむ。
「愛がこもっとるけん、どんなボールでも目玉焼きになるとよ〜!」と優子が胸を張る。
さらに場面は続く。
二人でちゃぶ台を囲んで、「いただきます!」と同時に頭をぶつけ合い、わざとひっくり返る。
カメラが揺れる中、二人が揃って「新婚さん、いらっしゃ〜い♡」と絶妙のタイミングで叫び、動画はそこで終わった。
美香はベッドの上で転げ回りながら笑った。
「ちょっ……!お腹痛い!ほんとにあの子たち……才能ありすぎやろ!」
アキラも息を切らしながら笑い、スマホを見つめて言った。
「これな、下手したらテレビ局からオファー来るばい。双子でお笑いデビューできるぞ。」
ふたりの笑い声は止まらず、ホテルの窓の外に広がる南十字星の下で、しばらく笑い続けるのだった。
月に一度の定期音楽番組。スタジオには、光子と優子を中心とした「ファイブピーチ★」のメンバーが揃っていた。
オープニングの演奏を終え、司会者がマイクを向ける。
「さてさて!今日はファイブピーチ★の皆さんに、嬉しいニュースがあるそうですよ!」
観客の視線が一斉にメンバーへ注がれる。光子がニヤリと笑って立ち上がり、手を振った。
「えー、実はですね……わたしたちの大事な仲間である、美香お姉ちゃんと、サポートメンバーのアキラさんが……」
優子がマイクを奪うようにして叫んだ。
「結婚しましたーーーっ!!!」
スタジオが拍手と歓声で包まれる。
観客席から「おめでとう!」の声が飛び交い、スクリーンには美香とアキラの結婚式での幸せそうな写真が映し出された。
司会者が驚いた顔で続ける。
「おお〜、これは素敵なニュースですね!ファイブピーチ★から初の既婚者が出たわけですね?」
光子が胸を張って言う。
「はいっ。新婚旅行は今まさにニュージーランド!星空の下で仲良くしてるんじゃないですかねぇ〜♡」
優子がすかさず被せる。
「たぶん今ごろ、『アキラ〜、抱っこ〜』とか言いよるとよ!」
その場は大爆笑に包まれ、スタジオの空気はますます温かくなる。
最後にリーダー格のメンバーが落ち着いた声で締める。
「美香さんとアキラさん、本当におめでとうございます。僕たちも、この幸せを音楽に変えて、皆さんに届けたいと思います!」
番組は拍手と共に次の演奏コーナーへと移り、ファイブピーチ★の音が、より一層輝きを増して響き渡った。
番組は次のコーナーに入る前に、司会者がモニターを指差した。
「そして今日は特別に!なんと新婚旅行先の美香さんから送られてきた写真と動画があるんです!」
スタジオの照明が少し落とされ、大画面にニュージーランドの青く透き通る海、羊が点在する丘、ウェリントンの街並み、そして満点の星空の写真が次々と映し出された。
観客席からは思わず歓声があがる。
「わぁ〜!」「めっちゃきれい!」
ファイブピーチ★のメンバーたちも、モニターを見上げながら口々に感想を漏らす。
光子が目を輝かせて叫んだ。
「めっちゃええやん!これ、ほんとに絵はがきみたいやん!」
優子も頷きながら笑う。
「いや〜、うちらも行きたいわぁ。新婚旅行……いや、まだ早いか!」
会場はまた笑いに包まれる。
さらに動画が流れる。
そこには、ウェリントンの丘の上から街を背景に仲良く寄り添う美香とアキラの姿。地元の人たちと笑顔で写真を撮った様子。クライストチャーチの大聖堂前で静かに祈りを捧げる姿。そして南半球の夜空の下、二人が肩を寄せ合って星を見上げる後ろ姿。
司会者が感嘆の声を漏らす。
「いや〜、これは本当に素晴らしい。お二人の幸せが、景色と一緒に画面からあふれ出してますね!」
観客席は大きな拍手で包まれ、会場全体があたたかい空気に染まった。
光子と優子は顔を見合わせ、いたずらっぽく笑った。
「お姉ちゃん、絶対テレビ見て爆笑しよるね、これ。」
「帰ってきたらギャグ三倍返しやな!」
クライストチャーチのホテルの窓際に座る美香は、手元のタブレットを起動した。画面には、スタジオのファイブピーチ★メンバーたちとMCの姿が映っている。
「美香さん、ご結婚おめでとうございます!新婚ほやほやの感じはどないですか?」
MCの明るい声が画面越しに響く。
美香は笑顔を浮かべ、アキラの肩に寄りかかりながら答える。
「ありがとうございます〜。もう毎日が夢みたいに幸せです。えへへ、夫にいっぱい甘えよります。」
すると、画面の端から声が飛び込んできた。
「お姉ちゃん、そっちはどんな?お土産楽しみにしてるけんね〜!」
光子と優子の声に、美香は思わず笑い出す。
「二人とも相変わらずやね〜!ちゃんと楽しみにしとるよ。もちろんお土産も持って帰るけんね。」
アキラも画面を覗き込みながら、苦笑混じりに言う。
「双子ちゃん、元気そうやね。こっちは南半球やけど、しっかり楽しんどるけん安心して。」
スタジオでは、ファイブピーチ★のメンバーたちも画面越しのやり取りを見て笑顔になる。観客からも自然と拍手が湧き上がった。
美香とアキラは、南十字星や満天の星空、ニュージーランドの街並みを思い浮かべながら、家族と笑顔でつながる幸せなひとときを楽しんだ。
突然、光子と優子の画面越しの声が一段と大きくなる。
「お姉ちゃん、お土産はチョコレートだけじゃなくて、ニュージーランドの羊毛セーターも頼むとよ〜!」
「そんで、帰ったら二人で『南半球のギャグ劇場』開場しちゃろうや〜!」
スタジオのMCもファイブピーチ★のメンバーも思わず吹き出す。観客も笑い声で包まれた。
美香は画面に向かって苦笑いしながら、「もう、二人とも相変わらずやねぇ。やめられんね〜」と答える。
アキラも肩を揺らして笑い、「双子のギャグには毎回やられよる」と頭をかく。
光子と優子はさらに勢いを増して、画面の向こうでポーズを取りながら、ギャグ満載の寸劇を披露する。
「お姉ちゃん、私たち、南十字星もびっくりの笑いを届けるけん!」
「新婚旅行の間も、お姉ちゃんに笑いの念を送っとるよ〜!」
スタジオは爆笑の渦に包まれ、MCも「これは凄い!画面越しに笑いの台風が吹き荒れとる!」と声を上げる。
美香とアキラは画面越しの双子の元気さとギャグに、思わず涙と笑いが入り混じる表情になった。
「もう、ほんとに双子ちゃんって最高やね。毎回笑わせてもろうて、幸せや〜」
「こんな楽しい家族がおるけん、これからも笑顔で頑張れるね」とアキラも頷いた。
画面の向こうとこちらで、大爆笑と温かい気持ちが行き交う、新婚旅行中のほっこりした時間が流れた。
アキラは笑みを浮かべながら、スーツケースから一枚のTシャツを取り出した。鮮やかな黄色に、大きく「たまゴジラ」がプリントされている。
「今日の家族風呂は、このシャツで決めるばい!」アキラが嬉しそうに言うと、美香も思わず笑った。
二人はフロントに向かう途中、スタッフの男性が目を輝かせながら声をかけた。
「Excuse me… this character on your shirt, what is it?」
「すみません…そのシャツのキャラクターは何ですか?」
アキラは得意げにTシャツを指さし、美香が説明を始める。
「This is our family’s gag character. It’s called ‘Tama Godzilla’.」
「これは私たち家族のギャグから生まれたキャラクターで、『たまゴジラ』と言います。」
「Ah, really?」スタッフは興味津々で目を丸くする。
「本当ですか?」
美香は少し笑いながら、さらに説明を続けた。
「It all started when my mother ran out of eggs and said, ‘Tama Godzilla is gone, I need to go buy some!’」
「そもそもは私の母が卵を切らして、『たまゴジラが無くなったけん、買いに行かないと!』と言ったのがきっかけなんです。」
「Then my twin sisters turned it into a gag, and we perform comedy and music with it. We also sell the merchandise at stores, online, and through our fan club.」
「それからうちの双子の妹たちがギャグにして、私たち、お笑いと音楽活動してますけど、そのグッズは販売店やファンクラブ、通販で売ってます。」
スタッフは感心した様子で、「Wow… that’s amazing!」と答え、笑顔でシャッターを押してくれた。
「わぁ…すごいですね!」
二人はTシャツを着て、満面の笑みで家族風呂へ向かう。南半球の夜の風も、二人の笑い声に包まれながら、温かく受け止めているようだった。
アキラと美香がフロントに近づくと、スタッフの男性がにこやかに声をかけてきた。
「By the way… I saw your TV appearance earlier. These kids are hilarious! My stomach hurts from laughing so much. Are they experienced performers?」
「そういえば、さっきのテレビ出演見たんですけど、この子たち、めっちゃ面白いですね!笑いすぎてお腹が痛いくらいです。芸歴は長いんですか?」
美香はにっこり笑いながら答える。
「Actually, my younger twin sisters are only 14, but they’ve been performing music, comedy, and skits on TV and concerts for about ten years now.」
「実は、うちの妹たちはまだ14歳なんですけど、もう10年くらい音楽やギャグ、コントでテレビに出たり、コンサートしたりしてるんです。」
スタッフは目を大きく見開いて、感嘆の声を上げた。
「Wow… that’s incredible!」
「わぁ…すごいですね!」
すると、スタッフはさらに興味津々で、「We want that T-shirt too!」と手を伸ばす。
「私たちもそのTシャツ欲しいわ〜!」
美香は笑顔で応じた。
「You can order it from our official website. Just click here, and you can buy various merchandise.」
「公式ホームページからお買い求めいただけます。ここをクリックしていただければ、いろいろグッズがお買い上げいただけます。」
スタッフはスマホを取り出し、画面をじっと見つめながら、「Perfect! Can’t wait to get one!」
「完璧です!早く欲しい!」
アキラと美香は微笑みながら、タマゴジラTシャツ姿で、満足そうに家族風呂へ向かった。
その背中を、南半球の夜風が優しく押してくれるかのように吹き抜けていった。
家族用の広めの浴槽に、二人はゆっくりと身を沈めた。足を伸ばして肩までお湯に浸かると、疲れも少しずつ解けていく。
アキラは美香の横顔を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
「美香の肌って、ほんっとに透き通るように綺麗やなぁ。」
美香は少し恥ずかしそうに笑う。
「そげん言われたら照れるやん。人前に出る仕事やけん、スキンケアは結構気ぃ使いよるとよ。それに…アキラには、いつまでも綺麗って言ってもらいたかけんね。」
アキラは軽く肩越しに手を伸ばし、美香の手に触れながら答えた。
「そりゃ、ずっと思うとるけん。俺の美香は、いつまでも世界で一番綺麗や。」
お湯の音に混じって、二人のささやかな笑い声が浴室に響く。肩まで浸かったまま、今日の観光や新婚旅行の思い出を、ゆったりと語り合う。
「明日はどこ行こうか?」と美香が聞くと、アキラはにやりと笑って答えた。
「んー、明日も楽しい場所に行って、美香の笑顔をいっぱい見られたら、それで満足やな。」
お互いに見つめ合いながら、柔らかい湯気に包まれた浴室で、二人だけの静かな時間は、ゆっくりと流れていった。
「朝まで続く、二人だけの世界」
夜の静寂が、二人を包み込む。ベッドの上でアキラと美香は互いに寄り添い、肌と肌が触れるたびに温もりが全身に広がる。柔らかいシーツの感触、部屋に漂うほのかな石鹸の香り、そして耳元で混ざり合う呼吸。すべてが、二人だけの世界を形作っていた。
「美香…やっぱり、綺麗やな…」アキラが囁く。低く温かい声が胸に響き、背筋を心地よい緊張が走る。
「アキラ…あなたの手、あったかい…」美香の声は微かに震え、体がアキラの腕に自然に沿う。
夜が深まるほど、互いを求める気持ちは高まり、触れる指先一つ一つに言葉以上の想いが宿る。髪の毛に絡まる指先、肩に触れる手、重なり合う体の温度…。そのすべてが、互いの存在を確かめ合う合図になった。
美香は、これまで守り通してきた自分のすべてをアキラに委ねることで、初めて得られる安心感に包まれる。孤独や不安の影はすべて消え去り、代わりに胸の奥に深く、愛される幸福だけが満ちる。アキラもまた、美香の存在そのものに心を奪われ、夜の闇に溶け込むように彼女の全てを抱きしめる。
窓の外には、深い夜の青が広がり、遠くで微かに風がそよぐ。街灯の光は淡く揺れ、部屋の空気は温かく静かで、二人の呼吸だけが響く。言葉はなくても、目と体の触れ合いだけで心は通じ合っていた。
肌と肌が触れる感覚に、微かに香る石鹸とシャンプーの匂い、アキラの鼓動の振動、そして温かい吐息…。美香はそれらを一つ一つ感じながら、心も体も全てをアキラに委ねる。アキラもまた、彼女の存在を全身で受け止め、互いの鼓動がひとつのリズムとなる。
夜がゆっくりと明け、朝の光が差し込む。カーテン越しの柔らかい光が、ベッドを淡く照らす。アキラはそっと美香の髪を撫で、彼女の肩に顔を寄せる。美香も目を細め、アキラの胸に顔をうずめたまま微笑む。
「おはよう、アキラ…」美香の声は眠気混じりで甘く、しかし確かに心に響く。
「おはよう、美香…」アキラの低く温かな声が返る。
言葉少なにしても、二人の目には愛情と絆が満ちている。昨夜交わした触れ合い、抱き合った温もり、重なり合った心の鼓動が、胸に深く刻まれ、これからの未来を共に歩む強い誓いとなった。
朝の光が体と心を包み込み、世界が静かに動き出す。けれど二人の時間はまだ終わらない。互いの手を握り、そっと寄り添ったまま、二人だけの幸福な朝を迎えるのであった。




